第4話 痛みを知っている者 6


「……なんでだろうな?」


 別にアロンのことを守りたい訳じゃない。 ただ、あの赤い瞳がどうしても気になってしまうというだけで。

 あやふやに答え目線を歌っている女性へと変えた。 彼女は何が悲しいのか涙を流して歌っている。 歌うことにそこまで感情を入れることが出来るのは一種の才能かもしれない。

 ダンは不満げであったがそれ以上聞いてこなかった。 私と同じように歌っている女性を見ている。 女性の歌声はあまりにも悲しく、切なく、心をしんみりとさせるのであった。


「お待たせしました」


 そして良い香りをさせながら届けられた料理の品々。 すべて盛り付けから凝っていて手を付けるのが勿体ないくらいだ。

 当初より随分と使い慣れたフォークを手に取り、いざ。

 皿が熱くなっているから注意しろと言われ容器を触れないように気をつけながらフォークを入れていく。 表面は黄みがかった白で覆われていて一体どんな食べ物なのか分からない。 フォークは簡単に刺さり掬うとトロリと中に入っていたホワイトソースが見える。 筒の形をした白くて小さなものは初めて食べる。 ソッと口の中に入れると予想通り熱く、火傷に気をつけねばならない。 熱さに気をつけながら噛んでいくと優しいけれど濃厚な味が口の中いっぱいに広がる。 中を開けていくと具がゴロゴロと沢山入っており、黄色の野菜やキノコ類が入っている。


「これはなんだ?」

「グラタン」

「グラタン、うまいぞ」


 ダンも私と同じようにグラタンを食べている。 しかしよく見るとキノコを避けているのがわかった。 今だってフォークで端に寄せている。


「キノコ、食べないのか?」

「やる」

「……好まないんだろう?」


 寄せたキノコをフォークに乗せ差し出してくるものだから、私はそのまま口にした。 ダンが嫌いなものがあるのだとは初めて知った。 嫌いなものがあるなんて、随分と人間らしい。 私も嫌いものがあったなら、ダンに食べさせようと思いながらグラタンを口にしていく。

 そしてグラタンが空になったら、次は骨付き肉の料理を手にする。

 大胆に手で掴みそのまま齧りつく。 肉は軟らかく簡単に噛みきることができる。 肉を噛むと肉汁がにじみ出てきて、肉汁が豊かだ。 甘辛い味付けになっていて食欲が進む。

 骨だけ残し綺麗に食べ終えると指に残ったタレを舐めとって終わりだ。

 胃袋の満腹感に満足しながら水を飲む。 食べることに豊かなのは本当に幸せなことだと思う。 ダンも食べ終えて少し休憩した後に礼を言って店を後にする。 楽しい時間であった。

 そして店を出ると露店街を見て歩く。 さっそくダンにじゃがいもを潰して揚げた食べ物を買ってもらった。 食べたばかりだが、簡単に胃に入っていく。 口にするとサクサクするこの音がたまらない。


「よく食べるな……」


 ダンは呆れ気味に言うが私は気にしない。 デザートみたいなものである。

 夜の露店街は炎によって灯され、夜でも幾分明るい。 そんな景色が私の目には綺麗に映り、歩いているだけでも楽しい。


「そういえば、アロンの瞳はな、綺麗なんだ。 ダンも見てみるといい」


 灯された炎を見て、アロンの瞳を思い出し私はダンに語りかける。


「……ふうん」


 しかしダンの返答は微妙だ。 ダンの顔を見ると、微かにだがいつもより口角が下がっているような気がする。

 一体何が気分を害したのか。 アロンのことが嫌いなのだろうか? それとも瞳の話に興味がないとか。 何にせよダンは言葉にしないので分からない。


「まあ綺麗さで言うならダンの方が私は好きだけどな」


 ダンのことがわからないなどいつものことなので、私は気にすることなくそのまま言葉を続けた。


「へえ……綺麗なのか?」


 するとダンの声音は機嫌良さそうになった。 ついさっきまでは機嫌が悪そうだったと言うのに。 瞳が綺麗だと言ったのがよかったのだろうか。


「ああ。 ダンの瞳は透き通っていて綺麗なんだ。 ダンも姿見で自分の瞳を見てみるといい」


 私はダンの顔を覗き込んだ。 ダンの透き通った瞳には私が映っている。 今日も綺麗な瞳だ。


「……何か欲しいものあるか?」


 するとダンはいきなり話題を変えて質問をしてきた。


「え……ある!」


 まだ腹には入りそうだし食べてみたいものはいっぱいある。 この世界はなんでもかんでも食欲がそそられていけない。 そのうち太ってしまうかも。

 しかしダンが買ってくれる、せっかくのタイミングを逃すのは更にいけない。

 私はダンの腕を引っ張って早速一つの露店へと向かうのだった。



 

「ダンとランシェってどういう関係なんだ?」


 それは冒険者ギルドでの夜。

 少しだけ話したことのある冒険者にその質問をされた。

 しかし私は即答できず、考え込んでしまう。


「確かに! それ私も気になるわ」


 そう言って楽しそうに話に混ざってきたのはエリー。

 しかし私は考え込んでも中々良い答えが見つからない。

 というか、私とダンって一体何なんだ……?

 一緒に旅をする者、と答えられたが良かったが断られているし……。

 何気に一緒に行動するようになっていたが、どういう関係かと聞かれれば自分もわからない。


「わからない」


 なので素直に答えた。


「ええー」

「ズコー」


 二人はあらかさまにガッカリする。 そんなこと言われても分からないのは分からない。


「相棒とか恋人とか言ってくれるかと思ったのに」

「ねー」


 二人は好き勝手に言い放題だ。

 しかし、相棒か……。


「それ、いいな」

「え、恋人!?」

「キャー!」

「違う、相棒のことだ」


 相棒ってことなら一緒にいてもおかしくない。 逆に私とダンの関係は相棒に相応しいかもしれない。 それに、相棒って言葉ちょっとかっこいい。

 私は一人ウンウン頷き、これから聞かれることがあったら相棒と答えようと考える。


「相棒だって、青春ねえ」

「まさに青い春よお」


 二人は相変わらず好き勝手に喋っては楽しそうだ。

 そろそろ私も眠たいしプルーヴも書かないといけない。 二人のことは放っておいて私は自室への階段を上るのであった。




 コンコンコン、と珍しくノックが鳴った。

 私の部屋を訪れる者は数少ない。 大体ダンである。 だからきっと今回もそうだろう、と扉を開くとレティが立っていた。


「こんにちは、ランシェさん」

「一体どうしたんだ?」

「一緒に料理しません?」

「料理?」


 いきなりの誘いに戸惑っているとレティは再び口を開いた。


「それが一緒に料理しようと思ってた子がいきなり依頼で外に出ちゃいましてね。 よかったらランシェさん、どうかなあ、と」

「しかし私は料理というのが全くしたことがない」


 いつも食事はダンと共に出来上がっているものを買っているし、故郷ではそのまま食べるのを主としていた。 たまに誰かの祝いに食事を豪華にする時に女性陣がやっていたくらいだ。 なので料理いうのは一切したことがないのだ。


「そこは気にしないでください。 作るものも簡単なものですし」


 と、いうことで私の初めての料理が始まった。

 初めて入るキッチンは何に使うのか分からない物ばかりだ。 冒険者ギルドだけあって結構広く作られている。


「ランシェ、今日はよろしくね」


 どうやらエリーも参加するらしい。 いつもエリーは忙しいので長い時間を一緒にいられるのは珍しい。 するとエリーにあるものを渡された。 エプロン、というものらしい。 私には着方が分からなく狼狽えているとレティが着せてくれた。 料理の際に自分の服が汚れてしまわないために着るものらしい。 まるで鎧みたいだ。


「まずは野菜を洗いましょう」


 するとカゴに乗せられた野菜たちが姿を現す。 いつもは既に料理済みの切られた野菜を食べているため、元の姿の野菜を見るのは新鮮な気持ちだ。 露店街で並んでいる野菜と同じである。

 私はたどたどしい手つきで言われたとおり野菜を水で洗っていく。 隣りにいるエリーとレティは慣れた手つきでさっさと洗っていくため、不慣れな少々自分が恥ずかしい。


「二人はよく料理をするのか?」

「よくっていうほどじゃないけれど。 全くしないってことはないかしら」

「お菓子とかよく作りますよ」

「菓子を作れるのか? すごいな」

「簡単なものだけですけどね」


 そして野菜を洗い終わり、次は皮を剥いて切っていくらしい。 そこで使うものが包丁だ。


「あああ! 怖い!」

「慎重に、慎重にやってくださいね!」


 私以上に二人は心配し、形も出来るだけ凹凸のない野菜を渡してくれる。 戦闘でナイフを使ったこともあるし、いけるだろう、と思ったが案外難しい。 繊細な力加減が必要で、ついつい皮だけでなく実までも剥いてしまう。 しかし何回かやっていると慣れてきたような気がする、と思った瞬間に指を切ってしまう。 油断は大敵。 レティは治癒魔法を使わず、簡単に手当てをしてくれた。


「次に野菜を炒めていきますよ」


 するとエリーは大きめ鍋を取りだして、その中に切った野菜を入れていく。


「これを使って混ぜるのよ」

「これは何て言う名前だ?」

「木べら」


 初めてというのもあって炒め出しはレティとエリーが、そして途中から私に変わる。

 炒めるのに炎を使っているだけあって少し熱い。 私は焦げないように頑張って野菜を炒めていく。 この時点で野菜が焼ける良い匂いがする。 腹が鳴ってしまいそうだ。


「どれくらい炒めればいいんだ?」

「柔らかくなるまで!」

「……わからない」

「もうちょっとね」


 そして二人が良いと言うまで炒めると、次は鍋に水をたくさん入れた。 折角炒めたのに水を入れて良いのか不安になるが、これでいいらしい。


「これで煮込んでいくわよ」


 すると入れた水は炎によって温かくなりボコボコと水面が泡立ちだした。 初めて見るので感動していると「これは沸騰というのよ」とエリーが教えてくれた。

 そして一五分ほど煮込んでいく。 料理というものは時間がかかるものらしい。 いつもの自分がいかに楽しているかよく分かる。


「ダンってほんと感情が表情に出ないわよね、というか感情あるのかしら」

「そりゃあ、人間ですし感情くらいあるでしょう」

「最近ダンの感情の機微がわかってきた」

「え、嘘!?」

「ランシェさんただ者じゃないですね……」


 そうして一五分煮終えるとレティがとある物を取りだした。


「魔法のルウです」

「魔法?」

「あっ、そっちの魔法じゃないですよ。 魔法くらいにびっくり便利ってことです」


 茶色のルウと呼ばれる物を言われた通り鍋に入れると、鍋のルウは溶けだし水はどんどん茶色に変わっていく。


「これであとは煮込むだけ」


 中のものはルウによってどんどんトロトロになり匂いも全く変わる。 腹が今度こそ鳴ってしまう。 なるほど、確かに魔法のルウだ。


「これはなんていう料理なんだ?」

「カレーよ!」

「カレー」


 なるほど、初めて食べる。 色からして味の想像ができなくて楽しみだ。

 そして更に五分ほど煮込むとカレーの出来上がり。


「パンに浸して食べるのよ」


 さっそく出来上がったカレーを更に盛り付け一緒にパンを持ってラウンジに移動する。

 四人掛けの席に行き三人が席に着くとさっそくカレーを食べてみる。 スプーンでまず具はなしで食べてみる。 その味は少しピリッと辛く、その辛さがおいしくてクセになりそうな食べ物だ。 次に具を食べるがしっかりと中まで煮込まれている。 料理をしたことで食べ物に対する新たな見方が出来るようになったかもしれない。


「うーん、おいしい」

「最高ですね」

「美味い」


 パンでカレーを浸してパクリ。 うん、美味い。


「そういえば今更だけれど、これって女子会よね。 いいわーいつもむさ苦しい男だらけだから癒やされるわね」

「女子会?」

「女の子しかいない集まりのことですよ」


 そして簡単に一杯食べ終わりお替わりを持ってくる。 少し腹は膨れているけれど、まだまだ味わい足りない。 多めに作ってあってよかった。 しかもまだ残っているので再度お替わりは可能である。

 そして食事を続けているとダンが表れた。 私が食べているカレーをジッと見ている。


「食べるか?」


 私がスプーンにカレーを乗せ差し出すとダンは口にした。 やや嬉しそうだ。


「美味いか?」

「ああ」


 ダンが頷き、私も微笑む。 自分が料理したものを食べて貰えるということは思いのほか嬉しいことのようだ。 また時間があったら料理というものに挑戦してみてもいいかもしれない。


「怪我をしている」


 するとすかさずダンは指の傷に気づいた。 よく気づくものである。 ダンは眉間にシワを寄せているので私はすかさず「料理で負ったんだ、問題ない」と答えれば、「わかった」と頷いて去って行った。


「キイ―! 見せつけられたわよ」

「イチャイチャですねえ」


 レティーとエリーはいつの間にか二人で盛り上がり、いつもとは違う目で私のことを見て来たが、一体何が問題だったのかわからないので私は首を傾げる。


「はい、あざとさ一〇〇点」

「ランシェさんがやると可愛いですね」


 こうして日は暮れていくのであった。


  



 それはランシェに二度目の使いを頼んだ日の事。

 ランシェを見送り、自分は武器の手入れでもしようと思い自室へと向かおうとした時、エリーの声によって止められる。


「ああ、ダン。 ちょっと待って」

「なんだ」


 またどうせ依頼の手伝いだろう、と予想しながら返事を待つと「ここでは出来ない話だから」と応接室に案内される。 態々人を避けて話をすることなど珍しく一体何事だろうか。

 エリーは座り心地のいい椅子に座るとさっそく話を切り出した。


「話ってのはね、ランシェのことなの」

「ランシェ?」


 予想していなかった名前が出てきて心の中で驚く。 もしかして彼女が何かしでかしてしまっただろうか? 残念ながらそのことについては想像が出来る。 しかし彼女のことはエリーも随分知っている。 二人きりで話している所も見かけるし仲は悪くないのではないだろうか。


「彼女の体の汚染の浄化はかなり進んできているそうよ。 彼女の汚染は随分マシにはなったみたい。 これ以上の汚染は浄化できないくらいにね」

「そうか」


 それは良いことなのか悪いことなのか。 しかし以前よりは汚染はマシになったのだ、それは良きことである。 彼女の体が浄化しきれないことは知っていた。 ランシェの体は何せ黒く染まりすぎている。


「で、それでね。 ダン、アナタはこれからもランシェと共に時間を一緒にするつもりなの?」

「なんだ、いきなり」


 反射的に、そんな訳ないだろうと言ってしまいそうだった言葉を飲み込む。 俺はついつい否定しがちである。


「どうせダンのことだから、すぐお別れするだろうと思って言ってなかったことがあるのよ」

「なんだそれは」


 長く一緒にいることで不都合なことでもあるのだろうか? エリーの言葉を考えると良い話では無さそうだ、と心の準備をする。


「彼女って、もしかして短命じゃないかしら」

「短命?」

「ええ、レティーとも話していたのだけれど、魔物を食す文化を持っていて、人は最後凶暴化して死ぬ。 毎日魔物を食べていたら汚染がみるみるうちに広がって短命の種族ではないか、と予想できるわ」

「短命かどうかで一緒にいるかどうかを決めるってのか?」


 それは、間違っている。 おかしい。 しかし、そんなことはエリーもレティーも分かっているはずだ。


「おかしいわよね。 でも考えてみて。 一緒にいるのに、旅をしているのに、時を一緒に出来ないのよ。 そして最後彼女が凶暴化した時、ダン、あなたは殺せるの?」


 エリーは珍しく真っ直ぐ真剣な目をして言った。

 俺は「殺せる」と「そんなことがどうした」と即答したかった。 しかし、どうだろうか。 今や情が移ってしまっているランシェを俺は殺せるのだろうか。 彼女の死をなんてことないように生きていけるのだろうか。


「……なんてね。 今言ったことは嘘ではないけれど、浄化してるおかげで凶暴化する可能性は低いのよ。 あなたの覚悟を聞きたかったの。 ランシェとも話してみるといいわ」


 そう言ってエリーはさっさと部屋を出て行く。 しかし俺は椅子から動けないでいた。 ここで考え込まない方がおかしいだろう。 俺が誰かと旅をするのを嫌っているのは、辛い思いをしたくないからだ。 一緒に旅をするということは、生きることも死ぬことも分かち合わねばならない。 俺はそれが嫌だった。 もし旅の途中相手が死んだなら? 置いていくことになったなら? 一人になったなら。

 それは寂しくて悲しいだろう。

 だから俺は嫌なのだと、弱いヤツだと思われたとしても、そんな思いはしたくなかった。

 一人はいい。 なんでも自由だ。 相手のことを考える必要が無い。

 しかし、ランシェと出会い、どんなに嫌がっても離れない彼女と気がつけば一緒にいる。

 一緒に旅を出ようと言われたら頷くつもりはないが、それでも既に失うのは嫌な人物となっていた。

 確かに、ランシェが短命の者だとすれば合点することもある。

 彼女が年寄りの者を見て、見たことがないと言っていたのは唯単にそこまで歳を食う人が身近にいなかったから、と考えれば納得がいく。

 しかし浄化したことで凶暴化の可能性が低いなら寿命が延びる、ということだ。 このことはランシェにも教えておいた方がいいかもしれない。

 それに、俺もいい加減に決めねばならない。 ここまで同じ土地に滞在するのは初めてのことであった。 それもランシェのせいである。 始めは何も知らないで付いてこようとするランシェに色々を教えれば離れていくだろうと思ったのだ。 なので一人でも生きていけるよう様々なことを教えたつもりであったが、それも最近では教えることがなくなってきた。 もう一人でも十分生きていけるだろう。 しかしランシェは相変わらず俺といるし、俺も彼女といることに嫌な気分にはならなかったから。


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