第21話 PR12 久慈雪音


「……本日夕方頃、特務0課は、ゲートの調査を開始しました。報告によりますと、無人ドローン2機を途中まで送りこませたところで、1機のドローンにトラブルが発生したとのこと。このためゲートの調査は、明日以降に持ち越されることになった模様です。

続きまして、救出活動の続く仙台市内の様子を、現地からお伝えします……」


夜のニュースが流れるTVの前で、京都の鴨宮あずきは、専用回線を介して、特0司令室と仙台の特殊車両をリアルタイム映像でつないでいた。


「……つまり、そのドボーンでは、何も分からんかった、ちゅうことなんですね?」


「ドローンな」

あずきの言い間違いを、さらりとただす引波五郎。


「…じょ…冗談どす」

その顔が、カァ…と赤く染まる。

いっそ、笑われてツッコミを入れられた方がどれだけマシか。


「あずきちゃん、これがその時の動画よ」と紫兎。


別ウィンドウが開き、アルファ機が消えた時のデルタ機録画が流れる。


「ホンマや。これでは何も分からしまへんなぁ…」

黒塗りの画面に目を凝らしたあずきの声にも、嘆息が混じる。


「でも瑠璃ちゃんがその映像から、残留結界らしきものを感じ取りました。あの奥にはきっと何かがあるはずです」


「さすが瑠璃ちゃんや。それで?…どないしはりますの?五郎はん」


「明日もう一度、ドローンを潜らせようと思う」


「そんなん同じ結果になるんとちゃいますか?」


「わたしもそう思うな」と紫兎。


「しかし、今のところ、これしか手立てがない」


あずきは、思い当たるところがあって、紫兎に訊いてみた。

「紫兎ちゃんは、別の案を持ってはるんやろ?」


「ふふっ、さすが、あずきちゃん。分かります?」


「ほな、ウチも連れてっておくれやす。その穴の奥に何があるんか、ごっつい興味そそられるし」


「お前ら、一体何の話しだ?…まさか……」

五郎は、嫌な予感しかしない。


「あのね、五郎ちゃん。わたし、潜ってみようと思うの、ゲートに」


「なっ!…ちょっと待て、紫兎!」

予感した通りの紫兎の言葉に、頭を抱える五郎。


「あずきちゃん、背中に乗せてもらってもいいかな?」


「お安い御用やけど…ホンマにええの?」


「はい、感じるんです。あの奥には何か確かめないといけないことがあるって……」


「待て待て!勝手に話を進めるな!…ダメだ!ダメだ!!…紫兎、何もお前が行くことはない」


「…五郎ちゃん…でも…」


「絶対にダメだ!危険過ぎる!」

……我が娘にそんな危険な真似は、絶対にさせられない…


「大丈夫よ。あずきちゃんも一緒なんだし……ね?、いいでしょ?」


「それでもダメだ!あんなでかい鬼魔衆きまのすが出てきた穴なんだぞ!」


「でも……」


「何が起こるか分からん!ひょっとしたらあの奥で、鬼魔衆がうようよと待ち構えているかもしれん」


冷静さを欠き始める五郎に、紫兎は食い下がる。

「そうかもしれない……けど、聞いて五郎ちゃん…」


「それにお前は、御子じゃない!!」

そう怒鳴りつけた五郎は、振り上げた拳を、ドンッ!…とコンソールに叩きつけた。


シ…ン………


と、重い沈黙がその場の空気を支配する。



「…司令……」

ここまで後ろで黙ってやり取りを聞いていた二條いちみが、「落ち着いて下さい…」と五郎の肩に手を置く。


モニター越しで、紫兎は、うつむき、押し黙っていた。

……まただ……五郎ちゃんにまで言われた……


通信パネルの上にあった煌河石こうがせきをグッと握り締め、今にも壊れそうな震える声で、紫兎は口を開く。

「……そうね……わたし、御子じゃない……」

もう、悔しさと悲しさでいっぱいになって、涙が溢れ始めていた。

……そんなこと、知ってる……

「…でも……でも……」


それ以上言葉が続かず、紫兎は、ガタッと席を立ち、モニターの前から姿を消した。


「あッ…おい!…紫兎!待て!」


呼び止める五郎の声を置き去りにして、紫兎は、特殊車両から飛び出して行ってしまった。


「…司令、言い過ぎです」

いちみの、横から突き刺さるような非難の視線を感じ。

五郎は、言い放ってしまったおのれの失言を認めて、項垂うなだれた。

「…ぁ……すまん……つい……」


「はぁー…」と、呆れた嘆息を一つ投げてから、鴨宮あずきが口を開く。

「五郎はん、紫兎ちゃんはいつもウチらと一緒に戦ってくれてはる仲間や。もう御子みたいなもんやし、少なくともウチらはそう思うとります」


優しく諭すような口調だった。

あずきは、親が子を心配する、その気持ちも分からなくはなかった。


「……そうだな。すまん、悪かった……ちょっと頭を冷やしてくる」

力無く言い残し、五郎は、司令室を出て行った。



特殊車両から泣きながら飛び出してきた紫兎に、楓子とランがちょうど鉢合わせた。

「紫兎ちゃん!?」

咄嗟に声をかけた二人の間を割って、腕で涙を拭いながら紫兎は、そのまま駆けて行ってしまった。

「どーしたのかな?」

「泣いてたね…」



「…五郎ちゃんの…馬鹿……」


当てもなく駆けて行った紫兎は、ひと気のないベンチに腰掛け、涙目を擦りながら、いつの間にか握っていた煌河石こうがせきに呟いた。

「…わたしは、御子じゃない……そんなの分かってる、でも……」


今宵こよいのお月さんは、少し寂しそうだべ」


その声に、特に驚きはしなかったが。

久慈雪音くじ せつねが、いつの間にかベンチの横でたたずんでいた。

紫兎は、雪音の巫女装束姿を見て、駆け出した自分を空から追ってきてくれたのだと分かった。


雪音の視線は、遠き山の裾野から昇り始めていた月を見つめていた。

上が大きく欠けた、細い細い三日月を。


「…どうして寂しそうなの?」

紫兎も同じように、その細い月を見つめ。


「夜空に裂けた傷のように見えるべ…」


そうかもしれない、と紫兎も思った。


「…だども…優しく微笑んでいるようにも見える」


そう言われれば、そんな風にも見える。

ただ、今の紫兎にはその笑みが、やっぱり寂しいものに映った。


「…星も……ほんに綺麗だべ…」


雪音は、それ以上何も言わずに、夜空を仰ぎながらその場に静かに佇んでいた。


紫兎も同じように、満天の星空を、銀河を見上げる。東京では決して見れない星辰せいしんの競演。そういえば、仙台に来てからまだ一度も、こうやって夜空を仰いだことはなかった。


……あれは、天の川……ほんと、キレイ……


紫兎しと雪音せつね

二人、静かに佇むその周りで、忘れていた唄を思い出したかのように、虫たちの鈴音が鳴り始めていた。

心地よい夜風が、紫兎の涙濡れた頬に優しく触れ、荒々しく波立っていた心を落ち着かせてくれる。


自然と紫兎は、静かに口を開いていた。


「…何で…わたし御子じゃないのかな?…どうして神使獣しんしじゅうは、わたしのところにきてくれないんだろ?…何が足りないのかな…」


「紫兎ちゃんは、御子だべ」


「違うよ…わたし、御子じゃない。だってみんなと違うもの…」


「そうけ?…わたすには同じに見えるけんども…」


「同じ?」


「んだ。何かをまもりたいと強く願う気持ちは、わたすたちのそれと同じだべ」


「そんなの…誰にだって当てはまるよ…」

そこまで言って、五郎の心配そうな顔が頭に浮かんだ。

五郎は父親として、紫兎を必死で守ろうとしてくれているだけだった。

そんなことは、とっくに分かっていることだった。

……でも…


「紫兎ちゃんは、何を護りたいんだべ?」

変わらず雪音は、三日月に向かって問うように。


「わたしは……」


わたしが護りたいモノ…

わたしが護りたい人…


不意に、神祓天かみはら そらの顔が浮かんだ。突然いなくなってしまった大切な大切な友達。


……そうだった……

わたしは…


「わたしは……雪音せつねちゃんを護りたい」


意外な、その答えに、「ん?…」と雪音は、紫兎の横顔を見やる。


…そう…わたしが護りたい人たち……それは……


「…それに、楓子ちゃんも、ランちゃんも、瑠璃ちゃんも……紅葉さん、けむりちゃん、ノノちゃん、みかんちゃん、乙葉ちゃん、彩乃さん、レイアちゃん、珊瑚ちゃん、みらいちゃん、縁ちゃん……」


夜空をいろどる星たちの、その一つ一つを数えるように。

紫兎は、50の御子の名を並べて呼ぶ。


「…舞子ちゃん、あずきちゃんも……みんな、みんな…」


御子たちの名を、ひとりひとり、大切そうに口にしながら。紫兎は、両の手で包んでいた煌河石を、満天の星空に捧げるように差し出していた。


ふわ…ふわ…と、煌河石から舞う光の粒子が、紫兎の瞳に流星のように映る。


……そうだった…

そらさんが教えてくれたんだ…


「わたしは、御子のみんなを護りたいの…ただそれだけ…」



あの日、神祓天かみはら そらは、帰ってこなかった。

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