第5話 PR02-2
「レイア!」
心強い御子仲間の登場に、舞子は破顔する。
変身しても、そのショートヘアーは伸びず、江戸紫色に変わるだけ。ただ、瞳は
御子の覚醒は舞子より早かったし、歳も上だ。
言わば先輩でもある。
昨年の代々木運動場崩落事件では共に戦った。
「うーん…面倒な状況ね……これ……」
レイアは変わらぬ表情で、淡々と、撃ち漏らした蟲鬼に閃光を放つ。
もともと無口で、初対面では少し怖い印象を持たれてしまうが、こう見えても真面目で責任感が強い。
「
「ここよ!」
レイアが答える前に珊瑚自らの声で。
ハァハァと息を切らし、膝に手を置き、すでに疲れている。
「ごめん、迷っちゃって……」
レイアと同じ16歳。御子の覚醒は舞子と同じぐらいの時期だったが、東京と言えども奥多摩の山育ちで浄化の経験も少ない。
昨年たまたま舞子とレイアに出会った。というより代々木運動場崩落に巻き込まれた。
右往左往しながらも3人の力を合わせて鬼魔衆を浄化したのちに。この春から舞子を
巫女装束は海への憧れが象徴されたのか、なぜか
「この人に案内してもらっちゃった。えへへっ…」
フワッと横広がる
その
「サイトーさん!?」
まだいたの?…という舞子の反応に。
「いや…下でこの
「…ぁ……それは、ありがとうございました」
とんだご迷惑を、とばかりに、舞子が珊瑚の代わりに深々と頭を下げる。
2つ年下なのだが、まるで舞子の方がお姉さんのようだった。
「でも、ここはまだまだ危険ですので、サイトーさんも早く避難を…」
「しかし、中の乗客と乗員の安否が知りたい」
「残念ですが……ここから先はもう…」
その悲愴に満ちた
「…そうですか……」と斎藤は察した。
博多行きのぞみ**号は満席だった。
乗員乗客5車両分、ざっと500人の犠牲者が出たのは間違いないという事実を突きつけられ、斎藤は、舞子と同じように肩を落とす。
事故ではなかったが、それは東海道新幹線史上、最初にして最大の犠牲者数だった。
ホーム上で倒れている人も含めると更に増えると思われる。
「キリがないわね……」
マイペースでサクサクと、2車両ほどの蟲鬼を撃ち祓ったレイアが、舞子の横にフワリと舞い降りてきた。
「空から見ると、このホーム全体が真っ黒い雲ですっぽり包まれているみたいだったわ。まるで巨大な黒クジラよ。本物は見たことないけど…」
舞子や珊瑚とはタイプの異なる氷麗としたオーラだった。
……この
知的な雰囲気の美人さんだな。これで3人。御子はいったい何人いるんだろう?
「どうかしましたか?」
齊藤のボーっとした視線に気づいたレイアが、どこか無機質な声音で見つめ返した。
「えっ?…あ、いえ。何でもないです」
ドキッ…と慌てる斎藤に。
誰?、とレイアが舞子に目で訊く。
「駅員のサイトーさん」
「見れば分かるわ」
「色々と協力して下さったのよ。それより、レイア。ここから後ろを珊瑚ちゃんと二人でお願い。13号車で中から結界を張ってくれてる人がいるの」
「結界師?……運が悪い人がいたものね。分かったわ。さっさと片付けちゃいましょう」
レイアは再びフワリと浮き上がり、後ろの車両に向かって浄化の閃光を連射し始めた。
次々と
「珊瑚ちゃんも、レイアを手伝ってあげて」
「うん、分かった。それならわたしにもできそう。でも舞子ちゃん、何でこいつら張り付いているだけなの?」
「…さあ?…何でかな?…とにかく、反撃してくる気配のない今がチャンスよ。手分けして一つ一つ、地道に祓いまくるしかないわね。わたしはここから前を」
毒霧の浄化されたラインまでは、特0部隊に先導された救急隊と自衛隊員が続々と上がってきていた。
担ぎ上げた人々を階下に運んで行く。
「子供を優先しろ!」「おーい、こっちにも担架を」
そんな彼らに、「頑張って下さい」と声をかけながら、珊瑚はレイアを追う。
…なんだ…あの
空飛ぶ珊瑚をジーっと目で追う斎藤の横顔に、舞子が声をかけた。
「…あの…サイトーさん?……そろそろ避難を…」
「あっ…すいません。珍しくて…つい…」
「驚かせてごめんなさい」
「あ、いえ…そんなつもりじゃ……でも、あの、俺も手伝います。駅を預かる身として、一人でも多くの乗客を助けたい」
普段の自分らしからぬ
が直ぐに、目の前の可愛い御子さんに興味津々なだけだ、と不純な動機を認める。
舞子は、この先のまだ残っている蟲鬼の様子を伺う。
…うん…大丈夫そうだ…
数百はいるだろう、でも、今のところこちらを攻撃してくる気配もないし、特0も自衛隊も駆け付けてくれて、体制は整っている。
「それではサイトーさんも、倒れている人を下に運んで下さい。わたしも一人でも多く助けたいです」
「分かりました」
「でも、危険だと感じたら真っ先に逃げてくださいね」
「それも、分かりました」
言いながら斎藤は早速膝を折り、近くに倒れていた重そうな中年男性を、よいしょ、と担ぎ上げ、階段に向った。
……さて……と……
階下に消えていく斎藤の背を見届けて、舞子も前方車両に張り付いている鬼魔衆に向き直り、
大きな“物の怪”が一鬼なら、それが多少手強くても、それなりの浄化の力をそこに集中することができた。
しかし、これほど数多くを相手するとなると、それはそれで、厄介だった。
車両の中まで入り込んでいる蟲鬼を浄化するのは、それなりに時間がかかる。
ふと気に掛かり、舞子は、もう一度窓を通して5号車の乗客席に目を凝らす。
すし詰めになった蟲鬼が蠢く中で、そんな人がいるわけないのだけど。それでも、万が一の生存者がいるかどうかを、もう一度確認する意味で。
そして、この時初めて、車両の中に何か木の根のようなものが張り巡らされていることに気づく。
…あれは…?……何だろう…?
根は、もぞもぞと動いていた。
それが蟲鬼を縫うように串刺しにしているのが分かって、危険を知らせる警鐘が舞子の全身に鳴り響いた。
……見誤った!!
ゾクッ…と全身が総毛立つ。
これまで感じていた禍々しい邪気の大きさは蟲鬼の数の多さからだけじゃない。
ーーー何か別の“モノ”がいる!!
その瞬間、とてつもない妖気と殺気が舞子を襲う。
……ッ……!!!……
来るッ……上から?!
ホームの屋根を見上げた舞子は、御子の本能に押され、跳ねるようにバックステップした。
すると…
いきなりだった。
ゴオンッ!!
大音響とともに屋根がバラバラに割れ砕け。
ゴウッ…!
空気を割り裂くような風切り音が鳴った。
舞子の眼前で、巨大な“何か”がホームのコンクリートに叩きつけられた。
ゴッ!!と
……な…ッ!!
自動販売機は潰れ、待合室のガラスは木っ端微塵に。
そして、地割れたコンクリートの破片が粉々に飛び散り、弾丸のように舞子の頬横をかすめていく。
「くっ……!」
駅全体を震わすほどの大きな揺れが起こった。
ちょうど階段の下までたどり着こうとしていた斎藤は、担いできた男性を救急救命士に引き渡すところで、その激震に足を取られて前のめりに転がった。
「うわぁ!!」
……地震か?!
あるいは何かが爆発したのか、と思った。
拳大のコンクリートの破片がガラガラと。
幾つも上から、階段下まで勢いよく転げ飛んできて、ガツガツと食い込むように構内の壁に当たる。
「ぐあっ!」
その一片が斎藤の背に当たって衝撃と痛みが走った。
…何だ!?……何が起こった!?
転げながら階段上を返り見ると、もうもうと煙のような
……くっ…!
間一髪。反射的に後ろに跳んで、それをかわした舞子。
崩壊するスレート屋根の破片がガラガラと降り注ぐ中。
それが何かを知る間もなく…
……来る!……もう一つ!!
今度は“ソレ”が、斜め上の方向から降ってくるのを察した。
もう前後左右では避けきれない。
咄嗟に逃げ場を探し、割れた屋根の間から見えた青い空に向かって一気に飛び上がった。
ゴウッ…!!と重々しい風切り音を響かせて、再び
その第二波で、支えていた鉄骨の柱ごと屋根が薙ぎ払われ。崩壊の大音響を伴いながら、
咄嗟の判断で空に飛び出した舞子は、粉々になって潰れていくホームの屋根を見下ろしながら驚愕するしかなかった。
「何て……」…
「舞子ちゃん!後ろです!」
リング通信で警告が届く。
……ッ……しまった!!
第一波の触手が舞子を待ち構えていたらしい。
避けきれないと感じた舞子は、鉄棒のように横にした
それを支点にしてクルッと頭向きを下げ、上下逆さまになったまま
…間に合え…!!
ドラム缶ほどの太さがある白き鞭のような触手が、
その衝撃に備えて奥歯をギリッ…と噛み合わせた。
「グッ!……んっぁ!!」
ギンッ…!!と、かなり硬質な手応えが、
盾ごと、そのインパクトをまともに受けた舞子の華奢な体は、軽々と、まるでホームランボールのように空中に放り出された。
…まずい、ぶつかる…
駅には隣接する高層ビルが立ち並ぶ。
クルクルと宙で回りながら、急いでブレーキを掛けバランスをとる。
そして、ビル壁まであと10メートルほど、というところで何とか宙に留まった。
ガラガラと、未だ破片が転がり落ちてくる階段下から、斎藤はホームを見上げていた。
……ちょ……嘘だろ…?
どうやらホームの屋根が崩れたらしい。それが階段の入り口を蓋するように塞いでいた。
代々木運動場並みの崩落もあり得る、と言っていた御子さんの言葉は、嘘ではなかった。
その場から逃げ出そうと思っても腰が抜けたようになって体が動かない。
…あの御子さんたちは?…どうなった!?
「きゃあぁぁ……舞子ちゃん!!」
突然の轟音に、そして、崩れ落ちる前方車両側の屋根を見て、後方車両側にいた珊瑚が悲鳴を上げた。
「うぁ!何だ!?」
頭を
「MF映像出ます!」
対
最新の情報モニタリング機器を装備した、宇宙戦艦さながらの近未来的な作戦司令室には、実用化されて間もないホログラムモニターのスクリーンがいくつも並ぶ。
その中央の、メインモニタースクリーンに東京駅の上空からの映像が映し出された。
ライブ映像を送っているのは、特0のヘリからで。
見ると、水天宮レイアの言う通りで、新幹線ホームは
、黒
さらに、立ち昇る土煙の柱に、無残に破壊された屋根は抜け落ち、一部が紙のように捲れ上がっていた。
そして……
「なっ!…んだ?……あれは?」
天を
…何?……何がいるの?…
“アレ”をまともに食らっていたら、御子と言えども無事では済まないだろう。
はぁ…はぁ…と肩で大きく息を継ぎながら、舞子は、上空から東京駅を見下ろす。
そして、その破壊の規模の凄まじさに言葉を失くした。
「……うそ……」
穢れた黒紫の霧雲の、その一部がポッカリと穴空き、まるで何かが爆発したかのような粉塵が立ち昇っていた。
舞子がいた5号車辺りだろう、屋根が捻じれて見事に裏返しにされている。
そして、巨大な鞭のような2本の触手が、ちょうど新幹線の先頭車両辺りから伸び立っていて。
ウネウネと気持ち悪い動きを見せていた。
…あんなところから……
“アレ”は
…先頭車両だ…
そこに
「舞子、生きてる?」
レイアの声がリングを通して舞子の頭に響く。
「うん、ヤバかった」
「…よかった…」
レイアの安堵の息が長い。
リングの色が
「舞子ちゃん、大丈夫?」
「うん、さっきは助かった。ありがとう、
あの声がなければ、今ごろ気絶したままビル壁に叩きつけられていたかもしれない。
ゾッとする。
「後方の乗客が救出されるまで、“アレ”を引きつけられる?…できればちょん切って…」
時間を稼ぐ、という意味だ。
「うん、やってみる」
東京駅に隣接する高層ビルの中では、オフィスワーカーたちが地震のような揺れと落雷のような轟音を耳にして、何事か?、と窓際に集まってきていた。
先ず、黒い雲に包まれてる眼下の東京駅と、そこから噴煙が立ち昇っていることに驚き。
さらに、巨大な白い大蛇のようなものが空に向かってウネウネと踊っているのを見て言葉を失った。
そして、人が空に浮かんでいるのを見つけ、思考が停止した。
「…うそ……見て、人が……」
「マジか…浮いてるぞ……」
「女の子?」
ふと、視線を感じた舞子は、ん?…と振り向く。
背後のビルのガラス窓に、びっしりと人の顔があって、ビクッゥ…!、と身じろいだ。
……ぇっと…何これ?…すっごい注目されてる…
当たり前だけど…
でも、手を振るのも変だし…
強張った笑顔を作って、「どーも…」と頭をペコリ。
すると、ガラス窓向こうの面々も一斉に、ペコリと返してくれる。
日本人の習性。
…やだ、なんか恥ずかしい……
舞子は、とっととその場から逃げ出すように、新幹線の先頭車両に向かって滑空した。
ビルの中の人々は、少女が飛行していく姿を目で追いながら顔を見合わせる。
「……アレって…噂の御子さん?」
「そうみたい」
「本当にいたんだ…」
中にはちゃっかり写メを撮っていたサラリーマンもいたが。
「あれ?、写ってないな。御子ちゃん」
「俺のもダメだ…残念…」
撮影機器に写らないという話は、本当だと思い知る。
「一人で大丈夫かしら……」
心配そうに空を見上げるレイアに、特0隊員が声をかける。
「レイア様、後方車両の救助はもう少しかかりそうです。前方は……」
隊員は、破壊されたホームの方に視線を走らせ、今は救助出来ないと無念そうに首を振る。
「そうね…」
と…そこで隊員が声を張り上げる。
「…うぁ……あれを!」
見ると、車両に張り付いていた蟲鬼がポロポロと、壊されたホームの上にこぼれ落ちてきていた。
そして、この騒ぎで眠りを起こされたように、群れになってこちら向かってくる。
その数ざっと100鬼は下らない。
「撤収!!…後退だ!総員後方に向かって走れ!」
撤収合図の銃声を空に響かせながら、退避する自衛隊員たちの判断は正しい。
「チッ…」……なんで今頃……
レイアは
早く援護に向かわなければ舞子が危ない。
そうかと言ってこの数の蟲鬼を相手にするには、珊瑚一人では荷が重い。
「珊瑚!」
「は…はい!」
「速攻で大掃除するわよ!」
本気で
新幹線ホームの崩壊が起こる少し前だった。
東京駅周辺は、それなりに騒然とし始めていた。
この鬼魔衆騒動で駅構内から追い出された数万の人々は、他の電車に乗り換えることも出来ずに、まだ大半が駅周辺に留まっていた。
警官隊が警察車両でバリケードを築き始めると。
それを見て、大げさだな、と笑い飛ばしていた人々だったが。
続々と自衛隊や特務0課の特殊車両が到着し始め、防毒マスクを付けた幾人もの武装隊員が、駅構内に雪崩れ込んで行く。
その様子を見て、次第に、ただ事じゃない空気を感じ始めていた。
そして、毒気で意識を失った被害者が、次々に担架に乗せられて運び出され。
方々から駆け付けた何台もの救急車に搬送されるのを見て、徐々に言葉数を減らしていった。
その光景はもう、ある種の毒ガステロとなんら変わりがない。
そこに突然、轟く崩壊音が続けざまに、2つ。
ズゥゥン!!…と空気を震わせるほどに響き渡った。
「ひぃっ!」と頭を抱える人々。
…地震?…いや爆発?
人々は、その発信源の方向に立ち昇る土埃の柱を見た。
そしてその中に、不気味な触手のようなものが2本。
うねうねと、それはまるで、空を泳いでいる巨大な
一瞬、誰もが特撮怪獣映画のセットの中に放り込まれたような気分になった。
……違う。これは、現実だ。
あれが
あんな“怪物”、聞いてない!!
ヤバイぞ!…ヤバイぞ!…ヤバイぞ!
「うぁぁ…逃げろッ!」
人々が、今更ながら身の危険を感じ、その場から駆け出し始める。
がしかし、既に駅周辺は、夏の花火大会並の混雑で身動きが取れない状態で。進入封鎖されている車道には、未だに多くの車が詰まって動けずにいた。
それでも強引に逃げ惑う人々が、車道にも溢れ出すと。
群衆は一気に恐怖の連鎖反応を起こし、人波が決壊する。
そうして東京駅周辺は、あっという間に、
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