第26話 夜遅くまで……

沈んでいく太陽を眺めながら、自室に籠っての思案。

早朝からヒメと一緒で、衝撃的な告白を聞いて、二人と一緒に長い長い食事をして、と盛りだくさんな一日で、正直頭の整理が追い付かない。

そのうえ、明日はダンスだと!?

俺踊ったことなんか生涯で一度もないんだぞ。


「はあー」


口から勝手にため息が漏れる。

昔の人はため息をすると幸せが漏れるなどと言っていたようだが、現代においてそれは完全に否定されている。

自然な溜息は自律神経系にもいいんだぜ?

心を落ち着けないとな。


「ふうー」


今度は深呼吸をして心を整える。

さて、何から考えるべきか。


そうだなあ、まずは、マキとヒメと暮らしていく方針を考えることにするか。

俺は、二人のうちのどちらかを選ばないとここから出られない。

んで、マキを選んだら、ヒメが怒ってバッドエンド。

ヒメを選んでも、マキへの執着、というか愛は強いために俺といながら、マキにもちょっかいだすから、マキも俺もバッドエンド。

この間のマキとの話し合いでは、ヒメを俺に惚れさせるのがいいってなったが、今朝の情報によってその可能性もなしと見た。


「うーん、これむずくないか」


俺は、頭の中に描いた関係図を近づいたり俯瞰したりいろいろ考えるが、全くいい案は出てこない。

ていうか、詰んでね? どうしろっていうのよ。


俺は、体をベッドに投げ出す。

柔らかいベッド、こんな羽毛で作ったようなふかふかのベッドは高級だ。

普通、体に合わせて変形してくれる樹脂のベッドでみんな寝るもんだ。

と言っても俺の実家は昔ながらの布団だったが。


「あーあ、どうしたもんかな」


布団でごろごろしていると、枕元に置いてあったボックスに頭がぶつかり、ゴロンとベッドの上に広がる。

それは、ヒメにもらった、うんその、大人のグッズってやつだった。

そういえば、マキと仲直りした日以来使ってないな。

消耗品は捨て、再利用可能なものは洗浄・消毒してある。(もちろんもらったときは新品だったからね?)


ん、俺、あの日以来使ってないの?

ちょっと待て、あのさ。

賢者タイムってそんな長く続かないよね。

ということは俺は女の子であるマキにしばらく欲情していない?


「まさか」


小声でつぶやく。

もしかして俺の性趣向、変わってきてる、のか……。

マキのことを思い出してピクリとも反応しない自分の下半身を見つめて、少し焦る俺。

じゃあ、ヒメは……と考えようとして反応しようとしてきた下半身に驚きながら、頭の中にあった思考をかき消す。


「おいおいおい……」


正直、俺は結構焦っていた。

みんな大したことないと思うよな?

かわいい男の娘と、イケメンな女装男子に囲まれれば勘違いすることもあるだろうって。

でもな、そうじゃないんだ!

ここは、みんなの世界とは違う。

変わっていることが評価される世界。

オールディーな感覚を俺が失ってしまえば、俺はその価値を完全に失う。

ただの少し知識があるだけの一般人になってしまう。

お前ら、特殊な性癖も趣向も趣味もない人間のこの世界での末路を知ってるか?

いや、うん、聞いといてあれだが、知らないほうがいいぞ。


とにかく、この世界はある意味実力主義なんだ。

つまりだな、俺は存在意義が今、揺るがされているということ。


「これはどうにかしなくては」


「なにがどうにかしなくてはなの、イチ兄?」


そこにどこからともなく声が聞こえる。


「は?」


周囲を見回すと、窓から逆さに顔を出している少年が一人。

マキだ。


「ど、どうしてここにいるんだよ。今日はもう寝るための自由時間のはずだ」


俺は狼狽しながら、窓へと近づく。

それどうやって張り付いてるの? 


「今日は僕の日だろ? 夜の間くらい、イチ兄を独占しても罰が当たらないと思うんだよね。明日はヒメとも一緒なんだし」


マキが、近づいた俺の肩に捕まりながら、部屋へと降り立つ。

彼の言葉につられてみると、寝室の置時計がちょうど12時を指していた。


寝るための自由時間だったはずだけど……今夜は眠らせてもらえなそうだ。




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