第31話 選択を迫られる

「さてさて、面白そうなことをしておるのお」


俺たちをしげしげとながめる会長。

その彼に、少し怒ったマキが近づいていく。


「おじい様、どうしてここに?」


マキが珍しく声を荒げている。怖い、最初に木剣で殴られた時のことを思い出す。


「いやのう、ロボットたちより今日パーティーをやるときいてな。これはわしもかけつけなくてはと思っての」


そんなマキの様子に戸惑うことなく飄々と言ってのける会長はさすがこの時代の大企業を動かしているだけある。


「今日はダンスパーティーですの。おじい様、ダンスの邪魔をしてはいけないですわ」


ヒメが抗議するように言う。すると会長はじっくりとためを作ってから、ヒメの目をじっと見つめて言う。


「もう十分に踊ったじゃろ。わしは結構待ったぞい」


どうやら会長はかなり前についていたらしい。

彼の有無を言わせないその口調に、マキも、そしてヒメですら押し黙る。


「うむ、二人ともよい子じゃ。美しく育ったのお」


そして会長は俺のほうへと向きなおった。


「では、イチロー君。話があるので、来たまえ」


「は、はい……」


怖い、単純に怖い。

会長の声音もそうだったが、今の俺にとって会長が最も会いたくない相手だった。

彼は俺のオールディーをかっていろいろよくしてくれているのだ。

俺のそれがなくなってしまったと気づかれたら——

二人と一緒にいられなくなる。

それだけはなんとか避けねばならない。



俺は会長に連れられて、書斎のような部屋に通された。

小さなローテーブル越しに、俺は会長と向かい合う。

会長は俺をじっと見つめてくる。心の奥底まで見透かされそうで怖い。


「変わったな、君は」


「は、あ、いえ、そんなことは」


バレてはいけない、バレてはいけない。

俺は昔のまま、オールディーだ。

取り繕え、取り繕うんだ。


「そ、それにしても、俺のためにあれこれ用意してくださってありがとうございます」


無難なお礼の言葉を紡ぐ。


「なんのことかの」


会長は白いひげを手でもてあそびながら俺に言葉を返す。


「あ、いや、あの。ほら、このうちのこととか、食材のこととか、ロボットたちのこととか!」


「うちに関しては、わしらが君を監禁しているような状態だからの。せめて快適に過ごせるようにするのが礼儀ってもんじゃろ」


お礼を言おうとして触れたくない話題に突っ込んでしまった感じだ!!

……まあ、会長はおそらくそのために来たんだろうから。もう腹をくくるしかないな。素直に言ってしまおう。心を決める。先手必勝だ。


「今日は、俺がどちらを選ぶかを聞きに来たんですよね」


俺が会長に言うと、会長は目を見開いた。


「ほう、避けるかと思ったが、自分で言いおるか、やはり君は面白い」


いいぞ。

この反応なら、行けるはず。

俺はすっと息を吸って。

嘘を、吐き出す。


「正直、いまだに二人のどちらかを選ぶ、というところまで心が進んでいません。なぜなら、二人とも性別と見た目が一致していないから。オールディーな俺にとっては体と心の反応が乖離しすぎていて、まだまだ許容できないところです。だから、もう少し時間をいただけませんか」


「ほお」


急に興味を失ったのかつまらなそうに老人がつぶやく。

え、なんか、俺、間違ったか。

会長はひげをもてあそんでいた手を止め、俺のほうに向きなおった。


「実はの。君のようなオールディーな感覚を持っていながら、うちのかわいい二人を気に入ってくれた子がいての」


「へ?」


なんだ、その展開。

え、なに、同郷の人? 誰だ、そのどこの馬の骨ともわからないやつは。


「もし、君がうちの子たちをどうしても好きになれなさそうだというのなら、代わりに彼がうちに来ることによって、君の家への補助を続けてもいいかと思ってるのだよ」


「ちょっと待ってください!」


俺は、用済み?

そんな馬の骨に二人をとられるわけ?


「こちらとしても、無理な結婚は進めたくないし、そちらのほうが君にとっても良いじゃろ。明日の朝一で彼はここに来ることになってる。君には今夜中に荷物をまとめて、実家へと帰ってもらうよ」


その言い方、決定事項のようだ! 

そして、行動が早すぎる。


本当に俺はもういらないのか。

ぐるぐると回る頭の中で、心の声が聞こえる。

『いいじゃないか、補助は続けてくれるって言ってる。お前は晴れて自由だ。

オールディーのアイデンティティを取り戻せる』

確かに俺の存在意義を取り戻せる。

でも、本当にそれでいいのか?

俺の頭の中をヒメとマキと過ごした記憶が駆け巡る。

短いけれど濃厚な日々だった。

二人の悩みを聞いて、俺は二人に恋して、それで、それで……。


「俺、帰りたくないです」


口から勝手に言葉がこぼれた。


「どうしてじゃ?」


もう俺に完全に興味を失ったのか、また会長はひげで遊んでいた。

白い髭がくるくるり。


「ヒメと、マキと一緒にいたいんです」


「……惚れたか?」


「はい! 惚れました!! でも、今はまだどちらかを選べません……って、え!」


あれ? なんで俺こんなこと言ってるんだ?

ひげで遊んでいたはずの会長はくすくすとこらえきれなくなったのか笑うと、にやりと唇のはしをゆがめて言った。


「騙されやすい奴じゃな、ほんと愛い奴だ。からかいがいがあるのお」


は、はめられたっ!

これでは本当に用済みになってしまう。

とりつくろえええ!


「ちょっと待ってください、俺は、ヒメとマキなんかに惚れてなんかいません。俺はオールディーな感覚をちゃんと持っています。だから!」


「よいよい」


会長はひらひらと顔の前で手を振る。


「実はな、君の動向は屋敷内にあるカメラで逐一チェックしとった。君が、だんだんと二人に惹かれていく様を見せてもらったよ」


「じゃあ、俺のオールディーは……」


絶望する。完璧に俺は、自分のアイデンティティを失ったということだ。

見捨てられる——


「構わんのだ。そしてそれはわしらが謝らなければいけないことでもある。君には、わしらの実験に付き合ってもらったのだよ」


「実験?」


俺が尋ねると、会長は深くうなずく。


「そうじゃ。過去の人間たちと我々をつなぐ道。人々がいかにして、多様性を認めていったか、その再現実験じゃ」


説明が追加されるごとに俺の頭は混乱する。

つまり、どういうこと?


「説明してもまだ分からないようじゃな。まあよい、じきにゆっくり説明していくからな。さて、最後に君に一つだけ尋ねたいことがある」


ほっとしたのもつかの間、引いてくれたかと思いきや、急に会長は真剣な目になって俺を見つめてくる。

俺は緊張でごくりと唾をのむ。

どんな難しい問いをされるのか。


「君は人間として、二人に惚れておるか?」





よかった。

答えられる問いだった。

そして、理由はまだわからないがオールディーを死守しなくてよくなった俺には簡単な問いだった。


「はい。二人に惚れてます。惹かれています!」


俺の心からの言葉。

会長は俺の回答に満足そうに笑った。


「今はそれで十分じゃよ。さて、君の心が決まったわけだし、閉じ込めておく必要もないな。外出の許可を出すかのお。これからは、二人といろんなところに出かけるとよい」


「ほ、本当ですか!」


二人とこれからも一緒にいられる、という安堵とともに、俺の頭の中には、二人との旅行の風景が浮かんできていた。

二人と海、二人と温泉、二人とキャンプ……。

また、これから暮らしていくうち、あの双子はきっと俺にいろんな感情のパンチをしてくるだろう。

二人それぞれ、いつも俺のオールディーをノックアウトさせようとしてくるんだから。


個性的で俺の性癖すらゆがめてくる双子。

二人のだぶる・ぱんちを受け続けられると決まったことがこんなにも嬉しいなんて。


俺、ほんとにゆがめられてるな。

まあその歪みすらも二人と関係していた証拠だから、いとおしく思える俺なのだった。

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