第3話 PR01-2
公安部特務0課。
ここ最近では、
昨年の夏、代々木公園の陸上競技場の施設が、丸ごと潰れたような大崩壊事件が起こった。
発生が未明の時間帯だったのが幸いし、人的被害はゼロだった。
情報が交錯し、当初は、大規模テロ、あるいは老朽化や欠陥施工ではないか、と憶測された。
その事件の数日後、崩落の原因が“
これには日本中だけでなく、世界中が一様に驚いた。
そういう組織名の新手のテロリズムではなく、あくまで“物の怪”だと言う。
何かの冗談にしては、発表している官房長官の表情は真剣そのもので、ピクリとも笑わない。
唖然とするのは記者団だけでなく、お茶の間で
「…あのう……鬼魔衆…とは?」
何から質問すればいいのか分からない記者団に、官房長官は、それでも真摯にこう応える。
「古来より、この世の穢れが具現化した“物の怪”の総称で、この世に破壊や災害をもたらす存在。
時には人や物に取り憑き、悪事を働く。
つまり、オカルト、らしい。
…おいおい…と誰もが思った。
さらに官房長官はこう続ける。
「日本政府は、この
全くもってピンとこない話に、記者団は矢継ぎ早に質問を投げつけた。
ふざけるな!と、中には怒号すら混じる。
「
そう政府自体のズサンさを認めてから。
「地震や台風などの自然災害でも、悪意を持った人為的なテロリズムでもなく、この国の安全保障に関わる全く新しい未知なる脅威である」と締め。
そして「公安部特務0課を設立し、これの対処にあたる」と
最後は強引に記者会見の幕を締め、怒号の飛び交う中で逃げるように退場した。
あとは国中がひっくり返った騒ぎになり、ネットやSNSでも
こんな摩訶不思議な説明をされても、誰も納得できないと、ニュースコメンテーターは政府を凶弾する。
議会の過半数以上の議席を占める与党を、だがそれでも、野党側が責めるかと思いきや。なんと野党側も公安部特務0課の承認に回った。
国民が呆れていると、次の会見で過去の
代々木運動競技場崩落の半年前に、京都の街中が突然地割れて、盛り上がる土砂とともに古い
また、それから3ヶ月後には琵琶湖湖畔が軽い津波に洗われる事があった。
地殻変動との関連も取り沙汰されたが、そのどちらも死者が出なかった事もあり、誰も解明できない不思議事象として片付けられていた。
もちろん信じ難い話だった。しかし、人々は何も理解できぬまま、そうだったんだ、と思うしかなかった。
納得できない国民だったが、結局、お国の施策に対してネットやSNSで文句の声をあげることぐらいしかできなかった。
もちろん、これを機に内閣の支持率は急落した。
政府は狂っている、と。
政権交代は確実で、年内の解散総選挙はもはや避けられない、とも。
どうせ何を言っても変わらない、という諦めのムードが国中に漂い始めた頃。
全国各地で
その数は増す一方で、確かに不可解な事件が多かったのだが。
マスコミや一部の有識者の中には、鬼魔衆は本当にいるのか?、と騒ぎ出す人が現れた。
最大の問題は、“映像”どころか”画像“すら無かったことだった。
鬼魔衆は目視できるが、一般の映像機器にその姿を収めることが出来ない、という。
ハッキリと映らないのだ。
事件現場の静止画や動画も公開されたが、説明されてやっと分かるぐらいに何かがボヤッと映っている。
これでは、心霊写真の
見えないモノを、信じろ、という図式自体が無理な話で。
それはつまり、“証拠がない”、に等しい。
しかしその後、鬼魔衆存在論争に妙な変化が起こる。
それは、“空飛ぶ少女の目撃”
鬼魔衆事件の発生に比例して、現場に居合わせた目撃者の数もどんどん増えてくる。
“俺は”、“私は”、物の怪を見た、と。
増え続ける目撃情報を、メディアがこぞって報道する中で、空飛ぶ不思議な少女たちの目撃情報が混じり始めた。
突然事件現場に現れ、鬼魔衆なるものを消し去り。人の目から逃れるように、空に帰って行く。
そんなカラフルな衣装の謎の少女たち。
次第に、人々の興味が謎の少女たちに集まり始めた。
メディアもこの話題に飛びつき、ネットでは憶測が昼夜問わずに繰り広げられた。
ただ、不思議なことに、これだけの多くの目撃情報があるにも関わらず、謎の少女たちの姿を収めた画像映像も何一つ出てこなかった。
政府は、謎の少女たちの関与を、一貫して否定し続けていたのだが。
ある日突然に、その存在を認めた。
公的な記者会見で、公安部特務0課、つまり日本政府と相互支援関係にある"御子"と呼ばれる特殊な能力を持った少女たちが、全国各地に存在している、と発表された。
加えて、その御子たちの能力が鬼魔衆を浄化、つまり退治できる最も効果的な手段である、とも。
……
その場に居合わせた記者団は失笑しながら呆れ果てた。
……おいおい、オカルト要素たっぷりの鬼魔衆に加えて、今度はコスプレ少女の特殊能力ときたもんだ…
記者団から「御子とは?」と質問が飛ぶ。
こんなシンプルな質問にさえ、政府筋は、「鬼魔衆同様にその姿を、カメラ、ビデオなどの映像機器に収めることが出来ない」とだけ説明し。
「現時点では、それ以上の回答は出来ない」と明確な返答を避けた。
しかし、世間は色めき立つ。
政府が認めた!
噂の空飛ぶ少女たちは実在する!
この日を境に、人々の注目は、政府を糾弾するのを忘れたかのように、一気に御子へ集中し始めた。
しかし、その詳細は秘密のベールに包まれたままで。さらに噂が噂を呼び、御子を取り巻く論争は一気に熱を帯びていった。
世間の、御子に対するスタンスは大きく二分された。
アンチ御子派。
巫女を連想させる宗教めいた呼び方も手伝って、その胡散臭さに呆れ返る人々。
きっとインチキ霊媒師だ、と。
週刊誌は、特務0課の高官は御子と夜な夜な、いかがわしいコスプレプレーに興じている、というような中傷三流記事を載せたり。
一方で、御子熱狂派。
その多くはネット世代の若者。
御子が鬼魔衆に対峙して浄化する場面を、目撃する市民も増えてくる。ごく稀に、御子と直接言葉を交したりする人々も。
そうした御子の目撃情報がSNS上で溢れかえりはじめると、コアな御子マニアも現れ。
その秘匿性と神秘性をスパイスにして話題は活性化された。
ただのお祭り騒ぎと言ってしまえば、それまでなのだが。
そんな渦中におかれた御子たちを表現した文字の羅列は、人々を惹きつける魅力的なキーワードが満載だった。
空を飛ぶ、光を放つ、アイドルのようなカラフルな衣装、可愛い、美少女、などなど。
そしていつしか誰かが言い始めた。
御子は、“魔法少女”だ……と。
……魔法少女…
まさにその言葉がピッタリと当てはまる……
駅職員の斎藤
斎藤もその存在を目の当たりにするのは初めてだった。
ゴシップ記事を鵜呑みにしないほどの器量は持ち合わせてはいたが、あらぬ噂が飛び交うそんなヒーローのような少女たちが、本当に存在するとは信じていなかった。
もし、いたとしても、アンチ巫女派ほどの嫌悪感は抱かないとしても、気休め的なお祓いの神事をお手伝いする役ぐらいなのだろう、という程度にしか考えていなかった。
この時までは……
いわゆる一般的に知られている紅白の袴姿の巫女装束とは、色も仕立ても全く別物のカラフルで可愛らしいデザイン。
まるでアイドルグループの衣装のようなこの巫女装束が、実は身体能力を高め、邪気から身を守るための特殊な性質を持つことを、駅職員は知る由もないのだから。
コスプレなのだろうか…?と思ったりもする。
舞子の手に握られているのは、
舞子のそれは、身の丈ほどの長さで、
その柄には
その双槍から打ち放たれた浄化の
クルッと体向きを変えた美少女が、今度は早足でこちらに向かって、一直線に間合いを詰めてくる。
駅職員の斎藤は、「うっ…」と身構えた。
身を強張らせる斎藤に、舞子は、ジッと上目で見つめ、澄んだ声音で語りかける。
「とりあえずの応急処置です。この場の毒気は浄化して、奥に結界を張りました…」
……何だこの半端ないオーラは?
それに…瞳が
ヤバイ…すげぇ可愛い…
その瞳に吸い込まれそうになっていると。
「あの?……もしもし?」
ボーッと黙したままの斎藤に、舞子は首を傾げる。
ハッ…!…と我に帰った斎藤は、構内の奥に顔を上げた。
オーロラのような、瞳の色と同じ
「……結界?」……あれが?
初めて見た。当たり前だけど……
「はい。あの結界よりこちら側はもう大丈夫です」
「…き…
声は裏返っていた。
「はい。間違いなく“この上”にいます」
「…つまり…ホームに?」
「はい」
改札の窓口にいた別の駅職員が、斎藤の背後から声をかけた。
「斎藤さん!ホームと連絡がつきません。見てきましょうか?」
「…ぁ…ああ頼む…」
「ダメです!」
舞子が力強い声でそれを制する。
駆け出そうとしていた駅職員は驚いて足を止めた。
「ごめんなさい。でも許可できません。“
「…ぇっ……しかし……」
ここで舞子は、改札のあたりに立ち並んでいた人々に再び向き直った。
「特務0課が間もなく参ります。だから落ち着いて指示に従って下さい」
未だにポカンと
舞子が先に、“
「それと、力のある方は、倒れている人たちを改札の外まで運んで下さい。直ぐに救急隊も来るはずです。急いで手当すればまだ助かります。ご協力をお願いします!」
舞子が祈るように腰を深く折り、頭を下げる。
すると、「よし、分かった」と数人の男性が足を前に進めてくれた。
それをきっかけに、倒れている人々の救助が始まった。
乗り換え改札の外には、中に入れない人々がぞくぞくと集まってきていて、その人垣は状況を把握できない人々で更に大きく膨れあがっていた。
「何だ?何で入れないんだ?」
「おい、見ろ…怪我人か?」
騒然となっていたが、改札の奥から意識を失った人々が運び出され始めると、スペースを開け、床にタオルや新聞を広げたりと協力し始めた。
そこにバタバタと駅務の救急隊が駆けつけ始める。
その様子に、ふーっ…と安堵を見せてから、再び駅職員に向き合う舞子。
「直ちに、全構内の閉鎖と避難指示、誘導をお願いします」
「…っと…それは…この東京駅丸ごと…ですか?」
「はい。それと、ここに入ってくる電車も全部止めてください」
舞子の真っ直ぐな
「そんな……」
困惑してお互いの顔を見合わせる駅職員たち。
斎藤は迷った。
東京駅の全面封鎖など、これまでなかったことで。それほどに大袈裟なのか?…と。
確かに乗客が倒れているが、鬼魔衆なんて本当にいるかどうかも分からないモノのために、そこまで必要なのだろうか?…と。
救急隊を呼んで“この付近だけ”を封鎖すればいいのでは?
……いやいや、ちょっと待て!
俺は、たった今、いるかどうかも分からなかった“御子さん”を目の前にして話をしてるじゃないか。
と言うことは鬼魔衆とやらもいるはず。
……いや、しかし……
そうだとしても、たった今、この東京駅構内に一体どれほどの人がいるのか。きっと数万人。
それを承知で、この御子さんはそう進言しているのだろうか?
東京駅構内全面閉鎖と避難に加えて、全車両の運行停止。
それがどれほどの混乱とパニックを引き起こすことになるのか分かっているのだろうか?
その挙句、何もありませんでした、では俺の首が飛ぶだけでは済まないぞ……
「…あのう……去年の代々木公園の事件をご存知ですか?」
駅職員の戸惑いと
「…ぇっ?……ああ、もちろん、知って……」
斎藤の顔が
当時、テレビで流れていた映像が
代々木公園の陸上施設がボロボロになって崩壊していた映像を思い起こし、ゾクッ…と
「……まさか…“アレ”と同じことが…ここでも?…」
「はい。起こり得ます。“あの時”と同じような大きな邪気を感じます。だから一刻も早く……」
斎藤は舞子の言葉を
「君は、“あの時”そこに…?」
「いました。わたしと他の御子で対処しました」
その瞳は、真剣そのもので。
ゾッ…としながらも斎藤は覚悟を決めた。
「分かりました。全力を尽くします」
そして他の駅職員たちに向き直る。
「聞いたな。これをテロと見立てる。急いでこの状況を本部に。直ちに本駅乗り入れ車両の停止命令、それと東京駅全構内の封鎖と退避を東日本に要請してくれ」
そうして、他の駅員達も動き出す。
鬼魔衆をテロと見立てた
実はこの時すでに、特務0課から各機関に東海道新幹線の運行停止と東京駅全面封鎖の要請中だったのだが。
東京駅ほどの大きな人口密集場所での鬼魔衆発生に慣れていない各機関は、お役所仕事振りを発揮してしまっていて、調整が難航していた。
結果、この現場からの状況説明と要請は、各機関を迅速に動かすのにかなりの効果をもたらす。
「ありがとうございます!!…ぇぇっと、サイトーさん」
駅職員のネームプレートに視線を走らせてから、舞子は微笑んでペコリと頭を下げた。
明日から就活かも、と頭の隅で思いながら、斎藤は訊いてみた。
「…で…君は?」…この後どうする?という意味で。
「もちろん。
舞子は、斎藤に背を向けると、音もなく
床をトンッ…と軽やかに蹴って、奥に向かって低く飛んだ。
……うぉ…!…ほんとうに飛んだ…
スカートをヒラヒラとはためかせ、宙を浮いて飛んでいく少女の背姿を追い見ながら、斎藤は改めて思った。
……あれはやっぱり…魔法少女だ…と。
改札の外にも、中の事象が伝言ゲームのように伝わっていき、言葉が飛び交っていた。
「
「えっ!マジで?」
「なんか悪い空気が流れてるらしい」
それでもパニックにならなかったのは幸いだった。
鬼魔衆の毒気と聞いても、ピンときていない人々がほとんどで。
もしこれが毒ガステロと誰かが騒ぎ出していたら、あっという間に大混乱を極めて、東京駅構内は二次災害も引き起こし、カオスと化しただろう。
どころか……
「噂の“御子さん”もいるらしい」
「え?本当に?、リアル魔法少女?」
「ちょ、見たい、見たい」
話題の御子見たさに、スマホのカメラを取り出し、続々と人が集まってくる始末だった。
程なく、東京駅への立ち入り禁止のバリケードが設置され始め。電光掲示板と運行モニターに運休の赤い文字が一斉に並んだ。
未だ、事件を知らない何万の人々が
「お知らせします。只今、東海道新幹線の構内に鬼魔衆が発生したため、全ての在来線及び新幹線全線での運行を見合わせています。皆様の安全の確保のため、構内を一時、全面閉鎖致します。職員の誘導に従って落ち着いて構内から避難して下さい。繰り返します。只今……」
人々は足を止め、呆気にとられる。
「何?何?どーいうこと?電車止まっちゃったの?」
「聞いた?キマノスだって…」
「それ本当?」
すぐに公安警察官と拡声器を持ったJR職員が何人も現れて、避難誘導が始まった。
一部の人々が運行再開の
仕事で急いでいるらしいリーマンが、チッ、と舌打ちをして腕時計を
そんな局所的ないざこざは多少あったが、それでも不思議とパニックにならなかった。
人々はスマホを耳に、あるいはSNSに器用に文字を打ち込みながらゾロゾロと、開放された構内の出口に向かって行進し始める。
「…マジか……大迷惑だな」
「鬼魔衆なんて本当にいるんだ?」
「ちょっと見てみたいな」
誰もが代々木公園の被害をニュースで知ってはいたが、人的被害がなかったことも手伝って、その事件そのものが対岸の火事的な捉え方をされていた。
もしあの規模の建物崩壊が、今この場で起こったらとんでもないことになる、と実感している人は多くなかった。
危機管理能力の欠如。危険想像力の不足。あるいは単に平和ボケとでも言えばいいのだろうか。
でもそれはしょうがないことで。
鬼魔衆と対峙した経験のある者しか、その怖ろしさを理解できないのだから。
結果、東京駅構内からの数万人もの一斉退去という、過去に前例のない大規模な避難活動だったにも関わらず。初動でパニックと呼ぶほどの混乱が起きなかったのは、もはや奇跡に等しかった。
しかし、この後すぐに鬼魔衆の本当の恐ろしさを、多くの人々が知ることになる。
そして、これが日本国を滅亡に追い込むほどの大厄災の、ほんの序章であることに。
もちろんだが、誰も気づいていなかった。
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