第3話 独りではない者 3


 私はパンを両手で挟んですこし小さくして、大きな口を開けて齧りつく。

 パンに挟んである細長い棒がポキリと音を立てた。

 ……口の中はパンパンだけれどいけないことはない。

 挟んであった細長い棒が肉の加工品だったらしい。 表面はツルツルだが中は肉だ。 うまい。

 時間をかけて口の中のものを飲み込んでスープを飲む。

 二人の間には会話はなく沈黙が続いたが、特に気まずいとは思わなかった。

 ダンは喋る方ではないし、私も喋るのは得意ではない。

 無理に喋るより、自然に生まれるこの沈黙のほうがそれらしい。

 そう思いながら食事を続けていると席の側に立つ者が現れた。

 知っている者ではないのでダンの用かと思い、何も言わないままでいるとダンは一向にその人間を気にする素振りをしない。

 もしかしてダンも知らない人間なのだろうか? と横目でチラリと立っている者を見ると彼女はにんまりと笑顔で立っていた。


「ネーリネ、ネリネ、ネーリネ ♪」


 腰まである桃色の髪に原っぱ色の瞳の人物。耳元には髪よりも濃い色をした桃色の花の髪飾りをつけていた。そして彼女はよく分からない単語を歌うように言った。

 意味が分からず、不審者かもしれない、と私は視線を戻しダンに目で訴えるが、彼は無視だ。


「ひどいなあ、無視ですか? ネリネが喋りかけているんですよー?」


 すると彼女はこちらを向いて覗き込んだ。 どうやら私、らしい。

 私はスープを飲む手を止めて、彼女への動揺を悟られないようにコホンと咳をした。 そして前の席の男、ダンは興味深そうにこっちを見ていた。 助ける気なんてゼロなんだろう、彼はそういうヤツだ。


「何の用だ?」


 私は彼女の方を向いて言った。

 すると彼女はまたにんまりと笑って楽しそうに言う。


「ネリネね、アナタのことが気になってるんです。 仲良くなりたいなあって」


 そんなことを言われるのは初めてで私はどう反応を返していいか分からず困った。

 にんまりと笑う彼女は可愛らしいと思うがだからといって仲良くなりたいとは思わなかった。 だからと言って嫌いというわけではない。 何とも思っていないのだ。


「私と君は初対面では?」

「たしかに、ネリネとランシェさんは今日が初めましてです。 今日が始まりの日なのです」


 何が楽しいのかネリネは楽しそうに喋る。 私は彼女が一体何を考えているのかわからず、困惑するのみだ。

 そして彼女が不思議なことに私の名前を知っている。 私の名を彼女が当たり前のように呼ぶことが変な感じである。


「ダンさんはーネリネのこと知ってます?」


 するとネリネはクルリと反対を向いて、今度はダンのことを覗き込んだ。 彼女はダンの名前も知っているらしい。

 ダンはチラリと彼女を見て食事の手を止めないまま、何時ものように答える。


「……このギルドの治癒使いだろ」

「そのとおーり!」


 ダンの言葉に彼女は元気よく応えると彼女は嬉しそうに両手を腰に当てて胸を張った。


「私はここのギルドに所属している治癒使いネリネです。 分かりましたかランシェさん?」


 彼女はまた私を覗き込んで言った。 非常に顔が近く嫌でも目が合う。


「あ、ああ」


 彼女のテンションにはついて行けず、それに彼女は人との距離が近いように感じる。

 私にとっては不得意な人物である、と思いつつも返事を返す。


「ランシェさん、アナタとっても真っ白なくせに身体中には赤いタトゥー。 その容姿、ネリネの目を引きます!」


 この少女、とっても正直な者だな……と思いながらも私はもう一度ダンへと視線を送った。 助けて欲しい合図である。 しかし彼は黙々と食事を続けている。 どうせ会話も聞いていて、視線にも気付いているだろう。 けれど彼は助けてはくれない。 私は食事以下か。

 いや、食事も大切だ。 生きるためには必須だ。

 それに他のことをしていては折角の温かいスープが冷えてしまう。 それは耐えられない、と思った。


「スープが冷えてしまう、先に食べてしまってもいいだろうか」

「あっどうぞどうぞ! あ、席を詰めてください、ネリネも座ります」


 拒否権はないとでも言うように、私の元に寄ってくるので仕方ないと私は隣の椅子へ移動し食べ物も横にずらす。


「よいしょー、ランシェさんの隣りとりました!」


 満足そうに言う彼女を横目で見ながら私はスプーンを手に取りスープを啜った。 予想通りぬるくなってしまっているが冷め切ってはない。 相変わらず美味い。


「どうして私の名を知っているんだ?」


 スープを飲みきると私は気になっていたことをさっそく質問をした。 ネリネは私の質問に嬉しそうに微笑む。

「レティさんから教えてもらったのですよう。 あの白くて赤い子は誰? ってね。 ランシェ・プルーフさん」

「なるほど」


 理由を知り私は納得するとパンを囓った。 相変わらず口はパンパンである。


「ねえ、ランシェさんにダンさん。 食事を終えたら外に一緒に行きません? 今日は芸をやる方たちが来ているみたいなんですよ」


 ネリネはとても良いことのように提案した。 私は特に用事もないのでどちらでもいいな、と思っているとダンは首を横に振った。


「行かない」

「えーなんでですー?」

「興味ないからな」


 ダンは冷たく言い放つと最後の一口のパンを口の中に入れた。 私はどうするか悩んだが、ダンと同じく首を横に振ることにした。


「私も行かない」

「そ、そんなあ。 なんでです?」

「ダンと離れたくないからな」


 指輪があるものの、絶対にダンは私を置いていかないという確証はなかった。 逆に指輪を渡すことで油断させ私を置いていく気かもしれない。 それは避けたかった。


「……もしかしてお二人は恋人ですか?」

「違うな」

「違う」


 ダンと私は質問に即答するとネリネは「仲良しなんですねえ」と眉を垂らして笑うのだった。


「まあまあダンさんもランシェさんも行きましょう。 せっかく機会があるのですから」


 私たちの意見は聞き入れないとでも言うように言い切るネリネ。

 ダンはその言葉に何も返すことなく、私はどうしようかと迷うのだった。

 

 食事を食べ終わるとネリネは私とダンの腕を離れないように掴むと、冒険者ギルドを後にする。

 夜の街並みは昼とは違う雰囲気を持ち、私をワクワクさせた。

 故郷は夜になると真っ暗であったが、ここは違うらしい。 何の仕掛けかポツリポツリと温かい光が灯り闇を照らしている。

 芸をやっているという大通りにでると沢山の人が集まっていた。 この中で身長が低い私は中々芸をやっている者を見ることは出来ない。

 それに気付いたネリネは私とダンの手を掴んだままズンズンと人の中を進み前の方の列へと出たのだ。

 すると数人の者が手にそれぞれ形の違う物を持ち音を奏でていた。 そしてその音に合わせてキラキラと煌びやかな装飾をした服装をした者たちが舞っている。

 その動きは足先から指先まで滑らかで美しい。 周りで見ている者は指笛を鳴らしたり、声で応援していて、とても賑やか。


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