第27話 PR15 大空洞
……落ちてる…
鴨宮あずきは、自分たちが落下しているのだと気づいた。
最初に吸い込まれたように感じたのは、重力を感じない結界の狭間からいきなり放り出されて、空間認識つまり上下感覚が狂っていただけ。
御子たちは、互いの手や足をギュッと掴み合ったまま。最初のゲートと同じような、光の無い大きな筒の中を落下していた。
この落下にブレーキをかけたいのだけど、皆でタイミングを揃えないとバラバラになってしまう。
こんな得体の知れない場所で、独りはぐれることだけは、絶対に避けたい。
それを伝えようにも、落下の風圧で息が苦しくて声にならない。
すると、下方に淡く白いものが見えてきた。
……地上への出口?!
な、わけないか、ウチら落ちてるんやから…
御子たちの頭の中で紫兎の声が響く。
「みんな!落ちてる…止まって!」
…MCリング!!
使えるんや……なら…
あずきは、すぐに他の御子たちとリンクした。
「ほな、いくで…せーの!」
タイミングを合わせて、御子たちは、フワッ…と宙に浮いて止まった。
ぷはぁー…、っと皆が息を吹き返す。
「死ぬかと思った…」
「もう、手を放しても大丈夫みたいですね」
「ここ、どこやろ?」
「分かりません。けど、あそこに行くしかないみたいですね」
瑠璃が言う、あそこ、というのは、下に見えている白き環円。
どうやらこの垂直トンネルの終着らしいが、その先がどんな所なのかは、まるで見当もつかない。
「紫兎ちゃん、どう思う?」
あずきは、背に張り付いている紫兎の意見を聞きたかった。
危険か否か。
ここまで、そして今も、穢れや鬼魔衆の邪気は感じられなかったが、想像を遥かに超える出来事の連続で、あずきは、紫兎の危険察知能力を頼ることにした。
「うーん…嫌な予感もするし、何だか呼ばれているような感じもする」
「呼んでる?…誰が?」
「さあ?…でも、行ってみるしかなさそう」
なら…と、御子たちは、互いの距離を詰めたまま、白く光る円に向かって降下を続けた。
そうしながら調査隊は、地上との通信を試みる。
「紫兎ちゃん、どう…?」
瑠璃の問いに。
「うーん…位置信号は発信してるみたい。でも、特0まで届いているか、と言うと、かなり怪しいですね、…通信も…」
ザーー…というノイズ音しか聞こえない。
MCリングもしかりで、地上の御子とはつながらず、ここにいる調査隊だけがリンクできるようだ。
すると…
いきなり、だだっ広い空間に出た。
……ここは?
広大な地下空洞、とでも言えばいいのだろうか。
「わぁ…綺麗…」
水晶だろうか、空洞の壁面一帯を覆うキラキラとした幻想的な輝きに、御子たちは、真っ先に目を奪われた。
……が、しかし…
!!!!
その地底に並んでいる“モノ”に気づいて、下降を止め、
「なっ!!……?」
そして、絶句した。
地底にびっしりと並んでいるのは、数えきれないほどの
青葉山公園に現れたものと同じ箱型の。
息を奪う光景に、ピリッ…と緊張が走る。
誰に指示されたわけでもなく、咄嗟に御子たちは、紫兎を背にした鴨宮あずきを中心にして囲み、円形の陣を組む。
そのまま
そうして十数秒ほど。
やがて…
「ふーーーーっ…」と、緊張を解く長い息を吐いてから、鴨宮あずきは、構えを解いた。
「みんな、もうええで…」
どういうわけか、その群れからの邪気や穢れを、まるで感じない。
「動かないですね」
「…にしても……」
「ものすごい数たい」
紫兎の直感がつながる。
…これだ、間違いない…
これまで漠然と感じていた近い将来起こる危機の確証を得た。
「降りてみましょう」
紫兎がそう言うと、ええっマジで?、と御子たちの顔がひきつった。
警戒の糸を切らさないようゆっくりと降下しながら、調査隊は、改めて空洞内を見渡した。
「ふえぇぇ…でら広い…」
彗月は、目を丸くする。
ところどころ岩の太い柱が地底から伸びて天壁につながっている。
その高さ、広さ、ともに半端なく、遠くの壁が
小さな街が丸ごと一つ、ここに収まってしまうのではないかとすら思える。
まさか遥か地の底に、こんな広大な空間があるとは、誰も予想だにしてなかった。
そして、信じられないことに、その地底一帯には、まるでキャベツ畑のように箱型鬼魔衆がごろごろと並んでいる。
その数、その大きさ、そしてその目玉模様の気味悪さに圧倒され、近づけば近づくほど身の毛がよだつ。
「…不気味たい…」と煉花。
「黒いモクモクがない」と桃渼。
「動きませんように…どうか動きませんように…」
彗月は、ブツブツと祈り倒していた。
動かぬ鬼魔衆の群れに、最大の警戒と恐る恐るの視線を走らせながら。
御子たちは、切り立った壁際に校庭ほどのスペースを見つけて、そこに降り立った。
トン…と地に足をつけた鴨宮あずきが、「ん?…」と首を傾げて足元を見つめた。
「どうしたの?…あずきちゃん」
「いや、何か妙な感じが…」
「どんな?」
「何やろ?…いつもより体が軽く感じるのは、気のせいやろか?」
紫兎も、よっ…とあずきの背から降り、それを体感する。
「ほんとだ。不思議。何かフワフワして歩きづらい…」
御子たちは、周囲をぐるっと見渡す。
これほどの数の、3階建てのビルほどもありそうな巨大な箱型鬼魔衆に囲まれていると、生きた心地がしない。
「でも、穢れの気配や邪気が全く感じられないですね…」と瑠璃。
この大空洞に入った時からそれは変わらない。
「し…死んでるんじゃないの?…は…ははっ…」
彗月は、引きつった笑みを浮かべる。
「恐らく、封印されてますね」
瑠璃は、唖然としながら考えを口にする。
「まさか…これ全部なん?」
はたして、何百鬼いるかどうかもわからないこんな大型を一度にまとめて封印する魔力など、あずきは聞いたことがない。
立ち尽くす御子たち。
……こんな場所に、いったい誰が、何のために…
「紫兎ちゃん…どう思う?これ…」
返事がなく、あずきが振り向くと、後ろに立っていたはずの紫兎の姿が見当たらない。
「ちょ…紫兎ちゃんは?」
「…あれ?」
瑠璃たちも、動かぬ鬼魔衆に気を取られていて、紫兎がその場から消えたことに気づいていなかった。
慌てて辺りを見回した御子たちは、壁際の近くに紫兎の姿を見つけて、ホッ…安堵した。
「また、誰か消えるとか、ホンマ堪忍やで……」
紫兎は、切り立つ岩壁を見上げて放心していた。
「紫兎ちゃん、どーしたん?…急にいなくな…」
「
「は?…何て…?」
「見て…煌河石よ……すごい……」
言われて、御子たちも岩壁を仰ぎ見る。
「ぇっ…?…まさか…これ全部?」
岩壁から水晶にように生える石は、光の粒子を内包し、淡く透明な青白い光を放っていた。
それが岩壁一帯に、まるで野花が自生しているかのように散りばめられていて。
よくよく考えてみれば、水晶が自ら発光するはずもない。
「うん、そう。これ全部…」
そう頷く紫兎に、驚愕する御子たち。
「…うそ…こんなに…?」
見上げている岩壁だけじゃない。
この広大な空洞の壁面全てに渡って、岩柱や天壁まで、地底以外のほとんどを覆い尽くしている全ての
だからこの大空洞は、池中深くにあっても、まるで観光地の洞穴が幻想的にライトアップされたように明るい。
紫兎は、その一つにそっと手を触れてみた。
すると、光の粒子がフワフワと紫兎の手を包むように舞い踊る。
それがまるで、紫兎と歓迎の握手をしているようにも見え。
…ふふっ、そっか。あなたたちだったのね、わたしを呼んでいたのは…
紫兎は、くるりと壁に背を向け、改めて空間全体を彩る煌河石たちを見渡す。
…凄い…これだけあれば…
…ん?
「どうしたの?…みんな…」
鴨宮あずきたち一同は、真上を見上げてポカーンと、馬鹿みたいに口を開けている。
その視線を追い、紫兎も「えっ?…」と驚く。
遥か高みの天壁に、蜂の巣のような穴が、これも数え切れないほど空いていた。
「…ウチら、どの穴から来んやろ?」
ここまで、岩壁の輝きや地底の鬼魔衆の群れに注意を引かれていたので気づかなかった。
「…ま…まあ、何とかなるんじゃない…は…ははっ…」
彗月の笑みはもう引きつりっぱなしだ。
「…せ…せやな…は…ははっ…」
これはもう、あずきも笑うしかない。
シ…ン…と鎮まる笑い声。
結界の狭間から命からがら行き着いた先に、数えきれないほどの大型鬼魔衆に大量の煌河石。
そこにさらに、帰路を惑わす無数の穴。
奇想天外もここまで極まり過ぎると、思考が停止する。
茫然自失する御子たちに、紫兎が明るく声をかける。
「ねっ、とりあえず、お弁当食べよっか」
「…司令……少し休まれた方が…」
特0司令室の司令長官席で、モニタースクリーンを遠い目で見つめたまま、微動だにしない引波五郎。
「んっ?…ああ…二條か…」
気の抜けた生返事が返ってきた。
「横になるだけでも」
「そうだな…」
そう返した五郎だったが、まったく席を立つ気配を見せない。
モニタースクリーンには、投光器に照らされたショベルタイプの重機が5台、夜を徹して青葉山公園の土を黙々と掘り起こしている映像が流れているだけだった。
あと1時間もすれば夜が明ける。
ゲート調査隊の御子たちが消えてから、すでに15時間ほど経過していた。
ゲート調査隊との通信が途絶えてからの直後、引波五郎の取り乱し方は凄まじいものだった。
無理もない。
愛する一人娘を失ったかもしれないという焦燥と恐怖が、五郎を狂わせた。
指示はブレまくり、司令官長らしからぬ支離滅裂な事を口走り、人の意見など全く聞く耳を持たなかった。
困惑するオペレーターたちや現地の特0隊員たち。
見るに見兼ねて、副司令官である二條しちみは、松本国務次官に上申して、引波五郎を暫くこの任から解いてもらおうとまで考えた。
このままでは特務0課は機能を果さない…と。
そこに、青葉山公園にいる御子たちから連絡が入った。
「引波司令…仙台にいる
五郎の錯乱振りが彼女たちの耳にも入ったのだろうか、といちみは思った。
今の五郎の状態なら、御子たちにまで罵声を浴びせかねないが。彼女たちなら、ひょっとしたら五郎の冷静さを取り戻せるかもしれないと考え、見守ることにした。
「つなげ」
モニタースクリーンに映った雪音は、いきなり告げる。
「MFC代表、引波紫兎のメッセージを伝えるべ」
先制パンチを食らった五郎は、返す言葉を逸した。
「『大丈夫、必ず戻るから』…これがゲート消失直前に、わたすらのMCリングに飛んできた紫兎ちゃんからのメッセージだ。わたすら御子は、その言葉を信じて待つ。五郎はん…あんたはどうするつもりだべ?」
雪音の静かな一喝に、五郎は、まるで平手で頬を打たれたような
雪音は続ける。
「紫兎ちゃん不在中は、わたすが代理を務め。MFCは、これまで通り、特務0課と相互支援関係を続ける。これで、よかべ?」
「…ぁ…ああ…」
「五郎はん、しっかりしてくんろ。消えたのは紫兎ちゃんだけでないべ。そんで、死ぬほど心配してるのは、わたすらも
一方的に通信は切られたが、五郎は
「……二條…すまんが、しばらくここを頼む」
「どちらへ?」
「……ちょっと顔を洗ってくる…」
そう告げて席を離れた五郎は、数分後戻って来るなり。
「取り乱して悪かった」と司令室内全員に頭を下げ、少なくとも司令長官であることを取り戻した様子だった。
先ず、重機で掘る深さのリミットを決めた。
そして、それからずっと、とうに日付が変わった今まで、休憩も食事も取らず。
五郎は席にジッと座したまま、モニタースクリーンを見続けていた。
「…飲みますか?」
二條いちみは、五郎のために買ってきた冷たい缶コーヒーを、冗談っぽくその額に当ててみた。
が…五郎は、
…これは、もうダメかも…
いちみがそう思い始めた時に、前を向いたままで五郎が口を開く。
「…二條…君の意見を聞きたい。まだあそこにあると思うか?」
「ゲートですか?…特0の副官としては、まだあって欲しい、と思います」
「…では、元御子としては?」
その口調から、いちみは、五郎がかなり落ち着いてきていると感じた。
今なら率直な、ある意味厳しい言葉を並べたとしても、この司令長官は、もう取り乱すことはなさそうだ、と。
「元御子としては……もうあそこに
「…そうか……」
五郎は、はぁ…と嘆息し、双肩を落としながらも。
額に当てられたままだった缶コーヒーを手に取り、プルタブを引き、それをゴクッと喉に流し込んだ。
「…他に、元御子の二條が思うところがあれば聞きたい。もちろん直感でも憶測でも構わん」
「あの子たちは、ゲートの先に進んだんやと思います」
ーー瑠璃ちゃん!潜って!…あずきちゃんも早く!
“下に”逃げて!ーー
それが、通信が途絶える直前に叫んだ、紫兎の言葉。
「…さらに奥へ…か…」
五郎は、その可能性を考えなかったわけではない。
ただ…
その先に果たして逃げ場はあったのだろうか?…と。
仮にそうだとしても、いったいどうやって帰ってくることができるのだろう。
その
「はい。アルファ機がロストしたポイントからさらにその奥へ。それは、もしかしたら、
でも紫兎ちゃんは、咄嗟にあのメッセージを雪音たちに残しました…」
――『大丈夫、必ず戻るから』――
「…あの状況で、もし、紫兎ちゃんが絶望を感じたのなら、メッセージは違ったものになっていたはず……わたしは、そう思います」
「…なるほど……」
確かに紫兎の残した言葉は、決して諦めのダイイングメッセージではなかった。
そう思えるほどには、五郎は、冷静さを取り戻していた。
「…では…二條は、その先に何があると思う?…もちろん漫画や映画のような話でも構わんぞ」
いちみは、そのいつもらしい五郎の言葉に、ふっ…と口元を緩ませる。
「そうですね……あのゲートは、やはり何らかの結界である、と踏んでます。例えば、その昔、あの箱型
その上で
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