第3話 独りではない者 2


「お前違う。 ランシェだ」

「そんなものどっちでも変わらないだろ」

「違う。 私はランシェだ」

「ああー……わかったよ、ランシェ。 俺が言いたいのはだな、別に同じものを探す必要はないだろうと……」

「? 私はダンと旅に出ると言ったが一緒のものを探すとは言っていないぞ」

「はあ? だってあの時……」

「私は、帰る場所を探すダンと一緒に旅に出たいと言ったんだ。 一体何を見て帰る場所を探すのか、見つけることは出来るのか、気になるんだ」


 ダンは何やら勘違いをしているらしい、私が帰る場所を探すのではない。

 ダンが帰る場所を見つける様子を見ていたいのだ。


「それに私には帰る場所はもうあるからな」


 もうそこに誰もいないとしても。

 すべてが燃えてしまったとしても。

 その場所が存在している限り、私はそこを故郷と呼ぶ。

 私がいつか帰る場所と呼ぶ。


「故郷は燃えたと言ってなかったか?」

「だからって帰ることができないわけじゃないさ」


 そんなことを言っていたら私は故郷のことを思い出した。

 あの森を、仲間を、燃える様子を。

 なぜ私が生き残ってしまったのか。

 生き残るののが私ではなかったら、その者は一体何をするだろう?

 少なくとも私より有意義な人生を送るだろう。

 生きるか死ぬかなんてどっちでもいい、そんなことを思っていた私が生き残ってしまったのだから。

 死んだ者たちは生き残ったのが私で残念がるだろうな、と思う。


「あ、そうだ」


 男はあることを思いついたように言う。


「墓でも見るか。 ランシェの故郷じゃ墓は本なんだろう」


 そう言ってダンは歩き出した。 私も興味があったので頷いて後ろについて行った。


「うまい」


 墓場へと行く途中、脇にある露店にある食べ物屋でいくつか並ぶ物を買ってもらった。 道の景色を見ながら食べ物を食べるという行為は中々に楽しい。

 黄金色に上げられサクサクとした食感の食べ物は中にチーズが入っている。

 口にするとチーズが伸びておもしろい。


「お前よく食べるよなあ……」

「うまいからな」


 この世界の者たちに魔物を食わせてみたい。 食べることは禁じられているが、その不味さを味わってみて欲しいのだ。

 そして暫く歩くと人は少なくなり静かな場所へと出た。

 高いところにあり景色を一望できるようだ。 そしてその場所には様々な色と形をした置物がいくつも並んでいる。


「ここが墓場だ」

「置物の下に皆埋められているのか?」

「そうだ、墓石には名前と生きた年月が書かれている」

「へえ」


 私は一番近くにある墓石をそっと触った。 冷たくて固い。 これも地面の下で誰かが眠っているのだ。


「私は、プルーフ族は皆最後暴走するからな、仲間の手によって殺され燃やされ、灰は森に撒かれ土となる」


 私たちにとって火は神聖なものだ。 なので死んだ後、体は炎によって焼き尽くされる。

 墓石の下に埋めるようなものは何も残らない。

 それに私たちはプルーヴがある。 プルーヴが自分の生きた人生を証明し残す。


「だが、墓石になって残るというのもおもしろそうだな」


 私の知っている文化と違うものに触れるのは不思議な気分だ。

 それだけしか知らなかったことが新たなことを知ることにより自分の世界が広がるように感じる。 それがどこか寂しい。

 ここは景色がいい。

 土の下で眠るのはどんな気分だろうか? けれどいつまでも自分の生きた土地の下で眠ることが出来るのは良いことだと思う。


「そうだ、ダン。 もし私が死んだら私のプルーヴを引き取ってくれよ」

「はあ? やだよ」

「そうは言わずに。 何せ私の知る者は皆死んでしまった。 唯一生きてる者といえばダンくらいだ。 プルーヴは人に読まれてこそ意味がある」

「血で書かれた日記なぞ呪いみたいだ」


 私はダンの言葉にクククと笑った。呪いだなんて、故郷の者は誰一人言わなかった。 それにもし言ったらとても怒られるだろう。 けれど確かに、呪いみたいなものかもしれない。

 死んだ者の人生を生きている者が読んで記憶する。 思い出す。 それは忘れることの出来ない呪いだ。


「私たちプルーフにとって赤は大切なんだ。 血で書くことによって自分の存在を示している」

「露出が高い格好をしているのもそういう意味か?」

「ああ、そうだ。 プルーフを隠すことはいけないことだ」


 私とダンは下に広がる景色を眺めていた。

 さっきまでいた場所が小さく見えて、何だか変な感じだ。

 私は今、森ではない、故郷ではない場所にいる。

 遠くに来たものだ、と思った。

 故郷が少し恋しい。 下は土、横には木が生えているだけの故郷。

 今や燃えてしまって木など生えていないだろう。 残ったのは地面だけだ。


「もう夕方だ。 夜飯を買って帰ろう」


 けれどダンは帰ろう、と言う。 そこは故郷でも家でもない。 毎日帰る場所でもない。 休むためだけの、でも私とダンにとって大切な帰る場所であった。

 




 そして宿泊している冒険者ギルドに帰ってくるといつもよりバタバタと慌ただしい。


「何かあったのか?」


 怪我をしている者が何人かいるようでその手当てをしているみたいだ。 「痛い」と大きな声で叫んでいる者もいる。


「あ、お帰りなさい。 外で大きな魔物を相手してきたみたいでね、でも大したことない傷だから大丈夫よ。 魔物も倒したしね」


 ダンが声を描けると振り向いたエリーは得意げに片目を閉じて言った。 エリーの言葉の通りに、というか心配したとしても何も出来ないので、私たちは「ふうん」と興味なさげに返事して、騒いでる者たちから離れた席に座り、買ってきた食べ物を広げた。

 昨日は赤いスープであったが今日は白いスープだ。 零さないように気をつけながら袋から取りだしダンと私の元にそれぞれ置く。

 パンは丸いものではなく細長い、そして間に細長い棒が挟んであるものだ。 スープは私が選んだがパンはダンによるものだ。


 食べ物を広げ終わると私は早速スプーンを手にとって白いスープを掬い口の中に入れる。

 昨日は酸っぱい味がしたが今日は違う味だ。

 甘くて濃厚。 具だって昨日とは違うものが入っている。

 温かい食べ物は良い。 自分の体までも暖めてくれる。 心さえも温かくなる気がするのだ。

 具の入った細長いパンを手に取る。 結構な大きさで口に入るだろうか、と不安になって前に座るダンを見ると彼は口を大きく開けて齧りついていた。 男である彼でさえああ、なのに私は……いや、挑戦もしないで諦めるのはいけない。


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