第7話 PR03-2
舞子は、空中でレイアにお姫様抱っこされていた。
「舞子、魔力使いすぎよ。大丈夫?」
珍しく心配そうな面持ちを見せる。
「うん、ごめん…ありがと、でも……ハァ…お腹すいた……」
「…そうね…終わったら
レイアの笑顔らしきものを、舞子は久し振りに見た。
「そっちは?」
「だいたい終わったわ。後片付けは珊瑚と千葉の
…千葉のピーナッツ娘?
「
レイアが
というより、縁が舞子の方に向かって飛んでいたところをレイアが強引に引き止め。
「あとは、よろしく」と、残った蟲鬼を縁と珊瑚に丸投げした。
そうしてレイアが急いで舞子の元へ飛んできた。
黒紫の霧を見下ろしながらレイアの表情は厳しい。
「…でも、まだ、、」
「うん。まだ本体が隠れているはず」
「なーに、イチャイチャしてんだか……」
高層ビルの狭間で浮いたまま、緋越彩乃はニヤニヤと二人を眺めていた。
彩乃は間に合っていた。
でも、レイアがすっ飛んでくるのが視界に入り、その役を譲った形だった。
美味しいところをレイアに持っていかれた気もするけど、まあ、よかった。
プロペラのローター音が近づいてきて、ビル陰からSMT914が機影を現す。
スカーレットファング機だ。
「彩乃様!大丈夫ですかー?」
あの若い隊員が、のんきに手を振っている。
「バカ…離れてろって言ったのに……」
まだ来ちゃダメだ、と彩乃がジェスチャーした時だった。
まるで地対空ミサイルのように、黒紫の霧の中から節触手が伸びてきて、スカーレットファング機に迫る。
…!!…
彩乃が声を上げる間もなく、節触手の爪先が機体の尾翼をズンッ…と貫いた。
直ぐさまコントロールを失った機体は、竹トンボのようにクルクルと、水平回転しながらビルとビルの間を落下していく。
……しまった!!
一瞬の油断。
まだ節触手が隠されていた。
彩乃の脳裏に、あの若い隊員の屈託のない笑顔が浮かぶ。
「くっ……そ!」
間に合うか…?と、空を蹴る構えを見せた。
その隙を狙われた。
落下していく機体に気を取られた彩乃に、槍のような節触手が高速で伸びてくる。
ポジショニング最悪。かわせば背後のビルに……
「チィッ!…」
咄嗟に縦持った緋色の
「…ゥ…アッ…」
ド真正面でそれを受け切った彩乃は、その勢いもろとも体ごと後ろに運ばれ。
高層ビルの窓ガラスに、ドンッ…!と叩きつけられた。
「グフッ…ァッ!」
その衝撃に、背の骨とガラスが、ミシリ…と嫌な音を立てる。
「ぐ…ぬぬぅぅっ……」
どころか、ビキッ…とわずかに貫通してくる爪先に、少しでも気を抜くと一気に串刺しにされかねない。
……何て…力……
ピシッ…ピシッ…と彩乃の背面で、放射状の亀裂がガラス窓に走る。
チラッとガラス越しに見やると、中にはまだ何人ものリーマンやOLがいて、彩乃は歯噛む。
……まだ、こんなにも人が……
“コイツ”ごとガラスを突き破られるのだけは避けないと…
墜落したスカーレットファングからだろう。立ち昇る黒煙を見て、彩乃の頭の線がブチッ…と切れた。
「てっめー……よくも……」
怒りで、ブワッ…と湧き上がる魔光の粒子を身に纏い、緋色の髪が逆立つ。
スゥ……とひと息を入れて彩乃は静かに目を閉じた。
緋色の
「…消えろ……」
それは、斬った、ようにも見えた。
すると、
炎風の
それが黒塵と化したと同時に、背を預けていたガラス窓がパァン!と割れ散った。
弾け飛んだ勢いで、彩乃は、デスクやら椅子やらを派手に弾き飛ばしながら、オフィスの最奥まで転がっていった。
「…ぃ…痛っ……っっ……」
苦悶の表情を浮かべながら半身を起こす御子に。
オフィスにいた人々は、左右の壁を背にしながら青褪めている。
「…ぇっと……皆さん、生きてます?」
「……は……はい」
頭頂が
「…そう…よかった…」
彩乃はグッタリと頭を下げ、安堵の息を吐いた。
防護と身体能力アップの効果がある巫女装束に身を護られているとは言え、彩乃が受けたダメージは少なくない。
…が、まだだ。まだ終わってない。
立ち上がろうとして、ビリッ…と裂けるような背の痛みに顔をしかめる。
「……っ………」
肋骨が折れたか、ヒビが入ったらしい。
御子を初めて目の当たりにしたオフィスの人々は、戸惑いを隠せなかった。
自在に空を飛び、光を放つ時点で、もはや同じ人間とは思えない。しかも普通なら大怪我を負ったとしてもおかしくない状況。
…が……不思議と恐怖はなく。
逆に、赤髪の美しい少女に魅了されてしまっていた。
声をかけてもいいのだろうか?
そう意を決したリーマンが歩み出た。
「…あの…大丈……」
「彩乃ちゃん!!!」
割れた窓からもう一人の御子が、転がるように飛び込んできた。
「きゃぁぁっ!!」
うまく着地できずに、そのままフロアの上を派手にゴロゴロと二転三転したあと。横倒しになっていた部長デスクに、ガンッ!と、頭を派手に打ちつけた。
「くぅぅッ……」
白地に
オフィスの人々は、御子が増えた!!と目を丸くする。
見ると、アイドル並みに可愛い。
…こんな小柄な少女が…?
つい先ほどまで果敢に戦っていたのが、嘘のように思えてくる。
「…痛ってて……彩乃ちゃん、大丈夫?」
彩乃は、クックッ…と笑いを堪えたが。折れた肋骨からの痛みに、「ぃ…痛ゥ…」と顔を歪めた。
「……怪我……したのね」
「大丈夫よ、これくらい。お腹空いたけど…」
「ふふっ、それは、わたしも同じよ」
人々はキョトンと顔を見合わせる。
腹減った?…この御子さんたちは、何の話しをしているんだ?
「…あの……クッキーならありますけど…」
誰かの出張土産を、リーマンの一人が差し出す。
「…わぁ…ありがとうございます。一ついただきますね。皆さんお怪我は?」
「…ぁ……大丈夫です」
そうして舞子は彩乃を引き起こし、割れた窓に向かって歩き出す。
「ヤツは?」
「レイアが見張ってくれてる。飛べる?」
「うん…何とか」
窓際まで来たところで、舞子は、「あっ!」と何かを思い出したように人々に向き直った。
「…みなさん、お騒がせしました。ここは危険ですので早く避難して下さいね」
「…ぁ……はい」
クッキーの箱を手にしていたリーマンが答える。
「それでは……」
丁寧にお辞儀をひとつ。
翠玉白菜のような衣装の御子は、緋色衣装の御子の肩を抱え、共に揃ってガラス窓の外に身を投げ出した。
ここは32階だ。
が、悠然と、
「…すごい……“アレ”が御子さん?」
壁に身を寄せていたOLたちがやっと口を開く。
「……なんか…想像してたの違う」
「うん、なんか…………可愛かったね…」
人々は、畏怖、というより、どこか親しみやすい、崇拝に近い感情を抱き始めていた。
黒紫の霧を纏う鬼魔衆の真正面を見据えて、レイアは線路上で
彩乃が節触手を消したあと、不気味なほど動きがない。
……あれが最後の1本だったのかしら…?
「レイア!」
ビルから飛んできた二人を振り返り見て、レイアは安堵の表情を見せた。
舞子と彩乃は、レイアの左右にフワリと降り立ち、それぞれの
3人ともに、ここまでの戦いからくる疲労と怪我を背負い、肩で大きく息をしていた。
沈黙する黒紫の毒霧の禍々しさを、ゾクゾクとその身に感じながら。
「本体はあの中ね」
「そろそろ、拝ませてもらおうかしら」
「そうね…これ以上好きにはさせない」
すると……
満身創痍の御子たちを嘲笑うかのように、黒霧の中から2本の節触手がヌーッと現れた。
「チィ……いったい何本あるんだよ。あれ」
「再生してるのかも……」
「なるほど……つまり、厄介ね」
「珊瑚ちゃんと縁ちゃんは?」
「
「そう……」
怪我の彩乃と魔力が限界の舞子。
レイアは思った。
……わたしが何とかしなきゃ……
「…舞子…彩乃…」
「だめよ、レイア。“わたし”は引かないわよ……」
「同じく。“わたし”は貸しを作るために来てるのよ」
フッ…とレイアの口元が笑み上がる。
「…わかったわ……」
それが“御子の本質”
命を賭しても鬼魔衆から“この地”を護る。
うねうねと、蟹が
!!……来る!
…と……
臨戦態勢の御子たちの背後から。
「おっ待たせー」と聞き覚えのある声音が。
振り返る間もなく、続けざまに。
「電雷円舞!!!」
…えっ?……と驚く御子たちの頭上を、蒼白い稲妻の光龍がかすめ。
空気がビリッ…!と電気を帯びた。
御子たちの長い髪が静電気でふわりと逆立つ。
街灯もしかり、付近のオフィスビル内では、蛍光灯がパリンパリンと炸裂し始めていた。
今まさに振り下ろされようとしていた節触手に電雷の閃光が突き刺さり、焦がし、黒塵へと変える。
「ちょッ!……ちょっと、危ないでしょ!みらい!」
レイアが珍しく激怒している。
「ごめん、ごめん。でもフルパワーじゃないよ」
屈託のない笑顔を見せたのは、神奈川の御子で稲妻の申し子、
「当たり前でしょ!そんなのここで使ったら…」
みらいの顔が引きつる。
「うわっ…何か、来るよ……」
背筋がゾクッ…と
その尋常じゃない妖気に、御子たちは絶句する。
みらいの稲妻浄化で、黒紫の霧が晴れたのだろうか。その中から大きな白く丸いものが現れた。
……白い……顔…?
「……何?……アレ……」
御子たちの頬から血の気が引く。
白い能面のようにも見える“ソレ”は、どこまでも蒼白く、不気味で無表情だ。
どんどん大きくなっていく。
最初は“ソレ”が風船のように膨らんでいるのかと。
でも直ぐに間違いだと気づく。
…ガタン…ガタン…と足元の線路に重々しい金属振動が響いていた。
新幹線そのものが、こちらに向かって動き出しているのだと知る。
が…強大な
……
その能面の口元が頬まで裂けて、不気味な薄ら笑いを浮かべているように見える。
御子たちを苦しめていた節触手は、短く千切れた根元だけを残し、能面の裏側で
未だウネウネと活動しながら、凄まじい邪気を放っている。
そして驚くことに、浄化されたはずの節触手が再生され始めていた。
その数8本。
少しずつ長さを取り戻していくその様子を、御子たちは、信じられない思いで、ただ魔に魅入られたように見つめていた。
「……そ……そんな…」
迫り来る能面の口がパックリと裂け開くと、その奥に深淵の赤黒い闇が見えて……
「そこから逃げて下さい!早く!」
煌河石リングを通す声に、御子たちは、ハッ…と我に返った。
そして、それぞれ急いで空に昇り散った。
一気に100メートルほど離脱したところで、線路上を走り始めた新幹線を見下ろす。
「まずいわ……」
「あれは何なの?……新幹線丸ごと一本、取り憑かれたってこと?」
鬼魔衆は、人や物に取り憑くこともあった。それを総称して“憑き物”と呼んでいた。
取り憑く対象の大きさと、その鬼魔衆の妖力は
これまで、電車、しかも16両編成の新幹線に取り憑いて。さらにそれを自走させるほどの妖力を持った鬼魔衆など、誰も想像すらしたことがなかった。
どうやら再生し始めていた節触手はまだ完全体ではなく、空に散った御子たちを襲ってくる気配はない。
“憑き物”にされた新幹線が徐々に速度を上げて行く。
このまま線路上を移動されたら、きっと大変なことになる。
「ああ…行っちゃうよ…」と、みらいが焦りを見せる。
煌河石リングが
「みらいちゃん、追っかけられる?」
「もっちろん!…我がホームを守らなきゃ…」
みらいを乗せてきた神奈川県章のSMT914が、ヘリモードで接近し、その場でホバリングする。
「待って、わたしも!」
機内に乗り込むみらいに続こうと、手を上げたレイアだったが。
煌河石リングの声に制止された。
「レイアちゃん、待って。もうそんなに魔力が残ってないでしょ?」
「でも……」
「レイアちゃん、大丈夫。MFCの仲間は、まだまだいますから」
…そうだった…と思い出したレイアに、うん、と頷く舞子と彩乃。
みらいを乗せたSMT914が、ローター音を響かせながら、陽の傾き始めた西の空に向かって小さくなっていく。
それを3人の御子たちは、祈るような眼差しで見送っていた。
公安部特務0課中央司令室のメインモニターに、神奈川みらい機からの映像が映し出されていた。
はっきりと鬼魔衆の姿が映っているのは、開発されたばかりの特殊レンズの効果。
そして、サブモニターの一つに民間テレビ局の報道画面が映る。
破壊された新幹線のホームやガラス割れた高層ビル。
避難中の群衆も。
そんな
「……本日午後2時頃、東京駅に突然現れた大型の
報道合戦を繰り広げる民間のTV放送局。
「…現場からお伝えします。鬼魔衆に取り憑かれたとされる、のぞみ**号”は、ただいま平塚市を通過中。これが先ほどここを通過した新幹線の映像です……」
線路から遠く離れた高台からの、望遠カメラで捉えられた新幹線が、画面の右から左へ走り抜けていく。
しかし、取り憑いているはずの鬼魔衆の姿だけは映せず、白い車体が西日に反射を見せているだけだった。
「…えー……補足しますと、この映像では鬼魔衆の姿は、見えていませんが。私のこの眼では、ハッキリと視認できました。未だ鬼魔衆は新幹線に取り憑いたままです……」
バツが悪そうにレポーターの声のトーンが下がる。
TV局の緊急特設スタジオでは、アンカーとコメンテイターが並ぶ。
「…ご存知のように鬼魔衆は映像に映りません。が、ただいま入った情報によりますと、すでに公安部特務0課は、鬼魔衆を映像に捉えることができる特殊レンズを開発しており。先ほど東京駅で起こった事件の映像が間もなくこちらに届くとのことです……」
「ついに
特務0課の司令長官、引波五郎はTVモニターに呟いた。
その横で肩を並べるのは副司令官の二條いちみ。
「変に隠蔽するよりいいんと違います?もう現場で何万人もの人に見られてますし。
この際、全国民にも知っておいてもらった方がいいと思います。今、この国がどんな危機と向かい合っているのかを…」
TVモニターからの音声が続く。
「……今のところ移動しているだけに見えます。しかし全く止まる様子もみられません。鬼魔衆は、一体どこに向かっているのでしょうか?
政府は、非常事態宣言を発令。新幹線全線の運行停止と運行中車両の避難をJR各社に要請し、同時に沿線住民への避難勧告と各駅の封鎖を……」
その強大さだけでなく。150キロの速度で移動する鬼魔衆など、特0にとって初めての経験だった。
先の展開が全く読めないこの事態に、司令室内は混乱を極めていて、オペレーターたちが各方面の機関と連絡を取り合う声が飛び交っていた。
「…しかし…新幹線に取り憑き、さらにそれをあの速度で走らせるとは……」
引波五郎は驚きと感心を同時にみせる。
「ごっつい妖力ですね。あんなん見たの初めてです…」
二條いちみ。22歳。
いちみは、かつて、京都の御子の一人であった。
その能力を失うほぼ同時期に、特務0課にスカウトされ、設立時の課長を経て、現在は副司令。
特A級の結界師の能力も持つ。
できるだけ標準語で話そうとしているが、つい京言葉が顔を出す。
「なあ二條……“アレ”はどこに向かってると思う?」
「さあ、目的地なんかあらへんのと違いますか?…武器を御子にもぎ取られ、たまたま線路上を逃げ出しただけ。そしてどこかで妖力が尽きて止まる」
「止まらなかったら?」
「博多でドッカーンですね。どこかで線路を切り替えられないのですか?」
「たしか三島に車両基地があったな……」
東海道新幹線の車両基地は全部で4箇所あった。東から品川大井、静岡県の三島、名古屋、そして大阪の摂津。
五郎がオペレーターに向く。
「三島駅への到達予想時間は?」
「このままのスピードですと……約30分後です」
「30分か……避難もバリケードも間に合うかどうかだな。となると次の車両基地は……」
「名古屋ですね」
「それは避けたいな。いっそ熱海から三島の間のトンネルにミサイルでもぶち込むか…」
五郎は冗談のつもりだったが。
「それは、“アリ”かも……司令、意外に大胆ですね」
いちみは、真顔で反応をみせる。
「おいおい……」
「まあ、ミサイルは別として。止めるだけなら、トンネルを塞ぐのは悪くない考えだと思います。けど、その後で掘り起こすのがしんどいですね……それに……」
JRに確認したオペレーターが声を挟む。
「ダメです、引波司令。三島、名古屋ともすでに退避した車両ですし詰めだそうです」
「そうか……二條、続きを」
「…それに、鬼魔衆に土の中を逃げられたら追跡不可能になります」
「なるほど……残る手は……」
…線路を爆破するしかないか…しかし…どこで…
悩むと、ポリポリと頭の後ろを
「五郎ちゃん、富士川っていうのはどう?」
この場に似つかわしくない女の子の声が、二人の背後から上がった。
「富士川?……」
五郎は、モニターの衛星地図を注視した。
「……なるほど、橋か……それなら……」
「引波司令、松本国務次官からです」
「つないでくれ」
松本の、低く太い声音が通信回線に乗る。
「引波くん、松本だ。まさか白昼の東京駅にあんなモノが現れて。挙句、新幹線ごと走り出すとはな……」
「我々にも、走り出すのは想定外でした」
五郎も認める。
「このまま博多まで走り続けると思うか?」
「正直、分かりません」
「では、富士川の橋を落とす」
「奇遇ですね。今まさに、そう進言しようと考えていたところでした。では、できる限りの特0ユニットを富士川に集めます」
「そうしてくれるか。付近の避難誘導はすでに各機関を通して始まっている」
「自衛隊は?」
「陸、空ともスクランブル中だ」
「松本国務次官、二條です。一つ進言してもいいですか?」
「やあ、いちみくん。どうぞ」
「地上部隊は距離を置いて頂けますか?、そうですね、少なくとも3キロ以上は必要かと……」
「ん?…理由は?」
「相手は新幹線に取り憑くほどの妖力を持った鬼魔衆です。今は、御子の攻撃で多少なりとも弱っているとはいえ、再生能力も持ち合わせているとの報告も上がっています。
不用意に近づいた戦闘車両や重火器が取り憑かれないとも限りません」
「なるほど確かに。そいつは厄介だな……んーー」
「そこで、MFCに数名の御子を要請して、富士川の手前で迎え討ってもらいます。橋を落とすのはそれが突破されてからでも遅くないのでは?」
「しかし、しちみくん。御子の力を信じていないわけじゃないが、150キロで走っている相手を浄化するのは決して容易ではないぞ。先ず止めないことには……」
「速い……ですが相手は線路上しか動けません。動く方向が限定されている状態であれば迎え討てるはずです」
「むぅ……なるほど。分かった。その作戦でいこう、時間がない……で?その御子さんたちの準備は?」
五郎といちみが同時に振り向く。
その視線の先には単独のコンソールに座る一人の少女がいた。
無邪気な表情で、五郎といちみに向かってOKサインをつくっている。
小柄でクリクリとした丸い瞳が愛らしい、15歳の少女。
しかしその可愛らしい容姿からは想像できないほどの天才であり、ウィザード級のハッキング技術も併せ持つ。
そして、特0司令長官、引波五郎の一人娘でもある。
紫兎は、御子ではなかった。
が、彼女だけが持つ特殊な能力があり、色々あって現在MFCと呼ばれる御子コミュニティを取り纏める立場になっていた。
肩書きはMFC代表。
「御子のスタンバイはOK、だそうです」
五郎が松本に伝える。
「松本のおじさん、紫兎でーす。お久し振り」
「…ば…馬鹿もの……」
国務次官をおじさん呼ばわりする我が娘を、五郎が睨みつけた。
「やあ、紫兎ちゃんか、元気そうでなによりだ」
「富士川の手前10キロ地点に見通しのいい田園地帯があります。そこで迎え討ちますので付近住民の退避を急いで下さい。座標を送ります……」
ポップアップしたコンソールに指を走らせながら、紫兎は、オペレーターチーフの
「……現在、
「それは、ありがたい。ちょっとそのまま待ってくれ。各機関に指示を出す」
松本との通信が一時遮断された。
……いつの間に……我が娘ながら、この先読み感覚と手際の良さにいつも感心する、と五郎は思った。
松本を待っている間、五郎はオペレータに指示を送る。
「時間までに富士川に向かえる結界師は何人いる?」
「ざっと20名ほどです」
「よし、全力で御子をバックアップする。全て富士川に回してくれ」
「了解」
再び松本との回線が繋がる。
「松本だ。手は回した。紫兎ちゃん、東京駅での御子さんたちの活躍にお礼を言いたい。彼女たちは、守りながらの難しい戦いをしてくれた」
「そのお礼は戦ってくれた御子さんたちに言って下さい。……でも、ごめんなさい、全部救えなかった…」
「いや、それでも沢山救ってくれた。御子さんたちがいなかったら壊滅的な被害がでていただろう。MFCの支援のおかげだ、ありがとう」
特務0課の司令室内に、MFCと表示された一角があり、情報端末を操作するパネルとモニター画面がいくつも並んでいた。
そこが引波紫兎の専用席。
間借りしている席だったにも関わらず、司令室内のほぼ中央を陣取る。
マジカル・フレンズ・チャンネル。
略してMFC。
特務0課の所属ではなかった。それどころか、こんなトップシークレットが詰め込まれた室内の一角を占めながらも、国や県、警察など、どの機関にも所属していなかった。
完全に独立した御子コミュニティ。
国務機関である特務0課とMFCの関係は、一言で説明すると、“相互支援”。
実は、この曖昧極まりない関係が築かれた背景に、御子でもない引波紫兎が大きく関わっていた。
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