第15話 PR10 伊達楓子


伊達楓子だて ふうこは困っていた。


朝の通学バスで、吊革に立って揺られていると。ちょうど前の席の男子高生たちの話し声が聞こえてきたからで。


「昨日の御子のTV見た?」


「見た見た。宮城の御子も出てたな…伊達楓子…」


その会話に自分の名前が登場し、楓子は、ドキッとする。

アレは御子姿で、髪色も変わって伸びているし、ちょっと大人びた感じだから。こうして彼らの目の前に、その本人がいたとしても分からないだろうけど。


「それって、あの噂のマジキューボンだろ?」


「(仮)で、名前の下にそう書いてあったよな。俺、思わず吹き出しちゃったよ」


「だよな。誰だよ?あんな笑えるネーミング最初に言い出した奴」


「知らねぇよ。でも本人、意外と気に入ってるから(仮)で晒したんだと思うよ」


…クッ…

マジキューボンって何よ…それに…


伊達楓子は、吊革を強く握り締める。


…誰が…意外と気に入ってるって?!


マジカル・キューティーボンバー。

誰が言い出したか知らないけど、SNS上でそんな呼ばれ方が飛び交っていることを、楓子は知っていた。


…そもそも何なんよ!昨日のアレは!

本名晒しは、かまわないって言ったけど、いったい誰よ!

頼んでもいないのに、あんな恥ずかしい通り名を並べて書いたやつは?


「この宮城の御子さんの、通り名?…は、とてもユニークですね?」

昨日のTVの美人アナウンサーの、その失笑気味なさげすみというか、憐れむような同情の表情を思い出すと、今でもワナワナと怒りが込み上げてくる。


「…ああ…それは正式ではなくて、市民の間では、そう呼ばれているらしいです」

…五郎さんも五郎さんだわ。そこはヘラヘラと乗っかるところじゃないでしょうに…


「ああ…だから(仮)なのですね」

あたり前よ。あんなの正式にされたら、わたし御子やめるからッ!!



「でもあんなに可愛かったんだ。ヤバくない?」


…ぇっ…?…

男子高生の会話に引き戻され、別の意味でドキッとする。


「それな。地元贔屓びいきかもしれんけど、あの可愛さは、群を抜いとった。どこに行けば会えるんかな。御子の楓子ちゃん」


…わたし…可愛くないし…

楓子は、自身の容姿に自信が持てないタイプだった。

ネガティヴ思考だと友達からもよく言われる。


「キマノスに襲われれば、助けに来てくれるんじゃないか?」


「怖えよ。それはゴメンだな」


停留所でバスが止まって、楓子の友達が二人乗り込んできた。

「おっはよ~楓子ッ!」


「きゃっ!」

いきなり背中をポンっと叩かれて、楓子がビクッとする。


「どーしたの?ふう…」


自分の名を連呼しようとするその口を、慌てて手で押さえた。

「んんーーっ…ふぅ…んんっー」

小早川こばやかわあかねがモガモガと苦しむ。


が、逆に目立ってしまった。


バスが動き出すと。

小早川茜は、楓子の横並びで吊革に揺られる。


「ごめん、ごめん、正義の味方に対して配慮が足りんかった」

ククッ…と笑いを堪えながら小声で謝るが、反省の色は、全然見えない。


もう一人の友人、新庄しんじょう亜希子あきこに挟まれ、楓子は、バスに揺られていると。

前の男子生徒たちのヒソヒソ声が、耳に入ってきた。

「ちょ…もしかして…」

「ホンモノか?…かなり可愛いいぞ…」

「でも…髪の長さが違うけど…切ったのか?」

「まさかの同じ高校かよ…?」

「お前ちょっと訊いてみろよ?」

「え?…俺?…無理無理」

「写メ、撮っちゃおうか?」

「馬鹿、それはやめとけ…」


止める間もなかった。

小早川茜が、男子高生たちに向けてビシッと指差し。

「ちょっと、あんたたち!…御子さんの無断撮影は禁止よ!」


「ちょ、ちょっと…茜…」

楓子は慌てる。

それじゃこちらから正体を明かしていることになる。


唖然と見上げる男子たちの視線が、楓子の顎の下に突き刺さる。

注目を浴びるその恥ずかしさに、ッ…と横を向く。


「…てことは…やっぱ…」

「ホンモノ?…ぁ…ですか?」

楓子たちのスカーフが2年生のものだったので、律儀に語尾を敬語に直す後輩男子くん。


ドヤ顔の小早川茜。

「そうよ。ここにおわす方は、宮城を守るスーパーヒーロー…その名も伊達楓…んっ…んんんーーーッ!」


「ちょ…ちょっと…茜、やめて!」

大慌てで楓子は、茜の口を手で押さえ、さらに後ろに回って、その喉を絞め上げる。

スリーパーホールドだ。

「んんんんっ…く…苦し…いぃぃ…楓…」


茜の肩越しから楓子は、1年男子たちに告げる。

「あっ…この子ちょっと中二病入ってるだけだから、気にしないで……」


「で…でも先輩の名前って…その人が伊達楓子って呼んで…」

男子たちは食い下がる。


「やだ…それはきっと聞き間違いね…じゃあ!」


そこがちょうど停留所で、開いたドアから首絞めた茜ともども、逃げるようにバスから降りてしまった。

学校までは3つも前の停留所だった。


「…げ……ゲホ…ゲホ…ごめん…楓子…」

むせ返る小早川茜。


「もう…茜!…恥ずかしいじゃない」


一緒に降りた新庄亜希子は、二人の様子にクククッ…と腹を抱えて、笑い涙を指で拭っている。


「亜希子も笑いすぎ!」


「…くくくっ…ご…ごめん、んっふふっ…で…でも、む、無理っ!」


「もう!…行くっ!」

プンと膨れっ面のまま、楓子は、友人たちを置いて、さっさと歩き出す。


「あ、待って…楓子、許して~」

笑いながらも、二人はその背を追いかける。

「ごめん、ごめん…でもあたし決めたんだ……」

追いついた茜が楓子の横に並ぶ。


「はぁ?…決めたって、何を?」


「昨日のTV見てて思ったんだ、楓子が御子さんで、宮城を守るなら。わたしは楓子を守るッ!…てねッ」


「さすが女子空手部主将は、頼もしいね」

亜希子が煽る。


「だから機嫌直して……ねっ?…楓子」


「…もう…しょうがないなぁ…」

そう言いながらも、楓子は、ちょっと嬉しくて。


実は、かなり不安だった。

自分が御子だと知られて、友人たちの態度が変わってしまうんじゃないか、と。

昨夜のTVの後で、誰もLINEを送ってきてくれなかったのもこたえていた。

このまま距離を置かれてしまうんじゃないか、と。


でも、こうして…

親友たちの、これまでと変わりない態度に。

そして自分を守ってくれるとまで言ってくれる、その優しさに。

ッーー…と目尻から涙がこぼれるのを感じて。

「えっ?…」と楓子自身も驚いた。


「…ちょっ、楓子、泣いてるの?」

「おっ…そんなに嬉しかった?」


「もう…!バカ…!」


「…やべ…このまま歩いてたら遅刻だ…」

茜が先に、亜希子も楓子も走り出した。



校門で、ギリギリ間に合わなかった楓子たちは、生活指導の善田先生に門を閉められる。

「コラ…遅いぞ!…小早川、新庄、伊達…お前らアウトだ」


「エエェ〜…」

ゼーゼー…と息を切らし、3人とも汗だくだ。


「…おっ…伊達…昨日のTV見たぞ。空飛べば間に合ったんじゃないか?」


「もう…先生まで!」


「ハハッ…悪い、悪い。御子さんと言えどもアウトだ。でも伊達、先生も応援してるぞ」


何というか…

楓子の心配をよそに、周囲は、御子の楓子を、あっけなく受け入れてくれているようだった。



伊達楓子は、ホッとしていた。


クラスの違う茜たちと別れ、心細くなりながらも教室に入ると。

「おはよー、楓子」と、クラスメイトたちは、いつもと変わらずに挨拶を投げてくれた。

「うん、おはよー」

いつものようにそう返す。

そんな昨日までと変わらない日常の風景に。


楓子は、窓際の一番後ろの自分の席について、ホッ…と窓の外を眺めた。

全ては、ネガティヴ思考からくる杞憂きゆうだったようで。


ただ、いつもより男子から見つめられてるような気がする。

……ほら、また…

朝連を終えたサッカー部の男子たちが、楓子の方を見上げてくる。

…わたし…自意識過剰かな…


「ふーうこ…」と、呼ばれて、振り返ると。

机の周りにクラスメイトたちが集まってきていたので、ビクッと驚いた。

「きゃっ!…どした?」


「どした?じゃなか……フフフッ、見たで、昨日のテレビ特番」

「ほんに驚いた。楓子が御子さんやったなんて」

「すごか…」


「えっ…あ…ええと……」

一気に詰め寄られて戸惑う楓子だったが、担任が教室に来るまで質問責めにあうのだった。



伊達楓子は、考え事をしていた。


授業中。

楓子はボーッ…と窓の外を眺めながら、東京そして富士川での御子仲間の戦いを思い起こしていた。


…舞子ちゃんも、みかんちゃんも、紅葉ちゃんも、他のみんなも凄かったなぁ……

あんな恐ろしい鬼魔衆きまのすに立ち向かって…


もちろん楓子自身は、もう1年半ほど宮城を護ってきてはいるのだが、アレほどの強大な物の怪となると、これまで対峙したことはなかった。

もし、そうなったら……

…わたしでも、あんな風にできるのかな……

ネガティヴ思考が負のスパイラルを始める。

そして、自分でも気づかずに、

「やっぱ、無理!」と、声に出していた。


黒板に向かっていた英語の先生が、カッ…とチョークを止め。

「おっ、伊達、どーした?…キューティーボンバーの出動か?」とからかう。


「えっ?、あ……違います……」

カァッ…と噴火しそうなほど真っ赤になる楓子を、皆がドッと笑う。


……もう!!先生まで……


楓子は、このまま空を飛んで、逃げ出したい気分だった。


そして…

伊達楓子は、疲れ果てていた。


放課後。隣のクラスの茜と亜希子が楓子の教室にやって来た。

「どした、楓子?…やつれた顔しとるよ。有名人は大変ですな」


「ん、もう!…二人とも、他人事ひとごとやと思って」


「ごめんごめん、でも楓子からかうと面白い」


「はぁー…怒る気も起きん」


「いつものとこ寄ってく?…ずんだシェーク。そのあとカラオケでも」


「うーん…」

街中に繰り出す気分じゃなかった。


「何か用事でも?」


「んー…ほら、レンタル畑のトマトの収穫が…」

特には、なかった。


「ないのね。ほら行こ!行くよ!」


「きゃ…ちょ…ちょっと……」

二人の親友に両側から強引に腕を組まれ、教室から連れ出される楓子だった。



「あははっ…それは楓子が、もともと人気者だからだよ」

「そうそう、楓子が可愛いから、ついついちょっかい出したくなるの…」


「うーん……わたし、可愛くないし…」


楓子たちは、ずんだシェークを片手に、涼しい店内でいつものようなJKトークをしていた。


「でも、楓子が魔法少女だったなんてね〜…」


「魔法少女?」

何それ?…と楓子は顔を上げる。


「あれっ、知らんの?みんなそう呼んでるよ…ねっ?亜希子」

「うん、御子って呼び方より可愛いよね」


「うっ…そうなんだ……」

…知らなかった…


「で?…どーして楓子が御子やってるの?」


……どこまで言っちゃっていいのかな?


楓子は、店内でフワフワ浮いている神使獣のホー君をチラッと見上げた。

ホー君は、太った無口な鷹である。

名前は、何となくつけた。


神使獣の存在は、はっきりと世間には公表されていない。

昨日のインタビューで引波五郎は、神使という言葉を使ったが、人々にはそれがどんなものか想像すら出来てないはずで。

そして、御子にしか見えない存在の神使獣は、特殊なMFレンズを通しても、その姿を写すことができなかった。


いきなり空気を見上げる楓子の奇妙な仕草に、茜は、落ち着きなく慌て出す。

「えっ?何?…楓子、何かいるの?…キマノスとか?…えっ?えっ?」


「あ、ううん。何でもない……ふふっ……んふふふっ」

ホー君が、鬼魔衆と間違えられたことに、プリプリと怒り出したので、楓子は笑ってしまった。


「ん、もう。何一人で笑ってるのよ。楓子がキョロキョロすると、シャレにならん」


「あははっ、ごめんごめん。でも、茜、怖がり過ぎ。そんなんで、わたしを守れるの?」


「うっ……」


「でも、楓子。やっといつもみたいに笑ったね」

亜希子がニヤニヤする。


「あ……」

……そっか、そう言われてみれば。

わたし、今日初めて素で笑ったかも…


この二人は、いつも通りでいてくれるようで、気も遣ってくれていたんだ、と知り。

楓子は、ホロっとした。


「あれ?…何の話だった?」

茜は、ずんだシェークのストローを抜いてペロッと舐める。


「楓子がどーして御子になったのか?って話」


「ん~…まあ色々と事情があってね~」


実は、そんな複雑でもなくて。

楓子は回想する。

趣味のレンタル畑の農作業中に、牛のような馬のような、はたまた熊のような異形の怪物が現れて。

逃げて、襲われて、殺されそうになって。

そこにいきなりホー君が現れて、「死ぬか?、戦うか?」って問われて……


そりゃ、その二択なら戦うしかないわよね…ずるい。

「はぁー……」


「ほらほら、また溜息ついてる」


「あっ、ごめん。でもね、ずっとあるわけじゃないらしいのよ、この力。大人になると消えちゃうらしいし」


「TVでもそう言ってたね……ということは、楓子はまだ大人じゃないんだ。ぬふふふっ……」

意味深なエロい目つきでニヤニヤする友人たちに、楓子は、耳まで赤くなる。


「もう!そーいう意味じゃない!」


「きゃあ、ごめんごめん」

キャッ…キャッ…と茜も亜希子も楽しそうだ。


…ぁ…でも、そーなのかな?

今度、いちみさんに訊いてみよう…と楓子は、密かに思う。


「でも、カッコよかったよね。あの広島の魔法少女。紅葉もみじって名前も可愛いし…」


「どうせわたしのは、可愛くないわよ」


「マジカルキューティーボンバー?…そう?…わたしはいいとおもうな」


「茜、見事な棒読みね」


「わたしは、長野の御子さんが綺麗そうだなって、思った」


「ノノちゃんね、美人よ」


「きゃあ!ノノちゃんって言うの?可愛い!…いいな、いいな、わたしにも紹介して」


「ねえねえ、楓子もあんなことできるんだよね?…空飛んだり、こう、パーっと光を出したり」

茜が少年のような純真な瞳をキラキラさせる。

女子空手部主将なのだから、格闘系の話は大好きだ。


こうして友達と話をしてると、まるでアニメかアイドルの話しでもしているみたいだった。

結局、実感のない映像の中の断片しか伝わらないのだ、と楓子は思った。

でもそれは、別に茜たちのせいじゃない。


「う…うーん…まあね」


「きゃあ、すごーい」


「でも……」

……でも、わたしもあんな風に戦えるのかな?

また同じ自問自答を繰り返しながら、あの子の言葉が頭に浮かんだ。


神使獣が選んだ者が御子になるのではなく、“御子の本質”を持った者だけが神使獣に選ばれる。


……こんなわたしに、“御子の本質”なんてあるのかな?…


なりたくて御子になったのでもない。

たまたまのような気もする。


急に、茜が小声になる。

「ねっ、ちょっと。何か視線を感じない?」


「茜も亜希子も、声が大き過ぎなんだよ」

楓子は、睨む。


見ると、店内にいた他の客たちが、楓子にチラチラと視線を飛ばしてくる。


「…ぇ…そうなの?」「御子さんらしいぞ…」

「ほら昨日のTVでやってた…」「あの子が?」


一気に視線を浴びた楓子は、顔を真っ赤にして俯く。


「楓子、何照れてんのよ。これぐらいの注目に慣れとかんと、この先やってけないわよ。ほら、笑顔でご挨拶」


…それは一理ある…かも…

「そ…そうね…」

意を決して顔を上げ、ニコッと微笑んでみたけど。突き刺さる視線にすぐにをあげてしまい、再び顔伏せた。

「ダメ…やっぱ、無理だ…」


!!!!……ん?…

突然に、楓子の背筋にゾクゾクッしたものが走った。

……この気配は……

それも、これまで感じたことのないほどの、強烈な邪気。


……どこ?


急に、血相を変えてガタッ…と椅子から立ち上った楓子の険しい表情に。

「えっ?…ちょっと…」と親友の二人が身構える。


すると…

いきなりだった。


ズズズズン!!!!!


重く地鳴る振動が、店内を揺らし。

テーブルの上でずんだシェークが横倒しになって、転がり落ちた。


地震か…あるいは、何かが爆発したような振動に、店内は騒然とする。


「きゃぁ!」

「何だ?!地震?」


……違う…地震じゃない……


「ちょ…楓子!どこへ…」


店を飛び出した楓子は、邪気の気配のする方へ駆け出した。

そして見た。


……何?……アレ…?


市街地から広瀬川を挟んだ向こう側に見える青葉山公園。

その小高い山の上に、真っ黒な太陽のような、球状のモノが浮いている。

禍々まがまがしくモヤモヤと、黒焔こくえんが立っているようにも見える“ソレ”は、ちょうど青葉城址がある辺りで。

そして、そこから灰色の煙が立ち昇っている。


…嘘?…アレは何?…鬼魔衆きまのすなの?

あんなの見たことない…

あんな…大きな…


青葉山公園上に浮遊する真っ黒な怪異。

楓子がまず驚いたのはその大きさだった。

遠目に浮かぶそれは、数キロ離れたここから測って見てもその巨大さが分かる。


街行く人々が騒がしい。

「ヤバい…ヤバい…」

「逃げろ…!」

と駆け出している。


背後を振り返りみると、市街地の右手方向から太く黒い煙が立ち昇っているのを知る。

……火事?…いったい、何が起こっているの?…


すると…

空気を歪ませるような邪の気配が高まる。

その発信源の青葉山に視線を戻すと、その不気味な球体から、音もなく、何か黒い、大きな槍のようなものが発射され。

緩やかな弧を描きながら、こちらに向かって飛んできた。


楓子は、動けず。ただその“黒い尖り”を目で追っていると…

それは楓子の左、数キロ離れたビル群に着弾した。


…ドンッ!!


……なっ!!!


まるでミサイルだった。

直撃を食らったビルが、ガラガラと音を立てて崩れ落ちていき。

ビリビリと震える空気と、ゴゴゴ…と石畳の歩道を揺らす地響きが、楓子の靴裏に伝わってきた。


「楓子!!…何あれ!…何なの?!」

楓子に追いついた茜と亜希子が、息を切らしながら絶叫する。


「二人とも逃げて!!」


「逃げるって、どこに?…どこに逃げればいいのよ!!」


「とにかく走って!!…出来るだけ遠くへ!!」


「楓子は?…もしかして戦うの?…あんなの無理だよ。一緒に逃げようよ、早く!!」


ズズッズン!!!


いっそう地面が大きく揺れ。

「きゃあぁーー」と悲鳴を上げる茜と亜希子は、頭を抱えて路上にへたり込んだ。


黒い球体からの三本目のミサイルは、楓子たちの頭上を通り越して、背後の高層ビルを貫通した。


大穴が空いた高層ビルの壁面が剥がれ落ち、コンクリートの塊が、ボロボロと崩れる始める。

それらは、割れたガラスと共に地上に降り注ぎ、硬い凶器と化して、運悪く下にいた人々を潰していく。


いくつもの窓から赤い炎が上がり、黒い煙がモウモウと立ち昇り始めた。


悲鳴をあげ、右往左往しながら逃げ惑う人々。

倒れ伏せて動かない人からの血だまりが、アスファルトに広がる。


成すすべなく石畳にうずくまる女の人。

そして、悲鳴すら上げることもできずに、立ちすくむ子供たち。


……もりみやこが燃える。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る