第2話 帰る場所を探し旅をする者 4
「プルーフとは何ですか?」
黄昏の女が問うた。 確かに体に模様がある者は見かけてもプルーフがある者は見かけなかった。 この世界ではプルーフというものは知らないのが当たり前なのかも知れない。
「この体中にある赤い模様のことだ。 綺麗だろう?」
体中、足から顔までもある、炎を象ったような模様がよく見えるよう私は手を腰に当てピンと体を張った。
「へえ、自分で模様を?」
「いや、生まれつきだ。 この世界のことはわからないが、私の周りは皆あるのが普通だったぞ」
誇りであるプルーフは隠すことを禁じられ、それ故に露出の多い服装をしている。
こっちに来てから、プルーフはない、露出の多い服装から全身を隠したものまで様々で驚いたものだった。
しかし、それも、この絵の上にいては黒く染まってプルーフは一部だけれど隠れてしまっている。 そのことが私にとっては不愉快であった。
「この絵からでてもいいか?」
「ああ、大丈夫ですよ」
私が床に描かれた絵から離れると光は消え、体に染まっていた黒も見えなくなった。 私は指先を伸ばし、しっかりとプルーフが見えていることを確認し一人満足して頷く。
「ランシェ、あなたは日常的に魔物を食していますね?」
黄昏の女は深刻そうな表情で言った。 しかし、そのことの何がダメなことなのかは私には分からない。 少なくとも私の住む場所では当たり前だったことだ。
「ああ、魔物は食糧だろ?」
そう言うと女は横に首を振った。 隣りに立つ男は何も言わずのままだ。
「魔物を食べると体が汚染されるんです。 食べてはいけないものだ」
「そう言われても、食べることが私の住む森では当たり前だった」
他に食べるものなど無かった。 草木は毒があり、水は泥水だった。 魔物を食べなければ私たちは生き残ることが出来なかった。
「体が汚染されると、最終的に人は死にます。 日常的に魔物を食べていたのなら、想像がつくのでは?」
「ああ、確かに私の故郷では皆最後暴れ回り、仲間を襲い、仲間によって殺される。 でもそれが当たり前だと思っていたからなあ」
もし食べていなかったら人は凶暴化しないと言われても私には想像がつかなかった。 なぜならば、そんなことは有り得なかったからだ。 この世界では食べないことが当たり前でも私たちのいた世界は食べることが普通だった。 だから凶暴化して、仲間によって殺される。 それはおかしいことなのだろうか? この世界の者からしたらおかしいことなのかもしれない。 それが普通ではないのだから。
「汚染した体は浄化することが出来ます。 あなたほど汚染された体は完璧には無理かもしれないけれど」
「へえー、浄化してくれるのか? すると凶暴化することはなくなる?」
「そうですね。 確率は低くなります、けれど絶対凶暴化することがないのかと言われれば否です」
「ふうん、こっちではどのように人は死ぬんだ?」
「話す時間はまだまだあります。 先に浄化してしまいましょう」
すると黄昏の女は棚から透明な液体が入った瓶を手に取った。
「いいですか、一度ではあなたの体は浄化しきれません。 長期に渡っての治療になります」
「へー」
その事を聞いて私は少しやる気がなくなった。 そこまでして生きてやりたいことがある訳じゃないのだ私は。 流れ的に浄化をするというだけで。
女は手に持った瓶を私に手渡した。 やはり一見ただの水にしか見えない。
「一口だけ飲んで下さい。 ちゃんと飲み込むんですよ」
私は蓋のコルクをキョポンと音をたてて抜くと瓶を唇につけて傾ける。
そして言われたとおり一口含むと瓶を離す。 味はしない、本当にただの水みたいだ。 そう思い飲み込んだ瞬間体に衝撃が走った。
「うう……!」
体がまるで燃えるみたいだった。 いや、故郷が燃えた、あの時よりも苦しく感じる。 体の奥から何か大きなものが迫ってきているように感じる。 それが体の中で暴れ回っている。 それは苦しくて、呼吸もうまく出来ない。 私は立っていられず、床に体を倒れ込ませる。
「ハアーハアー……」
呼吸をするのに必死だ。 息を吸うだけで体が苦しい。 黄昏の女が何か言っているが聞いている余裕はない。 指先さえも動かせない、呼吸も出来るだけしたくない。 これだけ大変なものだとは聞いていないし想像もしていなかった。
そして女の手が私の背中を撫でた。
するとなぜだか体の苦しみは少し和らいだ。 けれど幾分かマシになっただけで痛いのも苦しいのも相変わらずだ。
「苦しみを和らげる魔法です、けれどこれ以上は何も出来ません」
すると体に布をかけられた。 私は体を丸めギュウと手を握り込んでいた。 床に爪をたてる。 痛みも苦しみも引かず、一体いつまで我慢しなければいけないのだろう、と思う。 一秒一秒が長く感じ もしかしてこの苦しみから永遠に解放されないのではと思う。 それなら死んだ方がマシである。 しかし苦しみに負けて自害するというのも中々情けない話だ。
そしてだんだんと意識が薄れてゆく。 次に目を覚ましたときには文句を言ってやる、と心に決めながら私は素直に意識を手放した。
それは、あまりにも白く。
体中にある炎のような模様はあまりにも映え。
自分とは正反対の生き物である、と思った。
小さく丸まり目の前に転がったランシェを俺は椅子に座りながら見下ろしていた。
今なら旅立つ好機である。
旅立とうとした、その日に面倒事に手を突っ込んでしまった俺は予定が総崩れを起こしていた。
顎先ほどの長さで切られた銀色の髪、銀色の瞳。 そして白い肌に、主張するような赤い模様を持つ人間はあまりにも俺の目を引いた。
体にイレズミを入れている者のほとんどが冒険者であり、騎士に絡まれたランシェもまた冒険者だろうと予想していたのだ。
本当に人間なのかと、現実離れした容姿は、面倒事が嫌いな俺でも助けに入ってしまうくらいには惹かれていた。
しかし、他人と関わるのは得意ではない俺は一瞬関わっただけで十分であり、この先永遠に記憶に残るだろう、と思い出にでもするつもりであった。
しかし予想以上にも銀色の女は面倒事の持ち主で俺にくっついてくる。
本当はこの国を旅立とうとしていたのに、くっついて来られては旅は出来ないのでもう少しここに滞在することを決めたのだ。
しかし今なら、チャンスである。
色々と思うことはあるが、今なら置いていける。 国を出ることが出来る。 旅立つことが出来る。
だから、立ち上がらなければ、と思うのになぜだか足を動かす気にはなれないのだ。
しかし、もっとコイツと関わってみろ。 少し関わっただけで面倒事の塊に巻き込まれたのに、これ以上一緒にいては何が起きるか。 それに自分の目的である旅をすることは出来ないだろう。
さあ、立ち上がれ。 その足を動かし次の場所を探し旅をするのだ。
けれど俺の足は動かない。 スヤスヤと眠るランシェを見て少し和やかな気分にまでもなってしまっているのだ。
少し、くらい、いいじゃないか。
別に急ぐ旅ではない。 もう少し滞在しても問題ないだろう。
そんな自分の声が心に語りかける。
ああ、そうだとも。 そんな気持ちがあることも否定はしない。
けれど、だ。 これ以上深く関わり、親交を深めてしまっては別れがたい存在になってしまう。 それでは旅は出来ない。 それじゃあ、ダメだろう。
ダメだダメだ、と首を横に振り、今度こそ立ち上がる。
別れ、など簡単だ。 その足で歩めばいいだけのこと。
人の関わりを嫌い、口べたな俺がいても役に立つことはない。 それなら別れてしまえばお互いのためにもなる。
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