第11話【第三章】
【第三章】
事態はとんとん拍子に進展した。
警官たちが、腕時計型の立体映像ディスプレイを展開させると、そこには、先ほどとは『真逆』の光景が映し出されていたのだ。
軍の宇宙船が多数、このスペースコロニーを包囲している。それだけではない。今回の作戦に参加しなかった賞金稼ぎたちの船もまた、その中に混じっていた。武装している船は砲塔をずらし、攻撃の意志がないことを示しているが、十分な脅しにはなるだろう。
俺たちを包囲していた公安局が、今度は包囲されている。『真逆』とはそういうことだ。
俺は、リーダー格と思しき警官と、無線の向こうにいる上官との遣り取りを耳にした。
「一体何があったんです?」
《軍が突然、自分たちの艦隊をここに向かわせると通告してきたんだ! 誰かがこのコロニーの位置を密告したに違いない!》
「しかし、賞金稼ぎまで集まっているのはどういうわけです?」
《衛星放送のチャンネルを合わせてみろ。五・二だ。他の者にも伝えてくれ》
そう言うと、無線の向こうの上官は、疲れた様子でふっと通信を切った。
「衛星放送だ! 衛星放送を受信できる者は、チャンネルを五・二に合わせろ!」
『了解』という復唱が続くが、散発的。何が起こっているのか、俺たちも知っておく必要がありそうだな。既にハヤタとグンジョーは承知している様子だが。
コロニーの内壁中に響いたのは聞き慣れた女性の声だった。
《ご覧ください! 軍の招集に従い、懸命に戦った賞金稼ぎたちが、公安局によって連行されていきます! 何て酷いことでしょう! これを公安局の暴挙と言わずに、何と表現すればよいのでしょうか!》
「サオリ!?」
俺は素っ頓狂な声を上げた。
「サオリ、何やってるんだ? っていうか、DFは無事、なのか……」
すると、肩を小突かれた。ハヤタがそばに来ている。
「カイル、あんまり騒ぐな。説明は後でちゃんとするから」
「あ、ああ」
駆けつけてきた軍と仲間たちを目にして、歓声を上げる賞金稼ぎたち。その中で、俺は一人、取り残されたような気分だった。
その後、俺たちは来た道を送り返された。カプセルに乗せられ、連行されてきた時と同じ、大型の輸送船に乗り込む。それから、件の軍事衛星への軌道に乗った。
それはいい。だが、どうしてサオリは緊急放送ができたのか? 船は全て、警察に取り押さえられてしまっていたと思っていたが。また、こんな事件があって、軍と警察の対立が深まりそうな気がするが、大丈夫なのか?
そう言えば、最初に影と遭遇した時、その後の調査は軍と警察が共同で行っていた様子だったが……。
そんなことを考えているうちに、俺たちはDFのそばまで搬送されてきていた。
「行くぞ、カイル」
各々カプセルに乗り込み、自分の船に戻れということらしい。寝そべった姿勢で、カプセル内のスクリーンを展開し、DFの状態を確かめる。確かに無傷だ。強制的に移動させられた形跡もない。
その間も、サオリによる放送は続いていた。ただ公安や警察を糾弾するのではなく、逐一状況報告を挟むようにしている。同乗記者の面目躍如といったところか。
俺とハヤタはカプセルごとエアロックを抜け、ようやく『家』に立ち戻った。
※
サオリは通信室に一人で籠っていた。暗い室内に、立体ディスプレイや音声受信機器のランプが点々と輝いている。ここだけで一つの宇宙ができているかのようだ。
しかし、そんな俺の感慨は一瞬で吹き飛んだ。振り返ったサオリが、一直線に駆け寄ってきてハヤタに思いっきり抱き着いたのだ。
「帰ったぜ」
「ああ、お帰りなさい、ハヤタ!」
「おう、援護サンキュな、サオリ」
突然のことに、俺は面食らった。こいつら、こんな仲だったっけ?
「あー……、二人共? いろいろ聞きたいことはあるんだが」
「ん? 何だカイル、まだいたのか」
おいおい、『まだいたのか』はないだろう。それはさておき。
「お前ら、いつの間にそんな関係になったんだ?」
「別にいいじゃない、カイルくん! あなたもハグしてあげようか?」
「べ、別に要らん!」
両の掌を突き出し、ぶんぶんと首を振る。第一、サオリはハヤタとくっついたんじゃねえのかよ。
だが、何故か俺は、咄嗟にクランベリーの姿を連想してしまった。おいおい俺よ、血迷ったんじゃねえだろうな? 相手はまだ『女の子』だぞ? ただでさえ、俺はハヤタにロリコン疑惑をかけられているというのに。
まあ、ただの『女の子』とは割り切れない戦闘能力と正義感を持っていることは認めるが。
とにかく、ハヤタとサオリには節度あるお付き合いをお願いするとして、問題はもう一つ。っていうか、こっちが本題なんだが。
「この船には、サオリしか残ってなかったんだよな? どうやってこの船を公安の手から逃がしたんだ? そんな操縦、ハヤタぐらいにしかできねえだろ?」
「操縦? あたし、操縦なんてしてないわよ?」
ハヤタから離れ、こちらに振り返るサオリ。本当に何も知らないのだろう、目を丸くしている。
「だから言っただろう、カイル。敵を騙すには味方から、ってな。お前、この船に乗り込んで何年になる?」
「え? 四、五年ってところじゃねえのか?」
「やれやれ」
ハヤタはあからさまに呆れた素振りをしてみせた。言外に『どうして今まで気づかなかったんだ』と述べている。しらばっくれる気か? 流石にカチンと来るぞ、おい。
しかしハヤタは、俺の感情の沸点を巧みに察知していたらしい。
「まあ待て。サオリだって、何が起こっていたのかは分かっていないだろう。ボタン一つを押すようにと、日頃言っておいただけだからな」
「ボタンって何だよ?」
するとハヤタは片腕を上げ、くいくいっと手首を曲げてみせた。ついて来い、ってか。
「そうそう、あたしも気になってたんだよね! 結局何だったのよ、ハヤタ?」
「だからついて来いってば」
俺は二人の背中を見ながら、足をブリッジに向けた。
「さて、ネタバラシだ」
ブリッジに入ってから、ハヤタはまるで観客を前にした道化師のように両腕を広げてみせた。
「カイル、メインスクリーンと立体ディスプレイの間を見てみろ。近づかないと分からないぞ」
「んあ?」
ボタンとやらはそこにあるのか? そんな見慣れた場所に、ボタンなど設置されているはずが――。
「って、何だこれ?」
壁面、床面と同じ、艶消しコーティングのされた灰色の円が、そこにはあった。
これがボタンなのか? 特別出っ張っているようにも見えないが。
「ああ、押すなよカイル、いざって時の秘策だからな」
「何が起こるんだ?」
ハヤタはふふん、と鼻を鳴らして、自慢げに胸を張った。
「聞いて驚くなよ、船体全てが光学迷彩で覆われるんだ!」
「……は?」
俺はハヤタが何を言っているのか分からず、間抜けな声を上げた。
「おいおい、頼むぜカイル、光学迷彩だぞ、こ・う・が・く! 俺が宇宙に出る時に、特殊素材でコーティングしてくれたんだよ」
「誰が?」
「言わなくても分かってるんじゃないか?」
そうか。確かに『あの人』なら、そのくらいのことはできたかもしれない。飽くまで過去形だが。
「厳密には熱も透過させるから、熱光学迷彩と言った方が正しい。そうでなければ、公安の船のカメラに引っ掛かるかもしれないからな」
「知らなかったぜ、そんなこと」
「だから言っただろう、敵を騙すには――」
「味方から、だろ? 今日で三回目だぞ」
はいはい、見事に騙されましたよ。そう思いながら、俺はため息をついた。
「何だよ、俺たちの『家』が無事だったんだぞ? もっと喜べよ!」
ハヤタが背中を叩いてくる。ま、そりゃそうなんだが、騙されていた(というより秘密にされていた)ことは、気分のいいものではない。
「知ってるのは誰だ、ハヤタ?」
「取り敢えずお前と俺とサオリ、あと、グンジョーには伝えてある。その線から先は、誰にも通じていないはずだ」
まとめれば、この船は公安の手をまんまと逃れ、サオリが実況中継するのを支援したということか。ん? 実況中継?
「そうだ!」
「おっ、ど、どうしたんだ、カイル?」
俺はハヤタとサオリに背を向けながら、思いついたことを喋った。
「グンジョーやクラック大佐が記者会見を開くかもしれない! 俺も出てくる!」
「な、何言ってるのよ、カイル?」
「サオリは今の放送で活躍したろ? 今度は、現場に出ていた俺たちにスポットライトが当たる番だ!」
これなら目立つことができるし、アルバやジードのことを大々的に糾弾することもできる。
「おい待てよ、カイル! せめてシャワーくらい浴びて行け!」
「分かってる! こんな血塗れじゃ、いい男も台無しだからな!」
「ちょっと待って、カイルくん! そういうことじゃなくて……」
サオリがそう言い終える頃には、俺は廊下に出て、ブリッジのドアを閉めていた。
自室に入り、着替えとバスタオルを準備する。そして階下に下り、意気揚々とシャワールームの扉を開けた、その時だった。
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