第4話 痛みを知っている者 9
―― ああ! 恨めしい! 憎い! 憎い憎い憎い憎い憎い!
まだあんな化け物が生きているなんて、早く殺せねばならない!
犠牲者が出る前にこの私が抹殺せねばならない!
―― 殺せ! 殺せ殺せ! 殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ!
白髪に銀の瞳、そして呪いかのような体中にある赤い模様。
その存在は悪である。 その存在は許されない。
私はあの化け物の様を昨日のように思い出せる。
どんなに刺されようが撃たれようが、足を腕を失おうが。
彼らはなんでもないかのような顔をして血を硬化させた武器で戦う。
戦場でその戦う様を見た者は忘れることが出来ないだろう。
その目を引く容姿に。 軽やかな戦いの様に。
そして目を奪われている間にあっさりと私たちは殺されるのだ。
あいつらの最後は本当に最悪だ。
まるで殺すことしか出来ないかのように凶暴化して敵味方関係なく殺しまくる。
それだけで一体どれだけの味方が死んだことか。
綺麗な見た目をしているが、あの者らは所詮道具。
そう。 道具は必要なくなったら処分せねばならない。
だから、殺す。
殺す。 殺す 殺す。 殺す。 殺す 殺す。 殺す。 殺す 殺す。 殺す。
一人残さず、塵すら残さず。
もう既に殺すべき者の特定は出来ている。
運良く生き延びたみたいだが、それももう終わりだ。
毎日夜に褐色の男と一緒に買い物に来る女。
見た目が派手なので見つけるのは簡単だ。
あとは殺すだけ。
一度は二人一緒にいては邪魔だと男を先に殺そうとしたが逃げられてしまった。
今度は先に女を狙う。
男はどうでもいい。 私の任務外である。
ああ、君の仇を漸く取れるよヴィヴァ。
残り一人を殺せば、彼の仇討ちもようやく終わる。
終われば心はきっと晴れやかになるだろう。
なぜならばずっと心の中は曇天が続いている。
それもこれもすべてあの忌まわしいプルーフ族のせいである。
でもアイツを殺しても、もう彼の笑顔は見られない。
ああ、そのことが、どれだけ忌まわしいことか!
出来るだけ残酷に殺してやろう。
痛みを感じないとしても、痛みを感じるくらいに。
切り刻んで肢体をはぎ取って臓器を引っ張り出してやって。
悲痛な声で叫ぶが良い。 こんな残酷なことがあってもいいのかと叫ぶが良い。
そして、この世を恨みながら死んでいけ。
お前にただの死など相応しくはない。
毎日夕方にヤツは、来る。
暢気な顔をして、この日常を当たり前の様に享受している。
まるで自分に罪はないかのように。 まるで非力な女かのように。
ヤツの後ろを付けているだけで私はイライラとしてくる。 恨んでるヤツが暢気に生活してる様を見るなんて狂ってしまいそうだ。
それでも、その生活があるからこそ、ヤツにも大切なものがあるということだ。 それなら壊してやればいい。 不幸にしてやればいい。 関係のない者まで巻き込んでしまう? ヤツに関わったのが運の尽き。 さっさと死んでしまえ。
「おい、お前」
それは落ち着いた低い男の声だった。 顔などわざわざ上げなくてもわかる。 あの女の側にいる褐色の男の声だ。
「お前……ここ最近ずっと後を付けているな? 何の用だ」
私の首元に大剣の刃を突きつけ、脅すように問いかける。 その表情、出で立ち、弱者ではないことが分かるが、だからこそ惜しい。 この私に殺されてしまうなんて、なんて可哀相。
しかし私は嬉しいよ。 君みたいな歯ごたえありそうな者と戦えて。
私はニヤリと笑みを作り手の平で魔法を構築する。 ああ、精霊が力を貸してくれているのが分かる。 ありがとう、精霊達よ。 おかげで今日も私は勝つだろう。 手の中で構築した雷魔法がバチバチと音を立てる。 魔法に気づいた褐色の男が慌てて私と距離を取った。
「魔法使いか!」
舌打ちを鳴らして言い放った褐色の男は大剣を構え私の動きを窺う。
「いいねえ、いいねえ!」
戦闘の始まりはいつもドキドキする。
まるで初恋をした乙女のように。
これから起きる戦いを、これから流れる血に。
私はドキドキして堪らないよ!
手を広げ構築した雷魔法を解き放つ。
すると手から離れた雷魔法は閃光を放ちながら増幅した後、ズギャアンと派手な音を立てて爆発する。 勿論私は防壁魔法を張っていたので怪我はない。 褐色の男は大剣を前にし盾にして防ぐ。 この雷魔法の爆発により戦いの火蓋は切られた。
雷魔法が爆発した後、褐色の男はすぐに私の元へと走り迫ってくる。 私はマントの内にある短剣を三本握り褐色の男に目がけて投げる。
褐色の男が大剣で短剣を弾いてるうちに私は手に魔力を込めた後地面に手をつく。
すると地面は大きく盛り上がり褐色の男の足下も盛り上がり足場を無くす。
しかし褐色の男はいち早くそのことに気づき横にステップする。 そして迷いなく私の元へ走ってくる。
魔法を扱う私は短剣なら軽く扱えるが、それで戦い勝つまでは出来ない。 よって近距離での戦いは不利なのだ。 しかしそれは褐色の男も同じ事。 大剣を扱う彼にとって長距離戦は意味が無い。
私は幾つもの魔法玉を生成し放つ。 すると褐色の男は左右に動いて避けるが、すべての魔法弾を避けきることは出来なかったようで、二発の魔法玉が掠り服を焼き裂いた。
それでも歩みを止めない褐色の男はとうとう私の元へ到達しその大剣を振り上げる。 その瞬間私は再び防壁魔法を作り上げるとガチンと防壁魔法と大剣の刃がぶつかる。 防壁魔法は見た目のわりに魔力を食うのでいけない。 なので一瞬でしか使うことが出来ない。 しかし褐色の大剣は防壁魔法にヒビを入れ私は口角を上げる。 防壁魔法を破ることが出来る者はそうそういない。 やはり出来る者のようだ。
しかし私も破られるのをただ待つだけではない。
短剣を手に持ち褐色の男が防壁魔法を狙って出来る隙を狙う。 防壁魔法が割れる瞬間に魔法を消し褐色の男の脇腹を狙って短剣を突き刺した。
すると見事短剣は刺さり、みるみるうちに腹を赤く染めていく。
そして刺されたことで出来た一瞬の隙に刺さった短剣の上から蹴りを入れる。
と言っても肉弾戦は得意じゃないので強さは微力なものだ。 しかし、それでもいい。 男の手によって振り落とされる大剣が自分の元に下ろされないよう距離を取るため蹴りを入れたのだ。
褐色の男は眉間にシワを作り小さく呻きながら腹を押さえる。
「お前、何が目的だ」
相変わらず厳しい目つきである。 男は息を荒くさせながらも言葉にした。
「何がだって? お前んとこにいるだろうがよ、白くて赤いのがよお!」
プルーフ族は色の名前を呼ぶときに自然のものに例えて言う。 そしてヤツらは、その白髪と銀の瞳を月の色というのだ。 そんな美しいものに自分の色に例えるなぞなんて憎たらしい。 考えるとイライラと怒りの感情が湧き上がる。
「……ランシェのことか? なぜ……」
「よくお前もあんな糞みたいな存在と一緒にいられるよなあ!」
そう憎い。
殺したい。
いや、殺すのだ。
一人残らず、すべて。
「――精霊よ。 私に力を貸す愛おしい精霊たちよ。 さあ集え、力を貸せ。 熱く熱く燃えろ、この私の感情のように!」
バアンッ!
爆発するように炎は燃え一帯は煙で視界が遮る。
防壁魔法で煙りが去るのを待ち、しばらくして視界がクリアになると男が転がっているのが見えた。
小さく呻きながら動く様子を見ると、どうやら意識があるらしい。
また腹を蹴り上げ刺さったままの短剣を抜いてやる。 すると留めていたものがなくなった傷口はみるみるうちに血が流れ地面を血の池と化する。
「あははは! 死ぬかなあ? ねえ死ぬ? 死んだらアイツ悲しむかなあ、憎むかなあ! ああ、楽しみだ!」
頭を踏んで左右に動かし地面に擦りつけてやる。 ああ、なんて楽しいんだろう。
さすがに冒険者区とはいえ、露店街の路地裏だ。 煙の騒ぎに人々が集ってきていた。
場所を移動してもいいが、この体の大きい男を持って移動するのは中々の重労働だ。
ふむ……どうしたものか。 ここで良いタイミングでヤツが来たりしないだろうか。
見物人たちは何が起きているのか気になるようだが、様子を見るとすぐに去って行ってしまう。 ただの殺し合いには興味がない冒険者どもだ。
「ダ……ダン!?」
そして暫くすると漸く聞こえた、あの声。
私は会えたことが嬉しくて、殺せることが嬉しくて、しかし憎くて憎くて憎くて。
ニヤリと笑みを作り褐色の男の頭を踏む足に力を入れた。
「その者、足を外せ! 今すぐにだ!」
「ああ、そうだなあ」
返答をしてヤツに笑いかける。 ヤツは今にでも私を殺しそうなくらいに怒っている。 その険しい目つき、怒気のこもった声、なんて心地良いんだろうか。
そして私は褐色の男を踏んでいた足を上げ、そのまま又勢いを付けて踏んづけてやった。
「お前……!」
我慢できなくなったヤツは私を退かそうと走り寄ってきたので私は素直に足を外し後ろへと退いた。 自分が痛い思いをするのは嫌いだからね。
「ダン……!」
女は私よりも褐色の男を優先し、しゃがみ込んで男に息があるかを確かめた。
しかし、その行動で私の気分は落ちた。 何せヤツの行動が人間くさくてつまらない。 ヤツの泣き叫ぶ様が見たいと思っていたが、なんだかつまらなくなってしまった。
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