第30話 駆けつけるんだ!

リサにお礼を言った後、俺は広間に向かった。

場所がわからなかったのだが大きな扉を見つける。

ここが広間に間違いないだろう。

ぐっと力を込めて、扉を押し開けた。


「おー、すげーー」


開けて目に入ったのは、絢爛豪華な広間と、脇に並ぶ料理達。

はじめて入る場所だったので、その広さと美しさに思わず声が出る。


「来たね、イチ兄。待ちくたびれたよ」


右方から声がして首を向けると、そこにはマキがいた。


「あれっ、どうしてスーツ?」


マキは俺と同じタキシードではなくスーツを着ていた。

お前は踊らないのか? それともスーツで踊るの?


「今日は僕は執事役さ」


「いいのか? それで?」


本来今日はマキの日だったはずだ。ヒメにそこまで譲ってしまっていいんだろうか。


「いいんだよ、イチ兄」


そう言ってマキはにやりと笑うと、俺の耳元に近づいてきてささやく。


「昨夜たっぷり楽しませてもらったからね。あと、ヒメを惚れさせるにはここでいいとこ見せないと」


「あ、それなんだけど……」


ヒメを惚れさせる作戦は難しそうだと伝えようとしたその時、ロボットの音楽隊がメロディーを奏で始める。


コツコツコツ


広間のもう一つの入り口から誰かが歩いてくる音がした。


「では、失礼いたします」


マキは本当に執事役に徹するつもりなのか敬語になり、頭を下げたまま広間の端へと移動した。

えっと、俺はどうすればいいのかな。

きょろきょろするのも恥ずかしいので、相当に頭を回して考えた後、心を決めて音のしているほうへと頭を向けた。




「……綺麗だ」




美しい少女が、そこにいた。



ああ、ダメだ、性別なんてもう信頼置けないんじゃないか?


自分の胸の高鳴りに、俺は戸惑う。


俺はもう、オールディーのアイデンティを失ってるのかもしれない。


体と心の反応が一致してきている。

心は高鳴り、体も反応している。

最初のちぐはぐな時とは全く違う。

この短期間でこんなにもかき乱されるほど、俺のオールディーというアイデンティティは弱いものだったのか?


「どうすればいいのかなぁ」


誰にも聞こえないような、小声でつぶやいた。

俺は、広間の端で控えているマキに目をやる。

彼を見つめると、それはそれで、また違った心と体の反応があるのだ。


「ほんとにどうしたらいいんだろ」


2つが一致してしまったら、もう無視できない。

ああ、ほんとに、どうしたらいいんだろうか、これは。



俺は、きっと、






2人に恋しはじめてる。



「お兄様、迎えに来てくれてもよかったのではないですか?」


いつの間にか俺の目の前に、ヒメがいた。

少し不満そうにほっぺたを膨らませた彼女。

美しい彼女に、心がざわつく。


「ああ、ごめんな。あまりに綺麗すぎて、目を奪われてたわ」


「もう、そんなお世辞言って。下を向いてぶつぶつ言ってたじゃないですか」


「む、バレたか。ただな、綺麗だと思ったのはお世辞じゃないぞ」


俺の言葉に顔を赤らめるヒメ。

二人の間に沈黙が流れる。

広間には、静かな音楽が流れていた。

穏やかなその曲が、俺に勇気を与えてくれる。


「お嬢様、踊りましょうか」


俺はヒメに手を差し出す。

手が震える、俺は緊張していた。

こんなに美しい女性にダンスの申し込みをするなんて、緊張しない男がいるだろうか。


「はい、喜んで!」


花が咲いたような笑みを浮かべる彼女。

俺の震える手をやさしく取ってくれる。


俺は昨日、必死にマキに教わったダンスを思い出す。

一夜漬けだが、体にしみ込むまで踏んだステップを必死に再現する。


「あら、お兄様。踊れるのですね」


俺の腕の中で、くるりと回りながらヒメが微笑む。

練習したからな。

でも、マキとの練習のことを言うとヒメに嫉妬されそうで、俺はそれを口に出さない。


「美しいヒメを躍らせたい一心だ」


「今日は随分嬉しいことを言ってくれますね」


俺たちは、笑いあう。

踊っていくうちに緊張がほどけてくる。

ぎこちなかった体の動きもスムーズになっていき思考は少しずつ体を離れていく。


まるで、自分を俯瞰するような、広間の上空から自分とヒメを見つめているようなそんな感覚。


ふわふわと浮いている俺の頭の中に、自分の心の声が問いかけてくる。

『お前は自分の心と、世間での自分の立場とどっちが大事なんだ?』


俺はその声にこたえる。

でもさ、俺、オールディーを失ったら生きていける気がしないよ?

俺の学費だって、生活費だって。

すべて俺のその個性によって支払われているんだ。

それを失ったことを誰にも、悟られちゃいけないんだ。


『たださ、人間は変わっていくものだと思うよ? それにお前のへたくそな演技、AIが見抜けないと思う?』


心の中の声が、俺を嘲るかのように言う。


わかってる、わかってるんだ。

でもさ、俺はそれによって認められてきた。

だから、どんなに惹かれてたって、俺はそれを守りたくなる。

居場所がなくなってしまうなんて、怖いから。


それに、二人が、

俺を好きになってくれることなんて、

本当に好きになってくれることなんて、絶対に——


『本当に怖いのは、そっちなんじゃないの?』


その言葉に、俺の体の動きが止まる。

眼前にいるヒメが心配そうにこちらを見てきていた。

そう、こんな瞳を向けてくれている彼女だって、本当に好きなのは俺じゃなくて。





「パーティーじゃーーー!」


突然の乱入者に、俺もヒメも、そしてロボット音楽隊も驚き、広間の中のすべての音が止まる。


入り口を見ると、そこにはヒメとマキの祖父、会長が笑顔で立っていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る