日ノ御子戦記〜うさうた〜

おはよう太郎

第1話 PR00 プロローグ


〜うさぎは何見るどこ跳ねる。まん丸月見て鳴き跳ねる〜



245年。邪馬壹やまたい連合国のとある地方。

雲一つない秋晴れの、抜けるような蒼穹そうきゅうの下。人々は腰を曲げ、収穫を迎えた稲の刈り取り作業に入っていた。


額に浮かぶ汗粒を、日焼けた太腕でぬぐい取り。ふーーっ…と手を休めた男が、トントンと腰をいたわる。

そして刈り取ったばかりの稲穂を手に取り、しげしげと眺め。今年の出来はまあまあだ、と、吊り上げた太眉毛で満足気な口元を浮かべた。


…ん…?…影?

男の周りの陽射しがさえぎられて、スーッと黒い影を作った。

はて?…雲は無かったはずだが……


いぶかしながら空を見上げた男は、驚きとともに硬直した。

…!!…んな…ッ…


見開く双眸そうぼうに映ったものは、高澄む青い空に浮かぶ白い雲…などではなく。

…白い…顔…??

直上に、大きく丸い、青白い顔のような“モノ”があった。

不吉で、禍々まがまがしい能面のようなモノ。


ゾォッ…と男の背筋に戦慄せんりつが走る。

だが、魔に魅入られたように、男が一歩も動けずにいると。

その顔のようなモノの、口らしき部分が細三日月のように頬までパックリと裂け広がった。


「……ぁ……」


わらいを浮かべているようだった。

大きく裂け開いた口の、その奥は、どこまでも赤黒い深淵しんえんの闇。

それが……

その男の、生涯最後の記憶となった。


「ひィィっ!!」

稲作場に忽然こつぜんと現れた巨大な“物の怪もののけ”に、その周辺にいた人々は、息止まるような喉鳴のどなりを上げた。

その物の怪に、男が静かに喰われたのを見て。

「うわぁぁぁ!」「きゃあァァ!」

やっと確かな悲鳴を上げながら、水をかけられた蟻のように散り散りに駆け逃げ出した。


鬼魔衆きまのす

人とはまるで姿形をことなす、禍殃かおうな鬼魔の種族。

この世のけがれの気が具現化したものと信じられ、神出鬼没に顕現し人の血肉や魂を喰らう。

まだまだ穢れとの境界が曖昧だったこの時代において、“ソレ”は、いとも容易たやすく人々の前に現れる存在だった。


稲作場に出現した、まれに見るほどの巨軀きょくを持つこの鬼魔衆きまのすは、蜘蛛のような八本の太く長い節ばった触手を持ち。それを鞭のように自在に操りながら逃げ回る人々を追い回す。


人々が初めて目にするその鬼魔衆きまのすに、名はまだない。

その節触手の生え際の中心で、白い能面のような不気味な顔だけが地向きにぶら下がり。

それがユラユラと、揺り籠のように不気味に揺れていて、赤黒い細三日月の口を開いて人々を頭から喰らい、その血肉と生気を吸い取り回る。


追い詰められ、それでも抵抗を見せ、鉄鎌やくわを振り回してみるのだが。その硬質な節触手で呆気なく弾き飛ばされ、貫かれる。

そうして人々は次々に捕食されていく。


長閑のどやかだった農作場が血の修羅場と化し、既に30ほどが犠牲になった頃だった。

さんとした太陽がまばゆい蒼穹から、鳥のように飛来する人影が現れた。


逃げ惑う人々とは一風違った赤白袴の巫女装束を身に纏った3人の少女たち。

それぞれが神起具かむのきという固有の武具を手にし、巨大な“能面”鬼魔衆を空から取り囲んだ。


物の怪は外敵に気付いたらしく。くるりと能面顔を上に向け、硬質で自在な節触手を空に伸ばし、少女たちを叩き落とそうと振り回す。

その攻撃を、空中で、蝶のようにヒラヒラとかわす少女たちは、間合いを詰めながら、機をみて反撃を開始した。


神々しい光球を手指から放ち、物の怪を怯ませ。つるぎや槍のような、あるいは棍節のような神起具かむのきを持って、節触手を薙ぎ払い、能面に斬撃を打ち加えていく。

そうして囲い込んだ“物の怪”を、削り取るように浄化しながら、その実体を塵墨ちりずみに変えていく。

逃げ惑っていた人々は足を止め、その光景に目をしばたかせながら、茫然とその戦いを眺めていた。


同時三方から放たれたとどめの閃光に、ついに能面の鬼魔衆きまのすは、砂塵さじんのように消し飛ばされて跡形もない。


黄金色こがねいろの稲穂が秋風にそよぎ揺れる大地に、浄化を終えた少女たちが降り立つ。

人々は揃って手印を結び、穢れの残滓ざんしに鎮魂の祈りを捧げる。

そして、その場で膝を折り始め、平頭し、地に額をつけ、かの少女たちに向かって感謝の意を捧げた。


大小30ほどの地方国の連合統一として成り立つ邪馬壹連合国やまたいこくにおいて。

この特殊な能力を持って鬼魔衆きまのすはらい鎮める少女たちを総じて、人々は、“日ノ御子ひみこ”と称していた。


大陸に伝わる後漢書ごかんじょの一部には、卑弥呼ひみこと蔑称され、このように記されている。

[事鬼神道能以妖惑衆鬼] 

鬼神道につかえ、ようもって鬼の衆を惑わす。


つまり、かの少女たちは、神霊気を操り、神起具かむのき鬼魔衆きまのすを浄化する能力を有した、日本国最古の“魔法少女”たち。

そんな“日ノ御子ひみこ”たちが、邪馬壹やまたい全土に広がって、50人ほども存在していて。

人々からあがめられ、一大コミュニティを形成していた。


ところが、248年のこと。

皆既日食を契機トリガーに、邪馬臺国全土に広がって鬼魔衆が大量に出現することに。

百鬼夜行絵巻ひゃっきやこうさながらの大厄災に、日ノ御子ひみこたちは結束し、果敢に立ち向かった。

が、しかし、その数、壱千鬼せんきとも弐千鬼にせんきとも言われた大型鬼魔衆きまのすの群れに苦戦を強いられ、ジリジリと追い込まれていった。

壮絶な戦いは7日間続き。人々の半数が死に絶えた頃、忽然こつぜんと。

そう、まるで南方海からの暴風雨が走り抜けたように忽然と。

日ノ御子ひみこたちは、鬼魔衆ともども消えてしまった。


その事象に呼応するかのように、邪馬壹やまたいの時代は徐々に終焉しゅうえんを告げ。

代わって大和朝廷が、この国の覇権を握ることとなる。

しかし、“日ノ御子ひみこ”たちが有した不思議な能力は、地中に深く張った木根のように細々と、そして脈々と、時代の流れと共に受け継がれていった。



時は大きく流れ、20**年の夏。


多くの行き交う人々で混雑する東京駅の構内。

その能力を受け継いだ一人の少女が、眉根を寄せた険しい双眸そうぼうで、人波を縫うように足を早めていた。

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