第24話 PR14 ゲート
その夜、紫兎は、日本地図を前にして、ゲート調査作戦に参加してくれそうな御子の人選に大いに悩んだ。
はたして、鴨宮あずき以外に一緒に来てくれる御子はいるのだろうか?
これはあくまで調査作戦で、
御子は、生まれ育った地を
しかし、その楓子にしても、不測の事態を想定すると、地上に残ってもらった方がいい。仙台は
無理に危険を冒すつもりはないが、不明瞭で、未知なる危険を伴うのは確かだ。現に、ドローンを1機失っている。
ひょっとしたら、片道切符になるかもしれない。
いつもの相互応援とは、意味合いがまるで違うのだ。
…瑠璃ちゃんがいてくれると、嬉しいけど…
アルファ機ロストポイントの、不鮮明な映像だけで残留結界を看破したあの特殊な透視眼は、この調査に必要不可欠と思える。
でも…
…んー…どうしよう…選べない…
あずきちゃんと二人で強行しちゃえばいいか…
結局、紫兎は、誰も選ぶことができずに、特殊車両の中で寝落ちしてしまった。
目覚めると、朝の10時を過ぎていた。
確か、
そこで今日のゲート調査の段取りを話し合う予定だった。
「いっけない!…遅刻!」
飛び起きて、大慌てでゲートに向かって走る。
…ホント、飛べないって不便…
なんで、誰も起こしてくれなかったのかなぁ……
息を切らしながら、ゲートを見張る簡易プレハブに着いて。
紫兎は、驚きで目を丸くした。
「おっ…紫兎ちゃん、おはようさん。よう眠れはった?」
鴨宮あずきは、もう到着していた。
でも紫兎が驚いたのはそこじゃなく。
あずきの周りに、紫兎が呼んでもいない御子たちが顔を揃えていた。
愛知の御子、
「おはよう、紫兎ちゃん」
岡山の御子、
「おはよ」
そして、熊本の御子、
「紫兎ちゃん、おはようと」
「……どう……して……?」
紫兎には訳がわからない。
鴨宮あずきは、ニッ…と白い歯を見せる。
「ウチが声かけただけや。きっと、紫兎ちゃんのことやから、誰にも声かけれへんと思うたし」
「そうよ。水臭いとは、このことよ。紫兎ちゃんが、一言声をかけてくれれば、それがどこでも、みんな結集するに決まってるでしょ!」
小倉彗月がキメ顔で、ビシッ…!と一本指を立てる。
「
紫兎が、ウルッ…と涙ぐむ。
「ぁ…あれ?…わたしなんか変なこと言った?」
その反応に、慌てる彗月。
「あ、泣かした」
「うん、泣かしたばい」
「ちょっと!…そこの
可笑しくて、「プッ…」と、紫兎は吹き出した。
そして、涙目を指ですくいながらククク…と笑い出す。
「まあ、そういうことや。穴に潜るんは、ウチと、この3人と、あと…」
「わたしも行きますよ」
「……瑠璃ちゃんも…いいの?」
紫兎は、嬉しくて破顔した。
「だって、気になりますよね、あの奥が。それに、わたしの“
その通りだった。
奈須ノ城瑠璃は、特殊な目を持つが故に、結界のスペシャリストでもある。
この調査作戦に参加してくれるのは、ほんとうに心強い。
「というわけで、わたしたちは、ここに残るわね」
伊達楓子と
「ほんとうは、一緒に行きたいのだけど、
楓子は、残念そうに。
「うん、わたしもそう思う。でも、楓子ちゃん、ありがと。嬉しい」
紫兎は、雪音と視線を交わして頷き合う。
それは昨夜、雪音にお願いしたことだった。
ここは伊達楓子の
「特0とのブリー…何とか、は、ウチらで済ませたし。あとは、紫兎ちゃんの準備がでけたら、声かけてもろたらええ。ウチらは、いつでも行けるで」
「そったら紫兎ちゃん、まんず、顔洗ってきたらええ」と雪音。
「そうね、シャワーも。女の子なんだから」
ランがウィンクを投げる。
昨夜、シャワーも浴びずに寝落ちしてしまったので、髪もボサボサだったし、体も汗でベトベトしていた。
紫兎は、制服の肩袖を引っ張り、クンクンと匂いを嗅いだ。
「…ぇッ?…わたし…もしかして、臭い?」
ゲート周囲を警戒する任務についていた特0の隊員たちは、8人もの御子が集う光景に目を見張る。
彼女たちは、今や世間を騒がす有名人。不謹慎と知りつつも、密かに心踊るのを押さえられなかった。
と同時に、その不気味なゲートの暗闇を、恐る恐る覗き込む。
…あんな少女たちが、この中に生身で潜るのか…
すげえな…
そんな危険極まりない調査作戦を前にして、御子たちの表情に緊張感が……
全くみられなかった。
「ちょっと! あなたたち、味噌カツを馬鹿にしたわね!」
「馬鹿には、してない」と
「うん、してない。でもトンカツに味噌は変たい」と
「変態?!…変態って言ったわね。煉花、あなた、たった今、全愛知県民を敵に回したわよ」
「変態と違う、変たい、と言っただけたい」
「くーー…何それ。同んなじじゃん。これだから肥後もっこすは……」
鴨宮あずきは、おにぎりをもぐもぐと頬張りながら、騒いでいる御子たちをボーッと眺めていた。
「なんや、あの3人は楽しそうやなぁ……」
「騒がしいのは、彗月ちゃんだけですけどね」
瑠璃は、のんびりとお茶を啜っている。
その横で雪音は、「味噌カツって何だべ?」と首を傾げる。
そしてこちらは、紫兎の準備を手伝う楓子とラン。
「紫兎ちゃん、それ何?」
「ウサ耳?カワイイ」
「いいでしょ、コレ。これ、実は、追跡装置を兼ねた通信装置になってるのです。可愛くアレンジしてみました」
紫兎は、ウサギの耳を型どったヘッドセットを装着する。
「ねえねえ、紫兎ちゃん。これは?」
ランは、目ざとく
「それはテンガンです」
「テンガン?」
「
銃身がやけに太く、どちらかというと照明弾を撃つような銃に形状が似ている。
それが2挺、紫兎の腰ホルスターに収まる。
「へぇ…紫兎ちゃん、カッコいい」
「
「どうかな?…煌河石を詰めて浄化のパワーに変換してるのだけど、フィールドテストも兼ねて、連れて行こうかなぁ、って」
「ふーーん…よく分からないけど、何か、凄そう…」
「それにしても大っきなリュックね?…何が入ってるの?」
「色々と入ってますよ。お菓子とかお弁当とか、ふふっ…」
「わー、ピクニックみたい。楽しそう、いいなぁ」
「…あいつら、これからどこに行くのか分かってるのか……」
まるで、遠足にでも出かけるような雰囲気の御子たちをモニター越しに眺めながら、五郎は泣きたくなってきた。
その横でいつものように、いちみが、ククッ…と笑いを堪える。
正午過ぎに、やっと出発準備が整って。
御子たちを見送る特0隊員たちは、ゲートの周りに集まり出した。
「それでは、みなさん。いってきまーす」
紫兎が明るく手を振る。
五郎を心配させまいとして、あえて明るく振舞っているのだろう、と二條いちみは思った。
心配顔の羽幌ランが紫兎にそっと話しかける。
「紫兎ちゃん、気をつけてね。紫兎ちゃんがいないと、ほら……色々と大変だから」
「んだ…五郎はんは頼りねえし」と雪音も声をひそめる。
「ふふっ、大丈夫ですよ。いちみさんがいるから」
「ほな、紫兎ちゃん。いくで」
その背に紫兎がしがみつくと、ズシっとした重さが鴨宮あずきの肩にのしかかる。
「ウッ…重ッ…!」
「ごめんね、あずきちゃん、荷物が多くて」
「ま…まあ、飛んでしまえば大丈夫やし…」
と強がる。
「特0司令室、紫兎です。テス、テス……聞こえますか?」
うさ耳通信機のチェックをする。
「ああ、聞こえてるよ。紫兎」
司令室の五郎は、モニター画面を見上げる。
「じゃ、五郎ちゃん。いって来まーす!」
「ああ、気をつけてな」
御子たちはゲートを覗き込み、「はい、せーの!」と足から穴に飛び込んだ。
ゲート調査隊は円形に陣を作り、穴の中から手を振りながらゆっくりと下降していく。
心配そうに覗き込む楓子たちも「行ってらっしゃい」と手を振り返す。
沈んで行く御子たちの姿はどんどん小さくなっていき。ほどなく、陽光が届かない闇の中に飲み込まれていった。
「よし、青葉山作戦開始。デルタ機、降下し、調査隊に続け」
「了解。デルタ、降下します」
調査隊の上から無人ドローンのデルタ機が追う。
Vサインを送る紫兎。
「ははっ…ちゃんと見えてますよ、紫兎様」
特殊車両内のデルタオペレーターは、モニター画面に笑う。
下降しながら御子たちは、等間隔の円状を保ち、魔光の明かりを、それぞれの手に灯す。
照度を抑えているのは、ドローンの暗視赤外線カメラに配慮しているからで。お互いの姿は見えるが、その周囲は、音もない漆黒の闇だった。
鍾乳洞の中のように冷んやりとした湿っぽい空気を肌に感じる。
「なんだか、お化けが出そうな感じですね」
瑠璃のその声にエコーが掛かっている。
「瑠璃ちゃん、それは言うたらあかんやつや…」
鴨宮あずきは、ぶるっ…と震える。
「そう言えば、めぶきちゃん、ホラー映画とか苦手だよね」
その背におんぶされている紫兎がクスクスと笑う。
「知っとっと?」と、煉花。
「知らんかった」と、桃渼。
「ちょ…そこの二人、怪談みたいにボソボソ言うのやめてや」
あずきは、真面目に怖がっているようだ。
「あんなに
ククク…と彗月も面白がる。
「鬼魔衆は鬼魔衆や…」あずきがむくれる。
「鬼魔衆もお化けと変わらんと思うのですけど」
瑠璃もクスクスと笑う。
突然、紫兎が、「あーっ!」と大声を発した。
「うあぁぁぁ!!」
あずきが驚いてバランスを崩しそうになる。
他の御子たちは、瞬時に
あずきが人選した御子たちは、
「何?…紫兎ちゃん!」
「何かいた?」
「えっ?……ぁ……ずんだ餅、入れ忘れた…」
「はぁー?…なんや、ずんだ餅って、びっくりさせんといておくれやす」
あずきの心臓はバクバクと踊っている。
「せっかく楓子ちゃんにもらったのに…」
ふーっ、と皆、安堵の息をついてから、ビビりまくっていたあずきを思い出して、クククッ…と笑い出す。
「
「あずきも意外に可愛いとこあるんやね」
「…へっ?…ずんだ餅?」
特殊車両内でモニターを見守っていた楓子たちも、胸に手を当て、安堵の息を吐いた。
もちろん、司令室内から我が娘を見守る五郎は、冷や汗でびっしょりだ。
「こら紫兎……まじめにやれ……」
「はーい……ごめんなさい」
一行は、さらに降下を続ける。
どこまでも深い闇と音無しの空間が続くだけだった。
デルタ機の暗視カメラが、円状になった5つの魔光の灯りを、上から追いかけている。
「……みなさん、
「また瑠璃ちゃんが怖いこと言うし…」
ここまでは想定内なのだが、地中深く、垂直に切り立つ漆黒のトンネルの圧迫感が、御子たちの口数を少なくさせていく。
「ちょ…ちょっと、みんな暗いわよ。う…歌でも…」
「…ザッ、、紫兎様、…ザザッ、間もな、、ロストポイン、、です……あと30メートル…ほど…」
デルタ機のライトが、事前に決めてあったストップシグナルで、チカチカと明滅する。
「あずきちゃん、ストップ」
紫兎は、その肩をポンと叩く。
「ん?…着いたんか……」
昨日のアルファ機が消失したポイントの手前で、御子たちは下降を止めた。
見渡したところ、これまでと何ら景色が変わらない。ただ何もない黒塗りの闇。
地上では、デルタ機からの映像を、皆が息を潜めて注視する。
「どう?…瑠璃ちゃん」
奈須ノ城瑠璃は、具現化した杖状の
「はい、間違いなく結界の
ぶつぶつと
五郎の声が無線に入る。
「…ザ、ザッ、、どうだ?、紫兎、、ザッ、、」
「ここに何かの結界があったことは間違いない、って…今、瑠璃ちゃんが調べてくれてる」
二條いちみは、考えごとをそのまま声に出していた。
「…あの箱型鬼魔衆に破られたのか、あるいは、その効力を失ったのか……でも、あんな所にいったい誰が…?」
そうしているうちに、モニタースクリーンの魔光の灯火が散らばって、デルタ機カメラの枠から外れ始めた。
五郎が無線で、紫兎に注意を促す。
「おいおい、あまりバラバラになるな…」
「はーい…みんな寄って…」
散っていた魔光の灯りがモニターの中心に集まるように動く。
最初に気づいたのは、五郎だった。
「……おい、待て……一人足りないぞ…どこだ?」
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