第30話 PR17 脱出


「うえぇぇ…でら、こっち見とる」

小倉彗月おぐら はづきおののく。


「ここからってしまおうか」

倉式桃渼くらしき とうみは、神起具かむのきをスッ…と構える。


桃渼の神起具は弓だ。

この距離からでも目覚めたばかりの鬼魔衆きまのすを十分狙える。


「ちょ…ちょい待ち、桃渼」

慌てる鴨宮かもみやあずき。

しかし、その背に掴まる紫兎しとはあっさりと。

「そうですね。ってしまいましょう、桃渼ちゃん」


「ええんか?」


「うん。もう目覚めた鬼魔衆モノは、止められない。しかもあれだけの数となると、いまさら封印もできないし。でも、桃渼ちゃん、深追いはしないで。いくつか仕留めたら逃げましょう」


今は地上に戻って、このことを一刻も早く皆に伝えなければならない。


「分かった」

桃渼は、引き絞った神起武弓かむのきを下方に向けた。


「えっ…なら、わたしも」

彗月も釣られて、神起魔筒かむのきを下方に構える。

それは言わば大口径ライフルで、桃渼の弓と同じく中遠距離攻撃を得意とする。


宙で留まり、横並ぶ二人から湧き立つ魔光の粒子。

神霊気を神起具かむのきに注ぎながら、地底でユラユラとうごめく鬼魔衆に狙いを定める。


桃渼は、無表情のまま、一片の躊躇ちゅうちょなく浄化の光矢を放った。

ワンモーションで同時に三本。

それは、矢、というより神光の軌跡。

邪気を自動追尾ホーミングし、緩やかな曲線を描くと、浮き上がり始めていた3鬼の箱型鬼魔衆を次々と突き破り、瞬時に黒塵に変えてしまった。


「へぇ…吉備団子きびだんごにしては、意外とやるじゃない…」

ライバル心を煽られたか、続いて、彗月の神起魔筒かむのきが、ドウッ…!と火を吹く。

その銃口から放たれた閃光は、まるで速射レーザー砲のように一直線に突き進み、その射線上にいた3鬼の箱型鬼魔衆をまとめて貫通した。

「ちっ……なんだ、引き分けじゃない…」


「すっ…ご…」

あずきが、ヒュー…と口笛を鳴らす。

ただし、これほどのパワー攻撃は、連発できないのが口惜しい。


封印から目覚めた箱型鬼魔衆の第二波が浮き始め、陽炎かげろうごとく立ち昇る黒い瘴気で槍の形を作り出している。

アレはどう見ても、こちらを狙っている。


「さ、早く行きましょう!」

上代煉花かみしろ れんかの肩に抱えられ、奈須ノ城瑠璃なすのしろ るりが叫ぶ。


急げ!と上昇する御子たちに向けて、箱型の黒い槍の弾幕が放たれる。

それを右に左にかわしながら天壁を目指す。

そのミサイル級を一撃でも食らったらアウトだ。


間近に迫った天壁を前に、先頭を飛んでいた煉花が、どれ?、と振り向く。


「どれでもええから、飛び込め!!」

あずきが叫ぶ。


煉花は、迷わず一番近くの穴に飛び込んだ。

あずきがそれに続く。

その後方で、彗月と桃渼が、穴を塞ぐように防御シールドを展開し、それを入り口に置いておく。

箱型の動きはそれほど速くはないし、これで少しでも追撃を遅らすことができれば、と。


そのシールドに突き刺さる何本もの黒い槍を見届けながら、御子たちは、全速力で暗闇の垂直トンネルを上へ上へと昇っていく。


果たしてこの穴で正解なのだろうか。

あずきは、そんな不安を抱えながら、先頭の煉花が灯す魔光を追いかける。


すると…

境界らしきものを通った覚えもなく、調査隊はいつの間にか結界の狭間に入り込んでいた。

一瞬で方向感覚が奪われた。


…同じや……

入ってきた時と同じ感覚に、あずきは妙に安心した。


「瑠璃ちゃん!…頼む」


「やってみます」

…急がないと、追いつかれる…

瑠璃は、出口を探すため、残り少ない魔力と気力を振り絞って神起環杖かむのきを踊らせ、探索の印を結ぶ。


術でその体が魔光を帯びた時だった。

瑠璃の眼前に、音もなく現れた無数の目玉。


!!

…ッ…!…箱型!


ゾワッ…!とひるむ瑠璃の顔から血の気が引く。


出くわした。


追いつかれた、という感じではなく、たまたま、そこにいて、たまたま、鉢合わせた感じだった。

そんな感情があるのかどうか分からないが、鬼魔衆きまのすのギョロッと剥く目玉たちも驚いているように見える。


「くっ…!」

攻撃の印に結び変えている間はない。

…殺られる…


「瑠璃ちゃん!!逃げろ!」

叫んだあずきの頭を、トンッ、と誰かが踏みつけた。


この事態に神速で反応したのは、上代煉花かみしろ れんか


ブワッ…と湧き立つ魔光の粒子がすでに残像だ。

神起双槍かむのきを頭上で回しながら、疾風のごときの速さで跳び、上段から振り降ろした刃で巨大な箱型を一刀両断。

その両刃先からほとばしる赤と青の二重閃光が左右に走り、真っ二つに割れた鬼魔衆を黒塵に葬る。


が…

その後ろ、闇に紛れていた新手の箱型が2鬼、ヌッ…と出現する。


追いつかれたのか?

それとも、コイツらもたまたまここにいたのか。


…間に合う…

そう思った瑠璃が攻撃系の印に結び変えようとした時に、紫兎が叫ぶ。

「瑠璃ちゃん!印を変えないで!」


そのまま出口を探せということだ。

「はい!」


接近戦を得意とする煉花は、その2鬼に対しても、瞬時に間合いを詰めていた。

「甘い…」

黒い投剣の攻撃を、至近距離でさばきながら、その懐に飛び込んだ。

「…遅いたい」

その勢いのままに、体ごと神起双槍かむのきを高速回転、赤と青の槍刃の軌跡が渦巻き、左右もろとも箱型を斬り祓った。


ゾクッ…と殺気を感じ、あずきは、上を見上げる。

「上や!」

虚無の空間で上も下もないのだが、咄嗟にそう叫ばずにはいられなかった。

…5つやと?!


5鬼の箱型が並んでいる。


「チッ…!」

煉花の間合いからは、遠い。


その煉花は、瑠璃を守るために防御シールドを張る。


桃渼が光魔矢を放ち、彗月が速射レーザー砲の引き金を引く。


…が、それぞれ1鬼づつを仕留めただけ。

残った3鬼は、狡猾にも黒い瘴気を噴き上げ、闇に擬態し、その形を隠す。


…くそ…ッ…

ヤツらもアホやない、ちゅうことか…


「紫兎ちゃん、しっかり掴まってるんやで」

「うん」


鴨宮あずきの神起具かむのきは、片刃長尺の蛇腹じゃばら剣。

自在に曲がるソレを、自身の周りに土星の輪のように置いた。

背負った紫兎を守る、と同時に、いつでも円の外周刃で攻撃に転じられる構え。


「…これって…追いつかれたの!?」

彗月は、闇に隠れた鬼魔衆を牽制するために、神起魔筒かむのきで弾幕を張る。


「桃渼!…あと何本いける!?」と、あずき。

こうなると、邪気を追尾できる光矢だけが頼りだ。


「2つ」

桃渼は、神起武弓かむのきを引き絞るモーションに入る。


…まだか、瑠璃ちゃん…

このまま次々と追いつかれたら、ウチらの魔力がもたん。


桃渼が光矢を放つと同時に。

闇に紛れた鬼魔衆の黒い剣が降ってくるのを察知。


…ッ…!!

あずきは、額の前で人差し指を立て、片手印を結んだ。

「神起霊刀一心…芽吹け!」

あずきの体から神魔光の粒子が咲き誇る。

めいを受け、円状から解放された神起蛇腹剣かむのきは、幾多もの刃を持つ多節根に変幻へんげ

それが瞬時に鎖のように伸び、雨のように降り注ぐ黒い剣を一網打尽になぎ落とす。


入れ違いに、桃渼の自動追尾ホーミングの光魔矢が隠れていた2鬼を撃破。


「あずきちゃん!…右上、2時の方向!」


紫兎の声に、続けざま、あずきの神起具かむのきは、鞭のように刃を踊らせ、ソレを切り刻んだ。


だが、息つく間もなく、3鬼の新手。

「チぃッ…!」

……下からもやと?!…

「瑠璃ちゃん!はよう!このままじゃ持たへん!」


「見つけました!こっち!」


瑠璃が叫び、飛び、御子たちがその背を追いかける。


「ここです!」


瑠璃が神起環杖かむのきで祓うと、人が通れるほどの亀裂が暗幕に浮かんだ。


背後に迫る黒い槍の弾幕。

一秒たりとも迷っている暇はない。


「飛び込め!」


あずきの号令で、御子たちが飛び出した先は、黒い闇のトンネルだった。


…また大空洞に逆戻りなのでは?

と、不安もあったが、とにかく突き進むしかない。


煉花が瑠璃を抱え。

彗月は背面撃ちで弾幕を張る。


全速力で飛びながら、あずきは、妙な方向に体が引っ張られるのを感じた。

背にしがみついている紫兎もろとも横に引かれ、壁面がギリギリに迫る。

他の御子たちも同じく、ズルズルと岩壁に吸い寄せられていく。


「くっ!…」

壁から離れるように飛行軌道を修正する。

……何や…これ?


「横です!…みんな、ここは横穴!」


MCリングの紫兎の声で、やっと理解した。

と、同時に体感を修正する。

てっきりゲートは縦穴だと思い込んでいた。

無重力の結界の狭間を抜けた直後に、暗いトンネルの中に放り込まれて、そこが横穴だとは、誰も想像していなかった。


…追って来てやがる…2つ…


逃げる御子たちの方が速いが。


「来るで!」


後方から箱型の黒い槍が撃ち込まれ始めた。

ドッ…!

横穴の壁に当たり、崩れた岩石がガラガラと降り注ぐ。

御子たちは、避けられそうにない岩を、強引に神起具かむのきで撃ち払いながら活路を開く。

岩に潰されたら、そこで終わり。


左右に大きく振られ、振り落とされないように必死であずきの背にしがみつく紫兎。


「くうぅっ……」

「紫兎ちゃん、気張りや!」


逃げながら、あずきは、ふと思う。

このまま地上に辿り着いたとしても、鬼魔衆を引き連れたままでいいのか?、と。

そこが人口密集地でない、という保証は全くない。


…どないする?…でも、もう魔力が…

後ろの2鬼を相手にしている間に、ジリ貧になるのは目に見えている。


それに…

せっかく瑠璃ちゃんが見つけてくれたこのゲートも、いつ閉じるかどうかも分からへん…

…ここでヤツらを迎え撃つか、それとも、このまま出口まで飛び続けるか…


そんなあずきの迷いが紫兎に伝わったのか。

「あずきちゃん!そのまま飛んで!」と、紫兎が叫ぶ。


「ええんか?!」


「こいつを試してみます!」

紫兎は、腰横のホルスターから試作プロトタイプのテンガンを引き抜く。

片手であずきの首裾を掴んだまま、半身を捻ると。

スッ…と伸ばした腕の先で、その銀色の銃身が鈍光った。


「えっ?」


「撃ちます!!」


あずきの返事を待たず、紫兎は背後の暗闇に向かってテンガンの引き金を引いた。


ドウッ…!!


想像を超えた強烈な閃光が銃口から発射され、暗闇に吸い込まれていった。


「うわぁぁっ…」

その反動で、あずきはバランスを崩し、宙でつんのめるようにクルクルと回転しだした。

「きゃあぁぁぁーー…」

紫兎はその背に必死にしがみつく。


「…何それ…?」と、御子たちが驚愕の目で振り返る。

と同時に、鬼魔衆の邪気が一つ減ったのを感じた。


あずきは体勢を立て直す。

「っ…とっ…えげつないな、それ。次は撃つ前に言うてな…」


その威力に、目を丸くして一番驚いたのは、引き金を引いた紫兎自身だった。

東雲しののめさん…ありがと…」

思わず、テンガンにキスをくれてしまう。


…見えた!!


ゲートの出口らしき光が見える。

あそこまで飛べば…


「あずきちゃん、もう一発、いっくねっ!」

2つ目のテンガンを、チャキッ…と構える紫兎は、どこか楽しそうだった。


「撃ちます!!」


ドウッ…!!


今度はバランスを崩さないように、あずきは身構えていた。


これも同じく、発射された浄化の魔光弾が闇の奥に吸い込まれていき。

フッ…と邪気が消え失せた。


「よし!!」

仕留めた!

もうゲートの出口は、目前だ。


…んっ?…何か聞こえる…

ゴーという音。

「…何や…あれ!?」

水だ!!…ゲートの出口を塞ぐような水の膜。


…このセリフ何度目や…

「ええから、飛び込め!!」




特0司令室。

昼食を取ったばかりの通信オペレーターは、大きなあくびを一つして、「んんっ」と背を伸ばす。

やはり胃に血が回ると眠くなる。

昨夜は、福岡、三重、茨城の3箇所でショボい鬼魔衆が出現したが、その日は朝から平和だった。

引波司令と二條副司令は、遅い昼食で席を外しているので、少しぐらい気を抜いてもとがめられる心配もなかった。

「ふぁ…」

もう一つあくびが出そうになったところで、モニター画面にーーSignalーーの文字が浮かび。

その信号を受信する緑色グリーンライトがチカチカと点滅し出した。


んっ?…何だ?…と目を細めるオペレーター。

ソレが何か、を理解するのに数秒かかったが、すぐに心臓が口から飛び出そうになる。

フリックから目を離さないように、パネル上の引波司令直通のコールボタンを押した。

「引波司令!…すぐに司令室に来てください!」




水の膜を突き抜けると、そこはいきなり川だった。

御子たちは、勢い余って川の水面を飛び石のように跳ねて、最後は、ドボン…と水の中に沈んだ。


「ブッハッ…!」と、川面かわもから顔を出したあずきは、混乱しながら振り返る。

「滝っ?!…って…なんでや?!」


思わずツッコんでみたが…

すぐに、背にしがみついていたはずの紫兎がいないことに気づき、焦って川面を見回す。


「紫兎ちゃん!…どこや!?」

……下か?、と思い、川の中に潜った。


青澄んだ川底に、大きなリュックを背にした紫兎が、亀のように仰向けになって、苦しそうに手足をバタバタさせていた。


……クッ、重い…

彗月と煉花も助けに加わり、3人がかりで紫兎を水底から担ぎ上げ、そのまま浅瀬でへたり込んだ。


「冷たいじゃない!…ちょっと、これ、どういうこと!?」

彗月は、文句ダダ漏れで、ずぶ濡れた巫女装束のスカートをギュッと絞る。


「鼻に水が入ったたい」

煉花は、ゲホッ、ゲホッ、と咳き込んでいる。


その横で、ゲー…と飲んだ水を吐く紫兎。


「紫兎ちゃん…大丈夫かいな?」


「…うん…ゲホッ……ありがと…死ぬかと思った…」


…瑠璃ちゃんと桃渼は?

あずきは、反対側の浅瀬で、ポカーン…と滝を見上げている二人を見つけた。

…無事のようやな…


木樹に囲まれた山間に、青い空と白い雲。

遥か上の断崖絶壁からは、滝流がゴウゴウと音を立てて落ちてきていた。

あずきは、真上から照りつける太陽に手をかざし、その眩しさに双眸そうぼうすがめる。

チチチッ…と、さえずる小鳥たちの姿シルエットをその目で追った。

そんな長閑のどかな風景をボーッ…と見上げながら、地上に戻ってきたことを実感したのだが。


「…で?…ここ、どこなん?」

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