第17話 PR10-3


広瀬川の上空で距離をとり、伊達楓子だて ふうこは、その大きさに圧倒されそうになった。

モヤモヤした黒い球体の鬼魔衆は、少しずつ膨らんでいるように見えて、ざっと10階建てのビルぐらいの大きさはありそうだった。


ご挨拶程度に、神起槌矛かむのきで魔光弾を放ってみるが、貫通して黒い球体に穴を開けるだけで、直ぐに塞がってしまう。

雲を相手にしてるようで、まるで手応えがない。

そうしていると、ニョキニョキと、市街地を狙う次の黒い槍が生えてくる。


…今はとにかく、街を、みんなを、守る…

わたしがここで盾になる…

もう一つたりとも、お前の黒い槍を降らせはしない…


その黒い槍は、速度も大して速くなく、軌道が読みやすい。

連続で発射されても、その軌道上に防御シールドを投げ置いておけば防げる。


ただし、狭角であればの話。

市街地の反対側の住宅街に向けて同時発射されたら、シールドは間に合わないかもしれない。

でも今のところ敵は、市街地に執着してくれていた。


鬼魔衆の黒い槍が打ち出される度に、防御シールドの光円が空に花開き。当たると、槍ともどもシールドがパァンと弾け飛ぶ。

地上から見るそれは、まるで、黄昏たそがれた空に打ち上げられた花火の大輪のようだった。

音もなく、咲き乱れては儚く散る、静寂の華。


「…すごい……楓子……」


「さっ、君たちも早く…」と、特0の隊員が、茜と亜希子に避難を促す。

それでも、藍桃色に染まり始める西の空から目が離せない。

逃げ惑っていた街の人々も、足を止めて魔法シールドの花火の乱舞に魅入っていた。


楓子の姿は、ここから遠くて見えない。

だけど、あの光の花は、楓子がみんなを守るために作り出しているのだと分かる。

がんばれ楓子…と祈ることしかできない。

けど、無事に戻ってきたら、いっぱい褒めて抱きしめてあげるから。

そう信じながら、茜と亜希子は、特0の幌トラックに乗せられ、避難場所へ向かった。


…はぁ…はぁ…はぁ…

楓子は、息を切らし始めていた。


「防戦一方っていうのも、けっこうツライところね…」


そんな不満を洩らしながらも、防御の円光をいくつも作り、あらかじめ空に並べ広げておく。

まるでサッカーのPK戦。守護神ゴールキーパーは、伊達楓子。


御子の魔力は無限じゃない。

でも、それはヤツも同じはずで。

そろそろ妖力も尽きてくる頃合いだと期待したいのだけど、その気配はない。


どちらが先に尽きるかの我慢比べ。

こちらからも攻撃に転じたいのだけど、あの流体で形成されたような黒い球に、文字通り、闇雲に突っ込むだけでは街を守れない気がする。


MCリングが菫色パープルに光る。

「楓子ちゃん、もっと距離を詰めてみて」


「えっ、でも……」

…それじゃあシールドが間に合わないんじゃ…?


「もっと近づいて、黒いミサイルが生える初動を叩けば間に合うはずです。直上から、そして楓子ちゃんの神起槌矛かむのきなら」


伊達楓子の神起槌矛かむのきは、打撃用の頭槌部をワイヤーでつないだようにして柄と切り離すことができる。


ここまで、両の手で防御シールドのポジションを操っていたため、神起具かむのきは一時的に封印していた。

が…紫兎のアドバイスで、楓子にそのイメージが浮かんだ。

「うん、やってみる」


言ったそばから、黒い槍の3連発。

だが、その軌道を先読み、防御シールドを空に重ね置いておく。


そうして楓子は、「よしっ…」と一気に前方加速。

黒い禍球との距離を詰めながら神起槌矛かむのきを具現化する。


真上まうえから見てもやっぱり丸い。

ちょうどニョキニョキと、市街地とは反対の方向に黒い槍が3本、生え始めていた。

「させない!」

それを狙って神起槌矛を振り下ろす。

放たれた分節槌で1本を破壊し、「エイッ!」とそのまま振り子のように振って、2本3本目の黒い槍を粉砕する。


…あぶなかった…

今のミサイルは、住宅街を狙っていた。

でも、ここからなら全方位をカバーできる。


!!

…っと…!

いきなり、黒い短剣ようなものが何本も、楓子を狙って高速で飛んできた。


「…くっ……速い……」

…そんな技、聞いてない……


咄嗟に防御シールドを張ったが、すり抜けたいくつかの剣先が、楓子の腕や脚をかすめて、切り傷をつけていく。

…くうっ!…


「痛いじゃない!…もう怒った!」


神起槌矛かむのきをぶん回し、遠心力で勢いをつけた分節槌を、「ええぃ!」と上から叩き込む。

が、やはり手応えがない。

スカッと空振りしたような感覚だけが手元に残る。

「…ほん…っと…イライラする…」


すると、黒い禍球まがだまの全方位に渡って、次々と黒い槍が形成されていく。

まるで海栗ウニだ。


…まずい…

そのまま神起槌矛を振り回し、槍のような突起を破壊していくのだが。

…ダメ……全部は間に合わない…


市街地や住宅街の方向に向けられているモノの破壊を優先した。

その結果、上方に放たれた黒い槍が楓子に襲いかかる。

まるでこれを狙っていたような鬼魔衆きまのすの狡猾な攻撃。

…くっ……可愛くない!


防御シールドを張る間もなく、ガツッ…と神起具かむのきの柄でまともに受け切る。

そのまま、楓子は、推力で槍ごと空高く突き上げられていく。


…ここで、負けるわけにはいかない…

ギリギリと歯を食いしばりながら、パワーを神起槌矛かむのきに込める。

楓子の全身から湧き立つ魔光の粒子。


「こんっ!のおぉぉぉぉぉ……」

楓子は、神起槌矛かむのきを押し戻すように強引に振り切り、黒いミサイルを真っ二つに割り裂いた。

それが黒塵となって消し飛ぶ。


…が、フラッ…とバランスを崩した楓子は、翼を折られた鳥のように落下していく。


立て直さなきゃ…と思うのだが、瞬間的にパワーを放出した反動なのか、上手く飛べない。


「よく一人で頑張ったべ、楓子」


雪音せつね!…と思った時にはもう抱きかかえられていた。


「すまね、遅くなった。後は任してくんろ」

久慈雪音くじ せつねは、お隣の岩手の御子である。

見ると、北海道の羽幌はぼろランまでいた。

「ハァイ、楓子、久し振り」


嗚呼ああ…来てくれたんだ……


「楓子、まだ飛べるか?」


「うん、いける……ありがと」


「じゃ、ちょっくらここで待っててくんろ。あの真っ黒なモヤモヤを仕留めてくるべ」


雪音とラン。

二人の御子が、ジグザグに空中からダイブし、鬼魔衆の直上から一気に攻め込む。

黒い禍球も暗器のような高速剣弾で応戦するが、左右からの同時攻撃には追いつけずに、ザクザクと黒雲の殻が削られていく。


「…凄い……」

特0司令室で、モニターを見守っていたオペレーターたちから驚嘆の声がれる。


敵も苦し紛れに、市街地や住宅地にも黒い槍を放つが。

これを楓子の防御シールドが阻止し、取りこぼしは神起槌矛かむのきで各個撃破する。


息の合った、三位一体の御子の攻撃と防御に。

ついには、黒い禍球の中から箱のような“モノ”が現れた。

ピラミッドを上下合わせたような角錐体。

どうやらコイツが鬼魔衆きまのすの本体らしい。それでも2階建ての家ほどの大きさはある。


水玉模様?と思ったのは、各辺に不気味な目が幾つも並んでいるのだと分かって。

その百目ひゃくめの気味悪さに、楓子の背筋はゾッ…とした。

「ホント…可愛くない……」

ずっと手応えがなかったのは、本体アイツに当たらなかったからなのね…


…でも…そうと分かれば……


楓子は、神起槌矛かむのき振り上げ、頭上で分節槌を大きく回転させ始めた。

柄と繋がれたワイヤーを長く伸ばしていき、遠心力を最大限にしながら狙いを定める。


逃げ出そうとする丸裸の箱型鬼魔衆の三方を、御子たちで囲い込む。


「今度は外さないから…いッくわよ!」


一気に放たれた楓子の神起槌矛かむのきが、トルネードのような唸りをあげ、箱型鬼魔衆を豪快にぶち抜く。

パリン!…と脆い音を立てながら粉々になり。

あとは、あっけなく黒塵と化していく。


「やった…のか?」

司令室で引波五郎が身を乗り出す。


「特0司令本部へ、こちらパープルラビット。鬼魔衆んl殲滅を確認。穢れ反応は消えました。救助活動をよろしくお願いします」

引波紫兎の澄まし声で。


「紫兎…!…お前、またそんなところへ」


「五郎ちゃん、また、あとでね」…プツッ…


「…くそ…通信切りやがった…」



箱型の鬼魔衆が浄化された後、紫兎と3人の御子たちは青葉城址跡地にいた。


地面にぽっかりと、直径で40メートルほどの、大きな丸い穴が空いていた。

どうやら箱型の鬼魔衆は、ここから現れたらしい。


陽は完全に落ち、夜のとばりが下り始めていたので。

パープルラビット機の投光を頼りに、穴の中を覗き込む。


「…すごいね…吸い込まれそう…」

紫兎が四つん這いになって、穴の縁から顔を覗かせる。


「ホント、底が見えない、真っ暗ね」

羽幌ランも、紫兎の横で同じように覗き込む。


鬼魔衆きまのすの巣…だべか?」

久慈雪音が可能性の一つを口にした。


「ええっ…!?…それは勘弁して欲しいな」

その横で、首をブンブンと横に振る伊達楓子。


「でも穢れの気配は感じられないですね」

紫兎は、足元に転がっていた手頃な大きさの石を、穴にポーンと放り込んで、耳を傾けてみた。


他の御子たちも同じように、「んーー?」と耳に手を当てる。

しかし、その不気味な縦穴は、石を飲み込んだまま何の返事も返さない。


「かなりの深さね…」と、羽幌ラン。


「…うん…」

…でも…何か聞こえる。

風音のような…囁く声のような…

紫兎は耳を澄ませた。


「どした?」と、雪音が紫兎の横顔を見る。


「…ん……何でもない…」

空耳かな?…と思いながらも、紫兎は、もう一度、漆黒の穴を覗き込んでみた。

が、その闇奥は、不気味に沈黙したままだった。



特0の仙台ユニットも青葉城址跡に到着し、念のため、結界師チームがその穴に蓋をするように結界を張った。

そして、もしもの事態。つまり、再び鬼魔衆がここから出現する、という有事に備えて。

特0の要請で、御子2名で穴付近に待機することとなり、本格的に調査は、翌日に持ち越された。



その夜の見張り要員として来てもらった新潟の御子と栃木の御子に、その場を任せ。

伊達楓子、久慈雪音、羽幌ランの3名は、いったん休息とし。

引波紫兎も、青葉山公園に残ることにした。

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