第4話 痛みを知っている者 11


 次々と放たれる術を避けながら私は血が滴る右手で槍を掴む。


「――私の赤よ。 浸みれ、浸みれ、浸みれ、力となれ」


 滴る血液は地面に零れることはない。 何故ならば、槍が血を吸っているから。

 私の誇り高い血を、赤を、力に変換し武器の威力を高める。

 魔力を帯び赤黒く鈍く光る槍をまたヤツの体目がけて振り落とす。

 するとやはり見えない障壁に阻まれたが、槍を掴む手をギュウと握り押す力を更に加える。

 するバリンッと音を立てて障壁は割れ男の体に槍があたる。 けれど矛先ではない、当たっただけだ。 攻撃が当たったことにより隙が出来たヤツの体目がけて蹴りを押し込んだ。

 しかしヤツは腕で蹴りが入るのを阻むと、いつの間にか短剣を手に持った手で私の足首を躊躇なく刺す。

 しかし、それがどうした。 反撃の際にだって隙は生まれる。

 そして私は赤く濡れた足を気にすることなく顔を目がけて拳で殴った。

 すると衝撃でよろけたヤツは地面に転ぶ、私は槍の矛先をヤツの首に突くか突かないかか寸での所で止めた。


「――で? 話はなんだ」

「……くっくく……あっははははは!」


 ヤツは何がそんなに可笑しいのか天を仰いで大爆笑しはじめた。 笑いは中々止まず私はもう首を貫いてしまおうかと思った。 すると彼は矛先を素手で掴み握り締めたのだ。 握り締めたことで流れる血を気にすることもなく、ヤツは笑い続けていた。

 そしてやっと笑いが止むとヤツは瞳孔が開いた目で私に笑みを浮かべた。


「あー……痛いなあ、ランシェ・プルーフ。 君の槍で私の手で傷ついてしまったよ」


 彼は私に傷口が見えるように手を開いた。


「痛いなあ、痛い。 そう、君には分からない感情だろ?」


 私が『痛み』を感じないことを知っているヤツに私は驚いた。 そのことはアロン以外知らないはずだ。 一体私のことをどこまで知っているのだろうか?


「なぜ、私がそのことを知っているかって? 君の……プルーフ族のことはなんでも知ってるよ。 そうだなあ、例えばプルーフ族の住む森が燃えた時、君は精霊主の力でそこを飛び出しただろう?」


 それは懐かしい記憶だった。 あの炎の中表れた小さな子ども。 そして私以外は死んだはずなのに、なぜかヤツはそのことを知っている。


「あれは国のやつが、もうプルーフ族は用済みだと飼育小屋を処分したから燃えたのさ。 君たちは知らないだろうけど、あの森は魔術で作られた固有領域、プルーフ族を生かすための飼育小屋だったのさ」


「君は痛みを感じない。 プルーフ族は痛みを感じない。 何故ならば、そう作られたから。 戦争で扱う便利な武器として、痛みを感じず、自分で武器を生成し、年寄りになる前に死ぬ。 便利な、便利な道具さ」


「君たちがプルーフと呼ぶ体の模様は他の者が見たら一目で武器だと分かるように。 しかし、戦争は終わった。 もう武器はいらない。 平和な国に異質な武器はいらないんだよ」


「そして飼育小屋は中見事処分として燃やされた。 しかし一人、固有領域の中見を維持するために必要だった妖精主が死ぬ間際に一人外に逃がしてしまった、そう、それが君。 ランシェ・プルーフ」


 言っている意味が分からなかった。 いや、理解は出来ても頭は追いつかない。 聞き覚えの内単語がいくつか出てきたが、それでもなんとなく理解することは出来た。

 痛みを感じない。 なぜなら、その方が戦える。

 血を硬化した武器で戦う。 なぜなら、武器を与える費用がかからないから。

 短命で死ぬ。 なぜなら、年寄りはいらないから。

 体中に赤い模様。 一目で武器だと判断出来るように。

 ああ、そうか。

 私はようやく自分のことを理解したのだ。

 ここに来てから、自分と周りの違いが不思議だった。

 しかし、そういうものだと思うしか無かった、それが解明された。

 私の故郷は飼育小屋と呼ばれ、人間によって作られたものであったのだ。

 そして、故郷が燃えたのは、もう必要がなくなったから。

 そんな、そんなのは、理解は出来ても納得はできない。


「では、たまに出た行方不明者は……」


 故郷では、それは壁の先に行った者たちと呼んでいった。

 消えることのない、あの壁の先に行けたのだと。


「そりゃあ、使うために飼育小屋から出したんだ」


 もう、戦いを止めて帰りたい気分だった。

 彼の言う言葉は情報量が多すぎて、私にはどうにも出来ない。

 けれど、私の他に受け止める人はいない。

 私が受け止めるしかないのだ。

 帰ることを考えるとベッドで眠ったままのダンを思い出す。

 ダンのことを思えば再び私がやる気を出すのに十分であった。


「二つ問う。 私はもう故郷の地を踏むことが出来ないのか? そしてお前は何者だ?」


 私は問うた。


「ふふっ、当たり前じゃないか。 その空間ごと処理されたのだから。 そして……私は友をプルーフ族に殺された者だよ」

「そうか」



 その時私は理解した。 理解してしまった。

 目標であった故郷の地を踏むことは出来ない。 そこはもう存在しないのだと。

 しかし落胆している暇はない。

 せめてプルーフ族の生き残りとして、私はこの男の怒りを受け止めよう。

 しかし、私だってヤツに対して怒っている。 許すことは絶対に出来ない。

 今やるべきことは帰ることではない。 この男の相手をすることだ。


「私の大切な友を! かけがえのない友を! お前は殺した!」


 すると彼は怒りだし纏う雰囲気が変わる。 私は退いていつでも対応できるように槍を構えた。


「死ね、死ね、死ね死ね死ね死ね死ね死ね! 惨たらしく後悔しながら死んでいけ!」


 男は両手を前に出すと先ほどよりも大きい球体がいくつも私を目がけて飛んでくる。 スピードも速くギリギリの所で避けきった私の髪が間に合わず焼ける。

 その合間にヤツは次の術を展開し、天から弓の矢のような刃が降り注ぐ。

 避けても追いかけてくる矢に私は槍で裂く。 すると矢は消えることがわかり、槍を扱うことに集中する。 これではキリがない。 永遠にヤツの術を避けるだけになってしまう。 だがそれも体力の問題である。

 ようやく最後の矢を裂くと私は次の術が展開される前にヤツの元へと走る。

 そして槍を振り下ろし、再び張られた透明な壁ごとヤツを攻撃する。


 ボキン


 しかし、ヤツの体に到達する前、見えない壁に押し切れず槍が音を立てて真っ二つに折れる。

 血を流さないために、ダンが買ってくれた槍。

 木材で出来た、耐久性のないものだ。 いつかは折れることが分かっていた。

 躊躇なく親指を噛みきり一滴の血も無駄にしないよう素早く手を動かす。


「――私の赤よ。 硬化せよ。 我が武器、槍となりてその力を発揮せよ」


 宙に絵を描くように、まずは三角を描く。 山は右に。槍の刃の部分だ。 そして三角の山から真っ直ぐ横に線を引く。 これを柄。

 描き終えると中に描かれた血は硬化、膨大し下に落ちる。 それを片手で受け止め、次に石のナイフで右手を突き立てる。 乾いた傷からは再び血が溢れ、そのまま柄を掴むことで血を浸みさせる。


「――私の赤よ。 浸みれ、浸みれ、浸みれ、力となれ」


 死ぬつもりはないが、これでもかというくらい血を吸わせる。 力加減をして勝てる相手ではないし、するつもりもない。

 私の血で作った赤き槍は赤黒く灯る。 その灯りの濃淡さが如何に血を吸ったか示している。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る