第4話 痛みを知っている者 4


 さっきまでは平気だったはずなのに、ダンの顔を見て一気に解けてしまった。

 あの言葉は自分が思ってた以上に心に突き刺さっていたらしい。

 事情の知らないダンが聞いても意味が分からないと言うのに。


「……別に、気持ち悪くないだろ」


 ダンは言いにくそうに、けれど珍しくしっかりと言葉にしてくれた。

 ダンならそう答えてくれるだろう、とわかっていた。 分かっていたのに聞いてしまった。

 私は手で涙を拭い、笑顔を作った。


「そうだよな、ありがとう」


 ダンは照れくさそうに頭を搔いている、そんな彼が好ましかった。 そして彼はそれ以上は聞いてこなかった。普通理由が気になるはずなのに聞かないのがダンであった。


「飯を買いに行こう、腹が減っているからそんな思考になる」

「……ああ」


 こうして私たちはいつものように晩飯を買いに街へと外へと出た。


「それと、その傷はどうした」


 私は存在を忘れかけていた手の包帯の存在をダンは指摘した。

 私は『痛み』の件を除いてダンへと話す。 私が痛覚がないことは話す気にはなれなかった。 いつかはバレる日が来るだろうが、それまでは言わないでおこうと思う。 ダンはそんなことを言わないと思っていても、もしかしたら気持ち悪いと思ってしまわれるのはないかと怖い。それを理由に旅を同行するのを更に嫌がられるのも嫌だった。




 夕日の髪に炎の瞳の少年とは、どうやらあれが最後ではなかったらしい。

 少年は私が寝泊まりしている冒険者ギルドを訪れたのだ。

 一体何をしに来たのかというと依頼をしに来たらしい。 対応はエリーがしている。


「依頼をしに来た。 ボクに勉強と剣を教えて欲しい」


 少年は頼み事にも関わらずツンケンした態度で言う。 エリーはそのことを気にした感じはなくいつも通りに答える。


「勉強は学校で教えてもらっているのではないかしら。 冒険者ギルドは確かに、どんな依頼も受けるけれど勉学がある者は少ないわよ」

「ボクは見た目は小さいがこう見えて十七だ。 ボクはスラム街出身だから学校などには行っていない。 けれど一ヶ月後にある騎士の見習いになるための試験に受かりたい」


 私は少年が十七と聞いて驚いたが、聞き耳を立てていた周りは「騎士だってよ」「かっこいいねえ」とザワザワとささやき合っている。


「騎士ってなんだ?」


 聞き慣れない言葉に、前に座るダンに質問をする。


「騎士ってのは国抱えの兵だ。 お前も俺と最初合ったとき絡まれてただろ」


 そう言われて私は過去の記憶を思い出す。 もう随分も昔のように感じる記憶だった。


「あの体が硬いもので覆われた?」

「ああ、それは鎧で体を守ってんだ」


 すると隣の席に座っていた者がいきなり私の肩を組んできた。 彼女の体に振りかけられている花のような香りが鼻をくすぐる。

 今まで話したことのない女性だが、この冒険者ギルドの者で顔は知っている。


「スラム街出身で騎士の見習い! いいねーかっこいいねー!」


 女性は興奮したように言う。 私は興奮する所が理解出来ず素直に疑問を問いかけてみる。


「それは、そんなにすごいことなのか?」

「そりゃそうさ! だってスラムで生まれたんだよ? スラムで生まれたってだけでそれなりに苦労してきただろう。 それに騎士ってのは国に忠誠を誓う私たちとは正反対の生き物だ。 なるのも難しいしね」

「ふうん」

「スラムで生まれたなら普通は国に尽くそうなんて考えないだろうな」


 ダンも珍しく意見を述べた。

 そうか、そんなにすごいことなのか、と私は納得して少年とエリーの様子を傍観する。


「ただし、金は出世払いな」

「え」


 少年が言うとエリーは珍しく驚いたように声を漏らした。 周りはまたザワリと賑やかにざわめきあっている。


「出世払いとは?」

「将来出世したら払うってことさ。 つまり無事騎士になれたらだね、あの男やるねえ」


 女性は大きな声で「アハハ」と楽しそうに笑っている。

 金の支払いを延期させる、ということか。 それはエリーもいい顔をしないだろう。 エリーも色々な者と対応しなければいけないので大変である。 まず私には出来ない事だ、とエリーを尊敬する。


「お金が支払えないなら依頼を受けることは出来ません」

「だから、出世したら支払うと言ってるだろ。 必ずだ」

「できません」


 話はなんだか怪しい方向へと行っている。 ケンカでもしないかと心配だ。 よく考えればアイツは私にナイフを向けてきた危険人物である。


「受けてやれよ、エリー」

「夢があっていいじゃねえか」


 周りは反対するエリーにヤジを飛ばすが、彼女は完璧なまでに無視をしている。 彼女も慣れているのだろう。


「と、いうかアンタがギルドマスターなのか?」

「いえ、私はサブギルドマスターです。 ギルドマスターはいつも人前には立たないお方で……」

「なら、ギルドマスターに依頼をどうするか聞いてくれ。 アンタだけじゃ不満だ」

「そうだそうだー」

「聞いてやれよサブマスタ―!」


 するとエリーは観念が切れたのが振り向いて「うるさい!」と怒った。 けれどヤジを言った人たちはエリーの言葉に笑っている。


「ハア……仕方ないですね」


 そしてエリーはどこか疲れたようにギルドハウスの奥へと入っていった。

 ギルドマスターには私も会ったことがないが、このハウスにいるらしい。 しかし部屋もどこにあるのか知っている者も少なく、まずギルドマスターは部屋から出てこない。噂では、恥ずかしがり屋だからそうだ。

 しばらくするとエリーは戻ってきた。 大きなため息を吐いてガックリと肩を落としながら。

 そして彼女はこう言った。


「その依頼、受けます」


 すると嬉しそうに少年は小さくガッツポーズをした。 周りもワイワイと盛り上がる。


「さすがギルドマスター!」

「こんなロマンある仕事見捨てたりしたら勿体ない」


 ある者は手を叩き、ある者は指笛を鳴らす。 大変騒がしいが今の私は既にこの空気に慣れていた。 この場の空気は日常茶飯事なのだ。


「いやあ、やったねえ。 おもしろくなりそうだ」


 私と肩を組んでいた女性はそう言って手に持った酒をゴクゴクと音を鳴らして美味しそうに飲む。


「あなた、名前は?」

「ボクはアロン・アチソン。 世話になる」

「じゃあ、アロン、こっちに来て。 書類に名前を書いてもらわないといけないの」


 そしてエリーは少年アロンを連れて応接室へと入っていった。

 アロン・アチソン。 名字を持つ名前を聞くのは久しぶりであった。 炎の瞳を持つ少年。 彼のこれからが気になるかと問われたら否定できないのが私の気持ちであった。


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