第29話 パーティーに向けて
「イチロー様、もうそろそろ起きてください!」
「ふ、ふぇ?」
自分の口からよだれが垂れていることに気付き、俺は慌てて口を拭く。
外を見れば、太陽はもうかなり高い。
どうやら、ドレスを脱いだ後、俺はベッドに倒れこんで眠ってしまっていたらしい。
「あけますよ、イチロー様」
扉の外から声がする。
合成音声。おそらく、クルだろう。
……料理用ロボットだよね、君? どうしてここに。
「ほら、準備しますよ、イチロー様。パーティー料理はあと3時間以内に食べるのがベストですので」
扉を開けながら言うクル。
お前、料理のこととなると、どこまでも出張っていくのな。
クルの後ろには、いつも見ているのと違うメイドロボット。
「彼女が、イチロー様のお召し物の調整をいたしますので。早く準備してきてくださいよ?」
クルはそういうと、あわただしく部屋を出ていく。
メイドロボットと二人で部屋に取り残された俺。
俺たちを静寂が包み込む。
「えっと、じゃ、じゃあよろしくね!」
とりあえずコミュニケーションの基本は挨拶、と思い俺はメイドロボットに話しかける。すると彼女は会釈で返してくる。
「えーと、無口なのかな、あはは」
俺が頭を掻きながらそう言うと、彼女は首、声帯のあるべき部分を指さした。
ちなみに、メイドロボットたちはクル達料理用ロボットと異なり、人型に近いけれどロボットだとわかるような形状をしている。現代では人と見分けのつかないようなアンドロイドを作るのも可能だから、おそらくオールディーな俺が忌避感を覚えないようにこの形を採用してくれているのだろう。
「そこを指さしてるってことは、もしかしてしゃべれないのか?」
俺が彼女の動作を見て尋ねると、彼女はこくりとうなずいた。
余計な機能をつけてないってことか? メイドにはコミュニケーション必要そうに思えるんだがな。
メイドロボットでもダイニングにいるやつは喋れたよなーとか考えていたら、彼女は眼前に迫っていた。
「ち、近くないですか!」
俺が後ずさっても、彼女はどんどん近づいてくる。
俺は後ろに下がりながら、彼女のネームプレートを見て名前を把握する。
「えっと、リサさん。着替えなら、自分で」
名前呼んだら止まってくれないかなと一縷の思いをかけて問いかけると、リサはぎょっとしたのか体をびくっとさせた。
けれど、動きは止めず、こちらににじり寄ってくる。
そして、背面から追加の手が出てきた……って怖いよ! 人型模してるモデルは人を外れちゃダメなのー!!
そのまま俺は、4つの手にもみくちゃにされ、体を清められ、髪を綺麗にされ、顔を整えられ、気付いた時には。
タキシードをばっちり着こなした紳士になっていた。
いや、内面紳士じゃないだろとかは言わないでね、これでも俺結構頑張ってるんだからね。
鏡を見つめると、昨日との対比で俺は非常に驚く。
今の格好だと完璧に男だ。
いやー、服装でこんなに人間ってかわるものなんですな。
もっとも、現代ではいくらでも人の見た目はいじれるから、当たり前の感覚であるんだが、そういう場所で育ってない俺には本当に物珍しい。
しげしげと鏡を見つめていた俺だったが、とんとんとリサに肩をたたかれた。
彼女は目で、早くダンスパーティーに行くようにと訴えかけている。
俺は彼女に向かってうなずいて、歩き出す。
そしてふと気づき、部屋を出る直前で振り返って言う。
「リサ、ありがとな」
誰に対してもお礼を言うのは大事。
これは昔も今も変わらないはずだ。
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