第34話PR20 パープルラビット


京都から東京の特0司令本部への帰路。パープルラビット機の中で、二條いちみは、驚嘆の声を上げた。


「…1800年前の卑弥呼たちの大結界とは、えらいごっついストーリーやね。それに煌河石こうがせきにそんな秘密があったなんて…」


「不思議ですよね。わたしもまだ興奮してます。鬼魔衆きまのすは別として、御子の能力がそんな古代から引き継がれてきていたなんて、ロマンチックだと思いませんか?」

東京まで同乗することになった奈須ノ城瑠璃なすのしろ るりは、どこか嬉しそうに、瞳をキラキラさせながら。

「…ね?紫兎ちゃん」と同意を求めた。


「う…うん、そうですね…」


曖昧な返事が返ってきたので、瑠璃は、「大丈夫?」と心配顏で首を傾げる。

また倒れるのでは、と思われたらしい。


紫兎は別のことを考えていた。

そして、ずっと気になっていたことを瑠璃に訊いてみた。

「ね…瑠璃ちゃん、他には?…あの時、何か他には視えなかった?」


「他に、ですか?…わたしが、あの結界を覗いて紐解いたことは、全て話したのですけど…」


…そっか…アレは、やっぱり、わたしだけに視えたんだ…


瑠璃のストーリーには、プロローグとエピローグが抜けている。

それらは、煌河石が紫兎だけに視せてくれた幻想だったのかもしれない。

でも、紫兎には、ソレが本当にあったことのような気がしてならない。

今でも、あの時最初に視せられた星の崩壊の哀しさと、最後に感じた幸せな肌の温もりを、生々しく思い起こすことができる。


紫兎は、首からぶら下がる煌河石のペンダントを手に乗せ、ジッ…と眺めてみる。

透き通る薄紫色から、ふわっ…と魔光の粒子が踊る。


兎の横顔のモチーフ。

ーーパープルラビットーー


…コレと同じだった…


そうだとしたら、あれは……わたしのお母さん?

そして戸惑う。

…わたしは誰…?…と。


紫兎は、話そうかどうか迷っていた。

自分だけが視たもの、そしてそこから推測される、あまりにも突拍子なく、現実離れしたストーリーを。


「…いちみさん、瑠璃ちゃん、あのね…少し聞いて欲しい話があるのです。驚くかもしれませんけど…」


「いいわよ、いまさら何を聞いても驚かないわ」

「ふふっ、何?…紫兎ちゃん」

興味深そうに身を乗り出す二人。


「えーっと…これはわたしの推測、というか、ほとんど妄想かもしれないですけど…」

と、紫兎は話を切り出した。


「…あの場所……あの大空洞は、わたしたちの住んでいるところじゃないと感じたんです」


「…それは、ぇっと…どういう意味?」

「わたしたちの住んでいる世界じゃないということは、異世界?とか、霊界?とか…ですか?」


瑠璃は、未だにあのゲートは黄泉比良坂よもつひらさかだと密かに思ったりしている。


「世界は同じだと思います。ただ、ここ、じゃなくて、地中深く、でもなくて…」

紫兎は、言い澱む。


「…どこ?」


「月…です」


「…へっ…?」


予想だにしていなかった言葉を耳にして、いちみも瑠璃も二の句が継げなかった。

まだ、異世界、霊界、とでも言ってくれた方が、元御子と現役御子には、しっくりくる。


冗談を言っているようには見えない紫兎に、二人は揃ってポカン…と口を開けながら。


「月って…」

「あの月?」

と、上を指差す。


「うん、その月です」


「………………」


その言葉が二人の意識の中に浸透していく間を置き、紫兎が続ける。


「あの大空洞は、ここ、つまり地球の土の下じゃなくて、月の地中……ん?、月だから月中?って言うのかな?…ふふっ…自分でも変なこと言ってるなぁ、って分かってます。でも、あそこは月の中。色々考えると、そうとしか思えなくて…」


「…ぁっ……重力…」

瑠璃が思い出したように柏手を打つ。


月の重力は地球の6分の1。

あの大空洞で感じた妙な体の軽さ、歩きづらさ。

そういえば紫兎も、祭壇の上を跳ねるように派手に転んでいた。


「それも一つのファクターです」と、頷く紫兎。


「…でも……空気は?…月には大気がないはずよ」と、いちみは、抵抗してみる。


「でも、数えきれないほどの煌河石はありました」


「あっ…!」と、いちみは思い出す。

煌河石は、植物のように微量な酸素と二酸化炭素を放出する。

東雲しののめレポートにはそう書かれてあった。


「もし、あの空洞が密閉された空間であれば…そして、1800年もの時間があれば…」


「ふーん、かなり面白い仮説ね、それ。あ、ごめん、変な意味じゃないわよ。真面目に聞いてるわ」


「ふふっ、分かってますよ」


ここで、瑠璃が納得いかない部分を指摘する。

「でも、紫兎ちゃん。日ノ御子ひみこたちは?…あの空洞が月にあるとして、あそこで大結界を張った日ノ御子たちは……」


「そうね、1800年前には酸素ボンベなんてなかったわね…」

大結界を張る前なら、煌河石もまだなかったはず…


「いえ、いちみさん、わたしは言いたいのは、そこじゃないのです。空気は、例えば、魔法で何とかなったとして……問題は、そこじゃなくて。なぜ、日ノ御子たちは、あの空洞の存在を知っていたのか?…ということです」


「…それは……確かに、そうね…」

ふむ…と、いちみも思考に沈む。

1800年前に月に行くすべがあるはずもない。


二人は、その答えを求めて紫兎に向き直る。


「へへ…実を言うと、わたし、あの時…瑠璃ちゃんと最後の扉を開けた時に、別の物語も視えたのです」


「別の?」「物語?」


「はい、つながる物語と言ってもいいかも。瑠璃ちゃんが覗いた物語より前のお話」


「つまり、プロローグね…」


紫兎は、迷ったが、温もりを感じたエピローグは自分だけの胸の内に秘め、月と日ノ御子のつながるプロローグだけを話すことにした。


「で、それをわたしなりに紐解いてみました。ほんと、ただの幻想か妄想かもしれないので、真剣に聞いてくれなくてもいいのですけど…」


そう前置きする紫兎に反して、二人は真面目な面持おももちで身を乗り出す。

どこかワクワクしているようにも見える。


瞑想するように瞼を閉じた紫兎が、その物語プロローグを話し始める。まるで自分だけに語り聞かせる朗読のように。


「それは、昔…大昔…月にも地球と同じように青い海と空があって、たくさんの人々が住んでいた……地球より遥かに進んだ文明、そして魔法のある世界……それがある日、小さな、でもたくさんの隕石が月に降ってきて……」

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