第3話 独りではない者 12

 

 魔力も尽きているのに治癒魔法などどうやって使うのでしょう?

 簡単です、自分の命を削るのです。

 人には使っていい魔力と使ってはいけない魔力が宿っています。

 使っていい魔力は日常の魔法に、使ってはいけない魔力は自分の体を維持するためにあるのです。

 仕方の無い、だって私はお父さんとお母さんから生まれたのだから。

 この魔力もお父さんとお母さんのものです。

 そうやって魔力を使っていると家の外がザワザワとなにやらざわめきあっています。

 一体なんなのでしょう? しかし魔法を止めるわけにはいけない、と治癒魔法を続けていると扉がバタン!と大きな音を立てて開いたのです。


「ここに治癒使いがいると聞きまして」


 立っていたのは冒険者たちでした。 皆、夜に見せた表情と違う顔をして立っています。

 それが私は少し怖かった。 もしかして私は何か悪いことをしているのだろうかと。 けれど悪いことはとっくにしています。 治癒魔法をかける代わりにぼったくりのお金をもらっていたんですから。

 そして「治癒使い」とう言葉は初めて聞くものでした。 言葉の雰囲気でなんとなく私のことを指しているのだろうと予想することが出来ます。


「何なのよ、あなたたち! 仕事の邪魔よ!」

「そうだ、出て行け!」


 父と母は冒険者たちを追い出そうとしますが、彼らはちっとも出て行こうとはしませんでした。 そして逆に私の元へ近づいてきたのです。 父と母から次々に吐かれる暴言を無視して。


「随分と顔色が悪い」


 冒険者が心配そうに私のことを心配してくれます。


「君が治癒使いかな?」


 そして柔らかく微笑んで言ったのです。

 私は恐る恐る答えます。


「治癒使い、というのは知りませんが、治癒魔法を使うことが出来ます」


 冒険者たちは「なるほど」と頷くと、一番前に立っていた冒険者の一人が何かを心に決めたかのような表情をして口を開きます。


「ネリネちゃん、もしよかったら冒険者になって一緒に旅をしないかい」


 そして紡がれた言葉を理解するのに私は時間がかかりました。

 何せ冒険者というのは私にとってほど遠い存在だと思っていましたから。


「え……」


 冒険者というものは一般人からは遠ざけられ異端の者と嫌われています。

 冒険者は名字を持ちません。

 いつ、どこで、死ぬかは分からない者に名字は持たせられないからです。

 なので冒険者になるということは同じ名字を持つ者に別れを告げるようなものでした。

 名字を捨て、家族を捨て、嫌われ者になり、自分の命を危険に晒してまでも、冒険者になるというのは一体どこにメリットがあるのでしょう。


「何言ってんだい! そんなの許すわけがないだろう」

「まず、その子が冒険者になる勇気なんてないに決まっている」


 しかし冒険者という者は不思議な生き物なのです。

 お金を稼ぐため、というのは確かですが冒険者たちは民間人の困り事の依頼を受け、命の危険があったとしてもやり遂げようとするのです。

 国が管理する冒険者ギルドに所属していた場合には、国からの任務も受けます。

 命の危険を脅かす魔物を退治するのは基本冒険者や国の者の仕事です。

 名字を捨て、家族を捨て、嫌われ者になり、自分の命を危険に晒してまでもなる、冒険者。

 今までの私でしたら冒険者になることなど考えもしませんでしたでしょう。

 ですが、今の私は冒険者の皆さんを知ってしまったのです。

 知ってしまったらもう元には戻れません。


「明日の朝、ボク達はこの村を立つ。 もし一緒に旅をすると決めたなら、朝の六時までに村の入り口まで来てくれ」


 そう言って冒険者たちは家を去って行きました。

 お父さんとお母さんはカンカンに怒りました。

 お父さんは珍しく夜になっても家に残り、私が出て行けないよう玄関のドアの所で立っています。

 お母さんは私の部屋の前で立っていました。

 私の部屋にあるのは小さな窓のみです。

 多少無理をすれば出て行けなくもないですが、音などでバレてしまうでしょう。

 その夜、私はベッドの中でずっと悩み続けました。

 チクタクと時計が進む音を聞きながら、悩みました。

 お父さんとお母さんは置いていけない。

 私が出て行ってしまえば一体二人はどうなってしまうのでしょう?

 それに私を産んで育ててくれたのです。 両親を裏切るようなことは出来ません。

 それにこの私が冒険者なんてやっていけるような気がしません。

 ですが、考えるのです。

 この小さな村の外の景色は一体どんなものなのか、と。

 もしかして自分はこの場所以外でも生きていけるのではないか、と。

 私は勇気を出すことが出来るのではないか、と。

 そしてなにより、私は温かいホットミルクをもらった後でした。

 でも、勇気を出すのはとても怖いことです。

 そしてもし私はこの場所を出て行ったら助けを求める怪我人はどうするのでしょう。

 私はその人たちを捨てることになるのでしょうか。

 チクタク、チクタク、と時は過ぎてゆきます。

 どんなに考えたって答えは見つかりません。

 時計は五時四〇分を指しました。

 冒険者たちがここを去って行くのは、もうすぐです。

 時間がない、と私は焦ります。

 そして焦ることで気がつくのです。

 私は行きたいのだと。

 捨てることになるのです。

 両親を、名字を。

 助けるはずの怪我人も。

 そして嫌われ者になるのです。

 異端として扱われるのです。

 私は涙を流しながらベッドを出ました。

 怖くて、怖くて、涙を流します。

 靴を履きます。 服を着替えます。 髪を括ります。

 怖くて、怖くて、けれど動かずにはいられませんでした。

 しかし、どうやって約束の場所に行くというのでしょう。 ドアの先ではお母さんが、玄関ではお父さんが立っているのです。

 時計を見ると時間は五〇分を指しています。 時間がありません。

 私は唯一ある小さな窓を見ます。

 がんばれば出られないことはない大きさの窓です。

 私は部屋の扉の前に机を動かしました。 これで簡単には扉は開けないはずです。

 私はカーテンを外して自分の手に巻き付けました。

 そして拳を握ります。

 そうしたら、やることは一つ。

 思いっきり、思いっきり、窓ガラスを殴りつけるのです。

 すると窓は簡単にパリンと音を立てて割れました。

 しかし音を聞きつけてお母さんが扉を開けようとしています。 しかし扉は簡単には開きません。

 しかしお母さんは怒鳴っています、叫んでいます。 しかし私はその声を聞いている暇はありません。


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