第3話 独りではない者 13


 こんな乱暴をしたのは初めてのことでした。 カーテンだけではふさげきれずガラス片で手が赤く濡れています。 心臓はドキドキとうるさいほどに鳴っていました。

 そしてお父さんも駆けつけて二人でどうにかして扉を開けようとしています。

 私は急いで小さな窓に体を突っ込みました。

 着地はうまくいかず、ドスン、とお尻で着地しました。 痛みを我慢して即座に立ち上がり、私は走ります。

 こんなに必死に走るのは初めてのことでした。

 反対されたのに、やると決めたのは初めてのことでした。

 四人の冒険者が立っているのが見えてきました。

 走る私の存在に気づいて大きく手を振っています。


「……私も、」


 できる限りの息を吸いました。

 大きな声を出したら知っている人に聞かれてしまうかも知れません。

 それは恥ずかしいことですが、気にしてはいられませんでした。


「……私も、一緒に連れていって……!」


 こうして、私は冒険者の仲間入りをしたのです。

 名字を捨て、家族を捨て、みんなから嫌われる者になったのでした。

 しかし、だからと言って名字があったことを忘れるわけではありません。 家族を嫌いになった訳ではありません。 嫌われているからと言って嫌うわけではないのです。



「こうして、私は冒険者となったのです」


 長い話にも関わらず、ランシェさんは真剣に話を聞いてくれました。


「あ、でも、これは旅の理由にはなりませんね」


 ランシェさんが聞いたのは、旅をしている理由であって冒険者になった理由ではありません。 でも、これも旅をしている理由にもなります。 細かく考えれば間違ってはいないでしょうか?


「いいや、タメになった」

「それなら、よかった」

「けれど、聞いて良いか?」

「はい、どうぞ」


 私は次に来る質問を予想できていました。 だって、この話の通りであれば、少なからず足りないものがあります。


「話に出てきた冒険者たちとはもう旅をしていないのか?」

「そうですねえ」


 していない、とも答えられますし、している、とも答えられます。


「みんな、死んでしまったんですよ」


 人の死とは、あまりにも簡単で呆気ないものです。


「国から要請された大型の魔物討伐に出たとき、助からなかったんです」


 それは酷い戦いでした。

 トドメを討った者にしか報酬は出ないというのに、私たちは参加したのです。

 私たち以外の冒険者も大勢参加していました。

 大型との魔物というのは本当に大きく、初めて目にした時私は、こんなの殺せる訳がないと思いました。

 大きいだけあって力も膨大で簡単に人を殺します。

 怪我人も死人も大量に出た戦いでした。

 私と一緒に旅に出ていた仲間は、治癒魔法を使うことが出来る私を前線にはおかず、怪我人の回復をさせたのです。

 私は前線に行きたかったですが行ったところで役には立ちません、それどころかお荷物です。

 怪我人は溢れるほどいましたので、忙しく、魔物討伐が終わった後も怪我人を治していました。

 それで漸く落ちついた頃、仲間が見つからないことに気づき、どこかでフラフラしているのかと色々な場所を探したものです。 そして最後に行ったのが魔物が討伐された場所でした。

 そして変わり果てた姿を見たのです。

 魔物討伐を終えた場所にはいくつもの死体が並び、その姿を見た者が悲痛な声をあげている、なんとも悲しい場所でした。

 こんな場所に仲間がいる訳がない、私の仲間は強いのだと、自分に言い聞かせたものです。

 四人の死体は見つかりました。

 頭と体がはなれたもの、腕がないもの、足がないもの、形があるだけまだよかったものです。

 中には踏みつぶされてぺしゃんこになった者もいました。

 私はその時泣くことが出来ませんでした。

 少し前まで生きていた、仲間たちが死んだなどと到底信じられなかったのです。

 しかし死体は引き取ってくれる者がいなければ纏めて処分されてしまいます。 名字を持たないというのはそういうことです。 いつどこで死ぬかわからない、家族も故郷もないものですから。

 ですから、私は仲間の死体を引き取りました。

 治癒魔法でお金を稼ぎ、墓を建て、いつか私もここに入ろうと思ったのです。

 皮肉なもので時間が経てば、仲間を失ったことを実感してきます。


「それでも旅を止めようとは思わなかったのか」


 そして一人の身となった自分はどうしようと考えたのです。

 旅をやめる? いいえ!

 冒険者をやめる? いいえ!

 一人になったからと全てを諦めるか? いいえ、いいえ!

 一人になったことは怖いです。 ええ、とても。 涙を流してしまうくらいには。

 自分が冒険者に向いていないこともわかっています、戦う能力がありませんもの。

 しかし、私は勇気の出し方を知っていたのです。

 諦めず、一歩踏み込んでみる、それはやってみれば意外と簡単なものだと、私は知っているのです。


「逆に死んだ仲間の分旅をしてやろうと思いましたよう。 けれど、もう一生分の仲間を得たのでネリネはもう一人でいいのです」


 かつての仲間が見たら「危険」だとか「仲間を作れ」と口うるさく言うでしょう。

 けれど、私はもういいのです。

 彼ら以外に仲間を作ろうという気にはなりませんでした。

 出会ったとしても友人になるくらいでいいのです。

 旅の中で人に出会うのは好きです。 だからこそランシェさんに話しかけたのです。

 一人だからと言って孤独なわけではありません。 独りではありません。


「私も君みたいに……ダンと一緒に旅に出ることは出来るだろうか」


 ランシェさんは珍しく不安そうな表情をしていました。

 ダンさんは言葉にすることが少ないから、ランシェさんも不安になることがあるのでしょう。

 私は迷わず立ち上がり、拳を両手に握りました。


「出来るのも、出来ないのもあなた次第です、ランシェさん」


 今日のあなたが幸福でありますように。 明日のあなたが幸福でありますように。

 私は気合いを入れてランシェさんの手を両手で握りました。



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