第4話 痛みを知っている者 8


 アロンもダンの視線に気づきにらみ返している。 良くない雰囲気だ。

 元はと言えば私が素直に名乗らなかったのがいけないのである。 私は二人の間に入りアロンの方へと向いた。


「私はランシェ・プルーフ。 名乗るのが遅くなってすまなかった」


 するとアロンは言いかけた言葉を飲み込むかのように微妙な表情をする。


「……ボクも悪かった」


 そう、彼は悪い奴ではないのだ。 ちょっと感情の起伏が激しく口が悪いというだけで。

 いや、でも盗みをするからやっぱり悪い奴だろうか。


「それで? 何の用」


 アロンは機嫌が悪そうに尋ねる。 最早これが通常運転なのだろうと思う。


「せっかく再会したんだから挨拶をしておこうと……」


 すると私は机の上に置かれたノートが目に入った。 開かれたノートには小さな字で上から下まで細かくいっぱいに文字みたいなので埋められている。 彼の努力が垣間見えた瞬間だ。


「……すごいな」


 思わず素直に言葉を出してしまう。 釈然としないが、少し尊敬してしまう。 私には学がないし扱えるのは槍くらいなので尚更だ。


「どうして、そんなに騎士になりたいんだ?」


 そこまでさせる騎士になりたい思いとは一体どのようなものなのだろう。 彼は騎士になるために剣も学も学ぶのだ。 それは最早自分を変えると言っても過言ではない。


「てめえに教えるわけないだろ! 勉強の邪魔するな、さっさとどっか行け!」


 やはりこいつは悪い奴だ。 私は口を膨らませてダンを連れてアロンの元を去るのであった。

 そしてダンに「話がある」と言われ私たちはダンの部屋で向かった。

 ダンの部屋は何回か訪れたことがあるが、相変わらず殺風景である。 私も人のことを言えないが、ネリネはぬいぐるみを飾っていたりした。 それに何だか甘い香りのする部屋だった。

ダンの部屋の匂いは……私の部屋とは違う香りがするが言葉には出来ない匂いだ。 でも嫌いではない。


「話って何だ?」


 さっそく話を切り出すとダンも私の方へと向いた。


「ああ、ランシェ、お前今日で浄化が終わったらしいな?」

「そうだとも、これで何時でも旅に出ることは出来るぞ」

「それで、お前の種族は皆最後は凶暴化して死んでいたんだろう?」

「そうだ。 死ぬといっても凶暴化してしまえば手に負えなくなるから私たちの手で殺していた」


 なぜ、その話を今してくるのか。 さては今更プルーフ族に興味を持ったのだろうか? しかしもしそうだったら浄化の話はしないだろう。


「そうだな。 それでお前は浄化して凶暴化する可能性は低くなった。 ということは寿命が延びたということだな?」

「……そうだな、忘れていた」


 そうか、そうなると私は皆の年齢で死ぬわけではなくなるのか。 凶暴化しなかったらの話であるが。 考えればすぐ分かりそうなことなのにすっかり忘れていた。


「……私、一体何歳まで生きるんだ……? ダン、お前たちの種族は何歳まで生きる」

「そうだな……八十くらいか……? プルーフ族は何歳だったんだ」

「八十!? 私のところは長く生きて三十五で凶暴化していたな」

「三十五……? そりゃあ、年寄りを見ても分からない訳だ」


 八十年。 それはとても、想像できないくらいに長い人生だ。 私たちの倍以上は生きている。 そんなに生きて一体何をするんだろうか。 けれど何でも出来てしまいそうだ。


「私は一体何歳まで生きるんだろうか……」

「そりゃあお前も生きればシワだらけの年寄りになるんだろうさ」

「あの方たちみたいに? 想像ができないな。 その歳になっても旅は出来るのだろうか」


 あの露店の店主のように自分の体が皺だらけになることなど想像が付かない。 けれど、それもないとは言うことの出来ない可能性だ。 なんたって何歳まで生きるのかはわからないのだから。 けれどきっとプルーフ族の中で一番長生きをするのは私になるのだろう。


「それと、旅はいつでも出発できるぞ」


 ダンの旅についていく、という意味も込めて私は言った。


「うん、まあ……そうだな」


 しかしダンははっきりしない態度だ。 珍しく『連れていかない』とも言わない。 もしかしたら以前よりは可能性があるのだろうか?

 まあ、一人で行ってしまっても私は勝手に後ろを付いていくので一緒に旅に出ることは変わりない。 それでもダンが『一緒に行こう』と言ってくれた方が良いに決まっている。 その方が嬉しい。 もうこれ以上ここに滞在する理由もない。 もしかしたら出発は明日かも知れない。 そう思うと少し寂しくなるのだった。 でも、きっと、旅とはそういうものなのだろう。 私はこの場所とさよならする心の準備をするのであった。


その日、私はプルーヴを丁寧に書いた。 いつも私は一文や二文でプルーヴを書くのを終わらせてしまうことが多いが、旅の準備としてちゃんと書いてみる。

 しっかり書くのは書き慣れていないので中々大変だ。 あまり考えていると親指の血はすぐ止まってしまうし、だからと言って急いで書こうとすると字は汚いし読めなくなってしまう。 それに文章を考えたりまとめたりするのも簡単にはいかない。

 こうやってペラペラと過去のプルーヴを読み返してみると結構おもしろいものでもっと丁寧にプルーヴを書いておこうとさえ思う。 いつも端的に書いて第三者から見ては何が何だったのかわからない。 いつか私が死んで、このプルーヴを読む者がしっかりと私との思い出を思い出せるようにしとかないとならない。 と、言っても私のプルーヴを読む人なんているのだろうか? 故郷ではプルーヴを書き、プルーヴを読むことが当たり前であったが、そんな文化を持っていないこの世界の者たちは読んでくれるだろうか? けれど旅をするならば、皆別れてしまうし読むことはできない。 出来るのはダンくらいだ。 ダンは私が死んだ時プルーヴを読んでくれるだろうか?

 今日の出来事、あったこと、怒ったこと、嬉しかったこと。 読んで思い出してもらえれば嬉しい。 プルーヴとはその者の人生を知ると共に、思い出すためにあるのだから。



 翌日、私はアロンを食事に誘ってみた。

 すると即答で断られる。 まあ……わかっていたこと。

 次の翌日、私はアロンを食事に誘う。

 けれど今回も断られる。

 次の次の翌日、諦めずにアロンを食事に誘う。

 アロンに「しつこい!」と怒られながら断られる。

 そんなことを何日も繰り返しているとアロンは問うた。


「お前はなんでボクと食事をしたいんだ?」


 理由。 一体なぜだったけ?

 ああ、そうだ。


「君と仲良くなりたい」


 するとアロンは顔を歪めて舌を出したのだった。

 それを何回も繰り返した後、ようやく私は気づく。

 食事に誘うのではなく、アロンの席で食事をすればいいのだ。

 ダンにそのことを言うと意外にも付いてきた。 ダンもアロンに興味があるのだろうか?

 さっそく食事を持ってアロンの席に行くと、わかりやく嫌な顔をされる。

 けれどここで引き下がっていてはいつもと同じなので、アロンの隣りに席をついた。 距離を縮めて仲良くなる作戦だ。

 ダンは私の前の席につき食事の入った紙袋を机の上に置く。


「一体なんなんだ……?」


 アロンは頭を抱えながら言うが私は気にしない。 もちろんダンもだ。


「アロンと食事をしようと思って」


 ダンが紙袋の中身の食事を差し出してきたので受け取る。 今日はじゃがいもと肉の甘辛炒めとかぼちゃのスープといつものパンだ。 ちゃんと食事はアロンの分もあるので、アロンに分け渡す。 食事まで準備されてはアロンも断ることはできないだろうという考えだ。 あとはネリネが以前食事に参加してきたのを参考にした。

 アロンは深くため息をつくと開いていたノートを閉じる。


「飯を無駄にするのはいけねえからな」


 アロンのその言葉に私は微笑む。 どうやら食事をしてくれるらしい。

 私は食事が入った容器の蓋を開けて、フォークを手に取る。

 そしてじゃがいもと肉の甘辛炒めをフォークに乗せて口の中へと入れる。

 じゃがいもはホクホクしているし肉はかみ応えがある。 甘いだけではなく辛みもあってパンが進む味付けだ。 隣でアロンも食事をし始めたのを横目で見て私はかぼちゃのスープを飲んだ。 まろやかで甘いこの味はどこかホッとさせる味。 今日もご飯は美味い。


「そういえば紹介していなかったな。 彼はダンだ」


 するとダンはチラリとアロンを見てから「どうも」と口にした。 食事に付いてきたわりには興味がなさそうである。 よくわからない男。


「どーも。 アロン・アチソンだ」


 そしてアロンの挨拶も無愛想だ。 ダンのことを見ることなく返答をする。


「前から思ってたけどお前って派手だよな」


 そう言葉にしたのはアロンである。 しかしダンなのか私なのか、どちらに対しての言葉なのかわからなかった。

 私が首を傾げているとアロンは気づいたようで。


「お前だよ、お前!」


 と、私のことを指刺したのである。


「まあ、お前と一緒にいる男も目立つけどな……」

「そんなにハデだろうか?」

「なんか目を引くんだよ」

「それはいいこと?」

「知らねー」


 なんて適当な返事なのか。 仕方ないので私はダンに問いかける。


「ダン、私はハデか?」

「あー……まあ、見た目は地味じゃないな」

「ふむ」


 確かに私のような月色の髪と瞳を持っている者はここに来てから見かけたことがなかった。 当然だがプルーフを持つ者もいない。 月色と赤色の組み合わせが目立つのかもしれない。

 けれど私はあまり気にすることはない。 そのことについて興味がないから。 目立つからと言って変えられるものでもない。

 私はかぼちゃのスープにパンを浸して食べてみた。 うん、美味い。


「ところでアロンはなんで騎士になりたいんだ?」


 この質問は二回目だ。


「お前って案外しつこいヤツだよな……わざわざ教えるものでもないだろ」

「そうか?」

「そーだよ。 そういえばお前は冒険者じゃないんだな」

「そうだ」


 私は頷いた。 この先も冒険者になるつもりはなかった。


「でもお前ダンと行動してるんだろ? 冒険者にならねえの?」

「ならない。 名字を捨てたくないからな」


 冒険者になるということは名字がなくなるということだ。 私はプルーフ族だからこその私であるし、折角の関わりを無くしたくはなかった。 なのでやっていることはほぼ冒険者と一緒だけれど冒険者になるつもりはない。


「ふーん」


 質問をしたくせに興味なさそうにアロンは頷くとかぼちゃのスープを飲んだ。

 私は炒め物もパンも食べ終えてしまい残るはスープだけになってしまった。 ダンを見ると彼は食べ終えている。 相変わらずの速さだ。


「はい、ごちそーさん」


 そしてアロンもあっという間に食べ終えてしまう。 私も残りのスープを飲みきるとアロンはシッシッと手を振って言う。


「ほら、食い終わったならさっさとどっか行きな。 勉強の邪魔」


 勉強の邪魔と言われてしまえば退くしかないので私は机の上を片付けけて仕方なしに椅子を立つ。


「また一緒に食事をしよう」

「嫌だね」


 少しは仲良くなれただろうか?



 ボクはアロン・アチソン。

 スラム街で生まれて貧乏育ち。 冒険者が嫌いな一七歳。

 年齢はよく間違えられる。 失礼なヤツらばかりだ。

 こんなボクがわざわざ冒険者ギルドを尋ねたのにも意味がある。

 それはボクは騎士になりたいからだ。

 その夢はスラム街出身となると難しいものがある。

 学校には行ってないから勉学のテストで点数は取れないし、剣なんて皆持ってないからまず使うことすらない。 ということでボクが騎士見習いの試験を合格するのは難しい。 しかしそんなことはとっくに分かっている。 言われなくたってボクが一番自覚してるさ。 だからボクはワザワザ嫌いな冒険者にお願いしたのさ。 金もないのにね。

 騎士になるために勉強も剣も教えてくださいってね。なんでワザワザ冒険者ギルドにお願いしたって? ボクには騎士の知り合いなんている訳がないし、頭がいいやつもいて剣が扱える人間なんて、簡単に探し出すためには冒険者ギルドを訪れるのが早かったのさ。 だからボクは冒険者ギルドの中でも大きい所を選んだ。

  それからボクはずっとノートとにらめっこばかり。 覚えることが多くてどれだけ時間が合ってもきっと足りない。 けれどボクは諦める訳にはいかない。 だってボクは騎士になるのだから。

 剣だって扱うのは難しい。 簡単に人を殺せるソレはそれだけあって簡単には使えるようにしれくれないしい。


 ガタン


 椅子を引く音がして顔を上げるとランシェだ。 時間を見るとお昼を指し示していて、彼女はまたボクとお昼を食べに来たらしい。 今日もダンという男も一緒だ。

 一度一緒に食べたくらいでまた一緒に食べてくれると勘違いしているらしい。

 しかし今回も彼女らは当たり前の様にボクの分まで食事を用意していて、それを見るとボクは拒否出来なくなる。

 一日に一食も食べられなかった日も当然あるボクにとって、勝手に飯が用意されるのを断れるわけがない。

 仕方ないのでボクは一旦勉強を止め食事にする。

 今日は大根と肉の煮物らしい。 それにパンとスープ。 スープはコンソメだろうか。 まずスープを一口飲むと、やはりコンソメだった。 体が温まりおいしい。 フォークで煮物を口にするとよく味が染みていて食べやすい。 パンはいつもの固いパンだ。 ランシェのお陰で昨日に引き続き飯を食べることが出来ている。 感謝をしない訳ではないが絶対に言葉にはしない。 彼女だってやりたくてやっていることだから。 でも具があるスープが飲めるのは正直いってありがたい。


「なんで騎士になりたいんだ?」


 そしてやはり今日も質問をしてきた。 中々しつこいヤツ。 一体何回同じ質問をする気なんだか、されるほうの身にもなってほしい。


「言うワケねーだろ」


 まずなんでお前になんか理由を言わないといけないのか。 すべての疑問に質問すれば答えが知れると思っていたら大間違いだ。 バカ。 わざわざボクがお前に言う必要性を感じない。

 まずボクが騎士になりたいことなんてスラムの連中にも言っていない。 もし言ったら、なれっこないと笑われるだけだろうし、なる理由を伝えようとは思わないからだ。 ボクの思いはボクだけが知ってれば良い。

 雑談をいくつか交わして食事を食べ終えたら勉強を再開する。 覚えることが多い。 この後はまだ剣の練習も残っている。 お陰で手がボロボロでペンを持つ手が痛い。

 ここにいるとボクは嫌でも冒険者について知ってしまうことができる。

 冒険者ギルドで勉強しているのだから当たり前だけれど、そこら中に冒険者がいるし、たまにボクに絡んで来る者もいる。 冒険者は嫌いだ。 自由すぎる。

 ボクはこの場所にいてしみじみとそのことを感じるのだ。

 その自由さに冒険者に憧れる者は多いが、それでもボクは嫌だ。

 するとワッとラウンジ内がいきなり騒がしくなった。 何かと見てみればケンカである。 しかも殴り合いの。 周りは野次馬でいっぱいでどちらが勝つか賭けを始めてる者もいる。 そういう所が嫌いなんだ。

 ボクは一層勉強に集中した。 絶対騎士になってやる、と。



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