第4話 痛みを知っている者 5




「どうしてギルドマスターは許可したんだ?」


 エリーが一人、机で作業しているのを見かけて私は話しかけた。


「ドラマチックは最高」

「……?」

「ギルドマスターがそう言って許可したのよ」


 私がよく理解出来ないまま「なるほど」と頷くとエリーは疲れたようにため息をついた。


「休憩したほうがいい」


 いつも彼女は何かしら忙しそうにしているので、疲れが貯まっているのだろう。 彼女の仕事を変わってあげらればいいが、そうはいかない。


「そういえば、ランシェ。 アロンとは会話をした? ここにいて、冒険者じゃない人と関われることなんて少ないんだから仲良くなっておいたら?」


 彼女は笑顔を作り、話題を変えた。 休憩したいなんてこと、何より本人が一番思っていることだろう。 過ぎた言葉かもしれなかった。


「実はアロンとは以前から知り合いなんだ」


 この冒険者ギルドに私がいることをアロンはまだ気づいていなかった。 私も話しかけるべきなのか悩んでいる。 それにアロンは大体どの時間も勉強に真面目になっていて話しかけにくいこともある。


「え? そうなの?」

「ああ、ちょっと色々あってな」

「へえ、色々ねえ……」


 エリーは何か言いたげにニヤニヤと笑みを作るので、一体なぜかと疑問を口にしようとした時。


「何やってる、行くぞ」


 と後ろからダンに呼ばれ、エリーに軽く手を振ってダンの元へと駆け寄った。 いつもは晩飯は街の露店で買ったものを持ち帰り食べていたが、今日は久々に街で食べようとダンが言ったのだ。


「何を食べる?」


 私はさっそく今日の晩飯について質問した。 ここに来てから随分食べ物の名前を覚え舌も肥えた自信がある。 きっと以前みたいな魔物を食べる生活には戻れないだろう。


「行く飯屋は決めてある。 その中で決めろ」


 今回もダンは行き先を既に決めてあるらしい。 この前も店で食べたときも既にダンが店を決めていた。 そこに文句がある訳ではないが、一体いつそんなに店を見つけているのか疑問になる。 店で食べる飯屋は露店と違い扉の先にあるから外からでは分からないこともある。 確かに外に漂ってくる匂いで分かることもあるが、中身が見えない店に入ることなど緊張するものだ。 ダンは私の知らない所で外の店で飯を食べていたりするのだろうか?

 そして案内された飯屋に入ると、席に案内されるのを待っていた者が私の体を見てコソコソと隣りの者に話しているのが見えた。 私のプルーフのことについて言っているのだろうが、これも慣れたものだ。 しかし良い気分になるものではない。 私にとってこれは誇りなのだから。

 そのことにダンが気づくと彼はその者たちを睨み上げ私の手を掴んで店を出てしまう。


「私は気にしていない」


 ダンは苛ついた様子でスタスタと早足で歩く。 足の長さが違う彼と私では付いていくのが大変だ。

 するとダンはピタリと足を止めこちらを振り返った。 私の顔を真っ直ぐ見つめるものだから、少し怖い。


「すまない、気分を悪くさせた」

「謝らないでくれ、ダンが言うことではない」


 冒険者地区にいても、たまに一般人がいることもあり、そうすれば飯屋にも現れる。 一般人はつい私の体の物珍しさに見てしまうのだ。 しかし、一般人のみが私のプルーフを見るわけではない。 多くはないが冒険者だって言うこともあるのだ。 だから私は気にしていない。「これは誰がなんと言おうとも私の誇りだからな」

 冒険者だって体中に目立つようにタトゥーを入れている者は少ない。 少なければ珍しさで気になってしまうことは仕方ないのだ。

 それにダンが自分のことのように嫌がってくれた。 それだけで十分であった。

 ダンは納得いかないように眉間にシワを寄せている。 彼こそ、こういうのは慣れていそうなのに。


「それより、晩飯を決めよう。 腹が減った」


 私は腹を擦った。 今日は外に食べに行くと言っていたので楽しみにしていたのだ。 胃袋だって気合いを入れている。


「ああ、そうだな」


 そう言ってダンはようやく私の手を離し、先ほどより速度を緩めて歩き出した。

 次に選んだ店は居酒屋だった。

 中では舞台の上で女性が綺麗な声で歌っている。 どうやったらそんな高音が出せるのか不思議なくらいの声の高さだ。

 女性の歌を聴きながら食べるのもあって比較的静かな飯屋であった。

 私はまだ字を読むことが出来ないのでダンにメニューを読んでもらいながら頼むものを決める。

 しかし名前を聞いたところで知っているものが少なかったのでダンに適当にお願いして、食べ物が届くのを女性の歌を聴きながら待つ。

 女性の後ろには楽器を弾く者が三人いてそれぞれ形の違うものを使っている。 私の故郷では鼻歌くらいならあったがしっかりとした音楽は存在していなかったので新鮮なものだ。


「ダンは何か弾けるのか?」

「無理だな、歌も歌わない」


 静かなダンが楽器を弾いたり歌を歌うところを想像するとダンらしくなくておもしろい。 意外にも情熱的に歌うかもしれないだろう? 想像するのは自由だ。


「そういえば話したいことがあるんだ」


 このことは伝える必要がないと思っていたがアロンが冒険者ギルドに来たのでは、今後関わるかもしれないし言っといた方が良いと判断した。


「この前来たアロンという、男がいるだろう」


 少年、と言いかけて私は男と言い直した。 見た目は少年でも実際は十七の大人だ。


「ああ」

「実は以前からの知り合いでな」

「知り合い? お前がか?」


 ダンが驚くのも無理はない。 私は社交的な性格でもないし友人を増やそうなどとも思ったことはない。 けれど、出会ってしまったものは仕方ないのである。


「ダンに使いを頼まれた時、彼に出会ったんだ」


 盗みをしていた、という部分は隠しておこうと思った。 わざわざ言う必要もない。


「ランシェ、お前あの時怪我してたよな? 怪我にソイツは関わっているのか」


 ダンは怪しむ表情で鋭い質問を問うてきた。 私は嘘が苦手だ。 思っていることを発言することすら下手なのに更に嘘をつくなどという高度なことは出来ない。 しかし、ここで黙っていては答えていると同じようなものである。 ダンの瞳を見ると、彼の目はジッと私のことを見ている。 嘘をつこうが一瞬でバレてしまいそうな瞳だ。 あまりにも言葉にしずらいので私は小さく頷いた。


「ソイツがお前の手に傷を負わせた、とかか?」

「いや、私が彼の持っていたナイフを握ってしまったんだ」


 あまりにも厳しい目つきでダンは言うものだから、本当のことが言いにくい。 しかし言ったことも間違ってはいない。 握らなければ腹に刺さっていたかもしれない、というだけだ。


「はあ? なんでお前がナイフを握る必要がある」


 すかさず質問をしてくるダンに私は、早く注文したものが来ないかと祈った。 しかしそんな都合良く来るものではないことは分かっている。


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