第2話 帰る場所を探し旅をする者 2


「わっ」


 男の背中にぶつかった。 背負っている剣に頭が当たり私はその箇所を撫でる。

 考えることに必死になりすぎていたみたいだ。

 なぜ男が立ち止まったのかと、顔を上げると、どうやら門を開けてもらうのに待っているからだった。 男は私がぶつかったことを全く気にしていない。 さすがにそこまで無視されると嫌である。 確かに勝手にくっついている私が悪いのであるが、ぶつかった時くらい気にしてくれてもいいのでは。

 重たい音を立てて門が開くとその先に広がるのは高原であった。 植物はあまり生えておらず、乾いた土地だ。 たまに生えた植物の下に生き物がいるのが見える。 夕方であるせいかやけに綺麗に見える景色だった。

 そして歩みを再開した男についていきながら景色を眺めていると、男はいきなり走った。

 いよいよ私を撒こうとしているのかと思ったが、違う。

 背中の剣に手をかけ、三百メートルほど先にいる大きな魔物の元へ走っていた。

 私も慌ててついていくが男の足ははやい。 もしかしたらラニを超えるほどではないか、と考えるくらいには早く到底私には追いつけない。

 だからと言って見失ってはいけないので私も全速力で走る。

 巨大な魔物の元へと辿り着いた男は両手で大剣を持ち魔物を狩るところだ。

 そして戦いが始まって、漸く辿り着いた私も参戦しようと右手の親指を噛み切る。

 そして出た血を一滴も無駄にしないよう直ぐに宙に描く。


「私の赤よ。 硬化せよ。 我が武器、槍となりてその力を発揮せよ」


 宙に絵を描くように、まずは三角を描く。 山は右に。槍の刃の部分だ。 そして三角の山から真っ直ぐ横に線を引く。 これを柄。 これだけである。

 描かれた血は肥大化、硬化し立派な槍となる。 重さを得て下に落下する槍を私は右手でキャッチした。

 魔物は巨大で肢体もあるが、動きはそこまで速くない。 そして男がいるため長期戦はないだろう。

 いつもなら一番槍であった私が敵の注意を私に引き寄せるが、今は男がしているので必要は無い。 私がするべきことは一つ。 攻撃だ。

 私は森では魔物狩り担当であった。 魔物は襲いもするが食糧となる。 しかし魔物は死した時点で腐るので鮮度が大切なのだ。 それにこの地は魔物が少ないようだが、森ではうじゃうじゃといた。 少なくとも地面に住居を建てることは出来ないくらいには。

 そしてこの魔物の形には見覚えがあった。

 頭が大きく膨らんでいて、体が小さい。 そしてコイツは分かりやすくつむじにキラリと輝く石がある。 それを割ってしまえば、この魔物は死ぬのだ。

 私は右手の平に巻いていた布を取り、槍の矛先を手の平に突き刺した。


「私の赤よ。 浸みれ、浸みれ、浸みれ、力となれ」


 石を砕くには、ただ硬化させた槍では不十分である。 矛先を強化せねばならない。

 良い感じに刃が血を吸った所で私は再び手に布を巻く。

 血がすぐには止まらず布を赤く染めたが、そんなことはどうでもいい。 いつものことだ。

 男との初めての共闘である、と私は唇を舐めた。

 どうせなら良いところを見せたいが、男も弱くはない。 私が活躍できる暇はあるのだろうか?

 私は魔物の注意を男が引いてるのを良いことに魔物の後ろへと周りうなじを確認する。 小さい紫色の石がある。 やはりこの魔物の弱点は、この石で合っているだろう。

 けれど、たまに形が似ていても弱点は違う場所である時があるのだ。 過信はよくない。

 私はそのまま槍でうなじを狙うが、その瞬間魔物がこちらを向いた。 気配には敏感らしい。


「俺だけでやれる、邪魔をするな」


 槍を持つ私を見て男は言った。

 思わずムッと口角を下げるが、気にすることではない。 この男はこういう態度が当たり前なのだ。 多分。

 私は男の声を無視して魔物の足を狙った。 足を潰してしまえば、移動することは出来ない。 簡単にうなじが狙えるはずだ。

 その小さい足に槍で貫けば、魔物は転がり、そして仰向けになった。 仰向けになることで弱点であるうなじを隠す行動だろう。 しかも頭が大きく重いため、人間の力では動かすことが出来ない。

 さて、どうしたものか。 まあ、でも仰向きになってしまえば魔物も動くことは出来ない。 しばし時が経てば反撃のために立ち上がろうとするだろう。 と思った時だった。

 男がさも当然かのように魔物の巨大な頭を両手で掴み横へと向きを変えたのだ。

 ドオンと音をたて、その音が重さを物語っている。

 いや、二メートルはある頭だぞ? 足が速いとは思っていたが、更に怪力でもあるのか?

 確かに男の体には筋肉はついているが、それでも規模が違う。

 易々と巨大な魔物の体の向きを変えたことに呆気にとられていると、男がうなじの石に大剣を振り下ろす。 そして石は割れた。 終わりだ。

 男は割れた石を布袋に入れると用事は終えたとばかりに立ち去ろうとした。


「食べないのか?」


 魔物は鮮度が命だ。 せっかく狩ったのに食べないのは勿体ないというもの。

 私は腰についている石のナイフで一口サイズに肉を切り、口に入れる。

 魔物の味は大体どれも同じだ。 苦いかすっぱいか。

 すると私の行動を見ていた男は身を見開いて驚いた表情になり、そのあと気迫ある顔で私の元に走って近づいてくる。

 何かやってしまっただろうか? と内心慌てていると男は私の背中を強く叩いた。 とても痛い、馬鹿力である。


「何やっている!? 出せ!」


 慌てたように言う男は私の背を叩くのを止めない。 しかし私は既に魔物の肉を飲み込んでいた。


「食べたらまずかったか?」


 確かに、この魔物は男の獲物であったし、私が食べるのはいけなかったであろうか。 しかし、それは男が食べもせず立ち去ろうとするからで……。


「まずいも何も知らないのか!?」

「もう飲み込んでしまったよ」

「ハア……」


 男は眉間に手を当てて、呆れた様な、疲労を感じているような表情をした。


「お前が食べないから……」


 そんなに食べては不味かったのかと、申し訳なくなりながら私は言う。


「でも、まだ残っているし……」


 そう、まだ一口食べただけである。


「このバカがっ! お前が食べたのが問題なんだ!」

「はあ? バカってなんだバカって!」

「とにかくついてこい!」


 バカなんて言葉を初めて言われ、さすがに怒れてくると男が私の手を掴み走り出す。

 もう意味が分からない。 というか魔物の死体は置いていっていいのか。

 納得いかず、何か言ってやろうと男の顔を見るが、その表情は怒っているもので、先ほどまで無表情ばかりでいたその顔に感情が出ているのは新鮮だ。

 出て行くときにくぐった門を再びくぐり戻ってくるが、それでも走る速度は変わらない。

 そしてそのまま一つの建物の中に入った。 そうしてやっと歩みを止めた。



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