第32話 PR18 日ノ御子
ゲート調査隊は、京都
これで全国50の御子とMFC代表引波紫兎が、一同に会してることになる。
いわば御子総会だ。
続いて、封印結界を“紐解いた”話に入ろうとするところだった。
「…分かったことを手短に話しますね。これは、あの結界を覗いてみた“イメージ”を、わたしなりに解釈したものです…」
あの時、瑠璃の意識に
瑠璃先生の講義に、うん、うん、と頷く御子の生徒たち。
「…まず、あの結界が張られたのは、今から、そうですね…1800年ぐらい前のこと…」
「そんなに!?」
「鴨宮の歴史が1000年ほどやから。その遥か昔っちゅうことやな」
「ふえーッ、気が遠くなる」
「1800年前って何時代だっけ?」
「
「弥生時代たい」
「そうそう弥生時代にマンモスが……あれ?…ごめん、黙っとく」
ククッ…と笑い、瑠璃が続ける。
「今から1800年前と言えば、この国は、弥生時代の後期、そして倭国連合があり邪馬台国が覇権を握っていたとも言われてます。
そして、あの前代未聞の大掛かりな封印結界を張ったのは、邪馬台国の
「ちょっと待って、瑠璃ちゃん。卑弥呼って邪馬台国の女王でしょ?…たち…ってどういうこと?」
「歴史の本には、そう書いてあったりしますけど…わたしの解釈では、実は、卑弥呼は個人じゃなかったし女王様でもなかった。
卑弥呼というのは、
「…瑠璃ちゃん、それ全然分かりやすくない」
「えーっと…そうですね……鬼道というのは、呪術、や、占い、と解釈されていますけど、現代風に言えば、魔法、とも言えます」
「魔法?」
「こう言えばいいのかな。
「えっ?…それって、わたしたちと同じってこと?」
「はい。それがなぜか魏志倭人伝や後漢書では、卑弥呼が一個人として、そして、この国の女王として大陸に伝わった、あるいは意図的に曲解された、というのは、本題から外れるので飛ばします」
「ぎし…わじん?…何?」
「うん、難しいから飛ばして」
「…およそ1800年前のある日、あの箱型鬼魔衆が全国各地に大量に出現した。
浄化しても浄化しても間に合わない。
7日7晩の戦いで、多くの人が犠牲になり、この国が滅びそうになるほどに追い込まれた。
そこで、
彼女たちの身を捧げて……そうするしか方法がなかった……」
「身を捧げて、って……死んじゃったの?、卑弥呼さんたち」
「
「………………」
瑠璃の衝撃の言葉に、誰もが押し黙った。
ーーー壮絶……そんな言葉だけでは測りきれない。
「……じゃあ、煌河石は生きてるの?」
「いいえ。生きている、と言うのとは違うと思います。けれど、その残留した思念は宿っている、と感じました。
例えば……そうですね…
瑠璃の紐解き話を聞きながら、紫兎は、自身が視たイメージとそれが同じであるかを比べていた。
ここまでは、紫兎も同じものを視て、そして瑠璃と同じ解釈を持っていた。
「……その時代の
この国を、人々を、鬼魔衆から護るために、その魔力すらも使い果たし。
大結界に身を捧げた代償として煌河石となって、なおも、1800年という気の遠くなるような年月を、あの大空洞の中で封印を見守ってきた。
でも、今になってその封印が
「寿命?」
「結界の寿命です。あれだけの数の大型鬼魔衆を同時に、しかも個々に、そして複雑に縛った封印が1800年も
実は、あの大空洞を丸ごと包むように、別の大掛かりな時空結界も張られていた。それが最初にわたしたちが落ちたところ…あの虚無の狭間です」
「二重の結界ということね」
「せやから、こことあそこの時間の流れが違う…か…」
「そう解釈しました。鬼魔衆を縛った封印の寿命が、30年ぐらいしか
だから、わたしたちがあの場所で過ごした数時間が現実世界の11日間だった……
戻ってきた時は、わたしも混乱してて、そこまで気がつかなかったけど、あの結界を紐解くと、そういうことになります」
「冷凍保存みたいなもんかな」
「60分の1です。あの大空洞での1分がここの1時間…」
紫兎がサクッと計算する。
「ほな、ウチらが死んだと思われていたんも、しゃーないなぁ…はははっ」
と、あずき。
「はははっ、じゃない!!みんな死ぬほど心配してたんだから!!」
MCリングを通した
あずきは、「ゴメン…」と、小さくなってから。
「ん…まあ、でも、だいたい分かった。けど問題は、どーやってヤツらをぶちのめすことができるか…やな…」
と、核心を突く。
そう。
肝心なのは、どうやってあの数の
「そうですね…ゲートが閉じてしまっていては、迎え撃つこともできないですし…」
「空間転移魔法なんて誰もできないよ」
「せやな、
「それでも、あの数は無理っぽい…」
「そもそもヤツらを大空洞に転移させたところで、ただのループじゃない?」
んーーーー…と誰もが押し黙ってしまった。
手の打ちようがないし、手の施しようもなかった。
詰み、だ。
「…ん、まあ、一つ一つ、モグラ叩きみたいにブチのめすしかないんとちゃう?」
あずきは、嘆息混じりで。
「そうですね…せめて、出る場所と時間が分かれば…」
と瑠璃も考え込む。
……それなら…
「それなら…」
紫兎は、無意識に口を開いていた。
「ん?」
「それなら…わたしできるかも…」
…というか分かる…
「えッ!?…紫兎ちゃん、ほんまに?」
「分かるの?…すごい…」
「あれ?…う…うん…どうしてかな?…でも、分かるの……ヤツらが現れるのは、まず、ほぼ同時に3鬼、違う場所で…」
大まかな場所だけど、それがなぜか分かってしまう。
手を顎先に置き、ぶつぶつと
「…まず…九州の北の方、それに…北陸?、あと紀伊半島……そして…」
それが、いつ現れるか、までも。
「…明日…だ……」
明日の夕方に第1のゲートが開き、鬼魔衆は地上に現れる。
まるで大量の動画データが勝手に送られてくるようだった。
そんなスパムメールのようなものが、紫兎の頭の中に、一気に押し寄せてくる。
…なんだろ?…頭がボーッとする……
体が熱いし、寒気もする。それに、何だかすごく…
眠い…
膝を抱えて座っていた紫兎が、急に頭をフラフラと回し始めた。
そのイメージ情報の容量の多さに、紫兎の脳が
サイバー攻撃を受け、ダウンするサーバーのように。
そのまま貧血でも起こしたように、フラッ…と、意識が遠のいていき、床に横倒しになっていく。
「ちょ!…紫兎ちゃん!!どうしたん?!」
慌てるあずきたちの呼び声が、
すぐにその声も深い霧に包まれたように遠くなり…
紫兎は、意識を失って倒れた。
これには、御子たちは大いに慌てた。
「病院へ!」という声も上がったが、鴨宮はしらが、掛かりつけの医者を呼んでおく、ということになり。
そのまま真っ直ぐ京都に向かった白沙機は、鴨宮家の庭に着陸した。
「まあ、過度な疲労による貧血でしょう」
医師の診断では、「微熱があるぐらいで、特に目立つ外傷や危険な症状は見られない」ということで、皆、ホッとした。
紫兎は、2時間ほどで目を覚ました。
「…ん…っ…」
…あれ?…ここ、どこだろう……
見慣れぬ天井の木目模様を見上げながら、記憶を辿る。
何処かの和室で、布団に一人で寝かされている。
初秋の夕陽が、和障子を
…あずきちゃんの匂いだ…
スン…スン…と鼻を鳴らし、布団の匂いを嗅ぐ。
ここは一度来たことのある鴨宮家の一室だ、と思い出し、次第に頭がスッキリとしてきた。
…そっか…わたし、倒れちゃったんだ…
いくつかの壁を挟んだ向こうからだろう、誰かの笑い声が聞こえてくる。
何か料理の、美味しそうな匂いも。
お腹すいたなぁ……
そう思いながら、意識を失う前のことを深く考えてみた。
どうして…?
鬼魔衆がゲートから出現するイメージが湧いたのだろう。
たった今も残っている。
その不思議な感覚が。
そして、そのイメージは、より鮮明に…
どうやら脳の処理能力が追いついてきたらしい。
その情報が新たな
と、外側の回廊からトントンと軽やかな足音が近づいてきて、夕陽を受ける和障子に人影がさした。
「あれ?…紫兎ちゃん、目え覚めたん?」
スッ…と引かれた和障子の間口から顔を覗かせたのは、
中学校の制服姿だが、鴨宮あずきとともに、京都を守護するもう一人の御子だ。
「…ふたばちゃん?」
「気分はどうなん?」
「うん、大丈夫」
「よかった。だいぶ疲れてはったみたいやで。ちょっと待っててや、あずきたち呼んでくる」
そう言って、障子を開けっぱなしにしたまま。
ふたばは、タタタ…と軽やかなリズムの足取りで、外回廊を戻って行ってしまった。
小高い丘に位置する鴨宮家。
その広い庭の柿の木に、チチチ…と鳥の鳴き声。
紫兎は、半身を起し、外の景色を眺め見る。
遠く山裾に、
かつて、
それは、
淡い
その水彩画のような美しい風景の中を泳ぐように、
…綺麗……
紫兎は思った。
…でも……
いくら世界が彩られたとしても、その景色を見て、それを美しいと思う人が誰もいなくなってしまうかもしれない、と。
……どうすれば?…
わたしにできることは…?
ある…一つだけ…
外回廊を、複数の足音がドタドタと駆け込んでくる。
「紫兎ちゃん!」
あずき、その後ろに鴨宮はしらと壱乃瀬ふたば。
そして、心配顔を並べる調査隊の御子たちと、迎えに来てくれた紀野白沙。
今は、御子姿ではなく、皆それぞれの学校の制服だった。
瑠璃なんかは、ふわふわ髪を後ろにまとめ、オタマ片手にエプロン姿だ。
鴨宮家にはお母さんもお婆さんもいないから、皆で料理を作っているのだろう。
「どうや?…気分は?」と、あずき。
「うん。もう、大丈夫」
「ウチら、めっちゃ焦ったで。でも、ホンマよかった、大したことなくて」
「心配かけちゃって、ごめんね…」
そして…
…わたしに…彩りのある世界を見せてくれて…
「……みんな…ありがとう…」
「何言うてるんや…そんなん…」
あずきの言葉を遮るように紫兎のお腹が、盛大にグーっ…と鳴った。
鴨宮はしらが「はははっ」と笑う。
「ちょうどよかった、今から晩ご飯や。どや?食べられそうか?」
「せ…せやな、ウチ、めっちゃお腹すいた…どす」
おどけて、慣れない京言葉を真似ようとする紫兎に、皆が笑顔になった。
特0からの差し入れもあり、御子たちは賑やかな食卓を囲んでいた。
年頃の少女たちが8人も揃うと、皆が一度にワイワイキャーキャーと喋るのであまりにも
鴨宮はしらは、そんな花園でカオスな食卓から離れ、スマホで特0司令部の引波五郎と話しをしていた。
「ええ……ええ…大丈夫。もう元気ですよって、五郎はん。ご飯もおかわり5杯目やし……ええ……ええ……いや、どういたしまして……分かりました…」
ほな、と通話を切って、食卓に戻る。
「紫兎ちゃん、いちみが迎えに来るそうや」
するとすぐに、庭に着陸するパープルラビット機のツインプロップの振動で、ガタガタと鴨宮の家が揺れた。
「はしらさん、こんばんは…」と、二條いちみが顔を見せる。
「おう、いちみ、久し振りやな」
「いちみさん!」
「ささ…どうぞ…」
丹波地鶏の唐揚げが山盛りの皿を目の前に。
「みんな、お帰りなさい。大変だったわね」
「ただいま!」
「ささ…この賀茂茄子の素揚げも美味しいですよ」
いちみは、取り皿と箸を渡されながら。
制服姿の可愛いJKとJCに囲まれながらニヤニヤ顔を浮かべている鴨宮はしらに、イラっ…とする。
…この狸オヤジも、あとでたっぷり尋問しなきゃ…
その妙な殺気に、鴨宮の重鎮がゾクゾクとする悪寒を楽しんでいるのを、いちみは知らない。
「で…紫兎ちゃん、倒れたんだって?…大丈夫?」
「へへっ、何か急にフラッ…ときちゃって…」
ぽりぽりと、頭の後ろを掻くその仕草は、五郎そっくりだ、といちみは思う。
高校の制服にエプロン姿の瑠璃がサラダを運ぶ。
「びっくりしました。きっと慣れない疲れが一気にきたのですよ…ねっ?」
「いちみさん、それにみんな、大事な話があるの…」
紫兎が神妙な顔つきになる。
「…いちみさん、明日の夕方です」
「…何の話し?」
いちみは、シーザードレッシングを取りながら。
「大厄災のゲートが開く時間と場所の話です。わたしには、それが分かります」
「……ぇッ…?」
いちみのサラダは、ドボドボとシーザードレッシングに埋もれた。
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