第5話 旅に出る者

第5話 旅に出る者



 よいしょ、と荷物を持つ。 荷物と言ってもいつも持っている鞄と新たに買ってもらった槍だけ。 とうとうここを旅立つ日が来た。

 ダンの怪我もほとんど治り、動いても全く問題ない。 部屋を見回し、忘れ物がないか確認して扉を開ける。 この部屋ともとうとうお別れ。 もうここに帰ってくることはないだろう。 それはなんとなく寂しいことだけれど、だからと言って立ち止まる訳にはいかない。 私は部屋を出て行った。。

 ラウンジに来ると既にダンが席について朝食の準備をして待っていた。 私はさっそくダンの前の席に座り朝食のパンを頂く。

 中にはチーズと肉が挟まった切り込みの入った白いパン。

 朝に相応しくシンプルで食べやすいパンだ。


「結局ダンは付いてきていいとは言わなかったな」


 そうなのだ、ダンは結局この日まで言うことはなかった。 「明日出発する」と言われた時は喜んだけれど素直に言葉にしてもらっていない。 そのことがやや不満だ。


「言わなくてもわかるだろ」

「そんなことはない」


 当初よりはダンのことを知ったので少しは、わかる。 けれどやはり言葉にしてもらわないと分からないことがあるし、その方が嬉しい。 ジッとダンの瞳を見つめるがダンは気にすることなく朝食を食べている。 絶対にいつかは言葉にしてもらおう。

 朝食を食べ終えると私はアロンの元に行った。 朝が早いにも関わらずアロンは相変わらず勉強をしている。 けれどそれもそのはず、騎士見習いの試験は明日なのだ。

 ノートと睨めっこしているアロンに私は話しかける。


「アロン」

「ああ? なんだ、ランシェ」


 アロンは相変わらず無愛想で眉間にシワを寄せながらこちらを向いた。 無視しないだけ進歩しただろう。


「私は今日ここを立つ。 試験がんばれよ」

「あーそういや風の噂で聞いた。 言われなくても絶対合格するっつーの」


 アロンの瞳は相変わらず綺麗だ。 赤くて燃える炎のような。


「前から思っていたがアロンの瞳は綺麗だ。 燃える炎のように美しい」


 言おうか言わないどこうか少々悩んだがこれも最後だ。 後悔する前に言葉にしたほうがいいと私は伝えた。


「うえーなんだよいきなり」


 アロンはあからさまに舌を出して嫌そうな表情をする。 褒めているのだから喜んで欲しいがアロンには難しい。


「前から思ってたんだ」

「そりゃどーも」


 そして私はアロンに右手を差し出した。 最後の挨拶だ。

 アロンは嫌な顔をしつつも握ってくれた。


「また会えたら会おう、元気で」

「はいはい」


 そして別れの挨拶は終わる。 次会うときアロンはきっと騎士見習いになっているのだろう。 もしかしたら騎士になっているかもしれない。 それは、次会うときが楽しみだ。

 そんなことを考えながら私はダンの元に帰る。 ようやく旅に出るのだと少し心がワクワクする。 緊張もしている。 一体どんなことが待ち受けているだろうか。 きっと嫌なこともあるだろう。 けれどそれ以上に様々な体験が、嬉しいことがあるはずだ。

 そしていよいよ出発の時。

 最後の別れだとエリーとレティ、それに少しだけ喋ったことのある人々も見送りに来てくれた。


「とうとう出発ね、またいらっしゃい」

「どうかお元気で。 怪我には気をつけてくださいね」

「また会おうぜ、俺たちはここにいるからよ!」

「いつでもギルドメンバー募集中だからね!」


 それぞれの言葉に私は微笑みながら頷いた。

 そしていよいよ、ドアノブを掴む。 この先を進んだら、とうとう旅の出発だ。

 けれど私は思ったのだ。 既にここに来た時点で私は旅に出ていたのだと。 けれどここからは違う。 ダンと私の二人での旅だ。 二人でする旅はきっと大変なこともあるだろうけれど、でも。

 私はゆっくりと扉を開ける。 古い木材で出来た扉はギイイと音をたてる。 そして開いた隙間から外の光りが溢れる。 その光りはまるで私たちの旅を祝福しているようだった。


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ランシェ・プルーフ・プルーヴ まめ @akage

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