ランシェ・プルーフ・プルーヴ

ありかげ

第1話 生きる力が一番強かった者

第1話 生きる力が一番強かった者


 もしもこれが世界の終わりなら。

 なんて私たちらしい最後だろうと思った。


 赤く、ゴウゴウと。

 私よりも、木よりも大きく。

 まるで私たちのプルーフの様に炎は激しく燃えていた。

 私たちの住む森が燃えている。

 それは前触れもなく、出所も分からず、一気に燃え広がった。

 この森は一見、雑木林がずっと続いているように見えるが、そうではないのである。

 この森の空間は限りがあり、見ることの出来ない透明な壁で先へと進むことが出来ないようになっている。

 私たちはその壁を、見えない壁と呼び、度々出る行方不明者を、壁の先に行った者と呼んだ。

 私の住む場所がこんなにも燃えている。

 きっと見えない壁は存在し続けているだろう。

 逃げる先もない。

 しかし私は怖くなかった。

 だって炎は私たちの体にもある。

 炎は誇りなのだ。

 炎に抱かれて皆死ぬというのなら、それは、とても、らしい最後だと思う。

 そんなことを考えながら私は住処が燃え、逃げ先を求め押し寄せてくる大量の魔物たちの相手をしていた。

 私の部族での担当は狩り。 一番槍だ。

 槍の扱いが上手いからと名前にもしていただいた。

 だから、目の前に魔物がいるならば、仲間に危険をもたらすのなら、私は狩るのである。

 私は一体の魔物にとどめを刺し、襲われていた仲間の手を掴み起き上がらせる。

 彼女は頬で涙が濡れ、すべてを諦めたかのように目に光が灯っていなかった。


「……ありがとう、ランシェ」


 それでも彼女は私に感謝を述べた。

 しかし私はその感謝をどう受け取ればいいか分からず、何も反応を示すことが出来なかった。

 どういたしまして。

 それ応えるには、どうもしっくりこない。


「どうせ死ぬのなら、魔物より燃える方がいい、でしょ」


 少し考えて出た言葉を口にした後、私は顔の汗を腕で拭う。 炎の熱で汗どころかとっくに肌は焼けていた。


「それは、そうかもね」


 彼女は小さく微笑んだ。 無理に作った笑みだった。


「でも私は」


 呟くように言葉は続く。


「どうせなら、生きたいかな」


 まるで、それは叶わない願いのように彼女は言った。


「私はどちらでもいいかな」


 どうせ生きたとして、魔物を狩るだけである。

 決してそれが退屈な訳ではないし、自分なりに誇りを持って魔物狩りを担当している。

 けれど、そのために態々生きようとまでは思わないのだ。

 さて次の魔物を退治しよう。

 魔物はこちらに押し寄せてくる一方で、魔物狩りを担当している者は部族の中で一部なものだからどうしても間に合わない。

 そりゃあ、魔物狩りを担当していない者だって戦うことは出来るが、やはり魔物狩り担当の方がこういうのは得意なのである。

 彼女だって戦った証に手に小振りの剣を持っていた。

 慣れてないからだろう、剣の維持は上手く出来ておらず、今にも折れそうだ。

 そして次の魔物の元へと去ろうとすると彼女が言った。


「私はどうすればいいの」

「さあ、逃げればいいんじゃない? 魔物狩り担当以外は皆見えない壁へ走って行ったよ」


 それこそ壁の先に行けるのではないかと願って。

 こんな時だけ見えない壁が無くなっているとは思えないが。

 そして今度こそ私は次の魔物へと移った。

 何せ魔物に襲われていた仲間は彼女だけではない。

 私は私の務めを果たすため、彼女だけに付き合っていることは出来ないのだ。

 えいやっと槍を投げた。

 魔物の目を目がけてだ。

 いきなりの攻撃、そして視界が見えなくなった魔物は叫び声を上げ、追いかけていた人間から私へと矛先を変える。

 助けるのが、少し遅かったかも知れない。

 襲われていた仲間は既に地面を赤く染めながら倒れており、魔物が襲わなくなった後でもピクリと動かなかった。

 魔物は怒り狂い私に向かって真っ直ぐ突進してくるので、私は目に刺さった槍の石突の部分を蹴り上げ、衝撃で空へと飛ぶ槍を手に取る。

 この魔物の弱点は目の奥だ。 頭の中心ともいう。

 先ほどもそこを狙ったつもりであったが、どうやら甘かったらしい。

 私は魔物の背中へと飛び乗って頭の中心を貫いた。

 すれば魔物は情けない声を上げて地面に倒れた。

 私は相変わらず動かない仲間の元へと駆け寄るが、命尽きた後であった。

 私は彼のもつ荷物の中からプルーヴを取りだし自分の鞄へと入れようとする。


「ランシェ!」


 そして呼ばれた名前に顔を上げる。 その声は聞き慣れた声、ラニの声だ。

 部族の中で一番足の速い彼はあっという間に私の元へ来る。

 私は手に持っていたプルーヴを彼に差し出した。


「ランシェが持ってろよ」

「私より、ラニの方が生き残る確率が高いだろ」


 私の足下にある動かない仲間に察した彼は答えるが、私は否定して彼の胸元にプルーヴを押し付けた。


「私のプルーヴも持ってくか?」


 私はニヒヒと笑って言う。 ラニは嫌そうな顔をした。


「まだお前は生きてるだろ」

「そのうち死ぬさ」


 ラニは押し付けられたプルーヴをしぶしぶ自分の大きい鞄へと押し込んだ。 その鞄は随分と膨れあがり、幾つものプルーヴが入っているのだろうと想像出来る。


「壁の先はなかった」


 そしてラニは眉間に眉を潜めて、悔しそうに言った。

 彼のことだ。

 部族で一番足が速いのを活かして見えない壁が無くなっていないか真っ先に確認しに走ったのだろう。 そして、変わることなく壁はあったと。


「何人もの仲間が壁へと走って行ったはずだけど」

「壁付近は最悪だ。 どこにも行く先がないプルーフ族と魔物が殺し合ってる」

「私、行った方が良い?」

「いや、ランシェはここにいてくれ。 もう魔物狩りはいるし、ここで少しでも押し寄せる魔物を減らして欲しい」

「りょーかい」

「それを伝えにここまで来たんだ。 オレはプルーヴの回収でもしようかな」

「そ」

「ああ。 またな」

「燃えた先に会えるものならね」


 そして私とラニは別れた。

 ラニとは部族の中でも仲がいい方であるが、会話は必要最低限で終えた。 会話よりも今私たちがするべきことがあるのをわかっているからだ。

 死してなお、会うことがあったなら意味もなく会話をしてもいいかもしれないが。

 私は腰に付いた石のナイフを手に取り、手のひらに深く線を引く。

 そうすればみるみるうちに溢れる赤に私は、その手で槍の柄を掴み血を槍に浸みらせる。


「――私の赤よ。 浸みれ、浸みれ、浸みれ、力となれ」


 槍が私の血を吸い、力にしているのが分かる。

 これからまだ戦いは長くなるだろう。 沢山吸うが良い。

 まだまだ相手にしなきゃいけないヤツは大量にいるのだ。

 ある程度槍が魔力を帯びたところで私は手を離す、まだ血は止まらないので傷口を布で巻いた。

 この命、続く限り魔物を狩ろう。

 それが私の役目なのだから。



 それは、赤。 赤。 赤。

 炎に血液にプルーフ。

 景色全てが赤色であった。

 もう目の前まで炎は迫っていた。

 炎は収まることを知らず大きくなるばかり。

 ほとんどのものは炎で焼かれ、倒すべき魔物もいなくなった。

 さすがにこれだけの煙を吸えば、体は言うことを聞かなくなっていた。

 それでも手を離さなかった槍は限界が来て今にでも崩れそうだ。

 ここが、死に時だろう。

 倒すべき魔物もおらず、炎は目の前まで迫った。

 私は焼かれて死ぬことが出来る。

 赤に包まれて、終わりを迎えることが出来る。

 地面を突いた槍に体をもたらせていたが、槍はとうとうボロリと崩れ塵となった。

 それと共に重力に従って体は地面に倒れる。

 熱さはもう感じずにいた。 炎はただ赤いだけのものになった。

 目の前の赤い景色を目に焼き付けるように、ゆっくりと目を閉じていく。

 満足のいく、自分らしい終わり方だ。

 ザリ、と音がした。

 すべてが焼かれたはずなのに、何者かが地面を踏んだ音だった。

 しかし、それも小さな事だった。 もう死ぬ私には関係のないことである。

 そうやって意識が沈む船を漕ぐと、大きな声がした。

 幼くて大きな声に船は止められた。


「死ぬな! 起きろ!」


 しかし目を開けるのは億劫であった。 どうせ死ぬというのなら、この心地良いまま死なせて欲しい。


「ようやく、最後の一人になったんだ。 君はまだ死に時じゃあない」


 何者かが私の手を掴んだ。 きっと声の主だろう。

 とっくに何も感じられないようになった筈なのに、その者の手が暖かいと感じた。 それ以上に周りは熱いはずなのに。


「目を開けなさい」


 幼い声がそう言うと、なぜだか勝手に目が開く。

 相変わらず赤い景色の中に、一人小さな少年がいた。 小さな少年が私の目をジッと見つめ、両手で私の手を包んでいた。

 仲間、ではない。 初めて見る一人の子どもだった。


「私は力が弱い精霊でね。 逃がすことは一人しか出来ない。 そこで一番最後に生き残った者を逃がすことにした。 君は生きる力が一番強かった者だ」


 見た目も声も幼いくせに、しゃべり方はどこか年齢を感じさせる。 不思議な少年だった。


「ランシェ。 プルーフ族の中で槍の扱いが上手いことから与えられた名の君。 生きなさい。 それが、最後まで生き残った君のやるべきことだ」


 すると、私の手を包む少年の手がひどく熱くなった。

 火傷するような、燃えるような熱さ。


「これは精霊プルーフが授ける、ランシェ・プルーフへの祝福である」


 けれど嫌ではない、怖くはない熱さだった。

 そして急に迫ってくるのは眠気。

 一体何が起きているのだ、と起きていたくても拒否できないほどの強い眠気。

 今度こそ私は意識を失う。

 真剣にジッと見つめる少年の瞳の色は、炎である、という気づきと共に。

 意識は暗闇へと吸い込まれた。



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