第18話 PR10-4


戦闘を終えたばかりで魔力の消耗が激しかった、伊達楓子ふうこ久慈くじ雪音せつね羽幌はぼろランの三名は、休息を取ることとなり、特0とくゼロ仙台支部で“補給”を取らせてもらうことになった。


迎えに来たSMT194、楓子サファイアホーク機に揃って乗り込む。


「…ふぅ…お腹すいた……」

楓子は、緊張の糸が途切れた途端に、激しい空腹を感じた。


「楓子様、ご家族は、ご無事のようです」

特0の情報網で、家族の安否を告げられて、楓子は、ホッとした。

と、同時に親友たちの顔が浮かんだ。


……茜と亜希子は、無事だったのだろうか?…

この混乱でスマホも通じない。


「ね、雪音、ランちゃん。ちょっとだけ寄り道してもよかと?…ぇっと、一緒に来てくれる?」


「よかよか、なんぼでも付き合うべ」

「もちろん。わたしは、かまわないわよ」



上空から見る破壊された仙台の市街地は、一帯が停電していて黒い海のようだった。

どこもかしこで赤く明滅しているのは、緊急車両の警告灯と、未だに消火しきれていない火災。


楓子は、グッ…と胸が締め付けられそうになって、唇を噛む。


一体、何人の人が亡くなったのだろう…?

もっと早く、わたしが鬼魔衆きまのすの邪気を察知していれば……

楓子は、そんな自責の念を抱え始める。


…わたしは…まもれなかった……

せめて3本目の攻撃だけでも防げたのではないか…?


そんな後悔の念にも取り憑かれ、楓子の弱気の虫が騒ぎ始める。

……たぶん…わたしは、御子として失格なのかも…

この地を、この街を、守護する御子が、わたしなんかでいいのだろうか?

もっと適役がいるのではないか?…と。


…ごめん…ごめんね……


大好きな街を見下ろしながら、溢れ出す涙を抑えきれずに。

楓子は、「…ぅっ…ぅぅ…」と嗚咽おえつを漏らし始めた。


雪音は、楓子と同じように、夜色より黒くなった市街地を見下ろしていた。

「ほんに、ひどい有り様ありさまだぁ……だども、楓子のおかげで救えた人もいたべ」


楓子は、ボロボロと涙をこぼしながら、うんうん、と頷き。

それでも、れ出そうな泣き声をグッと押さえていた。


「ほんに…一人でよく頑張ったなぁ…」


「そうよ。楓子ちゃんは、宮城を護る立派な御子よ」


雪音とランの、その言葉に。

それまで抑え込んでいた感情が爆発した。


楓子は、ついに、ぐしゃぐしゃに泣き始めた。

「…ううぅ……違う…わたしなんか……わたし…」

それでも、そっと、肩に手を差し伸べてくれる雪音とランに。

楓子は、すがりながら、わあわあ、と大声で泣き崩れた。



楓子が、ひと通り泣き尽くしたのを見計らって、付き添っていた特0の隊員が尋ねる。


「楓子様、どこに降りますか?」


「…ぁ…ごめんなさい。宗ノ城高校へお願いします」


楓子たちが通う高校は、市街地から外れていた。高台にあり、災害避難所にも指定されている。

もし茜と亜希子がいるとしたら、そこかもしれない、と当たりをつけてみた。


SMT914がツインローター音を響かせ、宗ノ城高校の校庭に着陸する。

ライトグレーの機体に、宮城県章と特0の印字とマーク。

そして伊達楓子のロゴマークは、紺碧こんぺきの鷹。


「…何だ…何だ…?」

大勢の、避難していた人々が、騒めき立つ。


その機内から3人もの御子たちが降りてくるのを見て、人々は、驚きで顔を見合わせた。


「…御子だ…3人も…」

「…おい…見ろ…」


……あれは、伊達楓子…


御子が来た、と、すぐに人づてに伝わり。

動ける人々は、その姿を一目見ようと校庭に集まり始めた。

すると、あっという間に楓子たちの周りに、大きなドーナツ状の人集ひとだかりができた。


自家発電を持つ宗ノ城高校だが、それでも消費電力を出来るだけ抑えるためだろう。

灯る明かりは、体育館内と職員室だけで、校庭は薄暗い。

周りの人集りには、ハンドライトを持つ人も多い。


楓子が、その中で、茜と亜希子の姿を探してキョロキョロしていると。

「楓子!!」と、人集りをかき分けて、小早川茜が、駆け寄ってきた。


「…ぁ…茜!」


ドン…とタックルされたように抱きつかれた楓子は、「きゃっ…」と、腰と両膝を落としながらも、しっかりと茜を受け止めた。


「楓子~~よかった~……わぁぁぁぁ、、、」

楓子の胸に、茜が顔をうずめて泣きわめく。


「…茜……」

…ぁぁ…良かった…


遅れて駆け寄ってきた新庄亜希子は、そんな二人を見ながら、溢れる涙を腕でゴシゴシと拭っていた。


「…亜希子も…」

ほんと…無事でいてくれて良かった…


自分の名を連呼しながら、子供のように泣きじゃくる茜の背に、両の手を回しギュッと抱きしめ。

楓子は、亜希子と頷き合う。


「……あの黒いの……やっつけたんだね…」

グスッ…と鼻をすすりながら、でも亜希子は笑顔で。


「うん…」


楓子は、少し落ち着き始めた茜の耳元に囁く。

「茜、無事でよかった…」

うん、うん、と頷きでしか返せない茜。


楓子は、親友たちの無事を確かめて、ホッと一息入れ、雪音とランに振り返る。

「ごめん、茜、わたし行くね……また…」


「嫌っ!」

離れるのを恐れる茜が、楓子の腰に回した両腕に力を込める。


「…茜……」

よほど恐かったのだろう……

よほど心配だったのだろう……


亜希子が茜の後ろから両肩をそっと掴んで、声をかける。

「茜…もう大丈夫だよ。楓子を離してあげて……ねっ?」


うん、うん、と頷きながら茜の腕から力が抜けていく。


「亜希子、ありがと……」


そのまま立ち上がった楓子だったが、周りに集まった人々の表情を見るのが恐くて、顔を上げられなかった。


人々は、皆、神妙にして静かだった。

誰も一言の声すら発しない。

それが…

無言の非難を浴びせられているように感じて、楓子は顔を伏せたままでいた。


静かに待っていてくれた雪音とランに声をかける。

「お待たせ…行こっか…」


二人とも何か言いたげだったが、何も言わずに、うん、と頷き返しただけだった。


いったんは、人々に背を向けて歩き出した楓子だったが。

ピタリと足を止めた。

……これじゃダメだ……ちゃんと言わなきゃ…


「ん?どした?…」

「楓子…?」

急に立ち止まる楓子に、二人は振り返る。


「…わたし…ちゃんと向き合ってくる…」

きびすを返した楓子は、その足で人々の前まで戻っていく。

人集ひとだかりで、何事?…と戸惑いの騒めきが起こる。


楓子は、背筋を伸ばし。伏せていた顔を上げ。

正面を見据えてから、つどう人々の一人一人の顔を、その表情を、ゆっくりと見渡した。


不安、悲しみ、恐れ、戸惑い、疲れ……そんな負の表情だけがここには並んでいた。

もちろん笑顔を浮かべている人など誰もいない。


「ぁ……あの……皆様……」

楓子がおずおずと口を開く。


……ダメ、ちゃんと言わなきゃ……

スッ…と素早く息を吸い、おのれ声音こわねに勇気を込める。


「皆様…初めまして。この地、宮城を鬼魔衆きまのすからまもらさせて頂いています、御子の伊達楓子です。あの鬼魔衆は、浄化されましたので、一先ひとまずご安心下さい……」


ジッ…と、微動だにせず、御子の言葉に耳を傾ける人々。

その心中では、守れなかったくせに何が御子だ、と唾を吐いているのかもしれない。

楓子には、そう思えてしまう。

…でも…


「……でも…」

楓子は、未だ炎に焼け、黒煙が上がっている街の方を見やってから言葉をつなぐ。

「……でも、わたしの……ごめんなさい……わたしの力が足りなくて……その…ほんとに……ごめん…なさ……」

最後はボロボロと涙が溢れ出し、込み上げる嗚咽で、もう言葉にもならなかった。


……ぁ……ぇっ…?

むせび泣き、その華奢な肩を震わせる御子の姿に唖然とする人々。


ここにいる誰もが、目の前で涙を流す御子に感謝する気持こそあれど、責める気持ちなど毛頭もなかった。

人々は、ただ、初めて出会った御子にどんな態度で接すればよいか分からなかっただけだった。


「…ぁ……あの…」

見兼ねた誰かが、泣きじゃくる楓子に声をかけようとした時に、亜希子が声を上げた。


「楓子、泣かないで。みんな知ってるよ。楓子が一生懸命、わたしたちを守ってくれたこと」


うん、うん、と人々は顔を見合わせて頷き合う。


「おう!…そうだそうだ!…何も、楓子ちゃんが泣くことなんかねえっ!」

いきなり、知らないおじさんが叫んだ。


「ちょっとあんた、守り神の御子さんに向かって、楓子ちゃん、だなんて…失礼よ」

横にいた女房らしき女性が、その旦那をたしなめる。


「お?…ぁ…すまねぇ…つい…」


クスクス…と笑い声が人集りかられる。


「…ぁ…そんなの……別に……」

…いいんです、と楓子が返そうとした時に、一人の小さな女の子が人集りから歩み出てきた。


その母親が、「あゆみ!」と、我が子を呼び止めようとしたが。

その幼女は、楓子の前まで歩み寄り、不思議そうな眼差まなざしで、楓子の蒼玉サファイアブルーの瞳を見上げた。


「お姉ちゃん……」


「ん?…なぁに?」

涙濡れた目尻を指で拭いながら膝を折り、楓子は、目線の高さを幼女に合わせる。


「お姉ちゃんは神様なの?」


「…ぇっ?…違うわ。神様なんかじゃない。あゆみちゃんと同じ女の子よ」


「…じゃぁ…楓子ちゃん、って呼んでもいいの?」


「うん、もちろんよ」


「じゃぁ、楓子ちゃん……どーしたら魔法が使えるようになるの?」


「魔法?」


「うん。楓子ちゃんは、お空を飛んだりできるでしょ?…あゆみも、お空を飛んでみたい」


「そうね…それは、あゆみちゃんがそう願っていれば、ひょっとしたら叶うかもね」


「ふーん……」と首をかしげる幼女。

まだよく分からないらしい。


「ね?…ちょっとだけ、一緒に飛んでみる?…お空…」


「うん!…いいの!?」


キラキラとした笑顔を見せる幼女に、再び母親が、「あゆみ!」とたしなめた。

横にいた父親が口を挟む。

「まあ、いいじゃないか。御子さんも、ああ言ってくれてるし……なっ?楓子ちゃん」

幼女の父親は、楓子に笑顔を向けた。


「はい」と、楓子も自然と笑顔で返す。


「もう、あなたまで……」

あゆみの母親は、呆れ顔で微笑んだ。


人々の表情がやわらいできた。


「じゃ…あゆみちゃん、いくよ。しっかり捕まっててね」


「うん」と頷くあゆみを抱きかかえた楓子は、フワリ…と夜空に向かって上がっていく。


「…おおっ…すげえ……」

それを見上げた人々から、静かな驚きの歓声が上がった。


地面から遠くなる足元を、不思議そうに見下ろすあゆみに、楓子は微笑む。

「怖くない?」


「うん、へーき…」


「じゃ、もう少し上にいくね」


そう言って、スーッと300メートルほど上がったところでフワリと止まった。


「わぁ……お星がいっぱい…」

そう嬉しそうに。

あゆみは、夜空に小さな手を伸ばす。


皮肉にも、街の灯りが消えてしまっていたので、天球の星辰せいしんが、いっそう輝いて見えていた。


楓子は、小さなあゆみを抱きかかえながら、雪音が言っていた、“救えた命”の温もりを、胸いっぱいに感じていた。


「あゆみも、楓子ちゃんみたいになりたいなぁ…」


「ふふっ…頑張ってね」


あゆみと一緒に、満天の夜空を見上げる。

楓子の頬に、暖かい涙がホロホロと流れて、星々がにじみ輝いて見えていた。


……知らなかった……

わたしって、こんなに泣き虫だったんだ……



雪音とランは、微笑みながらその様子を下から見上げてた。

すると、いつの間にか幼児たちが20人ほども、二人の足元に集まってきていた。


「ねえ…お姉ちゃんたちも魔法が使えるの?」

二人の巫女装束のスカートの裾を、クイクイと引っ張りながら、無邪気に問いかけるちびっこたち。

同じことをして欲しいということだ。


「ははっ…」

「ふふっ…」

顔を見合わせて吹き出す。


「じゃあ、一人ずつ順番ね」

羽幌ランは膝を折り、ちびっこたちにウインクを投げた。




封鎖された青葉山公園内に乗り入れていた特0特殊車両の中で。

紫兎は、司令本部の五郎と通信モニター越しに顔を合わせていた。


「で?…何か分かったことは?」


「深さは測定不能、穢れの反応も今のところなし。でも穴の大きさだけは分かったよ」

紫兎は、投げやりな口調で腕を頭の後ろに組んだ。


「つまり、なーんにも分からんと言うことか…」

五郎も投げやりに返す。


「ドローンを使いますか?」

二條いちみが提案する。


「そうだな。確か、仙台に1機あったな。十分か?紫兎」


「できれば2機あるといいかも。バックアップね」


「わかった。ここから1機送る」


「穴用に改造も必要よ。必要機材をリストアップするから、取り付けてね」


「分かった。東雲しののめにも声をかけておくよ」


「はーい、じゃあね」


「……紫兎?」


「ん?何?」


「あ…いや、何でもない。おやすみ」


「変なの…おやすみ、五郎ちゃん」


通信を切った引波五郎の神妙な横顔に、いちみが声をかける。

「どうしました?司令?」


「何だか嫌な予感がする…」


「嫌な予感?」


「きっと、あいつ良からぬことを考えている。そんな顔つきだった」


「紫兎ちゃんが、ですか?どんな?」


「穴に潜ってみる、とか言い出しそうで恐い」


「まさか。さすがにそれは、ないんとちゃいますか…」


「だと、いいんだがな…」



紫兎は、専用回線を使って特0司令室の研究ラボにつなげた。

東雲しののめさん、紫兎です」


「おう、紫兎ちゃん。そっちは大変そうだね。お疲れさん。で?俺に何用かな?」


「ドローンと一緒に、アレを仙台に送って欲しいの」


「アレ、って、どれ?」


「テンガン。フィールドテストできるかも。2挺いけますか?」


「了解した」

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