第4話 痛みを知っている者 2
「や、止めろよ、近づくな」
少年は困ったように後退をする。私はこれ以上近づくのを止める。
「言っとくけどお前に感謝なんてしないからな」
「ふん」と鼻息を鳴らして強気に言う少年に、私は言わなければいけないことがあることを思い出した。
「お前、私のパンを盗んだだろう。 というかお前がぶつかってきたせいでパンが!」
「はあ? ノロノロ歩いてたお前が悪いんだろ」
全く反省する気なしの少年。 確かによそ見をして歩いていたのは悪かったかも知れない。
けれど悪事を働く方が悪いに決まっている。
私はムッとしながら少年を睨みつけると彼も負けじと私を睨みつけてくる。 少年の方が私より少々身長が大きいので見下ろされているということだ。 ここに来てから皆私より身長が大きい者が多く見下ろされることが多かったので多少は慣れたが、それでも気分がいい訳ではない。
「おかげでパンが無駄になった、金を返してくれ」
「あほくさ」
私の言葉に少年は呆れた様にため息を吐いて歩き出す。
「話は終わっていない」
「ボクはとっくに終わってる」
少年は立ち止まる気配なくそのまま路地を出て行ってしまう。
追いかけてもよかったが、もう随分と時間は遅くなりいい加減に帰らなければならない。 少年の相手をしていたら手こずりそうですぐには終わらないだろう。
仕方ないので私は帰路につくことにした。
「遅い」
何度か迷いようやく冒険者ギルドに帰るとダンが眉間にシワを作って待っていた。
あの辺りは夜になっても灯りはなく治安も悪いので襲ってくる者も多かったのだ。 遅くなったのは仕方ないと言えよう。
「すまなかった」
しかしそれはダンには関係ないことである。
使いだけならとっくに帰宅できていたはずであるし、待たせることもなかった。
それに使いは失敗したのである。
「その……」
そのことを伝えねばならないが、不本意であるし言いにくい。 私は地面を見つめ言いよどむ。
「なんだ、珍しい」
ダンは私の態度に不思議そうな表情をしている。
しかし言わない訳にはいかないのだ、私は決意してパッと顔を上げる。
「……そのっ」
そして言おうとダンの顔を見た瞬間、ダンの瞳と目が合う。 大地の色をした、大樹の幹の色の瞳だ。 すると先ほど見たばかりの炎の瞳が頭の中に浮かび上がる。
炎の瞳が私にとって惹かれるものであるなら、ダンの大地の色をした瞳は落ち着くものである。地面がいつもそこにあるように、安心感があるのだ。 ジッと私はダンの瞳を見つめる。 ダンの瞳は性格には似合わず透き通っていて綺麗だ。 もしかしたら瞳だけでも高値で売れるかもしれない。 ダンの瞳を見飽きることなく見つめ続ける。
「一体何なんだ、言いたいことがあるなら早く言え」
ダンは落ち着かない様子で目を逸らす。 ついついダンの瞳を見てしまった私は、言わなければいけないことを思いだしゆっくりと口を開く。
「その……使いは失敗した」
「? その紙袋がそうじゃないのか?」
ダンは私が持つ紙袋を指で指す。 私はそのパンをギュウと抱く力を強めて言う。
「……購入はできたんだが、落としてしまったんだ。 その……地面に」
目を見ることな出来なくなって私は再び地面を見つめるとダンは私の持っている紙袋を掴み上げ中を開いた。
「確かに、地面に落としたものは食べてはいけない。 腹を壊すといけないからな」
ダンはそれだけ言うと私の頭の上にポンッと優しく手を置いた。
「晩飯買いに行くぞ、お前のせいで買い物に行けなかったんだからな」
それは、もしかしてずっと帰りを待っていてくれたということだろうか。
しかし、その問いを言葉にするほど私も野暮ではない。 どうせダンも答えてくれないであろう。 私はコクリと頷き、再びダンと二人で夜の街へと繰り出したのであった。そしてダンは夜のデザートにと菓子を買ってくれた。
リベンジとしてダンに二回目の使いを頼まれ、無事買い物を終えて安堵していると見知った顔を見かけた。
夕日の髪に炎の瞳、そして私より少し大きい身長。 この前私の買ったパンを盗った者である。 一体何をしているのかと様子を見ていると、少年は露店で金を払い買い物をしているようだ。 今回は盗まず、しっかり金を払っているので安心していると店主が買った物を袋に詰めるためよそ見をした瞬間、少年は机に積まれた果物を一つ、懐に入れたではないか。
さすがに見てしまっては見過ごすことはできない、と慌てて駆け寄り少年の頭をポコンと叩いた。
「今しまったものを出せ」
少年は私が現れたことに驚いた表情をしたが次には舌打ちを鳴らして盗んだ果物を出した。
「すいません」
私は店主に頭を下げて、隣で突っ立っている少年の頭も無理矢理下げる。
店主は驚いた顔をしていたが簡単に許してくれた。
私と少年はまるで最初から二人だったかのように一緒に露店を去り、少し離れると少年からさっそく噛みついてきた。
「余計な真似してんじゃねえよ、この白髪!」
「余計な真似なのはお前の方だろう、盗みは悪いことだ」
「悪いことだからってやらなかったら生きていけねえんだよ!」
少年は口が悪かったが、それに負ける私ではない。
「そんなこと言うならこれは渡さないな」
それは店主から受け取った、少年が金を払い購入した果物である。 店主が少年にではなく私に渡したのだ。
「少なくとも私の前でこんなことをするのは許さない」
私が見てしまったからには嫌でも止める。 さすがに私が知らないところで起きてるものまでは手を出さない。
「ッチ!」
少年は大きく舌打ちを鳴らし私の足を思いっきり踏んだ。
「暴力はよくない」
怒っている少年に私は静かに言うが彼は聞く耳を持たず。 すると彼はとうとう武器を手にした。 懐から小さなナイフを手にしたのだ。 しかしおぼつかない動作で刃を持つのに慣れていないように見える。 ここでは一般の民間人は武器を携帯することはない。 けれど、彼は持ってないといけないような環境にいるのだろう。
「気持ち悪いんだよ、お前みたいなヤツ大っ嫌いだ!」
そして少年はナイフを持ったままこちらに突っ込む。
しかし狙いも動作も見え見えな彼の動きを止めることなど私にとっては容易いことであった。 様々な避け方や止め方があったのに私はつい手で刃を掴むことで、その突進を止めていた。
刃で手は切れポタリと赤く地面を濡らす。
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