第3話 独りではない者 6
「キャー!」
冒険者ギルドに戻ると私の姿を見たネリネが叫び声を上げて慌てた様子で私の体をペタペタと触った。
「返り血だ」
「あっそうなんです……ってコラ! 手を怪我してるじゃないですか!」
ネリネは目ざとく私の右手に気付くと直ぐ様治癒魔法を唱える。
すると私の怪我の部分に当てたネリネの手がぼんやりと光り、患部がじんわりと温かくなった。 レティに魔法をかけてもらったことはあるものの傷を治す魔法をかけてもらうのは初めてのことだった。 傷が魔法で治るなんて不思議なもので私は患部がぼんやりと光っているのを見つめた。 温かいのは心地よく、またかけてもらいたいと思ってしまう。
「治癒魔法ってのは皆使える者なのか?」
珍しく真剣な表情をしているネリネに質問をする。 ネリネは患部から目を逸らさないまま答えを返した。
「いいえ、こればっかりは才能が必要ですね」
そしてネリネの手が離れると私の傷は綺麗になくなっていた。 傷があった場所に触れてみる、綺麗に元のままに戻っている。
「こ・れ・で・も 私はベテランの治癒使いなんですよう。 剣や攻撃魔法はからっきしですがねえ」
自慢げにネリネが腰に手を当てて胸を張って言うので、それが何となく可愛らしく感じて私は微笑み感謝を述べた。 するとネリネは嬉しそうに笑うので私も釣られてまた微笑む。
「怪我には気をつけないとダメですよお、治癒使いがいる確率なんて高くはないんですから」
「ああ」
私が戦うためには血が必要なため怪我は必須だが、ネリネに態々言うことはしない。 そのまましばらくネリネとたわいもない立ち話をしていると扉がバタンと開いた。
出入り口で話しているのを忘れていて、これは邪魔だと慌てて隅にズレて通路を明け渡し、入ってきた者を見た。
すると見知った者、ダンであった。
「邪魔だ」
ダンは呆れた様に言った後私の顔を見ると眉を潜め手を伸ばしてきた。
そして私の頬を親指でなぞると「なんだ返り血か」と安堵したように言うと手を戻していった。
「丁度良い、晩飯だ」
よく見るとダンは片手に見慣れた紙袋を持っていた。 丁度買い物をして帰ってきたところなのだろうと、予想するには容易いことだ。
「今日はー私も一緒に食べますよー! 楽しい食事の時間です」
ネリネは楽しそうに言った。 ここに来てからダン以外と食事するのは初めてのことで表には出ないものの気分が高揚する。 賑やかな食事になるだろう。 私とダン、ネリネは三人座れる四人席へと移動してダンが持っていた紙袋の中見を出していく。
食べるのにも慣れてきたスープに紙に包まれたパン。 紙を開くとパンの間に沢山の具が挟まっていて、美味しそうであるが私の口に入るか不安になる大きさのものだ。
具は葉に肉にチーズ。 そして土色のソースがかかっている。 この私も随分とここの食べ物を覚えてきていた。 紙に包まれていたのは中の具が落ちてしまっても紙が受けるようになっているためだそう、で食べ慣れていない私でも食べることが出来そうで安心した。
ネリネの鼻歌を聴きながら私は精一杯の大きな口を開けてパンへと齧りついた。
すぐに口の中はいっぱいになり様々な味が口内に広がる。 噛むとシャキシャキと葉を潰す音が気持ちいい。 土色のソースは甘辛くパンと具によく合っている。 具を挟むパンはいつもより柔らかく甘い。 口の端についたソースを親指で拭いペロリと舐める。
「んー最高です」
ネリネが頬に手を当てて幸せそうに言い私も頷く。
今日のスープは晴天の雲の色であった。 様々な色の具が入っていて、ダンの選ぶスープはいつも具沢山だった。 使い慣れてきたスプーンでスープを掬うとトロリとしていて、いつものスープとは少し違うようだ。
温度に気をつけながら口の中に入れると濃厚でまろやかな味が口いっぱいに広がった。 具は食べたことがあるものも入っていたがスープが違うせいか味が違い飽きることはない。
「明日はですね、ランシェさんの服を見に行きましょうー!」
ネリネは約束した覚えもないことを元気よく言った。
「服? 必要ない」
と反射で答えてしまったが不便であるのは確かだった。 私には今着ている一着の服しか持っておらず、衛生的ではない。 既に何カ所か汚れは付着していて洗濯したい思いだった。 けれど洗濯も換えの服がなければ出来ないので我慢しているのだ。
「い・や! 必要です! ランシェさんの服ってまるで野生の動物みたいじゃないですか! 汚れてもいるし限界ですよう、ね? ダンさん」
野生の動物……。
私の住む場所では当たり前であった服装もここではこの言われ様。 確かに皆が着ている服とは素材が違うように見える。 私が着ているものは植物の葉や魔物の皮をはぎとったもので出来ていて、最低限隠せればいいのでそんなに必要ではないのだ。
しかしネリネの言葉になんとも言えない気持ちでいるとダンは私をチラリと見た後こう言った。
「……そうだな」
ネリネに問い詰められたダンは頷くものだから、更に私はなんとも言えない気持ちになる。
「プルーフを隠すようなものは着ないからな」
せめてもの意見として言うとネリネは「わかってますよー」と頷きダンは何も言わなかった。
ダンが何も言わないのはいつものことなので気にすることなく私は食事を進める。
野生の動物……。
「それとダンさん? 今日ランシェさんが手に傷を帰ってきたんですよ」
ネリネは口の中のものを飲み込むと深刻そうにダンに言う。
「勿論私が治癒したので傷はもうありませんが、ダンさんの伝えておこうと思って」
そしてネリネはパンを口に入れた。
私は言われても特に気にすることのないハズなのに居心地が悪い気分になっていた。 ダンの顔をチラリと見ると相変わらず無表情である。
「お前の戦う様は一度しか見たことないが、毎度手を傷付けているのか?」
私はコクリと頷いて口を開いた。
「血を流さねば戦うことは出来ない。 血を硬化して武器にするのが私の戦い方であるから」
私は正直に答えた。 悪いことなど一つもないはずで、それなのに何故こんなにも言いにくいのか分からなかった。 故郷では皆そうであった、そうして戦ってきた。 しかし、この世界では違うのだ。
「アホか。 血を流さずも戦うことなど出来る。 武器を持てばいいだけだ」
「しかし、故郷ではそれが普通で……」
「血を流し続ければ人はやがて死ぬ。 お前は死にたいのか?」
ダンの言葉はいつも飾り気がない。 正直で直接的。
しかしそんなダンの言い様が気にくわない。 血で戦う私の、故郷をバカにされたみたいだったからだ。
「血で戦うことのなにがいけない。 私にとって意味のある戦い方だ。 血を失い死ぬ覚悟など当に出来ている」
今日、これからを生きると決めたというのに今じゃ私の口から出ているのは死という単語だった。 どうせダンの答えなどわかっている、また否定するのだろう。
その答えを聞きたくなく私は残っていたスープを飲み込むと、立ち上がり自室へと向かった。 後ろからネリネが私を呼ぶ声が聞こえたが聞こえないフリである。 どれだけ正論の言葉だとしても、私だって譲りたくないものはあるのだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。