第4話 痛みを知っている者 10


 ヤツは褐色の男に息があることを分かりやすく安堵すると、険しい目つきで私を睨みつけた。


「ああ、やる気がなくなってしまったよ。 どうせここで戦うには狭すぎるし、後日にしようじゃないか。 なあ、ランシェ・プルーフ」

「よくも……!」


 私の話を聞いていないのかヤツは怒りにそまり背中の槍を手に取った。 しかし彼女の気持ちなど私には関係ない。


「明日の昼一四〇〇に門へおいで。 来なかったら……わかってるね?」


 別に来なくてもいいさ。 その時は君のいる冒険者ギルドごと破壊してやる。

 私は親指と人差し指でパチンと音を鳴らす。 今日のところは帰ることにするのだった。




「落ち着いて、ランシェさん」


 レティは疲れた顔で私に安心させるように微笑んだ。

 あの後、私一人ではダンを運ぶことが出来ないため急いで冒険者ギルドに帰り人を呼んだ。 レティが付きっきりでダンのことを見てくれているが、私は不安で仕方なかった。

 もし死んでしまったら? 二度と目を覚ますことがなかったら? 失ってしまったら?

 レティのおかげでダンの傷は大分マシになったように見える。 少なくとも体中にあった火傷はほとんど治癒された。


「お腹の傷は深くて、すぐに完治させることは出来ませんが、これで大分落ち着いたでしょう」


 私はレティの言葉に安堵しながら彼女の手を握る。


「ありがとう、レティ」

「いえいえ、気にしないで下さい。 もしダンさんが目を覚ましたら呼んでくださいね。 では」


 そうしてレティは部屋を出て行った。 私は眠るダンの手に触れた。 そこに温もりがあるのを私は安心する。 路地裏で見つけたときに触れた手は冷たかったのだ。

 もしも、失ってしまったらと考えると怖かった。

 よく考えたら、自分は今までダンを失うことを想像していなかったのだ。 なんて甘いのだろう。

 ダンは一体いつ目を覚ますのだろうか? まだまだ時間はかかるだろうか。

 こういう時くらいゆっくり眠って欲しいと思うと同時に明日には私が戦いに行かねばならないことを考える。 最近ダンと一緒ばかりだったから、一人で行くのは何となく心細い。 しかしだからといって行かないわけにはいかない。 それにダンを傷付けたお返しは必ずせねばならない。

 そういえばダンを傷つけた者は何故か私の名前を知っていた。

 私の事を知る者なのだろか。 しかし私には全く検討もつかない。 何も知らない私が今考えても無駄なだけだ。


 翌朝、槍の調子を確認し、ラウンジに降りると朝早いにも関わらずアロンが一人で机に向かって勉強していた。 いつもなら話しかけただろうが、今はそんな気分にもなれず、そのまま外に出て行こうとした。


「おい」


 しかし、そういう時に限ってアロンは話しかけてくる。 今まで自分から話しかけてきたことなどなかったくせに。


「聞いたぞ。 お前といつも一緒にいるやつ、大怪我負わされたんだって?」

「まあな」

「んで、お前は?」

「やり返しに行く」

「殺すのか?」

「……」

「ボクは冒険者が嫌いだ。 ヤツらはすぐ生きるか死ぬかにしやがる」

「そんなこと、ないだろう」

「いいや、アイツらはとっくに麻痺してるんだ。 人は簡単に死ぬってな」


 アロンの言いたいことが分からなかった。 私は歩みを進めた。 今この時間を無駄にするわけにはいかなかった。


「ランシェ、忘れるなよ。 お前にも、お前の相棒にも、相棒を怪我させたヤツも、沢山の思いがあるんだ」


 バタン、と音を立てて冒険者ギルドの扉は閉まった。

 私が向かうのはいつもの露店街だった。 そこで何時ものようにパンとチーズを買う。 店主に顔つきが怖いと心配されながらも適当に促し、何時ぞや行った噴水の場所へと向かった。

 噴水の縁に座り買ったパンをナイフで半分に切り分け間にチーズを入れる。 以前ダンがやってくれたものだ。 一人で食事するのは本当に久しぶりのことであった。 味はおいしいけれど、どうしてもいつもより味気なく感じてしまう。いつもは一緒にいるダンがいないせいだろうか。 時間には余裕があるので時折ボーと景色を眺めながらパンを食べる。 私が一人であろうが、今日もいつもと変わらない一日が始まっている。 何も変哲もない一日の始まり。

 そして時間をかけてパンを食べ終えれば出発だ。

 私は必ず、負けるにはいかなかった。



「来たな! ランシェ・プルーフ!」


 門を出て暫く歩いた先にヤツはいた。 いつもは魔物だらけのこの場所も今日はおらず一掃されいた。

 見るだけでも嫌気が差すあいつの顔は今日も笑っている。


「なぜ私の名を知っている?」


 今すぐにでもヤツの心臓に槍を突き刺したかったがグッと我慢する。 殺してしまっては、そいつはもう話すことが出来なくなってしまう。


「そりゃあ、お前が憎くて憎くて堪らないプルーフ族だからだよ。 そういえばお前は燃やされた飼育小屋から逃げ出したヤツなんだって? 精霊主もがんばったよなあ」


 彼は楽しそうに笑いながら言う。 そしてプルーフ族の名前が他人の口から出るのは初めてのことだった。 それに知らない単語も出ている。


「飼育小屋……?」


「ああ! お前は何も知らないんだよねランシェ・プルーフ! 可哀相に!」


 すると男の周りにぼんやりと光った丸い球体がいくつか浮かび上がった。


「せっかくだ。 戦いながら話そうじゃないか」


 その言葉と共に球体はすごい勢いで私の方へと飛んでくる。 当たったらいけないものだと憶測した私は走って避ける。 私に当たらなかった球体は地面にボオンと派手な音を立てながら穴が開いた。

 背の槍を手に持ち、相手の動きを見る。 何せ今まで魔物は何体も倒してきたが人間と殺し合うのは初めてのことだった。 それに相手は見たことのないものを扱う。 先ほどの球体は一体なんだったのか? 危ないものだとはわかっていても、それが何かは分からない。

 しかし、分からなくても戦えない訳ではない。 人間は首を落とすか心の臓を狙えば簡単に死んでしまうのだ。

 次に男が地面に手をつくと、地面の土が盛り上がりながらこちらに迫ってくる。 ヤツの動きは予測できなくて戦いづらい。

 距離があっては私の槍は届かないので近づこうとするが、すると男が変な術を使って攻撃してくるので戦いは進まない。


「ああ! 何も知らない可哀相なランシェ・プルーフ。 しかし知らない所で君の罪深さは変わらない」


 ヤツはそう語ると再び球体を複数撃ってきた。 私はそれを避けながら男の元に近づき、やっと槍を振り下ろす。


「……っ」


 しかし槍はヤツの体に当たらなかった。 見えない障壁がヤツの前に遮り体を守っているのだ。 しかし存在して貫けないものはない。 私は腰に携えた石のナイフで自分の手のひらを掻っ切った。


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