第2話 帰る場所を探し旅をする者 5
俺は静かに音が出ないよう荷物を背負い扉を閉めて、階段を降りた。
「あら、降りてきたの? ランシェの様子はどう?」
浄化をしたレティから話を聞いたのだろう。 エリーは俺を見つけると尋ねてきた。
「寝てるよ。 俺は出て行く、世話になったな」
「え、ランシェを置いていくの?」
「目覚めたらレティを呼んでやってくれ。 その後はアイツは追い出しても構わない」
「構わないって……」
エリーは困ったように眉を下げて答える。
分かっている、面倒は最後まで見るべきであると。
しかし今が別れるチャンスである。 このチャンスを失ってはアイツは必ずついてこようとするだろう。
今が、別れ時である。
言葉を続けたそうなエリーに金貨をいくつか握らせて冒険者ギルドを後にした。
曇天の空に雨が降るなか、これ以上ひどくなるようであればマントを羽織ろうと考えていた時。 鋭い殺気を感じ俺は振り返る。
すると一人の男が両手を剣を握り刃先を俺へと向けながら、こちらに走ってきていた。 そんな分かりやすい殺気、旅する冒険者であれば避けることは容易い。
そう、思い相手をする心の準備をした、瞬間のことである。
男が、綺麗に吹っ飛んでいった。
眠っているはずのランシェの跳び蹴りによってである。
それは、あまりにも立派な跳び蹴りで、ランシェの足は見事男の頭を狙い蹴り飛ばしたのである。
あんなに華麗にジャンプして蹴りをかます人物を俺は初めて見た。
「何やっている、逃げるぞ!」
ランシェは当たり前のように、そう言うと俺の手を掴み走る。
その足の速度はフォル族にとって決して速いものではなかった。
けれど、越そうとは思わなかった。
その速度で男から逃げるには十分であったし、ランシェに引っ張られてながら、俺は笑っていたからだ。
あの綺麗な跳び蹴り、見事飛ぶ男の様があまりにも、脳内に焼き付いて。
見かけで判断するのは良くないとは思っているが、こんなに小さくて一見儚そうな少女が、あんな跳び蹴りを繰り出すなんて。
魔物を倒すとき、槍を扱っていたから、戦う者だとはわかっていたが。
逃げるのに真剣に走るランシェの隣で俺は小さく声を漏らしながら笑っていた。
「あ、おかえりなさーい」
男を襲ったヤツを撒いて、私と男は元いた場所へと戻ってきた。
するとエリーが出迎えてくれ、男の顔を見るとおかしそうに笑う。
「ダン、アナタまた戻ってきたの?」
「うるさい」
大地の男は気恥ずかしそうにエリーから目を外す。
この男は私が寝ているのを良いことに、私から離れるつもりだったのだ。
いつも何か起きる時に限って目を覚ます私は、この時も運良く目を覚まし、エリーから旅立ったと聞いて急いで追いかけることが出来た。
男に襲われそうになっていたので蹴り飛ばし、大地の男の手を掴み撒いてしまったが大地の男は文句を言うこともなく、そのまま手を離さずこの場所へと戻ってきたのだ。
「ランシェさん、ダンさん、お帰りなさい」
そして黄昏の女も出迎えてくれると、私の方をジッと見て言葉を続けた。
「ランシェさん、体調の方はどうですか?」
「まだ、よくはない。 腹の辺りが気持ち悪い」
相変わらず、体の奥から何かが迫ってきている感じはある。
きっとこれが、悪いものなのだろう。
「それでは、部屋で休みましょう。 部屋に案内します」
そして、案内された部屋に入ろうとすると男は立ち止まる。
「なぜ入らないんだ?」
「お前は女で俺は男。 同じ部屋で寝る訳にはいかねえだろ」
なるほど。 そういうのは律儀に守る男らしい。
しかし、と私は男をジッと見つめる。
「また私を置いていく気か?」
それは許さない。 また置いていこうとするならば、いくら体調が悪くても寝ていることは出来ない。 そういう意味でジッと男を見つめたままでいると、男は首を横に振った。
「いいや、どうせ、また追いかけてくるからな。 俺は少し買い物にでも出るとするよ」
すると男は右手の親指についている指輪を外すと私に手渡してきた。
「と、言ってもお前はどうせ信じないだろう。 これは俺の人質として持っとけ」
「いいのか?」
指輪には丸く青みがかった葉の色をした石がついている。
「無くしてしまいそうだ」
私は自分の指にはめてみると思った通り、私の指には大きすぎる指輪だ。
私はジッと再び指輪の石を見つめた。
こんな色をした石を見たのは初めてで、新鮮な気持ちだった。 これを綺麗と言うのだろう。
故郷でも人によっては首飾りなどをして自分を飾っている者もいたが、私はしていなかった。
なのでこうしたものを手にすることは初めてだった。
「それなら紐で括ってネックレスにしてはどうです? しばしお待ち下さい」
会話を聞いていた黄昏の女はそう言うと姿を消し、次には手に大地の色をした紐を手に持って現れた。
「どうぞ」
「ありがとう」
私は素直に受け取り、指輪を紐に通し先を縛る。 ネックレスという言葉は知らないが、首飾りという意味であっているだろうと考え、私はそれを頭に通した。
「変、じゃないか」
初めてつけるものに自信がないまま私は言うと黄昏の女は微笑んで言った。
「似合っていますよ」
そして次に男も言う。
「おかしくはねえだろ」
「そうか」
それは、よかったと私は満足して自分の胸を飾る指輪を見た。 少し嬉しい。 自分を飾るということは今まで興味なかったけれど、つまらないことではなかった。
「それとランシェさん」
「何だ?」
「遅くなりましたが、私はレティと言います。 よろしくお願いします」
すると黄昏の女、レティは右手をそっと差し出した。
「こちらこそ、よろしく」
そして私も差し出された手を握ったのだった。
そして解散となり部屋には一人になった。
といってもやることと言えば体調がまだ悪いので寝ることくらいである。
しかし、と窓の外を見ると、もうすっかり夜で今寝てしまえば何時に起きるかわからない。 もしかしたら次に目を覚ますのは朝かも知れない。
まあ、それもいいだろう。 なにせ今日は巡るましい一日だった。
布がかけられた台があり、おそらくあれが寝台なのだろうと思い上がってみる。
フカフカと弾力があり気持ちいい。 魔物に襲われる危険があるため木の上に家を作り寝る文化であった私にとっては変な感じだ。
こんなに柔らかい感触でうまく寝られるだろうか?
私はそう考えながらも目を閉じる。 そして疲れていたのもあり順調に夢の中へと船は漕ぎ出した。
コンコン
物音がしてパチリと目を覚ます。
一体何だろうか、敵襲か? と体を起こすが、ここはもう森ではない。
それはこの柔らかい感触の寝台が教えてくれる。
そして扉の方からの音である、と目を向けると、またコンコンと音が鳴った。
私は寝台を降り扉を開けると大地の男が立っていた。
嘘だとは思っていなかったが、しっかり戻ってきたらしい。
「腹減ってないか?」
男は紙袋を抱えていた。 買い物に行くと言っていたので、それが買ってきたものなのだろう。 私は腹を擦りながら答える。 体の調子はもう大分良くなっていた。
「減った」
すると男は紙袋から丸い容器を私に差し出した。 受け取ると、その容器は暖かい。
「私に一人で飯を食べろと言うのか」
それは、一緒に飯を食べようという誘いである。
男は一瞬考える素振りを見えたが、頷き部屋の中に入ってきたのだった。
私と男は部屋にある椅子に座り、私は丸い容器を、男は紙袋から荷物を取りだして机の上に置いた。
そこから匂ってくるのは嗅いだことのない香りで、興味深い。 初めて嗅ぐ香りではあるが臭くは感じない。
「お前の故郷では食糧は魔物だったんだっけか」
「ああ、それ以外に食べるものがなかったからな」
机の上に並べられた食べ物を眺めて私は答える。 魔物以外を食べるのは初めてで、一体どんな味がするか、怖くもある。
「少なくとも俺と行動している間、魔物は食べるな。 浄化もしてもらう。 俺はまだ死にたくないからな」
そう言って男は先が丸くなった棒を私に差し出す。
一体何に使うのか分からないまま私は受け取り、男の言葉に頷いた。
魔物以外に食べるものがあれば無理して食べる必要はないからだ。
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