第2話 帰る場所を探し旅をする者 6
私は丸い容器の蓋を取ると、白い煙が浮かび上がった。 そして増す匂い。
中に入っていたのは液体で赤色だった。 液体だけではなく具も入っているが何かは分からない。
男が食べている様子を真似て棒を持ち私は液体の中へ丸い部分を傾ける。
すると液体を持つことが出来る、ということである。 なるほど。
「熱いから気をつけろよ」
そう言われ、息を吹いて冷ました後、口の中に液体を入れる。
温かい、そして色々な味がする。
酸っぱさがあるが、決して魔物を食べたときと同じ味ではない。 初めて食べる味で、嫌いではない。 魔物よりもおいしいと感じる。
私は中の具も掬って口の中に入れる。 ホクホクしてて噛めば簡単に割れる。 甘い味だ。
「なんだ、これ」
食べるものは魔物。
味は苦いか酸っぱいか。
それがすべてである、と思っていた私にとってこの味は驚きである。 噛み終え飲み込んでしまうとすぐに次を食べたくなる味だ。
魔物は鮮度が命であったし、焼いてしまうとひどく固くなり食べるのが大変になるから、火を通すことはあまりない。 なので温かい食べ物というのは新鮮である。
液体を飲むと腹も温かくなり、満足感がある。
目の前で静かに食べる男を見ると更に飾られた丸いものを持って液体に浸して食べていた。
私も真似るべく皿から丸いものをとり、一口サイズにちぎってみる。
触ると固いものであるが、中はあんがい柔らかく不思議な食べ物だ。
「これはなんて食べ物だ?」
「パン」
私が丸くて固い食べ物を指さして言うと大地の男は短く答えた。
そしてパンをちぎったものを液体に浸して、口の中へと入れる。
すると、パンから口の中でジュワリと液体がもれ、おいしい。
このパン自体はどんな味なのだろうか? と液体に浸さず食べてみると素朴な味でどこか甘い。 液体に浸さずともこれだけでも全然食べられる。
もしかして、私はすごい経験をしているのではないか、と私は左手で頬を触った。
男が気を遣ってすごい食べ物を持ってきてくれたのかもしれない、とも思ったがこの男がそこまで私に気を遣うだろうか?
しかし、男に馳走になっている身なので感謝はするべきだ。
そうして私は食べ物を食べ進め、とうとう食べ終わってしまう。
パンで器に残りがないように拭き取り、口の中へ。 それで終わりだ。
男は私より早々に食べ終えると剣の手入れをしていた。
「明日はどうするんだ?」
私は男へと話しかけた。
一緒に行動するのなら、仲を深めた方がいいと思ったからだ。
「お前を置いて国を出る」
面白くない返答をした男に私は不満げな表情をした。
しかし、ここで挫けてはダメだ。
それにもっと仲を深めれば、一緒に行動するのも了承してくれるかもしれない。
私は諦めず次の質問をする。
「国を出て何がしたいんだ?」
「言っただろ。 旅の続きだ」
「旅とは?」
「様々な場所を転々と見る。 色々な場所へ行く」
「へえ、理由はあるのか?」
すると男は動かしていた手を止めた。
男はこちらを見ることなく、少しの沈黙の後に答えを返した。
「……帰る場所を探している」
「帰る場所? 故郷のことか?」
「故郷ではない。 自分が毎日帰ってきたいと思う、そんな場所を探しているんだ」
帰ってきたい場所。
それはいい、と私は思った。
毎日帰りたいと思う場所を求め色々な場所を見て回る。
それはとても楽しそうなことだと、私は思った。
「いいな、それ」
私はガタリと立ち上がり、男に大きめな声で言った。
すると男は私を見上げる。 私は口角を上げてまた言い放つ。
「その旅、私も出るぞ。 何、私も故郷を無くした身、打って付けだろう」
どうせ男は否定するだろう。 しかし男の意見を聞き入れるつもりはない。
これから、私はどうするべきか何も決まっていなかったし、言うのであれば男についていくということしかなかった。
しかし目標を据えて行動するのは、良きことだと思った。
「毎日帰りたいと思う場所、そんな場所を私も見つけたい」
男は何も言わず不満そうであったが、そんなことはどうでもいい。
私は自分の鞄からプルーヴを取りだして、机の上に置いて開いた。
プルーヴとは自分の残すもの。 自分の軌跡だ。
目標を掲げたのであれば記さねばならない。
私はさっそく親指を噛みきり、記していく。
記すのは森が燃えてから初めてのことで、記さねばいけないことは沢山あった。 何ページも使うことになるだろう。
「……日記か?」
男はまだ手を止めたまま私の事を見ていた。
プルーフがないのなら、プルーヴもこちらにはないのかもしれない、と想像でき私は答える。
「プルーヴだ。 人はいつか死ぬだろう? これを自分が存在した証とするんだ。 残ったものはこれを読むことで死んだ者の送った人生を知ることが出来る」
「へえ、墓みたいなものか」
「墓? ちなみにプルーヴはその者が死ぬまで他者が見ることは出来ない。 覗いて読もうとしてはダメだぞ」
「そんなこと言われても読めねえよ。 墓ってのは死んだ者を収めて弔う物のことだ。 こっちじゃ読むものではないがな」
「なるほど」
その後は二人とも会話すること沈黙が続いたが私は気にすることはなかった。 なにせプルーヴを書くことに集中していたためである。 こんなに一気に何ページも書くことは初めてであった。 プルーヴを書く頻度や内容は自由とされているため、私はあまり記すことが無かった。 書いたとしても三行くらいで終わる。 こんなことは初めてだったのだ。
長く書くとなるとたくさんの血が必要になり、私は何度も親指を噛む羽目になった。
「……それ血で書く必要があるのか?」
私が再び親指を噛むために口のなかに入れると男が言った。
「それではどうやって書くというのだ?」
私がそう言うと男は荷物をガサゴソと大ざっばに漁り一本の細い棒を取りだし、私に渡した。
その細い棒は先が尖っており、中には黒い棒が入っているみたいだ。
「書いてみろ」
私は言われた通りプルーヴの空いた部分に適当に書いてみせるとその後に黒い線が残った。
「おお」
確かに便利なものである、と私は思ったがプルーヴに書くときには使うことが出来ないので大地の男に返す。
「不満だったか」
「いや、プルーヴは血で書かねばならない意味もあるんだ。 すまないな」
自分の生きた軌跡を残す。 それは自分たちの誇りである赤、プルーフと同じ色の血で書くことで意味があるのだった。 しかし、男から借りたあれも便利なことに間違いは無くプルーヴ以外で、何か記すことがあったなら、借りようと思ったのだった。
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