第2話 帰る場所を探し旅をする者 3


 中に入ると沢山の人がいた。 皆武器を携え各々雑談や飲食を楽しんでいる。


「おい、エリー」


 私が建物内の様子をキョロキョロと見ていると大地の男は雑談している一つの輪の中へ迷いなく話しかけた。


「あれ、ダンじゃない。 まだ出発してなかったの?」


すると太陽の色をした髪の女がこちらを振り向いた。 以前会った太陽の色と同じ色の髪だがとても眩しく、そして輝いて、こっちの方が正しく太陽の色であった。


「ちょっとな。 コイツが魔物を食っちまったんだが、何か対処方法はあるか?」

「魔物を!? なんでまた、そんなものを。 いや、話は後ね。 少しついてらっしゃい」


 大地の男が私を一瞥して言うとエリーと呼ばれた女は慌てたように、私の肩を叩いて促す。

 私はよく分からないまま流れのままに男を置いて彼女についていくと、小さな部屋へと案内された。

 座る中心部分に丸く穴が空いた白い椅子が鎮座している。 私が予想するにここは排泄の用を足すための場所ではないかと、考えた。 なぜここに連れてこられたのかはわからないが。


「ちょっと失礼」


 するとエリーは躊躇いなく私の口の中へと指を入れてくる。

 私は抵抗した。 一体何をしようと言うのか。 見知らぬ者にいきなり口の中を許すことは出来ない。


「あ、ちょっと!」


 エリーも私の動きを止めようとするが、何とか手を振り払い私は部屋を出る。

 そして私の気も知らずに暢気に一人立つ大地の男の元へと駆け寄り私は言う。


「ひどい! あいつひどい!」

「もう終わったのか?」

「終わってないわよ」


 私が暴れたせいで心なしか髪がボサボサになったエリーは私の後をついてきて不満そうに言った。


「あいつ、いきなり口の中に指を入れてきたんだ!」


 私は大地の男に言った。 いかにどれだけ酷いことをされたのかと。

 しかし男はエリーの方を見ている。 私の味方をしてくれる、とは思っていなかったが聞きもしていない。無視とはいい度胸である。


「吐かせようとしたのよ。 少しでも早く吐かせないと汚染が……」


 困ったように言うエリーに私は男の後ろに隠れ肩越しに睨みつけた。

 するとエリーは肩を竦め困ったように男へと視線を向ける。


「私じゃ無理そうだからあなたがやらない? あなた、この子に好かれているようだし……」

「はあ? なんで俺が……」

「悠長に離している暇はありませんよ」


 男とエリーが話していると、一人会話に入ってくる者がいた。

 体を一枚の布で覆い、髪は空の黄昏時、夜と昼のグラデーションの中間の色。 変わっているけど、綺麗な色をした髪だった。


「あなた、名前は?」

「……ランシェ」

「ランシェ、さんですね。 ダンさん、さっさとランシェさんを吐かせて来て下さい。 ちゃんとすべてね」


 私は変わった髪の色を眺めていると、話は進み男が諦めた様にため息を吐いた。 そして私の腕を掴み先ほど入った小さな部屋へと再び向かう。


「い、いやだ!」


 私は立ち止まろうとするがなにせ男は力が強い。 無理矢理部屋に入らされてしまう。 それに一体私が何をしたというのか。 何が好きで口の中に指を突っ込まれなければいけない?

 再び部屋に入れられ私は即座に出ようとするが、扉の所に男が立っている。 動きもしない。


「我慢しろ」


 そう言って男は私の頭を掴み、白い椅子の穴の方へと向かせ、口の中に指を入れてきた。

 私は抵抗しようとするが男はビクとも動かず、それどころか指を更に奥、喉へと入れてくる。

 そしてえづいた瞬間に男の手は離れていき。


「……うええ」


 私の吐いたものが穴の方へと吸い込まれていく。

 せっかく食べたものを吐いてしまったことに、私は怒りを感じ男を怒ろうとすると、再び口の中に指を入れられた。

 するとコツでも掴んだのか即座に喉へと触れて私はまた吐き出すことになる。

 これを胃液しか出なくなるまで続けられ、私は怒る以上に吐く体力に精神を持って行かれた。

 知り合ったばかりの男に口の中に指を入れられ、吐く見られる。

 堪ったものでない。

 白い椅子の部屋を出ると私の体は悔しさと怒り、そして恥ずかしさで体がフルフルと震え、男へと殴りかかる。


「このっ!」


 男は寸での所で私の拳を横に避けるが、同時に腹に蹴りを入れてやる。 しかし、それも手で止められてしまうが、そこで諦める私ではない。 いくつかの拳と蹴りを繰り出していると周りから「おっ喧嘩!」と盛り上がりを見せてきた。 そして男に漸く蹴りが一発入ると私は技を繰り出すのをやめた。 見られていては、やりにくいからだった。

 男に蹴りが入り良い気分になってると、今度は男が私を睨み技を繰り出してくる。 次は私が避ける番であった。 男は力が強いことを知っているので繰り出してくるものを受けると本気では無いことが分かった。


「何やっているんですか!」


 そして女の鋭い声によって喧嘩は止められた。 先ほど見た黄昏時の髪の色をした女だった。


「喧嘩している場合ではないでしょう! ちゃんとすべて吐き終えたんですか!?」


 女が怒ると喧嘩に野次馬していた者たちは解散し私と男だけが残った。 女の表情は中々に怖く、大人しく散る者たちの気持ちもわかる。


「事態がよくわかっていないランシェさんはまだしも、ダンさん、あなたは理解しているはずでしょう!」

「…………すまない」


 男は色々言いたいのを我慢して絞り出したかのように謝ると黄昏の女は深くため息をつく。


「……とりあえず、浄化をしてしまいましょう。 こちらへ上ってきて下さい」


 そう言って彼女は階段を上っていくので私と男は大人しく言われるままについていく。


「この部屋です」


 そして開けられた部屋に入ると、よく分からない細々としたものが沢山置かれた部屋であった。 書物が多く、本を読む人間であることがわかる。


「ランシェさん、貴方は此所に」


 黄昏の女は、床に何やら白い物で丸と三角形が幾つも重なった絵が描かれている場所を指し示した。 私は大人しくそこに立つ。

 すると女は目を瞑り両手を組むと控えめな声量で歌い出した。

 しかし歌詞はなく、音を高くしたり低くしたりの連続で行われる歌。

 聴いていて、とても美しく、まるで祈りのような歌だと、感じさせるものだった。


「ア――ア―ア――…… 精霊の瞳、精霊の世界をここに」


 黄昏の女が言い終えると床に描かれた模様が白く光りだし私はその眩しさに目を瞑る。

 そして数秒経った後再び目を開くと床は光っていたが眩しさは幾分かなくなっていた。


「ランシェさん、あなた……」


 女は一瞬目を見開き、次には深刻そうな表情をして言った。 隣りに立つ大地の男は、何も言わずジッと私の体を見ている。

 私は何か起きたのかと自分の体を見ると、体が黒く染まっていた。

 手は指先から肘のあたりまで、体は足先から心臓のあたりまで、まるで呪いかの様に黒く染まっていたのだ。


「なんだこれは」


 黒い部分を擦り落とそうとするが落ちない。 汚れではでなく、染みついたようなもののように見える。


「この魔法は指定する空間を精霊が見る世界と同じように表すことが出来るものです。 この魔法を使えば、魔物を食し汚染されたかもしれないあなたの体を確認することが出来るのですが……」


 女は説明をしてくれたが、私が理解しきることが出来ず、頭を傾げた。

 でも、二人の反応を見るに、この黒いのは良くないものなんだろう、とわかる。


「こう、黒くてはせっかくのプルーフが見えない。 このままずっと黒いままなのか?」

「……いえ、その魔方陣が描かれた床から離れれば黒く染まっているものは見えなくなりますよ」

「それならよかった」


 私は試しに足先だけ伸ばしてみると、黒いのは見えなくなり、いつも通りの足になった。 確かに黒く見えるのはこの空間だけみたいだ。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る