第3話 独りではない者 11


 お掃除をして、身支度をして、気がつけば夕方です。 最後のこの日は他の日と比べて平和な一日だったと言えるでしょう。

 ランシェさんの部屋をノックすると返事があったので扉を開けます。 ベッドで体を起こしている彼女の顔色はいくらかマシにはなりましたがまだ青いままです。


「体調はどうですかあ?」

「まあまあだな」


 ダンさんはいないのかと聞くと晩ご飯を買いに出かけたそうです。


「ランシェさんに、言いたいことがあったんです」


 私はベッドサイドに置いてあった椅子に腰掛けて言いました。 ランシェさんは頭を傾げます。


「なんだ?」

「あのですねえ」


 本当ならもっと早くに言わねばならないことでした。

 しかしタイミングが中々見つからず、こうして漸く言うことで出来るのです。


「炎が怖いなら、見なくて良いんですよ」


 それは以前、ランシェさんとダンさんと共に夜の街へ繰り出した日のことでした。

 道で芸をやっている人たちを見物していたのですが、炎が出た瞬間ランシェさんは過呼吸になった後意識を失ってしまったのです。

 答えは明確です。 ランシェさんは炎に強いストレスを感じるのです。

 過去に何があったのかはわかりませんが、赤を好む彼女にとってそれ自体がストレスとなります。 私はそんな彼女の部分を認めてほしいのです。


「嫌なものは見なくてもいいんです。 いつか治る時がくるかもしれませんが、今はその時じゃありません」


 するとランシェさんは口を開き何かを言おうとします。 私はそれに人差し指を立てて止めました。

 どうせランシェさんのことですから否定するのでしょう。 認めないのでしょう。

 ですが、私は言います。

 嫌なら見なくていいのだ、と。


「それと、私、明日ここを立つんです」


 ついでに言うかのように私はニッコリと笑って言います。


「実は私、旅をする冒険者なんです。 ここでは短期間で働かせてもらっていただけで」


 明日の朝言ってもよかったけれどバタバタしてるといけないから。

 けれど何も言わないで去るのはいけない。 それは残される方が悲しいから。


「そうだったのか……」


 ランシェさんは少し驚いたかのように言います。

 そして彼女は続けました。


「その……ネリネはなぜ旅をしてるんだ?」


 少し悩んだかのように、けれど思い切って私に尋ねたようでした。


「そうですねえ……せっかくですから、ちゃんと話しましょうか」


 この際、私のことを話しといてもいいな、と思いました。

 せっかくお別れをするのです。 置き土産の一つにでもなるでしょう。

 ネリネの話をあなたに捧げます。





 ネリネは小さな村の一人娘として生まれました。

 お金のない貧乏な家庭に生まれ、両親はお金を使うことが止められない人でした。

 そこで生まれたのが治癒魔法を使える才能をもったネリネです。

 ただ、祈るだけで人の傷を治すことが出来るのです。

 その才能に気づいた両親は怪我した人を治癒させてはぼったくりのお金をふんだくる商売を始めました。

 しかし人の傷を治癒させることが出来るなんて奇跡と同じ。

 隣の村から、さてはもっと遠い場所からネリネの治癒魔法を求めては怪我をした人が訪れました。

 そんな生活が何年も続きネリネは一四歳になった頃。

 四人の旅する冒険者たちが村を訪れました。

 こんな小さな特色もない村に何をしに来たのか?

 冒険者とは奇妙な存在で一般の人間たちからは遠ざけられる存在です。

 ですから大人たちは冒険者たちとは最低限関わらず、しかし金払いは良かったので宿に泊まらせたのです。

 そして夜中。

 大人たちがぐっすり夢の中へ旅立つと、冒険者のことが気になって仕方がない子どもたちは家を抜け出して冒険者たちの泊まる宿へと向かったのです。

 勿論ネリネもそのうちの一人でしたが、彼女には友だちもおらず、大人たちから特別扱いをされていましたから嫌われ者でした。

 なのでネリネは宿の窓の外から中の様子を窺ったのです。

 冒険者たちは派手な装いをしています。

 服装もアクセサリーもすべて、私たちにとって初めて見るものでした。

 そして冒険者たちは夜中に訪れた子どもたちに怒ることなく笑って出迎えると、少しの間だけ一緒の時を過ごしたのです。

 何か話している様子でしたが外の窓から見ている私は何を言っているのかはわかりません。

 ただ羨望の目を向けながら中の様子を見ていることしか出来ません。

 そして二時間くらい時間が経つと冒険者たちは子どもたちを家まで送っていきました。

 その時見つけられないように隠れていたのですが、とっくにバレていたのでしょう。

 みんなを送り終わると一人の冒険者が「中においで」と言ったのです。

 中に入ると、それはそれは賑やかで華やかな空間でした。

 部屋が豪華という訳ではありません。 音楽が流れているという訳ではありません。

 その冒険者の方々四人がいるだけで、夢のように楽しい空間を作り出していたのです。

 一人の冒険者が私にホットミルクを渡します。 温かい飲み物を人にもらったのはこの時が初めてでした。


「君の名前は?」

「ネリネ」

「そうか、ネリネちゃんか」


 冒険者たちは私が訪れた理由を聞きませんでした。

 すると一人の冒険者が突然楽器を持って歌い始めたのです。

 いきなりのことに驚いていると「コイツはいつも歌いたがるんだ」と冒険者が笑って言いました。

 楽器を持った冒険者を囲んで残った三人の冒険者が一緒に歌ったり手を叩きます。

 私は歌を知りませんでしたから一緒に手を叩きました。

 そしてその歌が終わり暫くすると冒険者は「帰ろうか」と言って家まで送り届けてくれたのです。

 家に帰ると母はぐっすり寝ていて父は不在。

 私がいなかったことなんて誰も気付いていません。

 その方が好都合だと言うのにネリネは少し寂しい気持ちでした。

 何せ少し前まであの暖かな空間にいたのですから。

 あの温かいミルクを飲んだのですから。

 ネリネが次の日も夜中家を抜け出すことなど、そう考えれば容易いことでした。

 そして数日後。 冒険者たちは相変わらずこの村に滞在していました。

 そして私は家に訪れる怪我人を治癒しては、また訪れる怪我人を治癒します。

 この日は傷が深い者が多く、魔力も尽きていました。

 魔力がなくては魔法など使えないのが当然なのですが、両親はそれを許しません。 何せ治癒をしないとお金が貰えないのですから。 遊ぶためのお金が欲しいのですから。


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