第7話 新たな自分との出会い?

「さあ、お兄様。できましたよ」


そう言って、ヒメが俺の顔の近くを離れる。

地味にこの態勢に緊張していた俺は、ふーっとため息をついた。


「終わったか」


無事、俺は顔をいじられ終わる。

筆やらなにやらが、顔の上を滑っていくのは非常にくすぐったくて何とも言えない気分になった。女の人はいつもこれをやってるのか、大変だな。

と言っても最近じゃ、リアルの顔にメイクする人も少なくなったけど。


頭をずっと前方に向けていたせいで、首が痛い。

俺は凝り固まった首の力を抜いて下を向く。

すると自分の体がまとっているものが見える。シックなロングスカートに包まれた俺の体。足や腕の無駄毛はきれいさっぱり剃られ、思ったよりも自分って体の線が細いんだなとそんなことに気づく。

ここだけ見ると、まあ見れんこともない状態だな。

ちなみにメイクや、衣装はすべてヒメが用意したものなので俺は自分の格好を見ていない。せめて、マキに会う前に不快感を与えないかを確認したいところだ。


「鏡、見てもいいか?」


俺はヒメに尋ねる。


「ダメです。これを最初に見るのは、マキなんですから」


そう言って、ヒメは俺のほうにすっと手を差し出す。


「大丈夫です。私がプロデュースしたんですもの。素敵じゃないはずはありませんわ」


「いや、あのな。そういう意味でいったわけじゃ……」


自分の見た目があんまりひどくないかの心配だったのだが、うん、これを言ったらやってくれたヒメに失礼だ。黙っとこう。


「さあ」


ヒメが俺の目をじっと見つめてくる。

ナチュラルに差し出されている手。

その時、俺は不思議な感情に襲われる。

あれ、こいつって男の娘だよな。

俺は導かれるように、ヒメの手に自分の手を重ねた。

それはまるで、王子様に導かれるお姫様のようで、俺はなんだか赤面してしまう。

ヒメの姿に、美しい少年の姿が重なる。

心がときめく。


おい。待てよ。


俺は男だ。

そしてノーマルでオールディーな感覚を持っている。

だから、に興奮する性癖なんてないはずだ。

落ち着け、落ち着けよ、俺。

これは、マキと仲良くなるためにとっているただの手段。

断じて俺が望んでやっているわけではない。


「いきましょうか」


そう言って手を引っ張るヒメにはもう、先ほどの面影はない。普通の男の娘だ。

なんだったんだろう、さっきの幻覚は。

って、普通の男の娘ってどういう単語なんだよ、まったく。


俺はふるふると頭を振って、自分の頭の中の邪念を追い出す。

今はマキと仲良くなることが先決。

どう転ぶかわからないこの生活だが、同居人とはどう考えたって仲良くなるに越したことない。


俺は、慣れないヒールで、この姿をマキに見せるために歩き出す。


絶対に仲良くなる、その決心を胸に、







一歩をふみだし——




「うわあああああ!」




なれないヒールにバランスを崩す。

ぐらり、俺の体は傾いていく。

地面への衝突へと備える俺。

咄嗟に目を閉じる、怖い。



しかし?

いつまでたってもその衝撃はやってこない。

体に伝わってくるのは何かの温かみ。

ゆっくりと目を開くと、そこには少し頬を赤らめてはにかんだ”王子様”がいた。


「イチ兄は、おてんば姫さんなんだね」


えっと、あの。

お兄さんって何なんだっけ?

突然のことが起こりすぎて回らない思考のなか俺が思ったのはそんなことだった。


混沌とした意識の中で。

ただ、俺の鼻には、何とも言えない甘いような香りがふわりと漂ってきていたのだった。

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