第14話 PR09 −2


東京駅から富士川へと続いた、一連の鬼魔衆厄災。


その報道の熱は、一夜明けて、さらに過熱する一方だった。

これまでの鬼魔衆関連の事件報道との最大の違いは、やはり…“映像”。


政府は、東京駅と富士川の映像公開に踏み切った。

一般公開用にカット編集されたいくつかの映像が、各メディアにデータ送信され。それが昨夜から、緊急特番を組んだ放送各局で何度も何度も、飽きるほどに繰り返し放映されていた。

加えて、有名動画サイトにも政府公認の動画がアップロードされ、全世界に配信されることとなった。


新幹線に張り付く毒蟲鬼の、そのおぞましさ。

怪獣映画さながらの長い節触手を振り回す“能面”鬼魔衆の、その異様さ。


それが“える”ということで、人々は、やっとそれを認め、そして衝撃を受け。今そこにある危機、を本当の意味で思い知ることになる。

死者、行方不明者、合わせて545人。重軽傷者1300人以上という具体的な数字を見聞いて、各々おのおのはかりにかけ、その脅威の大きさを実感しながら。


と同時に、それを遥かに上回る注目を浴びたのが、御子だった。

鳥のように空中を自在に飛び、蝶のように節触手を鮮やかにかわす。

槍のようなものから閃光を放ち、稲妻さえ落とす。

圧巻だったのは、走る“能面”新幹線を、まるでバッティングで打ち返すように止めてしまった光景シーンで。

どれも遠目とは言え、ハリウッドで制作されたヒーロー映画と見紛みまがうほどの迫力で、人々の心を鷲掴みにした。


誰も彼もがその話題で持ちきりで、もちろんSNSやネット上でも大騒ぎになっていた。


「鬼魔衆って怖えよな…」

「それより御子だろ、マジで空飛んでたぞ」

皆、街のカフェで顔を寄せ合い、スマホで動画を何度もリピートしている。

「スゲェよな…これって女の子だろ?」

「どの子もアイドルみたいに可愛い、ってTLタイムラインに流れてるぜ…」

「なんでこんな可愛い衣装で戦ってるんだろ…?」

ヒラヒラのスカートだ。

「さあ…?そういうユニフォーム?」


東京富士川厄災から1週間経っても、御子に魅了された人々の語り口は止まらない。

メディアもこぞって御子を取り上げ、にわかコメンテーターがしたり顔で御子を語る。

そして噂が噂を呼び、ロボット説や宇宙人説まで。

とにかく…

どこもかしこも御子、御子、御子。


しかし、現実に目を向けると。

経済市場では、鬼魔衆不安の影響を受けて、東京株式市場の平均株価は大急落した。


事実、東海道新幹線のホームは、無残に破壊され。決戦となった富士川付近の線路は使用不能になった。

それでも、東海道新幹線が7日で仮復旧を果たしたのは凄いこと。

小田原ー静岡間の在来線を増やし、乗り継ぎバスを運行させるという暫定措置だったのだが。しかし新幹線の運行本数は従来の半分ほどで、それがほとんど空席という状況だった。


不安影響は、新幹線だけにとどまらない。

海外からの旅行者は途絶え。国内の飛行機、在来線、バスの旅行ですら軒並みキャンセルされ。人々の外出は控えがちになった。


危機的な状況においては、不安を煽るより、希望的な話題を提供した方が良い。

そう判断した政府は、直ちに施策を打ち出し始めた。


鬼魔衆取り憑き防止に、電車、バスなどの公共の乗り物に結界のお札を“装備”すると発表した。

だがこれは、眉唾まゆつばものだ。その効果の実証を積み重ねるには時間がかかり過ぎる。


そこで、政府は、速攻的な効果を期待して、世間の注目が集まる御子の情報を開示することに決めた。



鬼魔衆きまのす東京富士川厄災から2週間後。

全国生放送のTVスタジオで、緊張した面持ちの引波五郎は、美人女子アナからインタビューを受けていた。


「…これは当初から公式に発表されていたことですが、現在、我々、公安部特務0課と御子とは、MFCという御子コミュニティを通じて、相互支援の関係にあります」


キリッ…とカメラ目線で決める五郎は、昨夜鏡の前で散々練習リハーサルを重ねてから、この生放送に挑んでいた。


「つまり御子さんたちは、公的には、政府のどの組織や機関にも所属していない、という事ですね?」


「はい。そういうことになります」

キリッ…


「…では次に、こちらの映像について、引波さんに幾つか伺って行きたいと思います」

東京駅に出現した2種の鬼魔衆の静止画像がモニターに映し出された。


美人女子アナが続ける。

「これまで鬼魔衆に関連する事件がいくつかありましたが、これ程の数と、これ程の大きさのものが出現したことは、過去にありましたか?」


「これ程の数の鬼魔衆が同時同場所に現れたというのは、私の知る限りでは、初めてのことだと思います。あと、必ずしも大きさイコール強さではないのですが、建物を破壊するほどのものとなると……昨年の代々木運動場の例がありますね」

キリッ…


「その代々木運動場の時も、御子さんが鬼魔衆と戦っていたのでしょうか?」


「はい、その時は3人の御子が対処した、と聞き及んでいます。ただ、その時点では、我々も御子の存在を掴め切れていませんでした」

キリッ…


モニターが東京駅上空を飛ぶ御子の映像に切り替わる。

「この映像では3人の御子さんが確認できます。この映像以外にも、他に3人の御子が目撃されていますが…」


「はい、この時は6人の御子が東京駅に駆けつけてくれていました。この3人は東京の御子です。あとは、埼玉、千葉、神奈川からそれぞれ1人づつ」

キリッ…


続いて、画面は富士川の御子のシーンに切り替わった。

「この映像では、さらに6人?…確認できますが」

遠目なのだが美人アナは、巫女装束の色で判断する。


「…いえ、1人は、新幹線を追跡してくれていた神奈川の御子ですから、加えて、という意味で5人です」


「ということは今回の事件に登場された御子さんは、11人ですね。ところで、御子さんは何人いらっしゃるのでしょうか?」


「今現在、覚醒している御子は全国で50名と聞いています」


「そんなに……」


「はい、北海道から沖縄まで」


「へぇ…沖縄まで…本当に全国各地にいらっしゃるのですね」


「そうです。御子は、それぞれ地元の神使しんしのご加護を受け、特殊な能力を授かると聞いています。それを我々は、目覚める、あるいは、覚醒する、と表現します。そのメカニズムは解明されていませんが、なぜか、10代の女の子ばかりです」


「男性はいないのですね?」


「今のところいませんし、過去にもそう言った例は、無かった、と聞いています。そして、その浄化能力の保持期間には個人差があって、だいたい二十歳を越えるまでには御子の能力は消えていくようです」


「不思議ですね……ところで、能力が消えた御子はどうなるのでしょうか?」


「どうもなりません。一般の人に戻るだけです」


「御子を卒業するということですね」


「上手いことを言いますね……ははっ……」


「となると、その地域には御子がいなくなってしまうのでしょうか?、それともまた別の御子が現れるのでしょうか?」


「それは、我々にも分かりません。ただ、御子の存在は白血球に例えられたりします」


「白血球?……と言いますと?」


鬼魔衆きまのすに対する自然界の免疫システムなのではないかと……つまり、日本列島を人の身体と見たて、鬼魔衆という病原体が侵入したと考えた場合に、その病原体を駆逐する白血球、というイメージです」


「えーと……それはつまり、今、日本は鬼魔衆という風邪をひいている、ということですね」


「はい。鬼魔衆インフルかもしれませんが……」

キリッ…


「ふふっ……」

「ふははっ……」

美人女子アナの笑顔に、五郎がだらしなく白い歯を見せる。



「ただのエロおやじ、やね……」

「ですね…それに、あのキリ顔がウザいです」

二條いちみと引波紫兎は、スタジオの隅で、五郎が鼻の下を伸ばしながらインタビューを受けているのを、呆れ顔で眺めていた。



インタビューは続く。

「…鬼魔衆は神出鬼没ですが、この先この映像のような強力なモノが現れたとしても、開発済みの“穢れ検知センサー”や、あるいは、各地の御子がソレを察知して、浄化に向かいます。

それを、我々、特務0課や自衛隊、警察、消防が全面的にバックアップします。

それほど強力でないモノであれば、これまで通り、特務0課の結界師がその浄化や封印にあたることもあります」


「なるほど……」


「御子といえども体は一つですから」


「では、もしも、この映像のような強力な鬼魔衆が、別の地域で、複数、同時に出現した場合には?」


「そのような事例はこれまでありませんが。その場合には、先日のように、それぞれの地域で、かつ複数の御子で対処が可能です。

その最速、かつ、効果的な移動手段として、特務0課所属のSMT914高速輸送航空機が各県に配備されているのはご承知の通りです。

富士川で活躍してくれた御子の中には広島と大分から、我々の要請に応じて駆けつけてくれた御子もいました」


「その作戦の指揮を、特0の司令長官である引波さんが務めていらっしゃるのですね。頼もしい限りです」


「いやぁ、それほどでも。ふははっ……」



二條いちみは、イラっとする。

「あのエロおやじ、適当なことを……しかも、ちゃっかり自分の手柄のように言うてはるわ」


「ですね」


「でも、御子の話。あんなベラベラ喋ってもいいの?」


「いいんじゃないですか。いまさら変に隠すよりは」


「わたしが京の街で御子やってた時は、隠そう隠そうと昔ながらの流れだったから。こんなにオープンにされると、何だか落ち着かないのだけど」


「ふふっ、そういう時代になったんですよ」


「そういう時代ね……」

短い嘆息を吐いた二條いちみの視線の先で。

調子づいた引波五郎が、ウザい目力を込めたカメラ目線で、まだ語っている。


「……古来から、御子は、人知れず、鬼魔衆の脅威から我々の生活を守護してくれていました。そして今現在も、それは変わりません。

ここ2年ほど鬼魔衆の出現が各地で相次いでいますが、現代の科学と古来の御子の力を結束することで、これに対処できる、と、我々は考えています。

ご安心ください。

そこで、国民の皆様にも御子のことをよく知って頂こう、と考えまして。初公開ですが……」


ここで、事前に準備されていた大きなパネルの隠し紙が剥がされ、そこに50名の御子たちの全身画像がズラッと並んだ。

「…これが、各地の御子の愛称と戦闘服をまとった御子たちです」


カメラがパネルに寄り、舐めるようにパンニングする。

カラフルに彩られた巫女装束の画面に誰もが目を奪われた。

「きゃ、可愛い…」美人女子アナからも黄色い声が上がった。



「ちょ…待って…そこまでやるか?」

二條いちみは、呆気にとられた。


「ふふっ、だって、呼び名がないと困るでしょ」


「紫兎ちゃん、こうなると知ってたの?」


「MFCはオッケーしました。ちゃんと御子さんたちの許可ももらったよ」


「そうだったのね。でも、いいの?、あずきみたいに本名の子もいるけど」


「あずきちゃん?、別にかまへん、って言ってた」

鴨宮あずきだけでなく、他の御子たちも概ね同じような反応だった。



京都鴨宮家のリビングルームで、この放送を見ていた鴨宮はしらは、あずきに訊く。

「ええんか?」


「別にかまへんし、もうそういう流れなんやろ。逆に、何でコソコソせなあかんのやろ、って思っとったし…」


「ちゃうちゃう、そういう意味とちゃう。この際、あずきちゃんにもごっつい可愛い通り名をつけるチャンスやったのに。プリティ・ブラックバード・あずき、とか、どや?」


「やめてんか…」

…楓子ちゃんと一緒にされたらかなわん…


TVの画面は、まだ御子パネルを映したままだ。

「……つまり、御子たちは、その能力を開放すると、このような戦闘服の姿になります」

五郎の解説の声だけが、聞こえてくる。


…戦闘服?…このアイドルのようなヒラヒラスカートの可愛い衣装が?

美人女子アナは、疑問を口にする。

「それは?…わざわざこのコスチュームに着替える。ということでしょうか?」


「いえ、信じ難いかもしれませんが、この姿に変身します」


「……ぇ、変身?!…魔法みたい、に?…ですか?」


「ええ、まあ、魔法という言葉は的を得ています。SNS上では、御子は、魔法少女などと呼ばれたりしてるようですし…」


「そうみたいですね」


「巫女装束、と我々は呼びますが、なぜこのスタイルになるのか不明です。ただこれは、鬼魔衆の邪気や攻撃から身を守る鎧のような役割も持つとのことですし、加えて、身体能力も上がるようです」


「…ぇっと…それは、空を飛ぶことにも関係あるのでしょうか?」


「恐らく…としか、言いようがありません。今のところ我々にもそのメカニズムは全く分かりません」


もう、この頃にはTV局への電話が殺到し、回線はパンクしていた。

ネット上でもその反響は凄まじく、サーバーがダウンするサイトが相次いだ。


インタビューも終わりに近づいてきていた。

「…これら御子は、MFC、マジカル・フレンズ・チャンネルという非営利の自己組織でつながっていますが、活動の資金が乏しいのが現実です。

今回の東京駅富士川厄災の義援金と共にMFC支援の協力金も受け付けていますので、国民の皆様のご理解と応援を是非ともよろしくお願いします」


「引波司令長官、本日は、お忙しい中、ありがとうございました」




「なんや、結局、最後は、金集めかいな…」

二條いちみが、京言葉で呆れる。


「いえいえ、しちみさん、お金は大切ですよ、有って困ることはないのですから」


「ふふっ…意外と商人あきんどやね、紫兎ちゃんは」


「御子人気に便乗して、こんなのも作ってみたのですけど……各地の御子さんのチビキャライラスト付きの御守り」


「わっ…可愛い。よく出来てる」


「でしょ?」


「売れるんじゃない、それ」


「でしょ?…でも、あそこで無駄なキリ顔を決めているエロおやじに、馬鹿ダメだ、と一蹴されました」


「頭堅いなぁ」


「せっかく御子さんたちも乗り気で喜んでくれてたのに…」


「でも、引っ込み思案な子もいるでしょ?」


「可愛く照れて、まんざらでもないみたいでした。わたしたちの年頃ってこういうアイドルみたいなものに少し憧れるんですよね」


「あー…それ何か分かるわ」


「ふふっ…でしょ?」


「紫兎ちゃんのは?…ないの?、それ」


「えー、そんなの誰も欲しがりませんよ、だって、わたしは御子さんじゃないですからねっ、ふふっ……」


二條いちみの目には、そう微笑んだ紫兎がやはり少し寂しそうに映った。

御子をまとめる立場でありながら、自分は御子ではない。それが、時折見せる紫兎の憂いの原因なのだろう、と感じた。

御子への憧れ。そういうことなのだろう、と。



そうして、この放送を機に、ついにベールを脱いだ御子の人気は、一気に爆発した。


ネット上で。

さらに翌朝の新聞の一面の見出しも飾り、中開き2面カラーぶち抜きで、御子たちの姿がずらっと並んだ。


それぞれのホームを拠点とし、まるで魔法少女のようなカラフルで可愛いコスチュームに身を包み、自由自在に空を飛び回る。

そして、巨大な災禍と認識された鬼魔衆にも勇敢に立ち向かい、神々しい光を放ちこれを滅する。


御子たちは、英雄視され、一夜にして人気アイドル並の有名人になってしまった。

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