第4話 痛みを知っている者

第4話 痛みを知っている者 1



 私は今にもネリネのように鼻歌を歌ってしまいそうなくらいには機嫌がよかった。

 ダンに使いを頼まれたのだ。

 いい加減一人でも買い物できるだろう、と言われ買い物を頼まれた。

 小さな布袋に入ったお金を無くさないように十分に気をつけながら、私は気分良く街の中を歩く。

 ダンに何かを頼まれるのは、これが初めてであった。

 それだけ信頼を私に向けてくれているのだろう、と思うと気分が良い。

 絶対無事に使いをやり遂げてみせる、と気合いを入れながら目当ての露店へと向かう。

 使いの内容はパンである。 夜と朝のでダンと私の分。 四つだ。

 初めて一人の買い物ということで内容を簡単にしてくれたのは分かる。 更に言うなら買い食いも一回までなら良いとそれを足した分のお金をくれた。

 先にパンを買い終えてから何か食べようと私は目当ての露店に辿り着くとさっそくパンを選ぶ。

 少し緊張しながら私は目当てのパンに指を指し口を開いた。


「このパンとこのパン、二つずつくれ」

「あいよ、ありがとうね」


 店主は私の言葉に疑問を抱くことなく、私が選んだパンを紙袋に入れていく。

 そして私は大切な金を店主に渡し彼女が金額を確認し終えて。


「まいど、また来てね」


 これで買い物を無事達成である。

 無事購入出来たことに満足しながら私はまだ温かいパンの入った紙袋を大切に抱え、再び道を歩く。

 何を食べようか? 立ち並ぶ露店を見ながら食べるものを悩んでいるとドスンと重たい衝撃を腹に受けた。


「わっ」

「うわっ!」


 せっかく買ったパンの入った紙袋は手から零れ、更には紙袋の中からもパンが零れてしまう。

 あ、パンが……。

 パンが地面に転がったのを見た後、自分に身に何が起きたのか確認すると、小さな少年が一人地面に座り込んでいた。

 なるほど、少年が自分にぶつかって転んだのだろう、と私は少年に手を差し出す。

 しかし少年はスッと立ち上がると走り去って行ってしまう。

 私が言えることではないが愛想のない者である、と思いながら私は転がったパンを拾う。

 せっかく買ったパンであるが、地面に転がってしまえば、さすがに食べるのを躊躇ってしまう。

 使いは失敗か……と紙袋に入れたパンを数えると、あることに気づく。

 パンが一つ足りないのである。

 購入した際には店主がちゃんとパンを紙袋に入れているのを見たので足りなかったということはないハズだ。

  と、いうことは考えられるのは先ほどの少年がパンを盗んでいったということである。

 私は慌てて振り返り追いかけようとするが、少年の影など何も残ってはいない。

 仕方なしに私は少年が走って行ったであろう方向に走り出した。

 せっかくの使いを失敗にさせたあげく、盗みなど、許すことは出来ないと。

 そして大通りや小道、建物の影も確認してみるが、目当ての少年は見つからない。

 そして今だ街の道にも詳しくないので道には迷う。

 そして気がつけば治安の悪そうな場所へと出てきていた。

 冒険者地区とはまた違う、薄汚れた雰囲気で、道歩く者も身なりが整っていない者が多い。

 あまり滞在するのは危険である、早く見つけ出して帰らなければいけない。 と少年を探していれば、気がつけば日が下がり始めている。

 パンを買いに来ただけなのに、帰りが遅くなってしまえば何か思われているかもしれない。

 心配させる前に帰った方がいいか、まだ諦めないべきか、悩みつつ脇にあるベンチへと座る。

 少しの休憩である。 小腹が空いてパンを食べたい気持ちはあるが、これは使いのものであるし、更には地面に落ちたものである。 勿論、私一人であったら地面に落ちたくらいなど気にせず食べてしまうが、ダンに知られれば口うるさく小言を言われるだろう。

 食べない、食べないぞ。

 いや、でも……。

 腹がグウと鳴った気がした。 体は食べたがっている様な気がする。

 しかし頭の中でダンが無愛想な表情で私を見ている。 食べた瞬間には小言を吐き出すだろう。


「ハア……」


 もう帰ろう。 帰ってダンに謝ろう。 こんな簡単な使いすら達成出来なかったと。

 私はため息を吐き立ち上がった瞬間。


「わあああ!」


 叫び声が聞こえた。 無視するべきか突っ込むべきか。 私に聞こえたのも何らかの縁である。 背にある槍に手を添えて叫び声のした路地へと静かに歩いて行く。

 すると一人の豊満な体つきをした男が立っている。 よく見ると地面に子どもが転がっていた。


「あ」

「お前、ようやく……!」


 子どもが私を見て見るからに不都合そうな表情をしている。 豊満な男のことを忘れて私はつい声を出してしまった。


「あ? なんだテメェ」


 豊満な男はこちらを振り向いて機嫌悪そうに私へと話しかける。

 いや、どうしたものか。

 これは一体何が起きていて、私はどうすればいいんだろうか。

 私は少年からパンを取り返したいだけなのだ。


「それはボクのものだ、返せ!」


 すると豊満な男が私に視線を移した瞬間に少年が立ち上がり豊満な男の腹へと飛びかかった。 そしてよく見ると豊満な男は手にパンを持っていることに気づいた。

 それは、もしかして、私の買ったパンではないか?

 そして少年の言葉を聞く限り、何か大きな勘違いが起きているではないか。


「いや、それは私のものだ!」


 私は槍を持ち二人の間へと刃を向けると、二人はピタリと動くのを止めた。 動くのを止めなかったら怪我をしていた所だろう。

 私は槍を下げ豊満な男の持つパンを取ろうとしたが、男は持つ手に力を入れていて中々に手強い。 仕方ないので私は豊満な男の足を蹴り転がして手の力が緩んだ隙にパンを手に取る。

 そしてようやく取り返したパンを紙袋に入れ、少年に文句を言ってやろうと思ったのだが豊満な男が彼に殴りかかっているではないか。

 いい大人が子どもに暴力を振るうなど最低にもほどがある。

 子どもに殴るのに夢中になって私が近づいてることにも気づかない男に私は躊躇なく蹴り飛ばした。


「うぎゃあ!」


 情けない声を出して転がった男に私は見下ろして出来るだけ冷たく言い放つ。


「不愉快だ、消えろ」


 文句をいうならば、と私が槍に手を添えると男は「ひいっ」と走り去っていった。

 私は少年を立ち上がらせようと手を差し出す。

 しかし手は彼の手によってはね除けられてしまった。


「はん、正義の味方かぶりか? 良いご身分だね」


 少年はそう言うとよろけながらも立ち上がり、服に付いた砂埃を落とした。

 少年は夕日の色を髪に持っていた。 瞳は燃えるような赤だ。 豊満な男に殴られたせいか唇が切れていて赤く染めていた。


「君、綺麗な瞳だな」


 その瞳が少し羨ましい。

 体のプルーフが目立つために私たちは月の色をしているらしいが、赤い瞳はやはり惹かれてしまう。

 一歩一歩彼に近寄り瞳をジッと見つめる。

 その奥に炎が本当に宿っているのではないかと思ってしまうくらいには美しい赤だった。


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