第28話 PR15-2


「…あの穴が、出現したり消えたりすることから考えますと、わたしたちがハマった結界の狭間は、同時に、空間のねじれも生んでる可能性があります。であれば、あの上の穴を辿たどれば、どこかに出られるのではないか、と…あっ、紫兎ちゃん、わたしにもお茶下さい」


広げたピクニックシートの上で、ちょこんと女の子座りをした奈須ノ城瑠璃なすのしろ るりが、サンドイッチ片手に力説する。


ありえない光景だった。

数百もの巨大箱型鬼魔衆きまのすに囲まれたスペースで、シートを広げて、お弁当を並べ、御子たちは、それをモグモグと平らげていた。


「だ…だよね。ははっ、あの仙台のヤツでも出れたんだから、わたしたちも出られるはずよね」

希望的観測を聞いて、小倉彗月おぐら はづきの表情がパッと明るくなる。


「ばってん、行き止まりという可能性もあるたい」

上代煉花かみしろ れんかがバッサリ切る。


「そうやね。その出口が深海とかマグマの中で、出た瞬間に即死という可能性も」

倉式桃渼くらしき とうみが追い込む。


「ちょーーっと!そこの二人!…ボソボソと不吉なことばかり言わんでよ!…だいたい二人とも、もっと感情豊かな表情とかできんわけ。まったくっ!」


「彗月ちゃん、大きな声出すと鬼魔衆きまのすが目覚めるたい」

煉花の表情は変わらない。


「ぇッ……そ…そうなの?」

小声になる彗月。


「ククク…言ってみただけたい」


「くーーーぅ!煉花ぁ!」


「まあまあ…入ってみれば分かることやろ…」

鴨宮あずきが割り込む。

……でも、煉花と桃渼が言うことも十分にあり得ることや…


「ところで、紫兎ちゃん。特0とは、やはりつながりませんか?」

瑠璃は、マイペースでお茶を啜りながら。


紫兎は首を横に振る。

「さすがに、こんなに深いと届かないみたい」

MCリングも変わらず、地上の御子たちとつながらない。


「自力で戻るしかないたい」と煉花。


「でも、こいつらはどうするのよ?…こんなのが一度に目覚めて、うじゃうじゃと地上に出てきたら、日本が100回滅ぶわよ」

彗月の言う通りだ。


「はい。今のうちにってしまうのは?」

桃渼が無表情で手をあげる。


「どーやって?…魔力も限られてるのよ。こんな数、一つ一つ浄化なんてしてたら永遠に帰れないわ。その前に飢え死によ」

それも彗月の言う通りだった。


瑠璃が口を挟む。

「えぇと…わたしから見ても下手に手を出さない方がいいと思います。最悪の場合、連鎖で一気に封印が解けて、瞬殺される可能性も……」


「おっかないな、それ…どーする紫兎ちゃん」

あずきは、次のおにぎりに手を伸ばす。


「わたしも瑠璃ちゃんに賛成。今はそっとしておいた方がいいと思う…」


紫兎には予感があった。

この場の鬼魔衆を封印している結界は、既にほころび始めている、と。

青葉山公園に現れた箱型は、ここから来たに違いない。


瑠璃ちゃんも、それに気づいている…

…次のヤツが目覚めるまでに、ここを脱出しなきゃ…


紫兎は、時計を見た。

デジタル数字はこの大空洞に入ってから、再び時を刻み始めていた。

ゲートに飛び込んでから1時間半。


…きっと、五郎ちゃんも御子のみんなも心配してるはず…


「じゃあ、今から2時間。この場所の調査をします。わたしが知りたいのは、誰が、いつ、どーやって、ここに、これだけの数の鬼魔衆を封印したのか?…できたのか?…何かヒントがあるはずです。どう?瑠璃ちゃん」


それが分かれば、危機を回避する手立てが見つかるかも知れない。


「そうですね、そうしましょう」

瑠璃は、同意する。

もういつ切れてもおかしくない封印だと知って、でも、ここまで来て何もせず帰るわけにはいかない。


「…で、2時間たったら、みんなで帰ります。あそこから」

紫兎は上の蜂の巣穴を指差した。

行ってみないと分からない、が、今は楽観的希望にすがるしかない。


「せやな、今頃、上は大騒ぎのはずや。夕暮れまでには戻らんと…」

あずきは、もう一つおにぎりを取る。


「では、二手に分かれます。上から眺めるだけでいいですから、何か見つけたら、MCリングで呼んでください。

瑠璃と彗月ちゃんは、あっち。煉花ちゃんと桃渼ちゃんは、向こう側で」


「ウチは?」


「あずきちゃんは、ここでわたしを守って」


「は?」


「だって、お土産も持って帰らなきゃ」

紫兎は、嬉しそうに煌河石こうがせきの岩壁を指差した。




青葉山公園の穴掘りは、五郎が決めた深さまで堀ったところでボーリング調査に切り替えられた。

結局、いくら土を掘り返したところで大穴ゲートの痕跡は全く見つけられなかった。


世間では、ゲートの消失が報道され、引き続き調査が継続されているとだけ発表された。

政府は、調査に向かった数名の御子とMFC代表者が行方不明であることについては、公表を控えた。


ゲートが消失したことにより、御子による青葉山公園の交代警備は必要なくなり、久慈雪音くじ せつね羽幌はぼろランは、それぞれのホームへ戻った。


ニュースで仙台市の被害状況や、崩れた建物の瓦礫の下の捜索活動状況が連日伝えられていた。

これまでの報道で、死者397名、行方不明55名、重軽傷者多数と発表され。

東京富士川鬼災きさいに続く大惨事となった。


宮城の御子、伊達楓子ふうこと応援に駆けつけた御子たちが、街を守りながら鬼魔衆と戦う映像も、連日流されていた。

大惨事には変わりなかったが、それでも、世間一般には、御子を擁護する意見が大多数を占めていた。



特0司令部の食堂で、引波五郎は、味を感じないカレーライスを機械的に口に運びながら、TVのニュースを眺めていた。


「司令、またカレーですか?…よく飽きませんね」

二條いちみは、五郎の向かいで椅子を引く。


「ああ…って、二條もカレーか」


「美味しいですからね、ここのカレーは」


「まあ…そうだな…」

五郎はやつれていた。

無精髭で、声にも張りがない。

それでも、何とか任務をこなしているのは、紫兎の帰りを信じているからだった。

ただ、その希望の糸はとても細く、いつ切れてもおかしくない状況だった。


いちみは、五郎と紫兎の親子がよくここのテーブルで並んでカレーを食べていた光景を、ふと思い起こす。

ここで父娘おやこは、冗談を言い合ったり、よく口喧嘩もしていたけど…

もうそんな微笑ましい光景は見られないのだろうか、と、つい気分もふさぐ。


「ん?…どうした、食べないのか?」


「…ぁ…いえ、いただきます」


「それは?」

五郎は、いちみのカレー皿の横の箱が気になった。


「ぁ…そうでした。これ、楓子ちゃんから司令に、って」

昨日、二條いちみは、仙台に飛び、ゲートの消えた青葉山城址にも立ち寄ってきた。


「ずんだ餅?」


「これも一緒に」


青葉城址の、今はもう見られない伊達政宗公の銅像の絵葉書に、『紫兎ちゃんと食べてね、楓子より』と書かれてあった。


「信じてるんですね。あの子たち」


「不謹慎だが、あの大穴ゲートが、すぐにでもまたどこかに現れてくれないか、と、つい願ってしまう」

五郎は、その絵葉書に視線を落としながら、本音を晒す。


「前にも言いましたけど、あの大穴ゲートは、また現れるはずです。ただ、それがいつ、どこで、なのか……それを予測できないかと、東雲しののめさんにも相談してみたのですけど、渋い顔で、現状の穢れ感知システムでは不十分だと…」


「そうか…」


二人の間に重い沈黙が降りてくる。


ゲート調査隊が消息を絶ってから、すでに3日が経っていた。




「いらない物は置いていく」と、紫兎は、リュックの中から荷物を取り出し、代わりに岩壁から掘り出した煌河石こうがせきを詰め始めた。


…ぅっ…それ、めっちゃ重そうやん…

石でパンパンに膨れ上がったリュックを見て、鴨宮あずきは、青褪める。


と、その時。MCリングからの声が届いた。

「紫兎ちゃん、瑠璃です。見せたいモノを見つけました。こちらに来れます?」


「うん、ちょうど終わったところ。見つけたモノって何?」


「うーん…紫兎ちゃんの先入観なき第一印象を聞きたいので、人工物らしきもの、とだけ言っておきます」


……人工物らしきもの?……何だろ?


「何やろな…もう、UFOユーフォーが転がってても驚かへん」


「持てるかなぁ?」と、独り言ちながら紫兎が、よいしょっ、とリュックを背負った。

「ん?意外といける…そんなに重くない」


煌河石こうがせきのパワーの影響かな…?


無数の煌河石に囲まれた閉鎖的な空間。

それが御子たちや紫兎に何らかの影響を及ぼしているのかもしれない、と考えた。


「すごい、紫兎ちゃん。細いのに力持ちやん」


「へへへ…と言うことは、あずきちゃんも力持ちね。はい、背中向けて」

紫兎は、無邪気に微笑む。



「ん……紫兎ちゃんたちが、来たたい」

煉花の声に振り向き、瑠璃たちは、それを見上げる。

紫兎が、あずきの肩越しから、「おーい」と手を振っている。

黒鴉からすに乗ったラビットだ。


「何や…あれ?」と、あずきは、人工物らしきを上から見下ろし、首を傾げる。


「何だろ?」


……祭壇…?

それが、紫兎の頭の中に真っ先に思い浮かんだ文字だった。


それは、地底から浮き出るように盛り上がっていた。

白い石材らしきで作られた八角形の構造物。

高さは3メートルほどで、幅はざっと50メートルはあるだろうか。

その広いフラットな上面の真ん中で、手を振る御子たちの姿が対比でかなり小さく見える。


八方の辺から石積みの階段が地につながっていた。

そして、上面の八つの角に、高さ5メートルほどの石柱のようなものが突き出ていた。


待っていた瑠璃たちの前で、あずきがフワリと着地する。

足がトン…と着いた途端、「うわぁ…!!」とバランスを崩したあずきは、背の紫兎ごと盛大にひっくり返った。


「紫兎ちゃん、やっぱ詰めすぎちゃう?…それ…」


「んーっ…欲張り過ぎたかな?」

ブツブツ言いながら紫兎はリュックから腕を抜いて立ち上がった。

そして、謎の構造物の上で、くるりと全景を見渡す。


「紫兎ちゃん、何だと思います?…これ…」

瑠璃の問い掛けに、紫兎は、即答する

「祭壇…ね…」


「わたしもそう思いました」


「なんでそう思うわけ?…わたしは闘技場かな?って、思ったけど…」

彗月が勇ましいファイティングポーズをとる。


「それなら円や四角でもいいはずです。でもここは八角形。日本では、古来から、八、という数字は聖なる数字として扱われてきました」

瑠璃が説明する。


思い当たった鴨宮あずきが、和歌を一首詠み始めた。

八雲やくも立つ 出雲いずも八重垣やへがき 妻籠つまごみに 八重垣作る その八重垣を…」

それは日本神話の須佐之男命すさのおのみことが詠んだとされる和歌の起源。


「さすが、あずきちゃんですね。他にも、古事記では日本は八島やしまと称されますし、三種の神器の一つには八咫鏡やたのかがみもあります。あと、八百万やおよろずの神とか。それに、八角形は全方位への広がりを示す幸運の象徴なのです」


「あっ…名古屋市のマークは末広がりの、八、だった」

彗月は、自分の地元の例から納得した。


「…でも…すごく殺風景…」

言いながら、紫兎はウロウロと調べ回り始めた。


「それは、わたしも思いました。骨もないですし」

瑠璃が同意する。


「骨!?…誰の?」

彗月は、思わず声を上げる。


「これを造った、あるいは使っていた人たちの骨です」


「あっ、そっか。こんなものがあるってことは、そういうことになるのか…」


人工物には違いないのだけれど、人の“匂い”が感じられない。


一通り、気になるところを触ったり、叩いたり、耳を当てたり。

紫兎は、祭壇らしものをキョロキョロと調べ回ってから、戻ってきた。

「不思議……瑠璃ちゃん、もしかして、ここが結界の根源…?」


「信じられないけど、そうみたいですね」


「どういうこと?」

彗月は首を傾げる。


「この空洞は、さっき通ってきた結界の狭間の内側にあたります。卵の中身です。結界の中にその根源があるということは、つまり、術者自身も結界に囚われてしまう、ということなのです」


「…ぁ……そっか…」


結界の根源とは、すなわち結界の起点にあたる。

この祭壇から結界を張ったとしたら、その者はここから出られなくなる。


「そうです。その術者の痕跡が、例えば遺骸とか、まったく見当たらないのが不思議なのです…」


「あの上の穴から出た…とか?」

「飛べないと無理たい」

「なら、術者は御子?」

「そーかも…うーん」

彗月、桃渼、煉花が揃って頭をひねる。


「瑠璃ちゃん、“覗ける”?」

紫兎が訊く。


結界とは、乱暴に言ってしまえばパズルのようなものである。それが複雑に絡み合っていればいるほど強力で、解くことが難しい。


結界を“覗く”とは、つまり、“紐解く”こと。

そうすることによって、その結界の根源を知ることができ、術式や術者、その背景が、“えたり”する。


「これほど大きな規模の結界ものを、“覗く”、のは初めてですけど…やってみます」


瑠璃は、祭壇の中央に向かう。


この大空洞に丸ごと張られた封印結界。

その根源と思われる祭壇。

その中央で、瞼を閉じた奈須ノ城瑠璃は、神起環杖かむのきたずさえて凛と立つ。


祓詞はらえことばを唱えた後、独自の詠唱を唱え始める。

そうして湧き起こるまばゆい魔光の粒子が、瑠璃の周りを渦巻いていく。


紫兎と御子たちが見守る中。

結界を操る御子の最高峰、奈須ノ城瑠璃が、神起環杖かむのきを踊らせ、舞う。


「…かしこみ…畏み申す!」


祭壇に、パァ…と大きな瑠璃色ブルーの魔法陣が浮き広がった。


すると…


瑠璃の見据える先の空間に、まるで映画のスクリーンのような、巨大な額縁のようなものが出現した。

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