第3話 独りではない者 10
時計を見ると針はお昼を指していたのでお昼ご飯にすることにします。 このギルドにはキッチンも設置されていますがネリネは料理をしないので休憩もかねて買い物に出ます。 勿論リティに私が留守にすることを声にかけてね。
外に出ると私はサンドイッチを買いました。 中の具は新鮮な野菜に甘塩っぱいソースがかかっていてとてもおいしそうです。
公園のベンチに座りお昼ご飯とします。 いつもお昼ご飯はここで食べているのですが、私以外の他にも数人お昼をしている者がいます。 しかしお互いに話しかけることなく、けれど顔見知りな不思議な関係です。
サンドイッチをパクリ。
うーん、おいしいです。 シャキシャキと口の中で鳴る野菜を噛みしめる音が気持ちいい。
さて、おいしいサンドイッチを食べながら私は考えます。
何せ旅の出発は明後日ともうすぐになっていました。
せっかく仲良くなったランシェさんやダンさんともお別れなのですが、旅する冒険者とはこういうものなのです。
ダンさんやランシェさんには私が旅する冒険者とは伝えていないので、恐らく冒険者ギルドに所属する治癒使いだと思っているでしょう。
これも間違っていないのですが、それは期間限定です。
お金を稼ぐために冒険者ギルドで短期間働かせてもらったのです。
治癒使いは数少ないので冒険者ギルドでは重宝されますし、短期間でも働かせてもらえることが多いです。 しかし戦えない我が身としては旅路で魔物が出るときは冒険者を雇わないといけない時もあるためお金はいくらあっても足りないのです。
さて、出発は明後日。
しかしだからと言って最後にランシェさんやダンさんと遊びにでかけるということはしないでしょう。 なんとなくそれは違うような気がするのです。
だから私は明日はいつも通り過ごします。
それにもしかしたら、この街へまた来るかもしれませんしね。
それは今の私じゃわからないことです。
お昼ご飯を食べ終え私は冒険者ギルドへ帰ります。 帰りに露店でお菓子を買うのを我慢するのは中々に忍耐力が必要です。
陽は沈み夜になるとランシェさんとダンさんが帰ってきました。
以前のようにランシェさんは血塗れではなかったので私は安堵の息をそっと吐きます。
そういえば、武器を新しくしたばかりでしたが大丈夫だったのでしょうか?
私は怪我人がいないのをいいことにランシェさんとダンさんの元へ駆け寄りました。
「おかえりなさい」
私は笑って話しかけます。 こうやって言えるのも明日が最後ですね。
「ああ、ただいま」
ランシェさんはふわりと笑って言います。 可愛いです。 ダンさんは何も言いません、だからと言って口を出すことはしません。 でもきっとランシェさんがお帰りと言ったならダンさんは返事をするのでしょう。 ダンさんにとってランシェさんは特別なようですから。 それが可愛らしいとも思いますが、よく考えたら態度の差に少しイラつきますね。 足でも踏んでやりたくなります。
そしていつものように三人で晩ご飯にします。 今日の晩ご飯はパンにスープに魚とジャガイモの炒め物です。 晩ご飯を食べ終えれば私は今日頂いたチョコレートを机の上に出します。
箱を開くとランシェさんは興味深そうにチョコレートを見ています。 そうでしょう。 気になるでしょう。
一人二粒ずつ分けてチョコレートを口にします。
濃厚で甘い。 香りがあって口のなかですぐとろけてしまいます。 ランシェさんもおいしそうに食べています。
「新しい槍はどうでしたか?」
「まあまあだ」
そんな雑談をしながら夜を過ごしていきます。
「私、武器は本当にからっきしというか扱いが下手で……触ったことあるんですが周りに止められたんですよねえ」
何せ剣を持てば、あっちへフラフラこっちへフラフラとあぶなかっしくあと数ミリで仲間を刺していたなんてこと何回もあり持つことを禁じられたのです。 弓だってあっちへこっちへ飛ぶものですから仲間を……以下略。 攻撃魔法は治癒魔法が使える者が使うことは難しいのです。 両方使える方はとても優秀ですね。
「私の故郷にもそういう者がいた。 そういう者は使わない方がいい」
ランシェさんも身を持って知っているのか、ウンウンと頷いています。
そして夜は更け次の日へ。
時間なんてあっという間ですね。
次の日、私は空いた時間を見つけながら身支度をします。
明日が出発です。
忘れ物がないように気をつけながら使っていた部屋の引き出しの中を見ていきます。
ここに滞在したのは三ヶ月くらい。 それなりに長い滞在となりました。
おかげでこの街のことをそれなりに知れたような気がします。
冒険者専用の区域があり、私にとってはとても住みやすい場所でした。
次は一体どんな場所でしょう?
いらない物は容赦なく捨てていきます。 何せ荷物が多いと歩くのが大変ですからね。
ランシェさんは今日は浄化を受けているようでした。 ということは体の調子はよくないので今日は一日横になっているでしょう。
「ネーリネ、ネリネ、ネーリネ ♪」
私の名前の歌。
特に意味のない歌だけど、だからこそいつでも歌える歌なのです。
「ネリネさーん!」
と、名前を呼ばれました。 私は慌てて救急箱を掴み自室を出ます。
すると一人の小さな女の子が立っていました。
転んでしまったのか膝に傷を負い今にも泣きだしそうな顔になっています。
「ちょうど彼女が転んだところに鉢合っちゃってねえ」
「なるほどですねえ」
私は救急箱から消毒液と包帯を取り出しながら、彼女に座るように言います。
「君は強いですねえ」
一人で転んでも泣くのを我慢しています。 泣いてしまっても良いのに。
私が頭をそっと撫でると彼女は大声をあげて泣き始めました。
「元気な声だなあ」
室内にいる冒険者が微笑ましそうに言います。
今日のあなたが幸福でありますように。 明日のあなたが幸福でありますように。
彼女の笑顔をイメージして手当てをします。 これくらいの傷なら治癒魔法はいりません。
治癒魔法は使いすぎるとその人自身の治癒能力をダメにしてしまうのです。 ですから必要でないときはその体に治癒させます。 彼女の笑顔をイメージしながら包帯を巻いていきます。
少女を連れてきた冒険者の方が少女にお菓子を手渡します。 彼女は泣きながらもお菓子をしっかりと受け取りました。
怪我の手当てが終わると数々の冒険者が彼女の周りに集ってきます。 彼女は沢山のお菓子をもらい涙は止まりました。
「こらこら、もういいですよ」
これ以上、というか既にお菓子をあげすぎているのでいい加減に止めます。 ここに来たら沢山のお菓子が貰えると出入りされるようになってはいけません。
子どもを構いたがる冒険者たちに私は軽くため息を吐くと自室の準備へと戻ります。 子どもの面倒は嫌でも彼らが見てくれます。
自室へと戻ると私は部屋の掃除を始めます。 ここを使わせてもらったお礼としてのことです。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。