第26話 PR14-3


……ここは…?

鴨宮あずきは、闇の中にいた。


上も下も感じられない虚無の空間。

あの世かと思った。

でも、背に温もりを感じて、ホッ…とする。


「紫兎ちゃん…おる?」


「ん?…いるよ」


「ウチら、死んだのやろか?」


「ふふっ、そうかも。でも、あずきちゃんと一緒ならいいかも」


「なっ!…なに言うてんねん」

カァ…と顔を赤らめたあずきは、手の先に魔光を灯す。

…コンさんは…?

見上げると、神使獣はいつものように頭の上に浮いていた。


「どうやら、結界の狭間に落ちたみたいですね」


不意を突かれた足元からの声に、あずきは、ビクゥッ…!とおののいた。


「瑠璃ちゃん!…無事やったんか?」


「はい、何とか」

瑠璃は、あずきの足下で、仰向けで漂っている。


……ここ……どこや…?


自身の魔力で浮いているという感覚がない。

そんな無重力感。

不思議な場所やな…と思いながら周りを見回すと、消えた御子たちが顔を揃えていた。


「…何や…みんなおるやん…」


「はろー」

最初に消えた上代煉花かみしろ れんかが無表情で手を上げる。

あずきから見ると頭が下になって浮いていた。


「はろー、やないわ、煉花。ホンマに肝、冷やしたで…」

はぁ……と安堵し、ひと息つく。


「でも、危なかったですね」

瑠璃の言葉に、うん、と頷く紫兎。


「危なかったってどういうことや?…それに、ここどこや?…結界の狭間って何や?」

あずきは、一気に捲し立て、キョロキョロする。


「んーっと、先ず。ここどこや、の推測をしますと。たった今、わたしたちがいるのは、結界……恐らくは、時空結界の狭間だと思われます」


「時空結界?…そんなん聞いたことあらへん」


「いいえ、あずきちゃんもよく知っている結界の一つです。封印、と言えば分かりますか?」


「封印?…これが?」


「はい、ピンとこないかも知れませんが、わたしたちがよく使う封印は、ある意味、時間の流れを止めるぐらい極端に落とした時空魔法の仲間です」


「へぇ…そうなんだ…」

紫兎が腕時計を見ると、確かにデジタル数字が止まっていた。


瑠璃が続ける。

「わたしたちの想像を超えるほどに、相当に大掛かりな結界が張られているみたいです。で、その規模が大きすぎて、はまり込んだみたいです」


「…ぇっと…つまり、ウチらは今、その結界の中に?」


「はい。どうやらロストラインは、床のように平ではなくて、凸凹してたようです。その下に何かの境界があるのは、気づいていたのですけど、進んでいいのか迷ってました。そしたら、最初に煉花ちゃんが落ちて、次に桃渼とうみちゃんと彗月はずきちゃんがハマって…」


「うん、焦ったたい」と煉花。

「うん、わたしも」と桃渼。


「…わ…わたしは全然余裕だったけどね、は…ははっ…

実は、ハマり落ちて一番大騒ぎしていたのは、彗月だった。

クククッ…と噛み笑う煉花に、「な…何よ…」と睨みつける。


「昨日の映像で見つけた残滓ざんしは、この結界の一番外側、つまり卵の殻が破れたあと、みたいなものだったと思います。でも…それが、穴ごと塞がってしまったみたいですけど…」


「塞がった?…あの穴が?…ほな、ウチら、ここから出られへんちゅうことかいな?」


彗月が焦る。

「えっ?…それは困るわ。バイト首になっちゃう。瑠璃ちゃんの神起環杖かむのきで何とかならないの?」


「これほど大規模のものだと、少し時間がかかりそうですけど。ここから出られる方法は、必ずあるはずです。現にあの鬼魔衆きまのすは、地上に…青葉山に現れましたから」


「せやな…」


「でも、あずきちゃん、わたしたち危なかったのですよ。あのまま、気づかずに、あそこにいたらどうなっていたか…」


「どーなってたん?」


「間違いなく、塞がった結界の殻に囚われ、身動きのとれない石のようになって、永遠に閉じ込められていたと思います」


「ホ…ホンマか…それ…」

それを想像して、あずきは身震いした。


「でも、紫兎ちゃん、よく気づきましたね」


「うん、ゾクッ…ときたから」


…ホンマ、紫兎ちゃんの危険察知能力は、半端ないな…と、あずきは改めて思った。


穢れや鬼魔衆の邪気、あるいは殺気であれば、どの御子も感じ取れる。だが、結界が塞がる前触れなど、御子と言えども、易々やすやすと感じ取れるものではない。

紫兎の危険察知アンテナは、御子のそれを遥かに凌駕していた。

現に、あずきや瑠璃ですら気づかなかった“ソレ”に、いち早く気づいたのだから。


…あ、せや…MCリング…

いつもの癖で、あずきは、手首を口の前に置く。


「あずきちゃん、MCリングはダメみたい。わたしの通信機も…」

紫兎は、首を横に振った。


「そうなん?」

一応試してみたが、誰ともつながらない。


「で?…紫兎ちゃん、どないする?…瑠璃ちゃんが出口を見つけるまで、お弁当でも食べてればええんやろか?…ははっ」


冗談を飛ばしながらあずきが背に振り向くと、紫兎が低い声で呟いた。


「…何か、来ます」


「は?」


「みんな!はぐれないように掴まって!!」

叫んだのは、瑠璃だった。


咄嗟に手を伸ばし、互いの手や足を掴む御子たち。


すると、虚無の空間に音もなく亀裂が走り、その裂け筋から目眩むような白い光が漏れ始めた。


あずきは、その強烈な光に目を眇めた。

「…くっ!……」……今度は何や?!…


裂け目は広がり、白い穴となり、御子たちはあっという間にそこに吸い込まれていった。




「通信シグナルは?」


「…ダメです…依然ロストしたままです」


「くそっ!」

五郎は再び拳をコンソールに叩きつけた。


紫兎が装着していた発信器からの信号は途絶えたままだった。


「呼び続けてくれ…」


「了解。こちら特0司令室、ゲート調査隊、紫兎様、応答願います……」


……クッソ!!……何でこんなことに……

「…紫兎………」


何度も叩きつけるその拳からは、血が滲んでいた。


この時ばかりは二條いちみも、頭を抱え込む司令官にかける言葉を、ひとつも見つけることができなかった。

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