第4話 痛みを知っている者 7

 

 生と死を彼女と分かち合う勇気は俺にあるのだろうか。

 こんなこと考えるなど、俺らしくない。

 以前なら即決で一人でいることを決めただろうし、とっくにこの国を出ていただろう。

 しかし、そう。

 知ってしまったなら、出会ってしまったなら。

 知る前には戻れないのだ。




「アロンの瞳は綺麗なんだ。 まるで燃える炎の様な」


 浄化の副作用で体がだるい私はベッドで横になりながらボウと天井を見つめたままそう言葉にした。


「え、恋愛相談ですか?」


 レティが驚いたような表情をして言葉を返す。


「恋愛相談? 私はアロンの瞳について話したんだ」


 恋愛とは番になりたいと思う色恋の話だろう。 どうしてそんな言葉が今出てくるのか私には分からなかった。


「でも誰かの瞳がそれほどまでに好きならば、それはもう恋なのでは?」

「違うな、アロンの瞳は綺麗だが、綺麗なだけなんだ」

「はあ……?」


 レティはよくわからない、と困惑している。 そんなレティの髪を見て私は彼女の髪も綺麗だ、と思う。 夜から朝にかけての黄昏時の空の色。 不思議な色だけれど美しい。


「レティの髪も綺麗だ」


 するとレティは途端に照れくさそうに頬を赤く染めた。

 この世界には美しいものがたくさん存在する。 美しいものを見ると私もいい気分になるし美しいことに感謝する。 けれど、それだけなのだ。 しかしダンの瞳は違う。 美しいだけではない、何かがあるのだ。 心をソワソワさせるような得体の知れない気持ち。


「ランシェさんだって綺麗ですよ、真っ白な雪みたい」

「雪?」


 それは初めて聞く言葉だった。


「ええ、雪。 寒くなると雪というのが降る土地があるんです。 ランシェさんは旅をするんでしょう? きっといつか見ることが出来ますよ」

「それは楽しみだな」


 旅をするのに、また一つ見たいものが増えた。 早く旅に出て、様々なものを見てみたいと思う。 けれど、既に旅に出てるようなものだ。 言うならばダンと一緒に旅にはまだ出ることが出来ていない。


「それとランシェさん。 浄化は今日で終わりです、これ以上は浄化をしても汚染を消すことは出来ません」

「いや、いい。 ありがとう」


 レティは言いにくそうに述べたが、どうにもできないことだと分かっているので文句などない。 逆に感謝をしている。 浄化をしていなかったらこの先確実に凶暴化していただろう。

 以前、浄化に対してやる気がなかった頃が懐かしい。 今はそう思うことはない、少しは変われているだろうか。


「今後は絶対に魔物を食べるなんて事はしないでくださいよ」

「わかってる」


 魔物を食べることも普通だと思っていたのに、今じゃ全く口にしていない。 魔物を食べることは体に悪いことだと学び、更に美味い食べ物の存在を知ったからだ。

 随分遠いところまで来たと思う。

 たまに故郷が恋しくなるけれど、仲間が恋しくなるけれど、だからと言って会いに行ける訳ではないのだ。 それはまだ先の話だ。

 体調も落ち着いてきたので私はベッドを降りレティと別れるとラウンジへと足を進める。 今日は決めていたことがあるのだ。

 階段を降りるとその者が机に向かって勉強をしているのが見える。 今日も真面目に学んでいるらしい。

 そう、今日はアロンに話しかけようと決めていたのだ。

 向こうが自分から気づいてくれるのを待っていたが、アロンは勉強と訓練で忙しそうにしており中々私に気づく気配はない。

 期限の一ヶ月も着々と近づいており、このままでは気づかないまま去って行ってしまう。 せっかく再会したのだから一度くらいは話しておきたいと思っていたのだ。

 まずはアロンのいる机に近づいてみるが、相変わらず彼は勉強に夢中だ。 それだけ騎士というのになるのに真剣なのだろう。 様子を眺めているとアロンが顔を上げる。 お、気づくか?と思えば私とは逆の方向に居る勉強を教えている者に声をかけるではないか。 これは態となのではないか? と思ってしまうくらいの偶然さだ。 勉強を教えている者も私の存在に気づいていてアロンと話ながらも私の存在を教えるようにチラリチラリと目配せしている。

 そうすることでやっとアロンは気づき私の方へ振り向いた。 そして驚いた表情をしている。


「は? なんでお前がここに」

「ここのギルドで世話になっている」

「はああ?」


 アロンは眉間にシワを寄せて心の奥底から出したような声を出した。 さっきまでは真面目な表情で勉強していたのによく動く表情である。


「君はアロン・アチソンだろう」


 私は口角に笑みを作りながら言った。 彼は私の名前を知らないだろうが、私は彼の名前を知っている。 それが少し優越だったのだ。

 すると彼は分かりやすく悔しそうな表情をして椅子から立ち上がると私の服の襟を掴み顔を近づけてきた。


「お前の! 名前は! 何なんだよ!」


 アロンは苛ついた大きな声で言った。 そんな風に言われれば教えたくなくなるだろう。


「教えたくない」

「はあ?」

「せっかくの服が伸びる、やめてくれないか」


 これはネリネに選んでもらいダンに買ってもらった大切な服なのである。 私も怒気を込めて言うが彼は手を離すことはない。


「偉そうにっ!」


 アロンはゴンッと額を私の額にぶつけてきた。 私も負けるわけにはいかないと額を押し返してやる。

 そうして二人の額の押し合いを暫くしているとゴチンッと鈍い音がした。 その音と共にアロンは私の額から離れ頭を押さえている。


「近い」


 聞き覚えのある声にアロンから目線を移動させると手に拳を握ったダンが立っていた。 相変わらず無表情だが、少々機嫌悪そうにも見える。


「なんだテメー!」


 アロンは元気よくダンに突っかかるがダンは無視して私の額を触った。 そっと壊れ物を扱うかのような優しい触れ方だった。


「赤くなっている」


 いつも無表情な男が眉を下げて悲しそうに言うものだから私は内心驚く。 しかし脇でギャーギャーとアロンが騒いでいる。 無視されたことに怒っているのだろう。 ダンは私の額から手が離れていくと厳しい目つきでアロンを見た。 ダンは身長が高いので見下ろしていることになる。 そして周りが何事かと私たちを見ていることに気づく。 どうやら注目の的になっているらしい。

 

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