第31話 PR17-2
驚いたのは展望台にいた観光客だった。
地震?!…と身構えた観光客だったのだが。
そこにいきなり、滝の方から女の子の悲鳴が飛んできた。
何事か!?…と目を向けると、アイドルのようなカラフルなコスチューム姿の少女たちが、滝の中からポンポンと飛び出してきて、川に飛び込んで行くのを見た。
それが御子だ、と気づくには、それほど時間がかからなかった。
「…うそ……あれって御子さん?…だよね…」
彼女たちは、今や国民的な超有名人。
「何であんなところに?」
「…6人もいるぞ…」
…まさか…
観光客の顔が引きつり、ゾッ…と
御子が、わざわざこんな山奥の観光地に、ただの水遊びに来たとは思えなかった。
仙台
「ねえ、ヤバイんじゃない?」
「ああ、逃げた方が…」と、駆け出そうとした時だった。
「おーい」と滝の前の河原から、こちらに手を振る御子に観光客は足を止めた。
「すいませーん。ここ、どこですかーー?」
妙なことを訊く御子に、観光客は顔を見合わせた。
その知らせに、食べかけのカレーを放り出して、司令室に駆け込んできた引波五郎と二條いちみ。
真っ先にモニター画面上のー No Signal ーの文字を確認して、肩を落とす。
オペレーターの勘違いか、通信機器のエラーか。
しかし、当のオペレーターは主張する。
「引波司令が来られる、ほんの少し前に消えました」
「間違いないな?」五郎は念押しする。
「はい、紫兎様の通信機の
その
チーフオペレーターの
「司令、数分ほどでしたが、その
「どこだ?」
小日向は、3Dマップをモニターに投影する。
「和歌山県、那智勝浦付近です」
「…和歌山?」
五郎は耳を疑った。
調査隊が消えた場所は仙台だ。
…なぜ、そんな離れた場所に…
「そこは確か…
「そうですね。ちょうど熊野那智大社の滝の付近です。シグナルはそこから出てました」
「そこに鬼魔衆は?」
「出現の情報は、今のところありません」
…位置的に和歌山か三重…
「御子は?…
仕事の早い小日向は、即座に答える。
「要請済みです。和歌山白沙機が間もなくシグナルポイントに現着します」
「ほれ見やあ。やっぱり変な顔されたじゃない。きっと、アホやないか、と思われたに違いないわ。だいたい煉花が、訊け、って
彗月は、ブーブーと文句をたれ始めた。
「ばってん、彗月の言い方がアホみたいやったからたい」
「なによ!…じゃあ、煉花、あんたが飛んで、訊いてくればいいじゃない!」
「ずぶ濡れたい。透け透けたい。恥ずかしいたい」
巫女装束は、鬼魔衆には強いが、水濡れには弱いらしい。
「そんな貧相、誰も見やせんわよ」
「…彗月は、死にたいと?」
煉花は、
そんな
「とりあえず、楓子ちゃんたちに無事を知らせたんやけど…」
あずきは、真っ先に、仙台で別れた楓子、
「なんかよう分からへんけど、いきなり、めっちゃ泣き崩れて、話にならへんかった」
「そんなに心配してくれてたんだ…」
すると、調査隊のMCリングに全国の御子からひっきりなしにリンクが殺到したので、紫兎が代表して、「全員無事だから大丈夫、詳しくは後で」と一括で返して、とりあえずの収集がついた。
「で、紫兎ちゃん、それはどうや?」
「んー…死んでますね。川に落ちた時に壊れちゃったみたい」
紫兎は、役立たずになったウサ耳型の通信機を手に持ってぷらぷらとさせる。
「でも、雪音ちゃんたちから特0に連絡が行くはず」
「せやな」
通信機が壊れたところで今更焦る必要はなかった。
ここがどこかは、分からないけど、日本のどこかには違いない。
とにかく、全員無事に戻ってこられた。
…五郎ちゃん、心配してるだろうなぁ。きっと死ぬほど…
紫兎は、そんな五郎の姿を思い浮かべて、クスッ…と笑った。
…でも、心配掛けたこと、謝らなきゃ…
MCリングで連絡が取れたことに、ひとまず安心した紫兎は、ホッとひと息つく。
…いい天気…
青い空と白い雲を仰ぎ見て、開放的な空気を肺いっぱいに吸い込んだのだが。
…ん?…何だろう…
紫兎は、どこか違和感を感じ始めていたが、それが何なのか分からずにいた。
滝の裏側のゲートの様子を見に行っていた瑠璃と桃渼が戻ってきた。
「どうでした?」
「それが…もう塞がってました。一応、術で結んでおきましたけど」
「そっか…ちょっと地面が揺れたのは、それで…」
やはりあのゲートは神出鬼没。
…でも、どこかでまた口を開ける…
ここにいる6人は、ソレを確信していた。
ーー大災厄がやってくるーー
封印から目覚めた箱型鬼魔衆の大軍が、日本全土を蹂躙するために、闇の底から這い上がって来る。
あの閉ざされた大空洞から。
「で、どーするのよ?…タクシーでも呼ぶ?」と、彗月。
「ケータイは?」と桃渼は冗談で。
「そんなん、持ってきてる人…」と、あずき。
「うう…水没よ…」
彗月が水濡れたスマホを片手に項垂れていた。
「………………」(全員)
と、聞き慣れたツインローター音が聞こえてきて、御子たちは空を見上げた。
滝の上からSMT914の機影が現れる。
機体底面の
すぐに、
「ふふっ、こないなところで、みんな揃って水遊びなん?」
「白沙!」あずきは破顔する。
「…ということは…和歌山なのですね…ここ」
瑠璃は、唖然とする。
「あっ!…那智の滝。わたし修学旅行でここ来たわ」
今さらの、彗月に。
「その情報、遅いと」煉花が絡む。
「みんな無事なんやね。ほんに……よかった……ほんに…ぅぅ……お帰りなさ…ぃ……」
両手で顔を覆いながら、いきなり膝から泣き崩れる白沙に、調査隊の面々は戸惑った。
通信オペレーターが五郎に告げる。
「司令!岩手から通信…
「つないでくれ」
なぜ岩手?…と思ったが、すぐにMCリングの存在を思い出した。
「うううっ…五郎はん…」
雪音は、いきなり泣いていた。
何かとんでもなく悪い知らせなのか…?
そんなネガティブ思考が五郎の頭の中をグルグル回る。
……まさか……と、固まったまま、要件を聞くことができずにいると。
五郎を押し退け、二條いちみが代わりに尋ねる。
「雪音ちゃん、MCリングで連絡があったのね?」
「ううっ、んだ…みんな、ぅぅう…みんな、無事だべ…」
そこまで伝えると、雪音は、通信の向こう側で本格的に泣き崩れた。
ゲート調査隊が姿を消してから、もう11日が経っていた。
その直後は、信じる、と言い切った雪音たちだったが、さすがにこれだけの日数となれば、最悪の事態も考えないわけにはいかなかった。
ーーみんな無事ーー
もちろんそこには紫兎も含まれる。
雪音の言葉を
毎日祈った。無事でいてくれと。
都合のいい時だけの神頼みだと分かっていても、祈らずにはいられなかった。
合わせて仙台からも通信が入った。
嬉し涙で言葉を伝えられない雪音に代わって楓子が続きを伝える。
「ううっ、もすもす……五郎さん、楓子です。紫兎ちゃんたち、自分らがどこにおるのか分からんらしいです…早く迎えに……」
五郎は、天を仰いだまま手で目頭を覆って応えられない。
…まあ、しょうがないわね…
再び、代わりに、いちみがヘッドセットを取る。
「楓子ちゃん、いちみよ。こちらでも
「…へっ?…和歌山?」
地上に帰還を果たしたゲート調査隊は、和歌山白沙機で京都の鴨宮家へ向かうことになった。
「へーっくしゅ!…たい」
煉花の大きなくしゃみが機内に轟いた。
「大丈夫なん?」と、白沙。
「問題なか」
ズッ…と鼻を啜りながら。
「もう水浴びの季節やないもんな。ほら、温ったかい紅茶やし、クッキーもあるんよ。ウチが焼いたんよ。みんなもどうぞ」
「…美味しい。ううっ…ありがと、白沙ちゃん」
決して大袈裟ではなく、皆、涙が出るほどに喜んだ。
大空洞からの脱出で、魔力はほぼ消耗し尽くしていた。
お腹も空いていた。
サクサクと、ほんのり甘い手作りの味を噛み締めながら、あんな恐ろしい場所からよく無事に戻ってこれたものだ、と今更ながら震えが込み上げてくる。
「みんなボロボロで傷だらけやなぁ。いったい何があったん?」
「まあ…色々と…」
「長ーーい話や…」
「疲れたと…」
ホッとしきり、ぐったりと脱力する。
瑠璃と桃渼は、うつらうつらとシートに座したまま寝落ちしていた。
機内の通信装置のヘッドセットを使わせてもらい、紫兎は、五郎と言葉を交わしていた。
「だから、言ったでしょ。絶対帰ってくるって」
「ぅぅ…そうだったな…ぅぅ…紫兎ぉぉ…」
通信の向こうからは、すすり泣きしか聞こえてこない。
「もう、五郎ちゃん…おーい、しっかりしなさーい」
二條いちみの声が割り込む。
「紫兎ちゃん、ほんまに無事でよかった」
「いちみさん!…ご心配おかけしました」
「この男は、しばらく使い物にならなさそうよ。それで…あなたたち、体は大丈夫なの?…直ぐに医療班を向かわせるわ」
「医療班?…そこまで必要ないです。みんな疲れてますけど、元気ですよ」
「そうなの?ホンマに?…なら、食事を準備させるわ。ずっと何も食べてないでしょ?」
「ん?…向こうでお弁当食べましたよ。でも、一戦交えたから、御子のみんなは、お腹がすごーく空いてます」
「…そう…なの?…何ならその辺りの温泉で、ゆっくり休んできてもいいのよ」
「そうも言ってられないのです、いちみさん」
紫兎の声のトーンが、重く真剣なものに変わった。
「
「大きな厄災が起こります。それも…とても大きな…」
「…鬼魔衆ね?…いつ?、場所は分かる?…直ちに部隊を…」
紫兎が言葉を
「違うんです、いちみさん。相手はおよそ1000
「…せ……ん………?…」
すぐに返事が戻ってこないことで、特0司令室内に走った衝撃の大きさを、知り得た。
「…それって…まさか…同時多発ってこと?」
「はい。その、まさかです。わたしたちは、それが起こる根源を、たった今見てきたばかりです」
「もう一度訊くわね。いつ…どこで、なの?、それが起こるのは…」
「…それは………」
そう。問題はそれだ。
長い長い封印から目覚めた鬼魔衆の軍勢が地上に現れるのは……
……きっと数時間後、いや、違う……あれ?
答えようとした紫兎は、再び違和感を感じて言葉を止めた。
「どうしたの?…紫兎ちゃん、大丈夫?」
「…いちみさん、今、何時ですか?」
「えっ?…えっと、13時50分だけど…」
…それは、おかしい…
だって、わたしたちが仙台でゲートに飛び込んだ時間も同じぐらいの時間だった。
あの大空洞でわたしたちは少なくとも4、5時間は過ごしたはず。
……なのに…
紫兎は、地上に戻って初めて腕時計のデジタル数字を確認した。
18時23分。
那智の滝の下で、抜けるような青い空を見上げた時に感じた違和感は、太陽の位置だ。
今は夕方でなければおかしい。
それだけじゃない。
他にも、些細な違和感を感じたことがいくつもあった。
それらを並べて推論した紫兎は、…ぁ……と、思い当たり、愕然とする。
…まさか…そんな…
そして、シンプルに訊いてみた。
「…しちみさん…今日は、何月何日、ですか?」
「…えっ?」……いったい何の話し?
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