第19話 PR11 ドローン


仙台鬼魔衆きまのす災害から一夜明けた。


仙台鬼災きさいと呼ばれ、TV各局は、昨夜からずっと、この災害に関する報道を繰り広げていた。

火災はほぼ鎮火されたが、倒壊したビルでの救助活動は続行されていた。

その中で、青葉山公園の大穴にも注目が集まる。


「…特務0課は青葉山公園に開いた直径50メートル程の大きな穴、通称ゲート、の調査のため、無人ドローンを降ろす準備に入った模様です…」


「ゲート?」

「わたしが名付けてみたの。ただの、穴、よりカッコイイでしょ?」

「いつの間に…」

これがその日の昼の五郎と紫兎の通信だった。


青葉山公園に開いた直径48mの巨大な穴。

“ゲート”と名付けられ、その調査のために、特0で2機の無人ドローンが準備されていた。


円盤型ドローンは、四方に張り出した円形のジャイロ軸を含めて2メートルほどもある大型機。

光の届かない深いトンネル対応にするため、一夜で改造された。


GPSとカメラは標準だったが、ライトと深度計が搭載され。気温湿度、ガス類を計測するセンサー、さらに、煌河石こうがせきを利用した穢れ感知センサーを追加装備された。

もちろん、人の目の代わりとなるカメラは、暗視赤外線タイプに載せ替えられ、鬼魔衆が映せるようにMFレンズが仕込まれた。

これらすべてが遠隔リモート操作ができ、地上でモニタリングできるように、受信機器が特0特殊車両にセッティングされた。

結局、何んだかんだで2機分の準備が整ったのは、その日の夕暮れになった。



「行けるか?」

特0司令室で引波五郎は、ゲートを映すモニタースクリーンを見上げる。


「オールグリーン!行けます」


「よし、ゲート降下作戦開始。時間差でいこうか。アルファ先行、デルタ追尾」


「了解。アルファ機、出ます」

運搬車の荷台から大型ドローンがゆっくりと浮き上がり、ゲートへ飛行していく。



そのゲート付近に停められているトラックタイプの特0の特殊車両。

移動通信室と呼んでもいいような仕様で、あらゆる電子機器が隙間もないほど、車内に組み込まれていた。


紫兎と3人の御子。楓子、雪音、ラン。

4人の少女たちは、その狭い特殊車両の中で、モニター画面に顔を寄せていた。

そこに、ゲート直上へ向かう2機のドローンが映っている。


「ヘンテコな形だべ」

岩手の御子、久慈くじ雪音せつねは、その切れ長の目をすがめる。

冷静沈着で無口だが、その内には優しさと情熱を秘める。16歳の高校生。

前長のショート黒髪。御子にしては珍しく、髪色も長さも変わらないタイプだ。

ただその瞳は、柳色グリーンに変わる。


「そう?…カワイイじゃない」と伊達楓子。


有事の際に即時対応できるようにと、御子たちはすでに巫女装束姿だった。


車内に座す2人のオペレーターの前には、ドローンを操作するスティックとモニター画面があった。


アルファ機オペレーター。

男性、27歳、独身、彼女なし。

デルタ機オペレーター。

男性、28歳、独身、彼女なし。


ただでさえ所狭しな特殊車両の中で、可愛らしい巫女装束の少女たちが、ぐっと身を寄せ、興味津々でモニター画面を覗き込んでくるのだからたまらない。

自然とオペレーターたちの肩や背に、彼女たちの体の柔らかい部分が触れてきていたとしても、それはナイス不可抗力だ。


…くぅ…この状況は、ヤベェ…


何せ今や国民的アイドルグループ並みの、いやそれ以上の人気を誇るMFCの御子少女たちなのだから。

オペレーターたちは、身を強張らせ、そわそわと落ち着かない。


「あの子たちが、あの穴に入るのね?」

羽幌はぼろランは、北海道の御子。

もともと大人びてる15歳が御子になると、氷彩を放つ瞳に色変わりし、ふわふわロングの銀狐のような髪色になる。

セクシー担当…かどうかは、少なくとも本人には、その自覚はない。


ランは、アルファオペレーターの肩越しに無自覚に密着し、その横顔を、氷彩の瞳で覗き込む。


「…はい…ラン様…その通りです…アレがアノ穴に入ります…」


もうこの会話だけでも危険すぎる。

しかも…

…ちょッ!…当たってる…当たってるし…ラン様…

これで15歳とかあり得ないッス。

…ぁぁ生きてて、よかった…


「すごーい、それで動かすのね?…難しそう…」

ランは、オペレーターの肩越しから頬を寄せるようにして、その操作スティックを興味深く眺める。


…ちょ…ッ!…ラン様…顔、顔が近い…

いい匂いを鼻腔いっぱいに感じながら、アルファオペレーターの額から、変な汗がドッと噴き出る。


「動かすだけなら意外と簡単ですよ」と、紫兎。


「へぇ…紫兎ちゃん動かせるんだ、さすが」


「じゃあ、ランちゃん、最初だけやらせてもらう?」


「えっ!?いいの?」


それ聞いていた伊達楓子も。

「いいな…じゃあ、わたしはこっちの子で」


…ヒ…ッ!

楓子に密着されたデルタオペレーターは、ガチガチに固まった。

…ぁ…ぁ…ぁ…楓子様…

そんなに押し付けられると…


そんなオペレーターたちの至福の動揺が、そのままドローンに伝わり。

ゲート直上で機体がふらふらと不安定に揺れる。


「くぉらぁ!!!」

突然、五郎の怒鳴り声がスピーカーからとどろく。


「きゃぁ!」と首をすくめる御子たち。


「お前ら、遊びじゃないんだぞ!真面目にやれ!」

五郎の怒り顔が、モニターからはみ出すほど大きく映っている。


「はーい、ごめんなさい」

御子たちが反省の声を揃え、紫兎は舌をペロッと出す。


「まったく…」と…

司令室の五郎は、呆れ顏で頭の後ろをポリポリ掻く。


その後ろで、二條いちみは、いつものように、クククッ…と笑いを堪えていた。



気を取り直し、アルファオペレーターが告げる。

「アルファ、降下開始します!」


先行するドローンが、吸い込まれるように穴に入っていく。


「…10…20…30…」

深度がモニタリングされる。


続いて。

「デルタ、降下します」


アルファ機を追尾するデルタ機も穴の中に消える。

その暗視カメラに、先行するアルファ機の緑と赤のシグナルランプが映っていた。


「アルファ、降下速度そのまま。デルタ、もう少し寄ってくれ…」


「了解」

下降スピードを調整する。


「…よし、その距離でキープしたまま下降してくれ」


そうしてしばらく、ドローンカメラの映像を、誰もが静かに見守る。

ライトを照らしているにも関わらず、先行するアルファ機の暗視カメラ映像は、故障しているのではないか、と思えるほど、ただの暗黒だった。


温度センサーは、8℃を示す。湿度は87%と高めだ。

一酸化炭素や硫化水素など、毒性が高いガスへの反応は特にない。


「…600…………650………」


「……深いな…」

五郎が独り言ちる。


あの鬼魔衆が出現した穴だ。

何が起こっても不思議じゃない。

が、ここまで深いとは思っていなかった。


「……800………850………」


「…ドローンのリモート限界は?」


「通信限界は4000ですが、バッテリーを考えると2000が限界と思われます」


上昇する帰りみちの分を残しておかなければならない。


「何も無ければ、1500でいったん止めてくれ」


「……900……950……せ…」

オペレーターが1000メートルをカウントしようとした時だった。


突然、ピーーーー…というアラーム音が鳴り響いて、アルファ機の操作画面上に、異常を示す赤色の警告表示が並んだ。


……何だ?!

「両機、下降停止!!」

五郎が声を張り上げた。


「下降停止、了解」

仙台から声が返る。


「どうした?…何があった?」


「アルファからの画像信号ロスト!」

司令室のオペレーター、瑞樹が告げる。


モニタースクリーンに《NO SIGNAL》の文字が浮かんでいた。


「司令室へ、画像信号だけじゃありません。アルファ機、全ての信号がロストしてます」


バックアップモニタリングしていた司令室のチーフオペレーター小日向こひなたが、こちらも同じく、と五郎に頷く。

「GPS信号も消えています」


「…つまり……落ちたの?」

二條いちみは、モニタースクリーンを凝視する。

デルタ機のモニター画面に映っていたアルファ機の緑と赤のシグナルランプが、どこにも見当たらない。


「アルファ、ゆっくり上げてみてくれ」


「了解。アルファ、微速上昇します」

…が、それを上から“見ている”はずのデルタ機のモニター画面には、何の変化も現れない。


「やっぱり…落ちたんじゃ…」

二條いちみは、小日向を見やる。


「二條副司令、もし、故障で落下しただけなら通信限界の4000までは、深度をモニタリングできていたはずです」


「バッテリー切れは?」


「モニタリング上では、十分残ってました。その線はないですね」


「じゃあ……どういうこと?」


「まあ、急ごしらえでしたからね。可能性は薄いですが、あり得るとしたら、動力系と電装系の同時故障。例えば、モーターと深度センサーが同時に御陀仏おだぶつとか…」


「強力な電磁波とか?」


「あるいは、強力な磁場とか…あり得ますが、でも、ロスト直前のセンサー類には、何も異常らしきものは見当たりませんでした」


「穢れ反応は?」


「ネガティヴ」

小日向も訳が分からない、と首を横に振る。



「まるで突然消えた…みたいね…」

羽幌ランが、アルファオペレーターの頭越しに呟く。


「はい、ラン様、まさにそんな感じでした」


「うーーん…」と紫兎が唸る。

落ちた、のではなく、消えた…

……まるで、何かに吸い込まれたような……


瑠璃るりちゃん、こっちに来れる?」

紫兎は、MCリングに声を乗せ、ゲート付近で警戒にあたってくれていた奈須ノ城瑠璃なすのしろ るりを呼んだ。



「そうね…そういえば昨日からそこに瑠璃ちゃんがいたわね」

二條いちみは、紫兎の行動に納得した。


栃木の御子、奈須ノ城瑠璃は、小柄で幼顔だが、れっきとした17歳の高校2年生。

おっとりとした性格で、本の虫。学校では図書委員も務める。


瑠璃は、御子の中でも特殊な目を持つ。


特殊車両の扉がノックされ、開いた扉から瑠璃が、ひょいと顔を覗かせた。

「…わたしに、御用ですか?」

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