第3話 独りではない者 8


「ありがとうございました」


 そうして店主に頭を下げられながら店を後にする。 長い時間が経ったと外を出るが、出発が早かったせいかまだ外は明るい。

 まだ着慣れていない服になんとなくソワソワとしながら街の中を歩く。 相変わらずネリネはぴったりと私に腕に引っ付いている。


「あ、あれ食べましょう!」


 ネリネはいくつか並ぶ露店の中の一つに指を指して言う。

 拒否する理由がないのでそのまま店に行くと丸いものに様々な色でコーティングされ棒がささったものがズラリと並んでいる。


「私はーこれです!」


 その中からネリネは桃色をしたものを手に取った。


「これは一体なんだ?」

「果物に飴でコーティングしたものです、甘くて美味しいのですよ」


 ネリネはお金を払うとさっそく食べ物に齧りつく。 カリッという音を立てて飴が割れる。


「お前も一つ選べ」


 隣りに来たダンがお金を払い言った。 ダンも私と同じで会話を避けているのかと思っていたので普通に話しかけられて驚く。 そして何色にしようかと並んでいるのを見て、一つ手に取った。 私のプルーフと同じ色。 血の色だ。

 どうやらダンは食べないらしく買うことはなかったため、私はまだ一口もつけてない飴をダンの口元に差し出した。

 するとダンは眉を寄せて嫌そうな顔をするが、私は更にズイッと差し出す。

 私はまだ怒っている。

 けれどこれはダンが買ってくれたものであるし、先ほども服を買ってもらった。

 少しくらいお礼をせねばならない。 だから、貴重な一口目を渡すのだ。

 ダンは仕方なさそうに小さく口を開けて飴を食べた。 ダンの一口にしてはかなり小さいが、そこまでは言わないでおく。


「……あまっ」


 私はダンの言葉を気にすることなく、漸く飴に齧りついた。

 表面が固いので食べるのが少々大変だか飴の部分を噛んでしまえば中は果実だ。

 飴の甘さと果汁溢れる果物を一度に味わうというのは、意外にもおいしい。


「美味い」

「でしょーう!」


 先ほどの服の買い物で疲れていたが、それも吹き飛ばしてしまいそうだ。

 飴を食べ終わるとネリネと一緒に次は何を食べるか露店を見ながら歩いているとダンが止めた。


「おい、ちょっと待て」


 私たちが振り向くとダンが連れていったのは武器屋であった。 ダンは今日買うことを諦めていなかったらしい。


「選べ」


 とダンは言う。

 私はなんとも言えない気持ちで、でも持った方が良いことなのだと分かっていたので、しぶしぶといくつか並ぶ槍を見た。

 何種類か並ぶ槍は私の使ったことのない種の槍もある。 刃が三つに分かれている物などがそうだ。 使い慣れている物の方がいいため私は先が刃で尖ったシンプルな槍が良い。

 すると残るのは二つ。

 銀色で固い素材で作られた物か木材のものか。

 きっと銀色の方が武器として長く使えるだろう。 しかし私は木材で出来た槍を手に取った。

 こっちの方が手に馴染み、そして血が浸みりやすそうだからだ。


「それでいいのか?」


 ダンは少し不満げだ、私はその表情の理由が理解出来なかった。


「そうですよー、どうせならどーんと高くて良いものを!」


 続いてネリネの言葉に私は漸く理解した。

 確かに、この槍はいくつか並ぶもののなかで一番質素で安価だ。


「これが一番良いと思った」


 けれど私の選択に間違いは無い。 後悔することもないだろう。


「……ならいい」


 そう言ってダンはお金を払った。

 そして陽は下がり空は赤く染まっていた。 夕食を買おうと今日は何にしようかと三人で考えながら歩く。

 すると手作りの総菜を売る露店をみつけ近寄る。

 様々な料理が山となって並んでおりどれにするか考える。


「肉がいい」

「野菜がいいですねえ」


 とネリネと私の意見は分かれた。 ダンは黙っているので何でもいいのだろう。


「あ、これなんてどうです? 野菜の肉巻き」


 ネリネが言ったのは言葉の通り何種類かの野菜が肉に撒かれているものだ。 肉はタレがついて焼かれており匂いが食欲をそそる。


「それにしよう」


 そして次はパンだ。

 パンはダンが選んでついでに朝食の分も買った。

 そして冒険者ギルドへと帰り三人で晩飯とする。

 私は食事を終えると自室に戻り買ったばかりの槍を持ち素振りを行った。

 何かあった時武器に慣れていないからと何かあってからでは遅いのだ。 一日でも早くこの槍に慣れておきたい。

 槍を両手でギュッと掴む。 自分の血で作ったものではない触感。 それが新鮮で、まだ武器を持ったばかりの幼い時を思い出す。

 今も昔も、私は槍を使うのだ。 それしか出来ないからと。 そして自分に出来ることであるからこそ、努力を積み重ねるのだ。

 私は槍を掴む手に集中するのであった。

 



「ネーリネ、ネリネ、ネーリネ ♪」


 私の名前の歌。

 特に意味のない歌だけど、だからこそいつでも歌える歌なのです。

 昨日は楽しかった日。

 今日は楽しい日。

 明日だって楽しい日。

 ルンルンルン♪と歌いながら私は朝の準備をします。

 顔を洗って服を着替え髪を梳かす。 自慢の髪が今日も綺麗に見えるように丁寧に。 そしていつもの髪飾りをパチンとつけたら完成。 なんてことのない朝の準備。 けれど大切なこと。

 ここの冒険者ギルドは食事が出ないので、私は昨日ランシェさんとダンさんと買い物した時に買ったパンを朝ご飯として口に入れました。 時間が経ったので少し固くなっていますが、これもかみ応えがあって楽しいです。

 パンを食べ終えれば部屋を出てエリーさんに怪我人がいないか確認をします。 緊急性があれば夜中でも関係なく起こされますが、それも私の仕事のうちです。


「おはようございます、エリーさん」


 元気に笑って挨拶をします。


「おはよう、ネリネ」


 するとエリーさんも笑って挨拶をしてくれます。 これだけで今日の楽しい一日に確信をするのです。

 エリーさんは冒険者ギルドの責任者。 ですがギルドマスターではありません。 ギルドマスターは面倒くさがり屋で表に出てくることはあまりなく次に偉いエリーさんが取り仕切っているのです。


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