第3話 独りではない者 7


 私は自室に入るとベッドに体を沈ませた。

 このベッドというものはいい。 私の故郷では魔物に襲われないよう木の上で眠るのが当たり前だったのだ。

 こうやって建物の中で横になって眠ることができるというのは、私の住んでいた故郷より平和であることを示していた。

 私はプルーヴを開き、ダンに対する愚痴でも書いてやろうと思った。 プルーヴに何を書くかは個人の自由。 悪口だって何も問題ない。

 けれどペラリとページをめくったとき、開いたのが昔のことが書かれた所だった。 もう遠い昔のように感じる、当たり前に故郷で暮らし魔物狩り一番槍をやっていたころの話だ。 私はプルーヴに書いた過去のページを読むことはここに来てからしていなかった。 何も考えずただ生きているから生きていただけの話など、今は読みたくなかったからだ。 当たり前のように書かれたいくつかの思い出を読んでしまえば、私は悲しくなるに違いなかった。 だから私は今回も開いたページを読むことは無かった。 ダンの愚痴を書く気も失せてパタンとプルーヴを閉じた。 時には過去のページを読んで自分を見つめ直すことも大切だというのに。

 ここでは私の当たり前は通じない。 それがたまにひどくやりにくく感じる。

 先ほどのダンへの怒りもプルーヴのせいで消え失せ、なんとも言えない気持ちで天井をボウと見つめた。

 ダンの言葉はひどく正論だ。

 私たちは血を流す故に長期戦を苦手とし、死することだってあった。

 ダンのように武器を持てば、長期戦だって対応することが出来る。 武器にだって血を浸みらせば強化だって出来るだろう。

 しかしその尖った正論は私に反抗したい気持ちにさせるのだ。

 私は大きくため息をついたのであった。




 翌朝、私とダンとネリネは街の中を歩いていた。 ネリネは私と無理矢理腕を組みぴったりと引っ付いている。 そしてその後ろをダンが歩いていた。

 昨日のこともあって気まずい思いがあったのだが、ネリネはいつも通りである。 ダンとはまだ会話をしていない。 ダンがお金を出すのだから、買い物の時にどうしても会話は必要となるのだが、足掻きとして私はまだ声をかけていない。


「まず私はお金を持っていないんだ」


 ネリネの笑顔に横やりを入れるようであるが、私の財産で買うことは出来ないのでネリネに伝える。 今日服を買いに行く場所はネリネの知っている店らしい。


「ダンさんが払うんですから関係ないない ♪」


 会話が聞こえているはずのダンは何も言わないので、私もこれ以上は言わないことにした。

 ネリネは鼻歌を歌いながらいつも以上に機嫌が良さそうだ。 服を買いに行くことがそんなにも楽しいことなのだろうか?

 暫く歩くとネリネは指を指して「ここですよ」と言った。

 指を指す方向には扉があり、店が建物内であることを示している。 まだ買い物は露店でしか経験がなく、建物に入るのも今宿泊している冒険者ギルドの次、二度目のことであった。

 ネリネは慣れたように扉を開けると「カランカラン」と綺麗な音色が鳴り響き花のような香りが流れてきた。

 室内に入ると大きな姿見が壁に貼り付けられていて店内は服ばかりだった。 服の店なのだから当然なのだが、こんなにも沢山の服が置かれているのも見るのは初めてだったので新鮮な気持ちだ。 すると奥から腰が曲がりシワが沢山ある人物がにこやかに出てきて「いらっしゃいませ」と言った。

 言葉かするにここの店主なのだろう。 以前ダンはこの様な者を確か年寄りと言っていた。 私の故郷では年寄りでもこのような容姿の者はいなかったが、これもまた違いなのかもしれない。


「おばあーちゃん、この子にね、新しい服が欲しいんです」


 ネリネは親しげに話しかけると、おばあちゃん、と呼ばれた店主は私へと視線を移した。 頭の先から足の先までジッと見られる感覚になんとも言えない気持ちになる。


「なるほどねえ、あなたはどんな洋服が好きなの?」


 おばあちゃん、はゆっくりとした口調で私に言った。

 私は自分が好きな服、というものを考えてみるが思いつくことは無かった。 故郷の女はよく体に飾り付けしていたが私はしていなかった。 服装だって仲間が作ったものを着ていただけだ。


「プル―……、この体の赤い模様を隠さない服がいい」


 なので私は自分の着る服の条件を述べた。 プルーフという言葉は私の故郷特有のものなので使わないようにした。


「それから戦いの邪魔になるものは嫌だ」


 すると店主は少し考えた後いくつかの服を私に渡すと布で分けられた小さい部屋へと入れられて着替えるように言う。

 私はさっそく着替えて布を開くとネリネが難しい顔をして首を横に振り「次」と言った。

 それは却下という意味だろう、私はなんでもいいというのにネリネは着替えて見せる度に首を横に振り「次」と言う。 ダンが後ろで欠伸しているのが見えるとすかさずネリネに厳しい言葉を言われていた。

 そして店主も次々と服を渡してくるので終わりがない。 私は大分疲れてきていた。


「うーん、何かが足りないんですよねえ……」


 もう数え切れないほどに着替え、ようやく首を横に振らない服が出来るがネリネは納得いかなそうに悩み始めた。


「これはいいな、プルーフが目立つ」


 襟があり丈が短いので腹にあるプルーフも見える。 下のスボンというものも短くく、上も下も青空に浮かぶ雲の色をした服だ。 またスボンが戦闘中下がらないようにとベルトというものの付け方も教わった。


「……あっ!」


 同じように店主も悩んでいると何か思いついたように店内を走り手に何かを持ってきた。薄い布が何枚か重なりヒラヒラとしているものだった。


「これはジャボと言うんです、胸元につけてはどうかしらねえ」

「いいですねえ!」


 するとネリネは目をキラキラとさせて店主が持ってきたいくつかのジャボというものを一つ手に取り私の胸元に付けた。


「……ヒラヒラしている」


 もしかしたらこれは戦闘の邪魔になるのではないかと私は不満を漏らすとネリネは私を見て眉をつり上げた。


「これくらい邪魔になりませんよう!」


 その表情が怖かったので私はこれ以上何かを言うこともなく、ネリネが次々とジャボを変えていくのをただ立つ棒となる。


「あらあら?」


 そしてとあるジャボを付けたときネリネは嬉しそうにニヤリと笑う。 隣りに立つ店主も納得いったようで頷いている。 決まったジャボもまた青空に浮かぶ雲の色をしたものだ。


「ダンさんどうです!」


 ネリネは自慢げに言うと、疲れた様子で私の姿を見たダンはすぐ目を逸らして、


「……いいんじゃないか」


 と心の中では何を思っているのかよく分からない返答をした。

 そして漸く小さい部屋を出てお会計とする。 「着たままでいいですよ」とネリネに言われたので着替えることはしない。 着ていた服は鞄へと仕舞う。


「あ、もう一着合った方が着回しが出来ていいですよね」


 とネリネがふと思い出したように言うものだから私は、


「同じものでいい」


 と今回ばかしは引かないのであった。



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